表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/145

セドリックの動向

久しぶりにお昼投稿です


セドリック視点になります

 アッサム王国首都にある王城の一室。


 そこには山のように積み上げられた書類によって、原形を留めていない机とそれに向き合う男性の姿があった。


「セドリック様、そろそろ休憩を取られては?お食事もとられていないようですし、このままでは本当に体調を崩されますよ」


 机に向かい合っている男性……アッサム王国宰相のセドリック=ダージリンに声を掛けたのは、齢五十を超える執事セバスチャン=マスカット。

 四六時中机に向かい合っているセドリックを心配するように声を掛けたが、当の本人は書類から目を離さずぞんざいな態度で返事をする。


「ああ、この資料を読み終えたらな」


 セドリックが忙しい理由は、三カ国から送られて来た三通の手紙が原因だ。

 日程調整や出迎えの準備、より関係を拗らせないため国王側に知られないように根回し、などなど。

 その中で一番の原因は、カテキン神聖王国から送られて来た呪いの手紙だろう。


――フローラ=レチノール、噂以上の傑物だな。


 聖女とは思えない悪辣な嫌がらせに、恨み言を言うよりも感心してしまう。

 確かにフローラから伝えられた情報は、セドリックたちにすれば喜ばしいものだ。ただし、この状況でなければの話である。


 早急に対処しなければ、セドリックは情報を知っていて行動に移さなかった、共犯関係にあったのではないかと噂を流されてしまう。

 情報を得ていたのは事実で、行動に移さなければそう言われても仕方がない。

 そうなれば、セドリックの信用は地に落ちてしまう。


 セドリックへの嫌がらせや、ソフィアを排斥した貴族たちへの報復に、アッサム王国に隙を作る……たった一つの手紙にはまさにフローラの怨念が込められていた。

 それと、この手紙によってさらに問題が発生した。

 疲労困憊な部下が、この手紙を見て気絶してしまったのだ。その分のしわ寄せがセドリックたちに襲い掛かってきている。

 流石にこれは、フローラも予測していなかった事態だろう。


「先ほどそうおっしゃったではありませんか。もう一時間になりますよ。休憩をお取りください」


 そう言った事情があって、睡眠時間どころか食事の時間を削ってまで仕事に打ち込んでいるのは分かる。

 だが、体調を崩しては元も子もないのだ。

 セドリックの体調を労わって、セバスチャンは声を掛けた。


「そう言うお前こそ、休憩を取っていないだろう。お前こそ休め」


「いいえ、主人が休まずにいるのであれば、執事である私が休むわけにはいきませぬ。セドリック様が休憩をおとりになるのであれば、私も休みましょう」


「はぁ……分かった。この書類を最後にして一端休憩を取る。だから、お前も休めよ」


 セバスチャンとは、セドリックが子供の時からの付き合いだ。そのため、セドリックの性格を熟知しているのだろう。

 疲れを感じさせない笑みの下には、セドリックの性格ならば付き合わせて悪いと思い休憩を取るという打算があった。

 セドリックは敵わないなと思いながらも、最後の書類にサインをしてペンを置く。


「お疲れさまです……軽食を用意しましたので、こちらへどうぞ」


 しっかりとした料理を食べて、スタミナをつけるべきではないか。そう思ったが、すぐに首を振る。

 ここ数日満足に食事を取っていなかったのだ。その状態で重い食べ物を食べれば、どうなるかすぐに思いつくことだ。


――いかんな、判断能力が低下しているらしい


 そう思い、内心止めてくれたセバスチャンに感謝する。

 このまま行けば、遠くない未来に大きなミスをしていたと思ったからだ。そんな主の内心に気づいたのか、セバスチャンは微笑む。


「ちょうど夏摘みのダージリンが献上されておりますから、そちらもご用意いたしましょう」


 三月から四月にかけて摘まれる柔らかい新芽で作られた茶葉はファーストフラッシュと呼ばれ、淡いオレンジ色で香りが高い特徴がある。

 それに対して、セバスチャンの言う夏摘みはセカンドフラッシュと呼ばれている。

 五月から六月に摘まれる二番摘みの茶葉だ。ファーストフラッシュに比べて、水の色は濃いオレンジ色で味も渋みもファーストフラッシュよりも増している。


「ほぅ、セカンドフラッシュか……それは楽しみだ」


 セバスチャンの言葉を聞き、セドリックは自然と口角が上がるのに気づく。

 まさかこんな形で今年の楽しみを味わうことになるとは……。複雑な思いこそあるが、楽しみであったことに違いはなかった。


 セドリックが席に着くと、セバスチャンの指示を受けていた侍女たちが素早く軽食を運ぶ。そして、セドリックがセバスチャンに視線を向けると……


「承知いたしました。一時間ほどお暇を頂きます」


「一日くらい休んだらどうだ?」


「お戯れを。セドリック様がお休みになるのであれば、やぶさかではありませんが……」


――ありはしないでしょう。


 暗にそう告げられ、セドリックは苦笑いを浮かべる。


「愚問だったな……とは言え、もう少し休んだらどうだ?俺も、この後一時間ほど仮眠を取るつもりだ」


「それは僥倖です……であれば、私もそのようにいたしましょう」


「そうしてくれ」


 二人の会話を聞いていた侍女たちは、事情を知っているからこそ頬を引きつらせる。そして、内心「この人たち、本当に人間?」と思っていたに違いない。

 そんな侍女たちの内心を知らないセドリックは、部屋から出て行くセバスチャンの背を見送ってから軽食を取り始める。


コンコン!


 それからしばらくして。

 執務室にノックの音が響き渡る。侍女が対応して現れたのは、ローレンス直属の側使えだ。


「お食事中失礼いたします」


「前置きは良い、用件は何だ?」


 会いたくもない連中に、食事を邪魔されたのだ。

 不愉快に思うのは当然で、視線を鋭くすると側使えの男性がすくみ上がる。


――王太子の側使えがこのレベルとは、な。


 その様子を見て、セドリックはがっかりする。

 周囲を見渡せば、侍女でさえも怯んだ様子はない。確かに、セドリックの近くで行動しているため慣れはあるのだろう。

 慣れがないからと言って、少し睨んだだけで怯むなどあってはならないことだ。他国に見られれば、ローレンスも侮られるはずだ。


「っ……で、殿下が宰相閣下に面会を望んでおりましてその取り次ぎに参りました」


 何をやっても減点対象としか思えない男性の行動や言動に、セドリックはため息がつきたくなる。

 また、侍女たちの視線も冷ややかだった。

 言葉にこそ出さないが、「貴方の目は節穴ですか?」とでも言いそうだ。確かに、セドリックの机にそびえ立つ書類の山を見れば、忙しいことは明白だ。


「殿下の要件は何だ?」


「ぞ、存じ上げません」


 セドリックの表情が更に冷ややかになる。

 まるで冷気でも発しているのではないか。そう思えるほどに部屋が冷え渡る。それに比例して、男性の顔には真夏の暑さに当てられたように汗が噴き出していた。


――この男に何を聞いても無駄だな


 もうセドリックは目の前の男性を見限っていた。

 ため息を吐くのを堪えると、淡々とした口調で話す。


「では、いつ頃の予定だ?まさか、こちらも知らない……と言うことはないよな」


「は、はい!こ、この後一時間後に伺わせて頂くとのことです!」


「そうか。なら、下がれ」


「承知いたしました、失礼します!」


 まさに脱兎のごとく。

 顔全体に脂汗を浮かべて、セドリックから逃げるように扉の向こうへと消えて行った。それを見送ると、一人の侍女が声を掛けて来る。


「旦那様、宜しいのですか?」


「仕方があるまい。王太子殿下が面会を望んでいるのだから、無下に扱うことができるはずがない」


「……然様ですか。では、執事長にもお伝えしておきますね」


 侍女が渋々と言った表情で引き下がるが、最後の一言にセドリックは苦笑する。


「ああ、そうしてくれ」







 それから一時間後。

 セドリックが執務室で仕事を片付けていると、再びノックの音が響き渡る。中へ入って来たのは二人。

 先ほどの側使えの男性はおらず、ローレンスとアイナの姿がそこにはあった。


「これは、これは。殿下、御足労いただき恐縮です」


「……セドリック、少しは部屋を整理しておいたらどうだ?」


 ローレンスの一言に、部屋の空気にピキッ!と罅が入る音が聞こえた気がした。おそらく、ローレンスとアイナ以外「誰のせいだ!」と怒鳴りたくなったに違いない。


――相手は、クソガキだ。落ち着け。


 ローレンスに内心で罵倒して、心を落ち着かせると笑顔を張り付ける。

 どこか凄みのある笑みだったからだろう。ローレンスは、セドリックの威圧感に当てられ及び腰になっていた。


「ローレンス様、早く用件を伝えましょう」


 一方で、アイナは特に怯んだ様子はなかった。セドリックにはそれを意外だと言う気持ちは一切ない。


――女狐め


 セドリックのアイナに対する印象は、その一言に尽きる。一見すると、後先の事を一切考えていない行動を取っているが、打算的な考えのもと行動しているように見える。

 そして、何よりその瞳だ。

 恋に盲目となっているローレンスとは違い、どこか冷めた瞳をしている。

 それに、以前はエリックに執拗に関わろうとしていた。だが、ソフィアが婚約破棄され国外追放された後は、手のひらを返したのだ。

 ガマリエルも何を考えているのか分からないが、娘のアイナもまた何を考えているのか分からなかった。


「そ、そうだな……ゴホン、セドリック。私とアイナは来週からばーべきゅー?とやらに湖に行ってくる。護衛の手配をしてくれ」


 一瞬、セドリックやセバスチャンは、ローレンスが何を言っているか理解できなかった。

 ただでさえ、ローレンスは次期国王としての仕事が遅れている状況だ。それにも関わらず、遊びに行くと……しかも、護衛の手配をセドリックにさせるという。

 しばらくして、ローレンスの信じられない発言が理解でき始めるとセドリックは考える。


――いや、これは好機なのでは?


 順調に行けば、来週か再来週には密会の場を設けられるだろう。

 二人が、自分から王都を離れると言っており、しかもこちらで護衛を手配できる。

 息のかかった護衛なら、予定を操作することも容易い。そうなれば、密会の間二人を体よく追い出すことができるのだ。


「承知しました。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


「ああ、構わない。私も忙しいからな。予定はそちらで頼む」


 一言、二言どころか百言くらい言いたいが、これ以上ローレンスと話してもストレスが溜まるだけで得るものが何もない。

 込み上げて来る感情を理性で抑え込むと、鉄仮面を被り了承する。


「畏まりました」


 セドリックの言葉にローレンスも満足そうな表情を浮かべる。そして、アイナを引き連れて部屋を去って行った。


『はぁ……』


 そのため息に込められた感情は何だろうか。

 おそらく全員同じ感情を抱いたに違いなかった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ