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第24話 スキルの重要性

最後に別視点が入ります。


その関係で、今話はいつもより少し長いです。

 案内された研修施設は、想像以上に広かった。

 地下を含めて三階建ての建物であり、一階にはマンデリン支部のホールの縮小版が設置されている。

 ここでは、料理人だけでなくウェイターも研修をするのだろう。

 キッチンは二階に設置されているため、ロレッタとアニータに連れられて二階へと上がる。


「ひ、広いですね」


 とてもではないが、三人で使うためとは思えないほどの広いキッチンを見て、ソフィアは表情を引きつらせてしまう。

 感覚で言うと、二十人ほど働いても問題がないくらいだ。普通のファミリーレストランの厨房よりも更に広いスペースがあった。

 一階にホールで二階にキッチン。

 使い勝手は悪いが、料理専用のエレベーターが付いているので、普通にレストランとして使われても問題ないだろう。

 ソフィアの感想を聞いて、アニータはため息を吐くと言う。


「……新入社員は、毎年十人いるかどうか……その内再教育を受けずに辞める数、八人。そんな場所に人手は必要ないね」


 そもそもこの場所は、新入社員の教育や問題ありと判断された者の再教育をするため利用する。

 毎年十人前後しかここを訪れないのであれば、教育担当者は一人か二人で事足りる。人数に対して、スペースが広いのが現状だろう。


 シュナイダーの話によると、研修期間はおよそ半年。

 研修所を出ると、そのまま最前線に配属されるため研修期間が自然と長く設定されるようだ。その間に、同期と切磋琢磨して前線に必要な能力を身につける。

 この時期であれば、研修期間の途中のはずだが、二人以外誰もいなかった。


「……因みに、今年の新入社員の方は?」


「「……」」


 ソフィアの質問への返答は、沈黙だった。

 つまりは、そう言うことなのだろう。

 いくら雇用が売り手市場だとしても、学歴のないソフィアを簡単に正規雇用することはない。

 背景に、目の前に広がる光景があったからこそ、採用されたのだろう。実力ではなく、やむを得ない事情で評価されたように感じてしまい、ショックだった。


「やっぱり、実地研修なんかしないほうが良かったね。おかげで、新入社員全員が尻尾巻いて逃げて行ったね!あっはっはっは!」


 ソフィアが密かにショックを受けていると、アニータが笑い始める。

 どうやら、最初から新入社員がいなかったわけではないらしい。

 例えるなら、教官が訓練生に戦場の空気を知ってもらうために派遣した結果、戦死して誰一人戻って来なかったと言うことなのだろう。


「だから、早すぎると言った」


「あんな結末になるなんて、誰も思わないね……仕方がないね」


 流石に負い目を感じているのだろう。アニータはどこか気落ちしているように見える。

 すると、ロレッタが厨房の片隅に置かれていた紙袋を取るとソフィアに渡して来た。無言で渡されたため、ソフィアは首を傾げてしまう。


「これ、何ですか?」


「ソフィアのコックコート……一応サイズ通りに用意した」


「えっ……あっ、本当だ!」


 先ほどの鬱屈うっくつとした気分もどこへやら。

 ソフィアは紙袋に入った純白のコックコートを見て、感動してしまう。料理人を目指していたソフィアにとって、自分専用のコックコートは憧れだった。

 今にも小躍りしてしまいそうなソフィアの様子を見て、ロレッタもアニータもこれほどまで喜ばれるとは思わず、苦笑してしまう。


「一先ず、着替えて来るね……女子更衣室はその扉を出て右に曲がったところね」


「あっ、はい!すぐに着替えてきます!」


 ソフィアは、コックコートの入った紙袋を両手で抱えて急ぎ足で更衣室へと向かった。






「……これで良しと」


 コックコートを身に纏うと、最後に料理の邪魔にならない様に髪をまとめる。

 ロレッタの言う通り、サイズはちょうど良かった。自分のためのコックコートだと実感し、気分が浮足立ってしまう。

 鏡の前で色々なポーズを取っていると……


「ここまで、喜ばれるとは思わなかったね。尻尾が見えるのは気のせいね?」


「うん、小躍りしてる」


「なんか、声かけづらいね。あたしなら、見られたら悶絶するね」


「っ!?」


 更衣室の扉から頭を出して覗く二人の小声話に、ソフィアは身を硬直させる。

 ソフィア自身、浮かれている自覚はあった。料理人に憧れていたソフィアが、自分のコックコートを与えられたのだ。無意識に小躍りしても可笑しくない……はず。

 とは言え、他人に見られる。

 しかも、初対面の相手だ。その恥ずかしさは、想像に難くない。

 自分なら悶絶するという言葉に、浮かれた気分も急降下し、冷静に鏡に映る自分を見ることができる。

 とてもではないが、人前では見せられない緩み切った表情。ロレッタから小躍りしていると言われても仕方がない動き。

 それらを思い返して、茹蛸ゆでだこのように表情が真っ赤に染まる。


「見なかったことにするのも優しさ」


「そうね」


「目を合わせてそれを言っても意味ないですよね!!?」


 恥ずかしさのあまり叫ぶ。

 アニータとロレッタとは既に視線が合っているのだ。その状況で見なかったことにできるはずもない。

 ソフィアが言うと、二人はモグラのように顔を扉に隠した。まるで何事もなかったかのように部屋は静寂で満たされる。

 ソフィアは、行き場のない感情を吐き出すようにため息を吐くのだった。


「……お待たせしました」


 厨房に戻ると、既に二人の姿があった。


「不機嫌そうね」


「何かあった?」


 白々しいという言葉が喉まで出かかった。

 二人の態度から、先ほどの一件はなかったことになっているのだろう。ソフィアが、白い目で見ているとロレッタが言う。


「緊張が解けた?」


「へ?」


 一瞬、ロレッタが言っている意味が分からなかった。

 呆然とした様子のソフィアに、アニータが苦笑して言った。


「その様子だと、気づいていなかったね。ここに来てから緊張でガチガチだったね」


 知らない内に緊張していたのだろう。

 言われてみると、更衣室へ行く前と戻って来た後の違いが分かる。先ほどの悪ふざけも、このためにやったのだろう。

 完全に自分の邪推だと分かると、無性に恥ずかしくなる。

 その姿を見て、アニータは笑みを携えると本題に入った。


「早速研修に入るね。研修の目的は、現場で通用する人材に成長させることね……まぁ、研修でしかないから、通用するかは現場に出ないと分からないね。

早速だけど、ソフィアに必要なのは料理の基本知識と提供される料理のレシピ、それからスキルの操作と取得、魔物の調理法に、あとは雑務についてね。あっ、掃除の仕方とかも必要ね」


 あまりにも覚えることが多すぎて、眩暈がする。

 いったい、いつになったら働けるのだろうか。研修は半年かかると聞いたが、ソフィアの場合それ以上かかるのでは。

 そう思った矢先……


「あと、常識も」


「そうね!シュナイダーから、常識を教えるように言われていたね!常識を教えろなんて言われると思わなかったね!」


「……」


 確かに、ソフィアは魔国の常識を知らない。

 特に常識については図書館で調べることが出来ないのだ。電車の乗り方も、横断歩道の渡り方も、魔道具の使い方も、自分で体験することでしか身につかなかった。

 シルヴィアは、新人であり仕事を覚える必要もあって忙しい。あまり、ソフィアに時間を割くことが出来ないのだ。

 常識を教えてくれるというのは、ソフィアとしても有り難い。

 だが、目の前で笑い転げているアニータを見ると素直に受け取れないのだ。顔を引き攣らせていると、ロレッタがアニータに代わって訊いて来た。


「質問はある?」


「あっ、はい……レシピや料理法については分かりましたが、スキルの操作と取得と魔物の調理って何ですか?」


「スキルの操作は、レベルの調整……スキルレベルの差で料理に差が生まれるからそれを調整する」


「ああ、なるほど……」


 言われてみて思う。

 スキルレベル九のシュナイダーが作った料理とその他の料理人の料理では差が大きすぎるのだ。

 シュナイダー本来の料理も限定だがある。とは言え、その料理だけを作るわけではない。割合的にはむしろ他の料理を担当することが多いのだ。そのとき、他の料理人と差をつけるわけにはいかないのだろう。


「スキルレベルって、調整できるのですか?」


「できる……魔法の規模を小さくするのと同じ要領」


「……私、生活魔法以外だと水魔法しか使えないんですよね。しかも、美味しいお水を出すくらいしか使えません」


「……」


 ロレッタの無言が痛かった。

 ソフィアも言っていることは理解できる。実際にアイナたちが、大きな魔法を小さくして使っている姿を見たことがある。

 あれは、魔法だけでなくスキルレベルも操作して規模を縮小しているのだろう。もともと規模が小さいソフィアには、必要ないことで感覚が分からないが。

 ロレッタが気を取り直してコホンと咳払いをすると、説明を続ける。


「ソフィアには、調合スキルと目利きスキルを身に着けてもらう。どちらも料理には必要なスキル」


「調合スキルに、目利きスキルですか?」


「そう。調合スキルはスパイスを扱うのに必要なスキル。目利きスキルは、食材を活かすスキル。どちらも料理人として必要なスキル……取りあえず、これを食べ比べてみて」


 そう言うと、近くに置いてあった食卓カバーのようなものを持ちあげる。

 カバーの中には二つのお皿がある。チキンの香草焼だろうか。複数のスパイスの良い香りがソフィアの食欲を刺激する。


「これは何ですか?」


「ハーブスパイス焼き。フライパンで焼いて、ハーブを溶かしたバターに混ぜたバターソースを掛けるだけ……簡単だけど、素材そのものの味とスパイスが際立つ料理。バターソースには、バジルとタイム、それからオレガノを使ってる」


「えっと……バジルなら分かるのですが、それ以外のスパイスは?」


 一度に多数のスパイスを言われても理解できないのだろう。ソフィアは、戸惑いの声を上げてしまう。

 ロレッタは、簡潔にソフィアの質問に答える。


「タイムは香りがそれほど強くないけど、苦味や辛みがある。肉料理によく合うスパイス。それから、オレガノは香り付け。香味が強いから扱いは注意が必要。取りあえず、食べてみて」


 ロレッタに促されて、串に刺さったチキンを一口食べる。


「とても美味しいです……」


 複数のスパイスが織りなすハーモニー。

 一つのスパイスでは決して作り上げることが出来ない複雑かつ繊細な名状しがたい香りがソフィアの鼻孔をくすぐる。

 だが、それよりもソフィアが気になったのはお肉の方だ。


「あのっ、このお肉何なんですか?鶏肉かと思ったのですが、全く別物のように感じます。噛めば噛むほど、旨みが溢れてきます」


「ブラウンバード」


「……」


 ソフィアは、ロレッタの言葉を聞き硬直する。

 もう、何度目の驚きだろうか。魔国に来てから、驚いてばかりだ。ブラウンバードとは、フォレストベアーよりは弱いが、全長二メートル近くある巨鳥だ。

 魔物に分類されるため、到底食べられない。そう考えていた。


――これがブラウンバード、ですか……


 普通に使われている鶏肉とは違う。

 豚や牛と比べて、脂が少なく身が引き締まっている所は鳥と同じだ。だが、決定的に違うのは、噛めば噛むほど内から旨みが溢れ出て来る。

 いくらでも食べていられそうな、魔性の魅力とでも呼べるようなものがあった。

 魔物がこれほどまでに美味しいのか。感動にも近い感情を抱いていると、ロレッタが口を開いた。


「次が本命……食べれば、言いたいことが分かる」


 次いで、もう反対側のチキンを食べた瞬間……


「っ!?」


 驚きに目を丸くする。

 ソフィアを襲ったのは香りの爆発だ。限りなく高められたスパイスの数々が、鼻を突き抜ける。


――同じ料理とは思えません


 言葉は出なかった。

 ただ、感じられるのは香りの調和。先ほど感じられたのは、暴力的なまでの強い香りだったが、荒々しく喧嘩をしているわけではない。

 むしろ、静かに調和している。そんな感じだ。


 そして、ブラウンバードもまた別物だった。

 先ほどの料理でも、ブラウンバードは圧倒的な存在感を醸し出していた。だが、こちらの方が何倍も美味しく感じてしまう。


――これが、素材を活かすと言うことですか


 これが目利きスキルの影響なのだろう。

 普通の食材を扱った場合には、ほとんど大差がない。だが、魔物の素材という限られたジャンルの中では、これだけ明白な差が現れる。


「これが魔国の料理……」


 ソフィアが、魔物の食材やスパイスを使った本当の魔国の料理を知った瞬間だった。




******




 場所は変わり、魔国の首都エスプレッソ。

 その中心部に建つのは魔国の象徴である魔王城。最近建て替えが行われたため、外観はともかく内部はかなり近代的になっている。


「ソフィア=アールグレイか……」


 壮年の男性が、椅子に腰かけて一枚の報告書に目を通す。

 報告書には、ソフィアの国外追放処分の内容が書かれていた。しばらくすると、ノックする音が響き渡る。


「失礼します。アルフォンス=リンです」


「入れ」


 壮年の男性がそう言うと、扉の向こうから一人の銀髪碧眼の青年が入って来た。

 歳は二十代くらいだろう。顔立ちが非常に整っており、カッコいいというよりも美しいという言葉の方が似合う中性的な容姿をしていた。


――俺も、昔はあれくらい整っていたんだぞ


 壮年の男性は、美しい所作で佇むアルフォンスに対抗心を燃やす。

 とは言え、現状では勝てそうにないので口には出さないが。そんな気持ちを変えるように、ゴホンと咳払いをして本題に入る。


「この報告書を見ろ」


「はい……っ!?」


 先ほどのソフィアの報告書を渡すと、アルフォンスは目の色を変える。

 明らかに動揺していた。普段から冷静沈着で、病気を疑うレベルのワーカーホリックのアルフォンスが、たった一枚の報告書に動揺するのは、男性からしても意外だった。


「やはり知っているようだな」


「……はい。しかし、私にこの報告書を見せた意味は何でしょうか?」


 報告書から視線を外すと、アルフォンスは男性と視線を合わせる。

 おそらく先ほどの動揺をなかったことにしたいのだろう。その姿を懐かしく感じてしまい、男性は苦笑する。


「取り繕う必要はないぞ。電車を見て腰を抜かす姿を見たんだ。この程度恥ずかしくないだろう?」


「あ、あれはっ!?」


 もう十年近く前の話だ。

 アルフォンスも当時の事を思い出したようで、先ほどよりも慌てた様子で言葉を遮ろうとする。

 とは言え、男性はこの話を今するつもりはなかった。笑い声を上げて、本題に戻す。


「くっくっく。まぁ、揶揄からかうのもここまでにするか」


「……」


 アルフォンスは男性の言葉に憮然とする。

 その様子を見て揶揄いたくなる衝動が込み上げて来る。だが、それを抑えて真剣な表情で言った。


「アルフォンス=リン。いや、アルフォンス=ダージリンに、マンデリンへと向かい、人間の国との国交回復への橋渡しをする勅令を下す」


 男性の言葉に、アルフォンスは動揺の色を目に宿す。

 しかし、冗談で言っているのではないと理解したのだろう。僅かに逡巡した後、恭しく頭を下げた。


「……拝命いたします、魔王様」







お読みいただき、ありがとうございます!


次話更新は、明日になります!

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