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第29話 時が動き始める

三章タイトル決定しました!


三章と四章で一セットになります!

 朝食を食べ終えてから二時間ほど。

 ソフィアとロレッタは、アニータと共に研修所へ来ていた。当然だが、中には誰もおらず三人で扱うには広すぎる場所だ。

 会議室に荷物を置くと、早速アニータが今日のスケジュールを話し始める。


「今日は、外へ行かないね」


「え?」


 アニータの言葉に意表を突かれ、ソフィアは呆けた声を上げてしまう。

 正直なところ、アニータの申し出は嬉しかった。

 それもそのはずだろう。いくら安全が確保されているからと言って、好き好んで魔物に追われたいとは誰も思わないはずだ。

 内心安堵あんどするが、その理由が気になってしまいソフィアは尋ねる。


「どうかしたのですか?」


 その質問に、アニータは軽く首を横に振り、「特に深い意味はないね」と言ってから、理由を話し始めた。


「もともと目的はスキルの獲得ね。体力作りや魔道具の扱いになれる目的もあったけど、そろそろ本題の研修にはいるね」


「なるほど。言われてみれば、まだレシピさえも教わっていませんでしたよね」


「そうね。まぁ、レシピについては簡単に覚えられるだろうから、心配はいらないね。それよりも、スキルのレベル上げね。目利きと調合、六か月後には最低でも三まで上げておかないといけないね」


 スキルの獲得自体は、ある程度の条件を満たせば可能だ。

 目利きスキルの場合は、魔物や魔草と直接触れ合うことや食材として扱うこと。どちらかが欠けると、スキルの獲得はできない。

 とは言え、スキルの獲得はそう簡単ではなく個人差によって年単位の時間がかかることもあるが。


 それよりも問題は、スキルのレベル上げだろう。

 魔国ではスキル協会と呼ばれる機関があり、そこで日々スキルの研究がされているが、今のところスキルについては分からないことが多いため、スキル上げの明確な条件が判明していないのだ。

 現段階で有力な説は、スキルを活用することとされている。


「六か月後に三まで上げられるのでしょうか」


 ソフィアは不安に思う。

 ここへ来る新入生のほとんどは、学生の時点で料理に携わって来た。その関係で、卒業時点のノルマである料理と目利きと調合のスキルがいずれも三以上あると聞く。

 十五年かけて、鍛え上げられたスキルをたった六か月で身に着けられるのか。


「大丈夫ね。最低でも六か月の研修が必要と言われているから、ノルマをクリアするまでは待ってもらえるね」


「そう言われてみれば、確かに」


 シュナイダーからは、現場で働くためには半年の研修が必要と聞いた。

 六か月の研修期間は最低であって、実のところ戦力になるまでが研修期間なのだ。中途半端な技術しか持たない者を現場に送れば、逆に現場を混乱させると分かっているからだろう。

 ソフィアが納得していると、アニータが意味深な視線を送って来た。


「それに……はぁ」


「どうかしましたか?」


 アニータの言葉が途中でため息に変わったからだろう。ソフィアは、何か問題でもあったのかと思い、首を傾げる。

 すると、今度は隣に座るロレッタが尋ねた。


「何からやるの?」

 

「やっぱり、スキルレベルを上げることからね。もしかしたら、シュナイダーが新しい子を採用しているかもしれないから、二人まとめて教えた方が楽ね」


「えっ、新しい子が採用されたのですか?」


 この話は、寝耳に水だった。

 ロレッタもまた、知らなかったのだろう。視線を向けると、僅かに目を見張らせているのが分かった。


「う~ん、半々と言ったところね。シュナイダーの評価は高かったみたいだから、アンドリュー次第ね。まぁ、余程ひどくなければ合格を言い渡すね」


「そう、ですか……」


 ソフィアの呟きには、複雑な思いが込められていた。

 この広い研修所に、自身を含め三人だけという現状は寂しく思っていたため、新しい人が来るのは大歓迎だ。

 だが、その相手が自分よりも優秀だったら……シュナイダーが高く評価したというのだから、優秀なことに違いない。それを思うと、素直に喜べない自分がいるのだ。

 そんなソフィアの内心を余所に、ロレッタがアニータに尋ねる。


「どんな人なの?」


「えっと、確か……犬の獣人の男の子ね。何でも、今年就職したのに、その企業が倒産したらしいね」


「……ついてない」


「まったくね!……ただ、料理経験が趣味レベルらしいね」


 蚊帳の外になっていたソフィアが、アニータの言葉を聞き安堵の息を吐く。流石に、趣味レベルの人間に負けるはずが……


――あれ、私も料理は趣味だったような


 思い返してみると、ソフィアは文官であって料理人ではなかった。

 幼い頃に母親から料理を習ったことはあるが、母親も公爵令嬢で料理を習っていた訳ではない。

 外出先で、多少料理を習ったことがある。

 だが、ロレッタやアニータのように料理の学校を卒業したわけでも、シュナイダーのように有名レストランで修行したこともない。


「それ、大丈夫なの?」


「分からないね。けど、凄くポジティブな子らしくて『倒産して路頭に迷っていたところ、見つけた求人票に運命を感じました!』って、面接で言ったらしいね。体育会系で交友関係も広い……まさに絵に描いた好青年らしいね」


「……苦手なタイプ」


 アニータの話す人物像を想像したのか、露骨に嫌そうな表情をする。

 確かに、ロレッタは寡黙なタイプだ。一週間ほどの付き合いになるが、インドアで交友関係が狭そうだとソフィアは感じた。

 ちょうど、正反対の性格なのか……アニータもまた、ソフィアと同じ事を考えたのか苦笑していた。

 一方で、ソフィアのその男性への印象は違った。


――なにか、親近感を感じますね……


 どこがとは具体的には分からない。

 もしかしたら、求人票に運命を感じた点かもしれないが、先ほどまで抱いていた悪感情は消え去り、ここへ現れたら笑顔で迎えよう。そう心に誓った。






 午前十時。

 ソフィアたちの姿は、厨房にあった。内容こそ変わったが、午前中に目利きスキルを鍛えることに違いはなかった。


「今日は、魔物を使った料理を作るね」


 そう言って、アニータが用意したのはトレイに入れられた鶏肉のモモかムネの部位だった。

 包まれたラップに貼られたシールを見ると、ブラウンバードのモモ肉と書かれている。話の流れ的に、これを使って料理しろということだろうが……


「いきなり料理するのですか?」


 ソフィアは、魔物を使った料理を作るのが初めてだ。そのため、不安そうに確認を取る。


「そのとおりね。実際に料理したほうがスキルの上達が早いからね。ただ、ソフィアは完全にイレギュラーだから、普通はこんなことしないね」


「イレギュラー、ですか?」


「考えてみるね。魔物を扱うには、最低でもスキルレベルが五は必要で、個人差があるから一概には言えないけど、大抵は目利きスキルの方が先に上達するね」


 何をどうやったらそうなるとでも言いたそうな視線に、ソフィアは乾いた笑い声を上げて言う。


「魔物が食べられることを知らなかったからですよ。普通の食材でしか料理をしたことがなかったので」


「……そういうものね?」


 疑いの視線を向けられるが、ソフィアがどうして料理スキルがレベル十なのか、本人も分からない。

 料理魔法の影響で最初からレベル十だったのか。

 それとも異常な速度でレベルが上がったのか。

 ……どちらにせよ、今となっては調べる方法がない。

 ソフィアが返答に困っているとロレッタが口を挟む。


「どうでも良い事……それより、お腹空いた」


「これ、ロレッタの食事じゃないね!?」


 アニータがロレッタに奪われない様にブラウンバードのモモ肉を隠す。


「今朝、あれだけ食べたばかりではありませんか!?」


 ソフィアは、今朝の光景を思い出し驚愕の声を上げる。


「冗談……それよりも、早く作る」


「……全く冗談に見えないね。とは言え、時間も有限ね。そろそろ料理に移るね」


「はい!」


 未知なる食材を扱う。

 そのことを思うと、自然と気分が高揚してしまった。


「メニューはこの前教えた唐揚げね……基本的に料理過程は同じだけど、ブラウンバードの下処理が変わって来るね」


「下処理ですか?」


「そう。ブラウンバードは臭みが強い。それに、料理レベルが五以上ないと包丁で切ることも困難」


「ああ、そう言えば聞いたことがあります」


 人間の国でも、魔物を食べる試みがなされたことがある。

 だが、ソフィアの知る限りその結果は散々だった。肉が硬くて包丁が通らず、火で焼こうにも、耐性があるのか火が通らないなどなど。

 他にも様々な要因があって、結果として魔物が食べられるレベルに料理されたことは一度もなかったはずだ。


「料理スキルがあれば、食べられるようになるんですか?」


「そう。スキルは付加効果を与える。だからこそ、ただの包丁であっても魔物を易々と切り裂く名刀に代わり、家庭用コンロの火でも魔物を焼くことができる」


「その通りね……けど、それあたしのセリフね」


「言った方が勝ち」


 ロレッタがドヤ顔で言うと、アニータは悔しそうに表情を歪める。

 二人の間では、役割分担がなされていた。アニータが午前中でロレッタが午後……つまり、アニータがメインとなって教えるはずだった。

 ソフィアが、二人の言い争いとまでは行かないがじゃれ合いを見ていると、ソフィアに不満そうな視線が向けられる。


「ソフィア、失望したね」


「うん、残念」


「えっ、私何かしましたか?」


 突然失望されてしまったソフィアは、戸惑いの声を上げる。知らない内に何かをしでかしてしまったのでは……そう思っていると、二人が「違う」と声を合わせて否定した。


「そこは、『私のために争わないで!』というべきね」


「うん、うん」


「は、はい?」


 ソフィアは、余計に戸惑う。


――別に争っていませんでしたよね?


 そう思ったが、口にしない。

 二人は、ソフィアが演技ではなく本心で戸惑っているのが分かったのだろう。まるで、何事もなかったように説明に戻る。


「ゴホン!……特に難しい下処理をしろと言う訳ではないね。ブラウンバードは料理レベルが五以上あれば楽勝ね」


「うん、問題は臭みを取ること」


「スパイスで取るんですよね」


「その通りね!そっちは、ロレッタが詳しく説明するね」


「任せて。美味しく作るから」


「じゃあ、早速料理を始めるね」


 と、ソフィアが料理を始めようとした瞬間。

 外から悲鳴のような声が、研修所にまで響き渡るのだった。







次話は、クルーズとゴドウィン視点になります!





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