第28話 奇遇の朝
文量少なめです
ソフィアの朝は早い。
時計の針が五を指した頃、カーテンから差し込む淡い光に自然と目が覚める。そして、微睡を感じさせないてきぱきとした動きで身支度をすると、早速朝食の準備をするためにキッチンへ向かう。
「あっ、今日は三人分でしたっけ……」
そう、この邸宅にいるのはシルヴィアとソフィア……そして、ロレッタだ。
昨日は夕食後、八時を回っていたため外が大分暗かった。そこで、シルヴィアがロレッタに泊まって行くように提案したのだ。
いくらブラウンバード亜種を一撃で吹き飛ばせるとは言え、ロレッタは若い少女だ。マンデリンの治安を守るシルヴィアとしては放っておけなかったのだろう。
手を抜くつもりはないが、先輩の手前だ。
あまり寂しい料理を作れないと思い、冷蔵庫の中を探る。
「何を作りましょうか……」
休日前と言うこともあり、空と言う訳ではないが食材の少ない冷蔵庫を見て朝食のメニューに悩む。
「卵は……数が少ないですね。だし巻き卵でも作りましょうか。後は、ほうれん草の御浸しと焼き魚。お味噌汁は大根と油揚げがありますし……あっ、豆腐もありますね。使っちゃいましょう」
冷蔵庫の中を見て早速メニューを決めると、淡々とした手際で食材を机に並べ、料理を作り始めた。
「それにしても、本当に便利ですよね。魔法コンロは、王国にもありましたが、ここのものを見た後だとただの火炎放射器に思えてきました」
フライパンで卵焼きを焼いていると、しみじみと便利だと感じてしまう。
ここにある魔道具は、普通に大型量販店で売られている調理道具だ。
高価であることには違いないが、よほどの物でなければソフィアの一か月の給料でも買うことができる品だ。
一方で、王国ではこれよりも性能が遥かに劣る品が、平民では買うことが出来ないほど高額で売買されているため、余計に実感する。
「今さらですが、本当に住んでいる世界が違いますね」
感慨深そうに呟くと意識を変えるように首を振った。
「そう言えば、どうしてロレッタさんはお泊りセットを持っていたのでしょうか?」
ふと思い、ソフィアは首を傾げる。
ここまで一緒に来たのだから、途中で着替えを取りに家に帰る時間はなかったはず。そうなると、研修所にお泊りセットが置かれていたことになる。
――もしかして、徹夜で仕事でもしていたのでしょうか?
ソフィアも経験があった。
仕事に熱中して気が付けば深夜になっていたとき、そのまま執務室で寝泊まりしてしまったのだ。
とは言え、それは突発的なことであり着替えを置いていたことはなかったが。
「ふぁあ……おはよう」
声がした方に振り返ると、そこにはロレッタが立っていた。
寝起きなのだろう。長い髪には寝癖が付いており、寝間着は肌蹴ている。
だらしない格好だと指摘されても可笑しくない格好だが、ロレッタだからこそその姿でさえも絵になっていた。
思わず見とれてしまうが、ソフィアは気を取り直して挨拶する。
「あっ、ロレッタさん。おはようございます」
「ソフィア、早い」
「そうですか?」
考え事をしながら料理をしていたためだろう。
時間が経つのも早いもので、時刻は既に六時を回っていた。
ただ、ロレッタからすれば十分に早い時刻なのだろう。まるで信じられない生き物を見るような目でソフィアを見る。
「美味しそうな匂いがして起きた……いつから起きているの?」
「五時くらいですよ。その時間になると、いつも目が覚めちゃうんですよね」
ロレッタの質問に、ソフィアは苦笑交じりに答える。
おそらく長年の習慣ということもあるのだろう。
仕事は夜よりも朝の方が捗ることをソフィアは本能的に知っていた。だからこそ、朝は自然と早く起きるようになってしまったのだろう。
それに加え、ソフィアは睡眠耐性を持っている。惰眠を貪るという欲望が無に等しいため、朝早く起きるのは自然なのかもしれない。
「五時間くらいしか寝てないはず」
「五時間も眠れば十分ですよ。私の周りには、四時間も寝ていなくて元気な人が居ますよ」
睡眠時間については人それぞれだろう。
ロレッタは「五時間しか」と思うが、ソフィアは「五時間も」と思う。それについて、ロレッタは否定するつもりはない。
だが、ロレッタは一言だけ言いたかった。
「それは、少数派」
「そうですか?」
ソフィアはそう言って、指を折り始める。
一本、二本と指が折られていくが、五本全てが折られると今度は広げられていく。それが繰り返される頃には、ソフィアは首を傾げて言った。
「そんなことないですよ。私の周りだと、八割くらいはそんな感じでしたよ」
「……人間、恐ろしい」
ロレッタは愕然とした表情で呟く。
心の底からそう思っているのだろう。その瞳には、尊敬と言うよりも畏敬の念が込められていた。そして、ロレッタは先ほど聞こうとしたことを思い出し、ソフィアに尋ねて来た。
「そう言えば、さっき私のことを呟いていたみたいだけど。どうかしたの?」
「えっ、あぁ。ロレッタさんが、どうしてお泊りセットを研修所に置いていたのか気になっただけです。やっぱり、ロレッタさんも徹夜で仕事して寝泊まりすることがあるんですね」
「……ウン」
ソフィアの悪意のない一言に、ロレッタは表情を失くす。
まるで機械のような首肯にどうしたのかとソフィアは首を傾げるが、特に疑問を口にすることはなかった。
「……着替えて来る」
「分かりました。朝食は、七時くらいに出来るのでリビングで待っていてください」
「うん」
そう言って、ロレッタの姿は扉の向こうへと消えて行った。
心なしか元気がないように見えたが、きっと気のせいだろう。そう思い、ソフィアは料理を再開した。
「「ごちそうさまでした」」
満足そうな表情で食後の挨拶をした二人。
二人がご飯をお代わりした回数、共に三回で計六回。五合炊いたはずの釜は見事に空になってしまった。
ロレッタは、シルヴィアに負けず劣らずの大食漢だ。ソフィアよりも小柄な体のどこにあれだけの量が入るのか。心の底から不思議でならない。
「ロレッタさん、昨日も思いましたが良く食べますよね」
「そう?」
ソフィアの言葉に心底不思議そうな表情をする。隣では、シルヴィアも似たような表情を浮かべていた。
二人の反応が理解できず、ソフィアが首を傾げているとロレッタが言う。
「ソフィアの料理、美味しいから……お代わりなしで満足できる人はいない」
「あははは。お世辞でも嬉しいですよ」
ロレッタほどの料理人に、お世辞だとしても美味しいと言われれば嬉しい。恥ずかしそうにはにかむが、ロレッタは複雑そうな表情をしてシルヴィアとアイコンタクトを取る。
「ああ、見ての通りだ。まぁ、美味しいことには違いないから放っておいても問題ないだろう」
「確かに」
と、二人は納得する。
そんな二人の様子に疎外感を覚えたソフィアは、別の話題を振った。
「それよりも。ロレッタさんは、何かダイエットをしているのですか?」
「ダイエット?」
突然の話題に、ロレッタは首を傾げる。
「はい。ロレッタさんの食べ方を見て、何か良いダイエット方法があるのかと思いまして」
「まだ、そんなことを言っているのか……」
シルヴィアは呆れた様子だ。
おそらく、先日のコーヒーの一件を思い出しているのだろう。シルヴィアからは無理にダイエットをする必要はないと諭されているが、ソフィアは納得できなかった。
――太らない体質なんて、卑怯です
この点に関しては、ソフィアも歩み寄るつもりがない。
太らない体質のシルヴィアにいくらダイエットの必要はないと言われても、納得することはできないだろう。
期待を孕んだ瞳でロレッタと視線を合わせると……
「私、太らない体質」
ピキッ!
何かが割れるような音が聞こえた気がした。シルヴィアは、まるで見てられないと目を覆い隠し、ロレッタは居心地が悪そうに視線を泳がせる。
「き、気にする必要はない……ソフィアは太っていない」
このとき、ソフィアはロレッタが動揺する姿を初めて見た。
声が僅かに震えており、ソフィアの顔色を窺うように言葉を紡ぐ。が、ソフィアの顔に張り付けられた微笑みは取れることがなかった。
「やっぱり、体質ですよねぇ……そうですよね」
感情の籠っていない……いや、込められ過ぎて無感情になっている声で小さく呟く。
この反応に耐性を持つシルヴィアならまだしも、ロレッタからすると不気味で仕方がなかった。
さらに間が悪いことにテレビから音が響く。
『最近話題のダイエット方法!体重が気になるオーク女性の皆様、どうぞお試しください!初回コース月九千八百円!』
その音声にシルヴィアが神速の如くテレビの電源を切った。だが、もう遅い。
「……オーク女性」
「「……」」
ソフィアの虚ろな目を見て、居た堪れない気持ちになったのか二人は無言で目を逸らす。
それからしばらくして再起動したソフィアは、朝食を済ませてから三人で家を出たのだった。
次話は明日更新になります!




