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第27話 研修所の帰路

遅くなりました!


後半は別視点になります

 時刻は既に五時を回っている。

 太陽が西に傾き、徐々に空が夕焼けに染まりはじめた。初夏と言うこともあり、暑さに比例して日が長くなっている。

 だが、西にそびえ立つクリスタルマウンテンに日光が遮られ、大分暗く感じてしまう。アニータが研修所の戸締りを確認し、ソフィアとロレッタはアニータの運転する車に搭乗した。


「やっぱり、車は便利ですよね」


 後部座席にロレッタと並んで座ると、不意にソフィアが呟く。

 人間の欲求に際限はない。以前までは、バスや電車といった公共機関がとても便利に感じていた。だが、公共機関は停車位置や出発時刻が決まっている。馬車で移動していた時に比べれば、随分と移動が楽になっているのだが、不便に感じてしまう。


「因みに、私も免許持っている」


「そうなんですか?」


 魔国でも車の運転には免許が必要だ。

 基本的には十五歳で取得可能で、今年十九になるロレッタが持っていても不思議はない。

 ただ、運転しているところを見たことがなかったからだろう。ソフィアの言葉には、意外という思いが込められていた。

 それを感じ取ったのか、ロレッタは財布の中から免許証を取り出して、ソフィアに見せる。


「本当に持っているんですね……けど、運転しないんですか?」


 二人が乗っている車は、アニータの私用車ではない。

 本人曰くスポーツカーに乗っているようだが、山道には向かないため仕事用の車でここまで来ている。

 ロレッタが運転しても良いのでは。そう考えての言葉だったが、ロレッタは明後日の方向を向いて何も答えない。

 代わりに、運転席に座ったアニータが忍び笑いを浮かべて答えた。


「ロレッタは、ペーパードライバーね。免許を持っていても、随分と運転してないね」


「……」


 アニータの言葉に、ロレッタが僅かに目を細める。

 余計なことを言うなと言うことなのだろう。バックミラー越しにロレッタと視線を合わせたアニータは苦笑して言う。


「得手、不得手は人それぞれね。それはそうと、ソフィア。車の購入もそうだけど、免許を取るにも時間とお金がかかるね。マンデリンは公共機関が発達しているから、今のところ無理に取ろうと思わなくて良いと思うね」


「……ですよね」


 もともとソフィアの金銭感覚は、貴族よりも庶民に近い。

 そうでなければ、卵の安売りのために隣のバス停まで行かないだろう。初任給ももらっていない状況では、車どころか免許を取ることさえ遠い話だ。

 ソフィアが気落ちしていると、隣に座っていたロレッタがポンとソフィアの肩を叩く。


「ゴーカートの方が楽しい」


 ロレッタの一言に、ソフィアは何のことを話しているか理解できず首を傾げていると、運転席に座るアニータは何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。


 車で移動すること十五分ほど。

 アニータの運転する車は南門に到着し、バーの前で停車する。


 門を出入りするときは、身分証の提示が求められる。

 北門や東門は首都エスプレッソや他の都市にも繋がっているため交通が盛んで、機械によって身分証の確認がされる。

 だが、魔物の生息地に繋がっている西門や人間の国に繋がっている南門は、交通量がそれほど多くなく、人の手によって行われる。

 停車していると、待機していた門番が近づいてきて、運転席に座るアニータに声を掛けて来た。


「身分証の提示をお願いします」


「あれ?」


 ふと、聞き覚えのある声にソフィアは窓を覗く。

 そこには、シルヴィアの姿があった。よくよく考えれば、シルヴィアの担当は南門だ。人の交通量が少ないため、門番として立っている人数は一人か二人。

 ローテーションで他の仕事もするため、これまでシルヴィアと門で遭遇することはなかった。

 初めて魔国に来た時の事を思い出してしまい、ソフィアは自然と笑みが出てしまう。


「シルヴィア、お疲れ様」


「ソフィア?何故、お前がこいつと一緒に?」


 声を掛けられたことで、ようやくソフィアの存在に気づいたのだろう。

 驚きに目を丸くする。一方で、ソフィアもまたシルヴィアの言葉に驚いた表情を浮かべた。


「こいつとは失礼ね」


「……失礼いたしました」


 二人は知り合いだったようだ。

 もしかすると、ロレッタとも顔見知りなのだろう。ここで門番をしていれば、自然と顔を合わせても不思議はない。


――何かあったのでしょうか?


 シルヴィアの対応は淡々としたものだ。

 かつての自分への対応と比べて、ぞんざいな対応をしていた。ソフィアが違和感を覚えていると、アニータが身分証を渡して言う。


「はい、これとスマイルね」


「申し訳ありませんが、ファストフード店のようなサービスはしておりません。確認いたしますので、少々お待ちください」


「ちぇ」


 アニータがつまらなそうな表情を浮かべるが、シルヴィアは淡々としていた。

 いつも確認しているためだろう。

 軽く身分証に目を通すと、アニータに返却する。シルヴィアのそっけない対応にアニータは不満そうだ。

 すると、隣に座るロレッタがソフィアの腕を突く。

 一体何事かと思い首を傾げると、ロレッタが言った。


「夕食」


 その単語を聞き、お昼に約束をしたことを思い出す。


「あっ、そうでした!シルヴィア、今日の夕飯はロレッタさんも一緒でも構いませんか?」


 お昼に話したとき、家主から許可を貰ったらと条件を付けたのだ。

 この場で聞いて欲しいのだと理解して、シルヴィアに尋ねた。


「ああ、別に構わない」


「ほほう、ならあたしも……」


 流れに乗って、アニータも申し出ようとするが……


「却下だ」


 取りつく島もなかった。


「うわぁん、シルヴィアちゃんが虐めるね!」


「はぁ……いくら人通りが少ないからと言って、いつまでもここにいられては迷惑だ。はやく通ってくれ」

 

「それもそうね……この後、マンデリン支部で仕事を片付けなければいけないから、いつまでも相手してられないね」


 表情が一転して、時計を見る。

 時刻は五時半前で、こんなところで時間を潰していられないと思ったのだろう。

 自分から絡んでいたのだが、まるでシルヴィアから絡まれたかのような口ぶりに、シルヴィアが苛立ちを感じ、口を開こうとすると……


「じゃあね!」


 アクセルを踏み、脱兎のごとく逃げ去る。

 ソフィアとロレッタは振り返り、後ろの窓から行き場のない憤りをため息として吐き出すシルヴィアの姿が視界に映ったのだった。






 この後も仕事があるとのことでアニータと別れたソフィアとロレッタ。

 二人は、シルヴィア邸にまでやって来た。周囲の家よりも更に大きな邸宅に、ロレッタは驚いた様子もなく平然としていた。


「フラットホワイト家か……」


「知っているんですか?」


「当然。魔王軍の四天王の一人だから、知らない方がおかしい」


「あぁ……なるほど」


 言われてみれば当然だろう。

 魔国は情報で溢れている。新聞やテレビなど、いくらでも情報を手に入れることができるのだ。


 ただ、ソフィアは知らないが魔国の通信産業は未発達である。

 その原因は魔物の存在だ。無線基地局同士を繋ぐ有線ケーブルなどの様々な通信設備を設置することができず、都市間の通信は厳しい状況だ。

 その代わりに、都市内であれば通信は可能となっている。


 そう言った事情を知らなくとも、ソフィアの周りに情報が溢れていることは事実だ。魔王軍の四天王と呼ばれている人物であれば、時折テレビに出ていることもある。

 ただ、シルヴィアの父親は、シルヴィア曰くマスコミが嫌いなようだ。そのため、テレビや新聞に載ることはまずないと言う。


 とは言え、就任時や儀礼の時にはテレビや新聞に載るため、知っていても可笑しくはない。そう思って、ソフィアは納得する。


「そう言えば、その四天王って何ですか?」


 ソフィアは前々から気になっていたことを尋ねる。

 魔国は、王政を敷いている。魔王をトップとして、その下に議会が存在する仕組みだ。四天王はそれとは別系統で疑問に思ったのだろう。


「お爺ちゃんに聞いたけど、四天王は初代魔王様が「魔王と言えば四天王だよね」ってノリで作ったみたい。一応、東西南北の支配者と言うことになってるみたいだけど、雑用?みたいな感じ」


 一瞬、三百年以上前のことをどうして知っているのか疑問に思ったが、妖精族は人間族と比べてはるかに長命だ。

 ロレッタの祖父が、三百年以上生きていても何ら不思議がない。

 それよりも、ソフィアには四天王設立の経緯の方が気になった。


「ノ、ノリですか……」


「うん、ノリ。初代魔王様は、思い付きで行動することが多かったみたい。周囲に迷惑かけて、奥さんたちに折檻されたらしい」


「そ、そうなんですか……」


 ソフィアの中では、初代魔王は偉大で英知に長けた人物だと思っていた。

 だが、ソフィアの中のイメージがロレッタの話により瓦解して行く。頬を引きつらせて話を聞くソフィアを見て、ロレッタは言った。


「馬鹿と天才はなんとやら……魔国の常識だと、歴史上に名を残す人物は全員変人だったらしい」


「嫌な常識ですね!」


 ソフィアは、自称常識人だ。

 だが、ソフィアの言葉にロレッタは心底不思議そうに首を傾げるのだった。まるで「気づいていないの?」とでも言いたそうな瞳に、ソフィアはこのままでは同類にされてしまうような気がして、話題を逸らす。


「さて、オムライスを作りましょうか……シルヴィアもそろそろ帰って来るでしょうし」


「うん。楽しみ」


 あからさまな話題逸らしだったが、ロレッタにすればどちらでも良い話なのだろう。それよりも、オムライスの方が楽しみなようだ。


「さぁ、料理を始めましょう」


 そう言って、ソフィアは料理を始めた。




*****




 場所は変わり、クリスタルマウンテン南に位置する名もなき村。

 人口三百人ほどの村で、この辺りの村の中では大きめの村だ。この日、そこには十五人ほどの者たちが訪れていた。


「クルーズ、食料を揃えてもらったぞ」


「ああ、ゴドウィンか……交渉を任せてすまないな」


 彼らは、以前セドリックの命により魔国調査を任せられていた。

 そこで得た情報をセドリックに報告したところ、再度魔国調査に戻って来たのだ。以前とは違い、今度は魔国までたどり着くことを目的としている。


「良いってことよ。それより、その魔道具本当に役立つのか?」


「分からないが、旦那様より預かった武器だ。使わずに済めばいいが」


 前回の調査では、クルーズとゴドウィンはクリスタルマウンテン中腹を越えたあたりで、ワイバーンと遭遇した。

 クルーズもゴドウィンも、セドリックが信頼している部下だ。

 信頼している部下だからこそ頼める仕事であり、同時に高い危険性を孕んだ仕事でもある。だからこそ、クルーズに武器を託した。


「フェノール帝国最新鋭の魔銃か。セドリック様をして、手に入れるのは困難なことだろうに。愛されてるじゃねぇか、俺たち」


「だな」


 冗談半分での言葉だが、クルーズに素直に首肯したからだろう。

 ゴドウィンは、眼光の鋭いセドリックに「愛しているぞ」と言われる光景を想像してしまい、顔色を青くする。

 その様子を見て、クルーズは肩越しに振り向くと呆れたように言った。


「何を想像しているんだ?」


「い、いや……最近、公爵家の侍女たちの話を小耳に挟んでな。嫌な想像しちまったぜ」


「何の話だ?……変な奴だな」


 と、クルーズが嘆息する。

 だが、本当に可哀想なのはゴドウィンよりもクルーズの方だ。それを知っているため、クルーズの後ろ姿に憐れみの視線を向ける。


「一応食料は三日分用意した……ったく、強かな老人だったぜ。十五人分が三日で金貨一枚も取られちまった」


 気を取り直すと、ゴドウィンはリーダーであるクルーズに交渉の内容を報告する。


「その辺が妥当だろうな。……確かにかなりの出費だが、予算は問題ないだろう?」


「ああ、少し多めに与えられたからな……まぁ、理由は分かっているけどな」


 今回の調査はかなりの危険が伴う。

 その危険手当でもあり、多少であれば羽目を外して良いと解釈できる。金貨一枚はかなりの痛手だが、二人は現状を理解している。

 交渉に時間をかけていられないのだ。とは言え、完全に足元を見られた結果にゴドウィンがショックを受けている様子なので、クルーズは心配ないと言う。


「幸いにもあの山は食料が豊富だ。余分な食料は、かえって邪魔になる」


「まぁ、ワイバーンの餌を増やすだけか」


「ああ、それよりも魔物避けや解毒用のポーションの類を用意したほうが良い。魔国では何があるか分からないからな」


 クルーズは魔国についての文献を調べていた。

 どれも三百年も昔のもので信ぴょう性はほとんどないに等しいが、もしかしたら役に立つかもしれないと考えたのだろう。

 体を動かす方が得意なゴドウィンと違って、クルーズは頭が良い。魔国の文字は複雑なため覚えられなかったようだが、日用会話レベルまで言語を習得したそうだ。


――まったく、大した奴だぜ


 ゴドウィンは、魔銃を確認しているクルーズを見て思った。

 クルーズもゴドウィンもセドリックには恩義があり、ソフィアの事も娘か妹のように思っている。

 良い報告ができるように。そう、心の中で祈りを捧げているとクルーズが言った。


「決行は明日の早朝だ。寝坊するなよ?」


「おう!」


 ソフィアと彼らが会合する時は、刻々と迫っていた。







しばらく投稿時間はバラバラになると思います


次話は、明日投稿します!


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