第22話 元公爵令嬢は働きたい
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面接を終えて一週間が経つ。
春が過ぎて、夏の暖かな気候に変化するこの季節。魔国の最南端に位置する都市マンデリンでは、衣替えを経て徐々に半袖の姿が目立ち始めていた。
早朝。
ソフィアとシルヴィアは朝食を取り終え、リビングのソファに座っていた。シルヴィアは、コーヒーを片手に新聞を読み寛いでいる。
「苦いです……」
一方で、ソフィアは、コーヒーの苦さに寛ぐことは出来ていないようだ。
ほとんど砂糖を入れていないため、苦いのだろう。顔を顰めてコーヒーの黒い水面を見つめていた。
「お前、コーヒーは苦手じゃなかったのか?いつもは紅茶しか飲まないのに、どうして今日はコーヒーなんだ?」
「えっと、紅茶の茶葉を切らしていたので。それにしても、よくこんな苦いのが飲めますよね」
「コーヒーには覚醒効果があるからな、この朝の時間帯はどうしても眠気を感じてしまうから丁度良い。そう言うお前は……」
途中で言葉を濁したシルヴィアの様子が気になり、ソフィアは首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや……眠くはならないのかと聞こうと思ったが、睡眠耐性を持っているのだったな」
「ああ、なるほど」
シルヴィアの言葉に、ソフィアは自分がレベル八の睡眠耐性を持っていることを思い出す。
このスキルのおかげで、睡眠と言うより仮眠としか言えない睡眠時間でも眠気を感じなくなった。ここ最近では、六時間以上睡眠時間を確保しているため、朝に眠気を感じたことはないのだ。
シルヴィアは、そのことを思って言葉を切り上げたのだろう。
ソフィアを見る視線に憐憫の情が含まれていたが、ソフィアは気づくことがなく話題を転換する。
「そう言えば、コーヒーには美容効果とダイエット効果があると聞きましたよ!」
ソフィアは、以前シルヴィアの行きつけのコーヒーショップで聞いた話を思い出す。
コーヒーには、覚醒効果だけでなく、美容効果やダイエット効果やリラックス効果など、様々な効能があると店員が言っていた。
デメリットとして利尿作用があるらしいが、余計な水分が取り除かれるためむくみの解消にも期待ができるとのことで、非常に健康に良いらしい。
まさに良薬は口に苦しと言うことなのだろう。
「迷信に決まっているだろう」
「いいえ、事実です!」
呆れたようにシルヴィアが言うと、ソフィアは人差し指を伸ばすとシルヴィアに向ける。何やら確信を持っているようで、堂々とした態度だった。
「……どうして私を指すんだ?」
「シルヴィアの朝食の量は私の三倍以上、なのに私よりも細い。そして、肌は外に出ているとは思えないほど真っ白じゃないですか」
「それは、偶然で。コーヒーは関係が……「ありますよね?」……」
ソフィアからただならぬ威圧感を感じ取り、シルヴィアはそのまま押し黙る。
それを肯定と受け取ったのだろう。ソフィアは、にっこりと笑うとティーカップを口に運ぶ。
「けほっ!……に、苦い」
いつもの紅茶の要領で飲んだため、普段なら感じられない苦味に思わず咽てしまう。
「なら、砂糖を入れれば良いだろう……スティックを二本入れれば、飲めるようになるだろう」
その様子を見て、シルヴィアが呆れたように言う。
ソフィアは基本的に甘党だ。美容や減量のために無理をしてコーヒーを飲むのであれば、もう少し砂糖を入れれば良いと勧める。
だが、ソフィアはその提案を取り入れることはできなかった。
「……年上としての面子があるのです」
小声で呟くと、シルヴィアのカップを見る。
そこには、ソフィアと同じドリップしたばかりのコーヒーだ。ブラック派のシルヴィアのコーヒーには、もちろん砂糖は入っていない。
年下のシルヴィアが無糖で、年上の自分が砂糖を入れていることを気にしているのだろう。視線からその理由に気が付いたシルヴィアは、思わずため息を吐いてしまう。
「砂糖を一本入れている時点で、関係ないと思うのは私だけか?」
「へ?」
そう、ソフィアは既にスティックの砂糖を一本入れている。それだけは、どうしても譲れなかったからだ。
既に一本入れている時点で今さら何本入れても結果は変わらない……シルヴィアの指摘に気が付いたソフィアはポンと手を打つ。
「それもそうですね……もう、傷つく面子がありませんでした」
「……それは、それでどうなんだ」
と、シルヴィアが微妙な表情でソフィアを見ていると、一本、二本、三本、四本……次々と投入される砂糖を見て、シルヴィアは顔を引き攣らせていた。
「お、おい……正気か?」
「ええ、もちろんですとも」
ソフィアは甘党で、甘いものは大好物だ。
砂糖がジャリジャリと音を立てるのを聞き、コーヒーが美味しい飲み物のように感じて来た。
ふと、視線を上げると、シルヴィアと視線が交差する。
「……どうかしました?」
シルヴィアは、ソフィアを見てまるで未確認生命体にあったかのような表情をしていた。どうして、そのような表情をするのか理解できずソフィアは首を傾げる。
すると、シルヴィアが意を決したのか、ソフィアの気づいていない事実を突きつける。
「ダイエットはどうした?」
――チャリッ!
シルヴィアの一言に、ソフィアは硬直する。
甘いコーヒーを見て微笑んだ状態だが、目が笑っていない。それどころか、見る見るうちに、目から光が消えていく。
そして、ベージュ色に変わった水面を無言で見つめる。
「ま、まぁ……気にすることはないんじゃないか?お前だって、太っているわけではあるまいし」
事実を突きつけてしまった罪悪感だろう。
シルヴィアは、無言で固まるソフィアが怖くなりフォローをする。
「私、こちらに来て体重が三キロ太ったんですけど……」
「……」
ソフィアが静かに告げた事実に、シルヴィアは言葉に詰まる。
とは言え、ソフィアはもともと重労働により体重が平均よりも軽かった。本人は太ったと言っているが、健康的な太り方だ。
ソフィアもそれは自覚しているのだが……
――このまま太り続けたら、どうなるのでしょうか?
それを考えただけで、背筋が寒くなる。
そして、その原因となるものは目の前にある。このまま飲めば、太る。しかし、捨てるのは勿体ない。ソフィアは、葛藤の末飲むことに決めた。
「ああ、一キロ太ったような気がします……」
体に入って来る糖分が、自分の体重に変換されているのだと思うと涙が出て来る。だが、甘さは好みだ。
太ると思うが、この甘さを喜ぶ自分がいる。自分が複雑な表情を浮かべていると思う。その証拠に、シルヴィアが居たたまれない表情をしていた。
「今日から働き始めだが、緊張しているか?」
シルヴィアが場の雰囲気に耐えられなくなったのだろう。話題を転換した。ソフィアは、コーヒーから意識を逸らすと答える。
「はい。……緊張しているかと聞かれれば、していると思います。ですが、それ以上に料理人として働けることが楽しみです」
「ワーカーホリックも、ここまで来ると病気だな」
シルヴィアは、そう言って呆れたように苦笑する。
何か自分が変なことを言ったのだろうか。そう思ったが、流石に病気は言い過ぎだと思い、やんわりと反論する。
「あははは、流石に病気は言い過ぎですよ。最近はあまり忙しくなかったので、落ち着かなかっただけです」
「……いや、その言葉を聞いて確信した。医者に聞くまでもなく病気だ、間違いない」
「そうですか?そんなことはないと思いますけど……」
そう言って、ソフィアは首を傾げる。
その様子を見てシルヴィアはため息を吐くと、ふと視線を時計に向ける。
「もう七時半を回るが、今日は早めに出た方が良いんじゃないか?」
「あっ、もうこんな時間でしたか。そうですね、そろそろ支度をします」
シルヴィアに指摘されて時刻を見ると、すでに七時半を回っていた。
出勤時間が九時でまだ時間があるものの、初日から遅刻するわけにはいかない。そのため、余裕を持って出勤するつもりだ。
飲み終わったティーカップを洗い終えると、ソフィアは家を出た。
早速、マンデリン支部にやって来たソフィア。
料理ができて、かつ働ける。その期待に胸を膨らませて料理長室を訪れたのだが、シュナイダーの言葉に愕然とする。
「働けないのですか!?」
「そうは言っていない。ここに限らず、大抵の企業は研修期間を設けている。ここの規定として、研修課程を修了しなければ正式に働くことはできない」
研修期間は、就職に限らずアルバイトにも言えることだ。
ただし、正社員はアルバイトに比べて仕事が煩雑で覚えることが多い。そのため、研修の質や量はアルバイトとは比べ物にならない。
接客業では、研修所以外にも教育店を設けている企業があり、すぐさま一線で働くようなことはないのだ。
それを聞いたソフィアは、ガッカリとした表情で俯く。
「……やっぱり、要らない子なのですか?」
「そうは言っていない……だから、研修を受けに行けと言っている。そもそも、アンドリューから聞いていないのか?」
「聞いていませ……記憶にございません」
「どこの政治家だ、お前は……まったく、アンドリューの奴、説明を忘れていたな」
その話を聞いていれば、ここへは来なかっただろう。ただ、アンドリューが責務を怠ったということになるため、咄嗟に庇ってしまう。
だが、シュナイダーはそれに気が付き、ため息を吐く。
「きっと、お忙しかったんですよ……」
「フォローの必要はない。そうすると、余計に調子に乗るからな。まぁ、向こうにはこちらから連絡を入れておく。これから向かうと、伝えておくから慌てず向かえ」
「了解です」
ソフィアが了承したのを見計らって、シュナイダーは近くに置いてあった紙袋の中を漁り始めた。
「ちょうどいい機会だ。これを渡すつもりだった」
そう言って渡されたのは、シンプルなデザインのポーチだ。魔法が掛けられているようで、小さな見た目に反して中は広かった。
「これって、マジックポーチですか!?受け取れませんよ、こんな高価な物!」
マジックポーチは空間魔法が掛けられたポーチのことだ。
空間魔法は固有魔法に分類されるため、市場に流れているマジックポーチの大半が二百年以上前に作られたものだ。
魔法で劣化への対策が施されているものの、現存する数が需要に対して少ないため高値で取引されている。
「ああ、前回は助けられたからな。俺が昔使っていた物だが、今は使っていない。正当な報酬として受け取ってくれ……それよりも、中に瓶が入っているだろう」
報酬とは言え、流石に受け取れない。そう言おうと思ったが、シュナイダーも返品を受け付けるつもりがないようで、すぐに別の話に移る。
ポーチの中を手で探ると、確かに五本ほど栄養ドリンクサイズの小さな瓶が入っていた。その中の一本を取り出す。
「これは、マナポーションでしょうか……それも、魔力回復型の」
中に入っていたのは、赤い色の液体だ。
この世界には、大きく分けてヒールポーションとマナポーションの二つがある。
ヒールポーションは外傷や病気を治す効果がある緑色の薬液だ。
錬金スキルのレベルで性能に差が生じるため、一般的に下級、中級、上級に分けられる。スキルレベル六ではギリギリ上級が作れるとのことだ。噂によると、上級よりもさらに上でレベル十の人が作った特上級のポーションでは不治の病でさえも治せるらしい。
ただ、一般に扱われている下級は即効性に乏しく、治癒能力を高めることや痛みの軽減程度の効力しかない。中級では、大抵の怪我はすぐに直すことができる。だが、骨折のような骨の怪我となると上級が必要となる。
一方で、マナポーション。
こちらは、魔力を回復させる効果があり、区分はヒールポーションと同じだ。また、状態異常や精神的な疲労を取るポーションもマナポーションに分類されている。
ポーションを自作していた関係で、すぐさま魔力回復型だと気が付いたことにシュナイダーは僅かに驚いた様子だ。
「ああ、その通りだ……よく分かったな。錬金スキルでも持っているのか?」
「ええ、マナポーションの精神疲労回復型はよく自作していましたので……おかげでスキルレベルは六ですよ」
「……多芸だな」
突然のカミングアウトに呆れた表情を浮かべるが、すぐにゴホンと咳払いをして言葉を続ける。
「まぁ、必要になるかは分からないが持っておくと良い。俺よりも、お前の方が必要だろうしな」
マジックポーチはもちろんのこと、マナポーションもそれなりに値が張る。
魔国では錬金術師は国家資格であり、ポーションの販売を行って良いのは限られた者のみで、品質にも規定があるからだ。
頂いても良いのか戸惑うものの、素直に受け取ることにした。
「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」
「ああ、そうしてくれ。取りあえず……これか。簡易な物だが一応地図だ。道に迷わない様に気をつけろよ」
ソフィアがマジックポーチを受け取るのを見てから、シュナイダーは引き出しの中を漁る。そこから一枚のプリントを取り出し、ソフィアに手渡す。
「……私、地図は苦手なんですよね」
地図をプリントされた紙を受け取るが、表情がさえない。
方向音痴を自覚しているため、地図を貰ってもたどり着ける自信がないのだ。最悪、お巡りさんに道でも聞こうと思いながら、地図を受け取った。
「まぁ、頑張れ」
と、気休めにもならない言葉を言い残して、ソフィアはシュナイダーに促され料理長室を後にしたのだった。
後にこのことを後悔するとは知らずに。
お読みいただき、ありがとうございます!
三章及び四章は一セットなので
なるべく早いペースで更新して行きたいと思います
今後も、本作をよろしくお願い致します!




