表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/145

第3話 プロローグ(3)

本日三話目の投稿です。


「お前……」


 ソフィアは少女のその言葉に、はっとなる。

 先ほどまで顔を隠していたフードが取り払われた。それはつまり、人間であることがばれてしまったのだ。

 そして、それを知った少女の反応は顕著であり、烈火のごとくソフィアに怒鳴り声を上げた。


「頭部に出血の跡があるぞ!何故、今まで放っておいた!」


「え?」


 少女の言葉に、ソフィアは呆然としてしまう。

 頭部の出血。それは間違いなく御者の男性が石を投げつけた時にできたものだ。魔物に見つからない様に必死に逃げて来たソフィアには手当てをしている余裕もなかった。

 そのため、傷口の血は乾いて固まってしまい、真っ白な肌は赤黒い色に変わってしまった。


「え?ではない!まったく、止血もしなければ消毒をしてもいないのだろう?ちょっと待て、先に水で傷口を清潔にしないとな」


 そう言うと、少女は近くにあった台所へと足を運ぶ。

 そして、驚くことに蛇口を軽く回すと水が出て来るではないか。アッサム王国は、地下水脈が豊富な国だ。至る所に井戸があるものの、水を引き上げる作業がかなりの重労働だとソフィアは知っていた。

 だと言うのに、目の前で起きている現象はどうだろう。軽く回しただけで次々ときれいな水が出て来るではないか。

 その出来事に目を見張ったソフィアだったが、少女が戻って来ると水を浸した布を使って、傷口を清潔にしてくれる。


「どうして?」


 丁寧に拭いてくれる少女に、ついソフィアは尋ねてしまう。

 すると、少女は呆れたように言った。


「けが人が居れば助けるのは当たり前だろう。これも兵士の仕事の一環だ」


「そうじゃなくて、私は……人間ですよ」


――どうして、人間にも優しくするの?


 人間の間では、獣人は魔族の中の一種族だ。

 かつての文献では、獣人はその並外れた身体能力から戦争では重宝され人間によって戦争の駒にされたとあった。

 他にも、エルフはその類稀な容姿から、ドワーフはその並外れた技術力から、などなど様々な要因で彼らは奴隷のように扱われた歴史がある。そのため、彼らから人間は嫌われている……そう思ったのだ。


「ああ、そのことか。お前たちがどう考えているかは知らんが、ここでは人種による差別はない……沁みるぞ」


「っ!?」


 肌を清潔にすると、ガーゼに何らかの液体を染み込ませて傷口に塗る。

 それは、今までに感じたことのない痛みだった。思わず、びくりと反応してしまい涙目になりながらも、視線を少女に合わせる。


「これは、消毒液だ。詳しい成分は良く知らぬが、傷口に菌が入ることを防ぎ、傷の悪化を防いでくれる……あとは、絆創膏を貼っておしまいだな」


「……ありがとうございます」


 傷の手当てを終えた少女は、救急箱を元の位置に戻すとソフィアと向かい合う。


「それにしても、なるほどな。何やら訳ありだと思っていたが、人間だったとは。ばれれば殺される。そう思って、自殺願望を……うん?納得できるの、か?」


 少女は、ふと話の矛盾に気づく。

 何故、殺されたくない。そう思いながらも、殺してほしいなどと言ったのか理解できなかったのだろう。

 ただ、少女の考えとソフィアの考えは違う。あそこで殺されなければ、魔物になぶりものにされた挙句殺されると考えていたのだ。だからこそ、より安らかな死を迎えられる方を選んだに過ぎない。


「まあ、それはひとまず置いておこう。だが、何故殺されると思いながらもここまで来た?職務上、それについてはしっかりと聞いておく必要がある」


「それは……」


 彼女の立場上、これは避けられない問題だ。

 はっきり言って語りたくはない。だからこそ、いくつかの部分をぼかしつつ国外追放にされたと言うことを話した。


「なるほど、な……実質は極刑と同等の処罰のつもりだった、と言うことか」


 今まで戦闘経験のない少女を一人で国交もない国へと送る。

 仮に魔物にでも襲われればまず命がない。そもそも、魔国の道が整備されていたからこそ動くことが出来たが、全く整備されていない獣道であればここまでたどり着くこともできず、途中で朽ち果てていただろう。

 それを理解したのか、少女は端正な顔を歪める。


「はい。ですが、私はここまでたどり着いてしまった。それが最大の誤算でしょう」


 誰もソフィアがここまでたどり着けるなど考えてはいなかったはずだ。

 おそらく、道中ゴブリンにでも襲われて非業の死を遂げる。そう、予想を立てていたはずだ。

 本当に、運が良かった。そう口にすると少女は首を横に振る。


「いや、違うぞ。先ほど言ったであろう。ここでは人種の差別はない。だからこそ、ゴブリンは魔物ではなく魔族として扱われ、この国の立役者となっている」


 少女の語る言葉が信じられなかった。

 あのゴブリンが、都市内部で生活をしている。ソフィアはゴブリンを見たことはないが、話を聞く限りでは文明とは距離を置いた存在であると聞いていた。

 カルチャーショックを覚えていると、ふと名前をまだ聞いていないことを思い出して少女に尋ねる。


「失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?私は、ソフィア=アール……いえ、ソフィアです」


 もう公爵令嬢ではないのだ。

 仮にアッサム王国で家名を名乗れば、貴族詐称罪で罪となる。国外であるため、気にする必要はないのだが、それでもソフィアなりのけじめだろう。


「ああ、まだ名乗っていなかったな。私はシルヴィア=フラットホワイトだ。御覧の通り魔王軍で治安維持を任されている」


 どうやら、かの有名な魔王軍の一員だったそうだ。

 魔王軍については、資料と言うよりも昔話として数多く残されている。曰く、魔族の王様である魔王が引き連れる悪魔の軍隊で、人間に残虐な行為をして回ったそうだ。

 ただ、それはお伽噺の中だけのようだ。実際には、シルヴィアのように治安維持や魔物の討伐を仕事としている。


「それで、これからどうするつもりだ?」


「どうする、とは?」


「決まっているだろう。衣食住の当てもなく、これからどう生きるつもりだ?」


 将来の展望など全く考えていなかった。

 少なくとも殺されない、食べられない。それが分かった以上、自分の生活費は自分で稼ぐ必要がある。

 だが、このご時世にそう簡単に仕事が見つかるとは……


「この身を売るしか、もうないのでしょうか?」


 自分にある物。それは、自分の体しかないのだ。

 幸いにも、ソフィアは男性に好まれるような体型をしていると自覚している。顔の美醜は、周囲からは普通と呼ばれるためそれほど整っていないのだろう。


 ただ、スタイルに関してはアイナよりも優れていると知っている。

 ソフィアは、どういう訳か国庫の管理もしていた。本来ならば、それは財務卿の仕事なのだが、彼が王太子とアイナの散財を止められないため宰相と分担してそれを行って来た。

 その時、偶然にも国家予算の名目でアイナのドレスが購入されているのを目にしたのだ。

 購入者はやはりローレンス。ソフィアには一度もドレスを贈ったことがないのに、妹には贈っていたのだ。


 そして、その時ソフィアはアイナのドレスのサイズを知ってしまった。

 そのため、いつも劣っていると言われているアイナよりもスタイルが優れていることに関しては、密かな自慢だったりする。


「はっ?ちょ、ちょっと、待て!」

 

 ソフィアの突然の答えに、シルヴィアは間の抜けた声でソフィアの言葉を制止しようとする。

 だが、ソフィアは止まらない。目には涙を溜めて頬はまるでリンゴの様に真っ赤になりつつも、彼女の口は淀みのない口調で流暢な魔国語を紡ぐ。


「私のような愚図で役立たずな者が出来る仕事など……娼婦くらい。

おそらく、天はそのために妹よりも男好きのする体を与えて下さったのでしょう。そして私は、毎夜のように殿方の欲望のはけ口となって……」


「だから、ちょっと待てと言っている!と言うよりも、どうしてお前は何故こうも極端なんだ!?普通は娼婦ではなく、まず別の仕事を上げるだろう!」


 シルヴィアは、はぁ、はぁと呼吸を荒くしてソフィアを見る。

 実を言うと、ソフィアは耳年増だ。生娘であるにもかかわらず城や実家の侍女たちから男女の営みについて、顔を真っ赤にしながらも聞いていたりする。

 そうでなければ、魔物とは一切無縁な生活を送っている令嬢がゴブリンの習性に付いて知るはずもないだろう。


「あっ、うぅ~。た、確かに……」


 仕事と聞かれてまず娼婦を思い浮かべる自分。

 シルヴィアの言った通り、まずは掃除や料理など侍女のような仕事を思い浮かべるべきだろう。その辺りに、自分の性格が見え隠れしていることに気づいてしまい赤面する。

 だが、これだけは……公爵令嬢としての矜持だろう。このまま耳年増な子として思われるのを避けるため、弁明を述べる。


「けど、私は本当に愚図なんです!仕事は遅くて、毎晩日付が変わる時刻まで仕事を続けて、それを見かねたお優しい宰相様の手を煩わせてしまうほどなんです!」


 これはこれで、公爵令嬢としての矜持が傷ついたのではないか。

 だが、本人はそれに気づいた様子もない。そのため、突然自虐されてシルヴィアは頬を引き攣らせてしまう。


「まあ、そのなんだ。人には向き不向きがあるさ。私も、書類仕事は嫌いだし体を動かしている方が性に合うからな……気にすることはないと思うぞ。と言うよりも、他に何か特技はないのか?」


「特技ですか?……そう言えば、外交をしたときに料理をふるまったことがあります。その時、皆さん大そう喜ばれまして」


 ソフィアが料理を始めたきっかけは、かつて母親に料理を作った時だ。

 初めての料理は不格好で、料理人が作ったものと比べると随分と粗末だった。だが、そのとき母親が「美味しい」と言って褒めてくれたことがある。

 

――とても嬉しかったですね


 だが、立場上そう簡単に料理をすることが出来ない。それこそ、実家では包丁も握ったことがないのだ。

 唯一の例外は外交に出た時だ。

 これもまた、意味が分からないのだが外務卿の娘で次期王妃と言う理由で、王太子に代わり外交に出たことが多々ある。その時、料理をするなとは言われておらずアッサム王国内では考えられないほど自由に行動することが出来たのだ。


 外交で行き詰っている時も、料理をすることがその気持ちを忘れさせてくれた。

 最初は嫌われていた相手でも料理を通じて会話に笑顔が浮かぶことから、美味しい物を食べることから幸せを感じるのは、国が違っても変わらない不変の事実だ。そう思えるようになった。


 ――私も、料理が好きだったんですね


 食べる側と提供する側。

 違いこそあっても、ソフィアは自分の作った料理が相手を幸せな表情にする。それが嬉しくて、外交でも料理を作っていた。そう、今さらながら気が付き、ソフィアは自嘲的な笑みを浮かべる。

 

「ほう、料理が得意なのか。因みに聞くが、調味料を洗剤と間違えるようなベタなミスをしたことはないだろうな?」


 ソフィアの自虐の笑みを勘違いしたのだろう。これまでの会話からソフィアがどこか抜けている性格だと理解したため、シルヴィアはその料理を食べた人間が生きているのか心配そうだった。


「洗剤とですか?くすくす、そんなミスしませんよ。

けれど、皆さん大そう喜ばれておりまして、まるで天にも昇るかのようなと評価してくれました」


「ちょっと待て!そいつらは、本当に天に召されていないのだろうな!?」


 当時の事を思い出して頬を緩ませるソフィア。

 一方で、シルヴィアはソフィアの手料理によって、物理的に天に召されたのではないか。そう、心配になってしまう。

 だが、ここにもまた二人の間で意見のすれ違いが生じていた。


「それよりも、お腹が空いたのだろう?おにぎりしかないが、これを食べると良い」


「おにぎり、ですか?」


 シルヴィアが取り出したのは、白い粒粒が三角形を為しており、ちょうど真ん中に黒いシートが付けられているものだ。

 アッサム王国の主食は小麦を使ったパンだ。そのため、お米を見たこともないのだろう。そのため、おにぎりを受け取ってもソフィアは戸惑ってしまう。


「その様子だと知らないらしいな。これは、初代陛下が好んで食べられたお米から作った物だ。中には具材として梅干しが入っており、おにぎりと呼ばれている」


「おにぎりですか?」


「ああ、私はパンよりご飯の方が好きでな。すまないが、それで我慢してくれ」


「いえ!ありがとうございます」


 よほどお腹が空いていたのだろう。

 ソフィアは、おにぎりを物珍しそうに観察した後、その小さな口で一口かじった。すると、その瞬間ソフィアが目を見開く。


「お、美味しいです……」


「そうか……それは良かった。そうだな、次は一気に真ん中あたりまで食べてみろ」


 この時、ソフィアは気づかなかった。

 シルヴィアがソフィアの様子を見て頬を綻ばせていたものの、意地の悪い笑みを浮かべていたことを。

 そして、何も知らないソフィアは、その言葉に従って一気に食べる。


「す、すっぱい!!な、何ですか、これは!?あっ……」


 その正体は、梅干しだった。

 もちろんソフィアは梅干を食べたのが初めてだ。だからこそ、立ち上がると大声を出してしまうほどオーバーに反応してしまう。そして、淑女にあるまじき振舞いだと気づいたのだろう。

 顔を真っ赤にすると、この反応を期待していたはずのシルヴィアに恨みがましい視線を向ける。だが、思いのほか美味しかったことに気づいたのだろう。

 何を言うこともなく、恥ずかしそうにもう一度座り直した。


「どうだ、美味しかったか?」


「はい……真ん中の物には驚きましたが、美味しくて驚きました」


「それは、良かった……そう言えば、お前スキルはどのようなものを持っている?」


 シルヴィアはおにぎりを食べ終わったソフィアにお茶を出すと、ふと何を思ったのか尋ねる。だが、スキルと言われてソフィアは何のことを言っているのか、意味が理解できなかったのだろう。首を傾げてしまう。


「スキル、ですか?」


「人間は知らないのか?これもまた、初代陛下が編み出した秘術の一つだ。知らないのも無理はないか……そうだな、取りあえず調べてみるとしよう。もしかすれば、意外な適性が分かるかもしれない」


 釈然としない様子のソフィアに、それが良いと言ってシルヴィアは一枚のカードを持って来る。


「これは、スキルカードだ。これに魔力を流せば、その者のスキルが分かる。まあ、物は試しだ。これに魔力を流してくれ」


「はぁ……」


 どうにもスキルと言われてもよく分からないソフィアは、言われるままにカードに魔力を流した。すると、自身の魔力が文字となってカードに浮かび上がるではないか。

 その光景に思わず見とれてしまうが、すぐに光は収まった。そして、シルヴィアがカードの内容に目を通すと……


「っ!?これは……」


 詰所内に、シルヴィアの驚愕の声が響き渡ったのであった。








プロローグは三話では終わりませんでした。


四話目の投稿は、早ければ今日中にでも行います。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ