第21話 就活の終わり
「ここは……」
ソフィアが目を覚ますと視界に映ったのは、見知らぬ天井だった。窓の外からオレンジ色の光が差し込んでいて、真っ白な天井をオレンジに染めていた。
体勢からして、どうやらベッドの上に寝かされているらしい。ソフィアは、どうしてこのような状況になったのか理解できず、掛け布団を退けると体を起こそうとする。
「……え?」
体を起こそうとすると、自身の体に異変を覚える。
動こうとしても、上手く体に力が入らない。そんな感覚だ。
――あれ、この症状って……
ソフィアはこの症状に覚えがあった。
最近では全くなかった。だが、アッサム王国の学園に通っていたとき、ある授業では毎回の様に発症していたものだ。
「確か……」
ソフィアが、その症状の名前を口に出そうとすると誰かが声を発する。
「ここは医務室だ。お前は、魔力切れで倒れたんだ」
「シュナイダーさん!」
カーテンの間から現れたのは、シュナイダーだった。
魔力切れと言う言葉にソフィアはやはりと言った思いだ。ソフィアの魔力は、アイナやローレンスとは比べ物にならないほど低く、人族において凡人の域を出ない。
料理魔法も魔法の一種だ。二時間ほど持続させていたため、適性のない魔法に比べてはるかに魔力消費量が少ないとは言え魔力切れを起こしてしまったのだろう。
「……その様子なら、大丈夫そうだな」
ソフィアの様子を見て、安堵した表情を見せる。
突然倒れたのだから、シュナイダーが心配するのも無理はない。ただ、ソフィアからすれば、体調管理が出来ていなかった自分のミスだ。
少し居た堪れない気持ちに襲われる。
「ご迷惑をおかけしました……」
「いや、気にする必要はない。それよりも、一つだけ聞きたいことがある」
シュナイダーはそう言うと、ベッド近くにある椅子に腰かける。そして、一拍を置くと質問する。
「お前の料理スキルは十じゃないのか」
「え?」
シュナイダーの言葉は確信を持っているようだった。
ソフィアは、スキルレベルを一応隠しているつもりだ。周囲の意見からスキルレベルを隠しておかなければ、無用なトラブルを生むと聞かされたからだ。
誤魔化すべきか、真実を話すべきか、悩んでいるとシュナイダーが語る。
「お前が料理している所は見せてもらった。
技術や知識はともかく、料理工程からお前の料理スキルが俺よりも上だと感じた。そして、俺の料理スキルのレベルは九。つまり、その上となると……」
ソフィアは、シュナイダーがソフィアの料理レベルがカンストしていると確信している理由に気がつく。
シュナイダーの目は本気だ。真摯に答える必要があると感じたソフィアは、一息つくと首肯する。
「……はい、私のスキルレベルは十です」
「なるほど。あの魔法が関係しているようだな」
「どうして、そう思うのですか?」
「料理スキルを上げるには、それなりの経験が必要だ……特に料理に必要な目利きスキルや調合スキルは持っていないように感じた。それに反して、スキルレベルが不自然に高すぎる」
シュナイダーは天才と呼ばれる人種だ。それこそ、後世に名を残せるほどの逸材で、その彼をもってしても今に至る過程は厳しいものだった。
それに対してソフィアは、自分の半分も生きていない小娘だ。才能は認める。だが、それだけでスキルの頂きに身を置いているとは思えず、その過程に必要なスキルを持っていなかった。
まだ、自分には及ばない……そう言われているようで、ソフィアは対抗意識を抱きムッとしてしまう。すると、シュナイダーが話題を変える。
「ニホンと言う国を知っているか?」
「ニホン、ですか?」
シュナイダーの突然の言葉に、ソフィアは首を傾げてしまう。
その反応を見て、シュナイダーは本当に知らないのだろう。そう考えて、思い過ごしだったのか。シュナイダーがそう考えたとき、ソフィアが思案するような素振りで答える。
「どこかで、聞いたような気がします……」
「そうか。どうやら、思い過ごしだったようだな」
ソフィアはどこかで小耳に挟んだ気がする。
それがどこだったかは、思い出せなかった。その様子を見て、シュナイダーは思い過ごしだったと言うが、今の話の意図がよく分からないソフィアはシュナイダーに問いかける。
「その国がどうかしたのですか?」
ソフィアの質問にシュナイダーは口を閉ざす。
だが、自分から振った話だ。数瞬の間瞑目すると、意を決したように話しかける。
「この世界には、スキルレベルが極端に上がりやすい者たちがいる。
転生者や転移者と呼ばれる異世界の住人だ。ここ、魔国の初代魔王様もその転移者と呼ばれる存在で、その血統である魔王一族のスキルレベルは血統ゆえか、かなり高い。
もしかすれば、お前もそうなのか。そう思っただけだ」
「……異世界?」
ソフィアはシュナイダーの言っている言葉の意味が理解できなかった。
違う世界と言われても、全く実感が湧かないのだ。話の大半が理解できなかった。だが、一瞬であるが、ソフィアの脳裏に二人の姿が思い浮かぶ。
どうしてその人物の顔が浮かぶのか、ソフィアは疑問に感じる。そんなソフィアを余所に、シュナイダーの話はここで終わりなのだろう。席を立った。
「それから、後でアンドリューが来る。お前に話があるそうだ」
「アンドリューさんが?」
「ああ。さっきまで厨房でずっと駄々をこねて、部下に説得されていたからな。
もしかすると、もう近くまで来ているかもしれん。まぁ、踏ん切りがついているかは分からんが」
「……はあ?」
ソフィアはシュナイダーの言葉に、何の話をしているのかさっぱりだった。
そのため、気のない返事しかできなかった。そんなソフィアを見て、シュナイダーは一瞬だが頬を緩めると言った。
「まぁ、お前に気があるみたいだ。温かい目で見てやってくれ」
と、意味深な言葉を残してシュナイダーは医務室を出て行った。
そして、一人残されたソフィアは、考える。
「アンドリューさんが、いったい何の話を……」
先ほどのシュナイダーの言葉を思い出す。
――気がある?温かい目?それに、踏ん切りがつかないとは?
ソフィアは、頭を回転させる。
いったい、アンドリューが何を言いに来るのだろうか。それが、分からないのだ。と、その時だった。
「も、もしかして、こ、告白ではないのでしょうか!」
どうしてそんな結論が出る。
シュナイダーがこの言葉を聞いていれば、きっとそう思ったに違いない。だが、ソフィアの残念な思考では、正答とは程遠い答えが導き出されてしまった。
トン!トン!トン!
ソフィアが、困惑していると扉がノックされる。タイミング的に考えると、アンドリューだろう。
――き、気のせいですよ。だって、私たちは互いによく知りませんから。
そう思って、気を取り直そうとする。
「俺だ、アンドリューだ。少し話がある」
「ひゃ、ひゃい!」
話がある。つまりは、そう言うことなのだろう。
ソフィアは、自身の考えが間違っていないと――実際は、百八十度違うのだが――確信して、思考を巡らせる。
――どう、断ればいいのでしょうか!?
当然、ソフィアはアンドリューの事を好きではない。
容姿で判断するわけではないが、そもそもまだ二度しか会ったことがないのだ。相手の人柄も分からない。どう断ろうか悩んでいると、中にアンドリューが入って来た。
――こういう時は、先手必勝です!
「実は、二次試験の……「ごめんなさい!アンドリューさんは尊敬できますが、タイプじゃないんです!!」……はぁ!?」
ソフィアは、アンドリューを見て起き上がると深く頭を下げる。
だが、アンドリューはどうして自分がソフィアに告白したことになっているのか。そこから理解できないのだろう。そして、いつの間にかアンドリューの振られた回数が、更新されていた。
「ふ、副料理長が、いきなり振られた」
「わ、笑うなよ……失恋長、ゴホン!失礼だろう」
「と言うよりも、合格発表に行ったのに振られる副料理長って……そろそろ、世代交代が必要な気がする」
静寂が満たす部屋の中、どこからか笑い声が聞こえて来る。
アンドリューだけでなくソフィアの耳にも、会話が聞こえて来た。そして、アンドリューがここに来た理由が、合格発表だったことに気づいたソフィアは、間違いに気づき顔を伏せてしまう。
「お前ら!!!」
「アンドリュー、早く結果を伝えてやれ」
「って、料理長も!?」
現れたのはシュナイダー。
他の料理人に交じって事の成り行きを見ていたのだろう。ただ、まさかの展開に口元が緩んでいるのが分かる。
アンドリューはシュナイダーに文句を言えるはずがなく、シュナイダーに隠れるようにしている部下たちに鋭い視線を向けたものの、すぐにソフィアに視線を戻す。
「……合格だ」
「え?」
「だから、合格だって言っているだろうが!
さっきの働きで、十分に働ける力があると判断した!二次試験に割く時間も勿体無いから、合格だと言っている!!」
ソフィアはアンドリューの言葉が理解できなかった。
だが、しばらくの間アンドリューの言葉を吟味する。そして、先ほどまで恥ずかしさのあまり伏せていた視線を上げると、目を輝かせた。
「つまり私は、試験に合格したと言うことですか!」
「ああ、だからそう言っている!来週から来い!」
喜びの声を上げるソフィアに、アンドリューはぶっきらぼうに伝える。そして、彼の背後から同僚となる人たちの声が聞こえて来た。
「副料理長、そこは『来てください。お願いします!』ですよ」
「土下座はどうしたんですか?」
「練習通りにやってくださいよ。やっぱり、世代交代が必要ですね」
「お前ら外野は黙っていろ!」
醜い口喧嘩を始めたアンドリューと三人の部下たち。
ソフィアはそれを気にする様子もなく、喜びをかみしめているようだ。そんな、ソフィアにシュナイダーは近づくと言った。
「おめでとう」
「ありがとうございます……ですが、これだけは言わせてください」
「何だ?」
「私、負けませんから。料理スキルだけでなく、技術でもシュナイダーさんに勝って料理長を目指します」
ソフィアが、宣言するとシュナイダーは口角を上げる。
「ああ、できるものならな」
「はい!」
こうして、ソフィアの就活は終了したのだった。
【仕事】自称ヒモな……何か? → 魔王軍マンデリン支部 料理人 (up↑)
アッサム王国編を二話ほどいれてニ章を終了しようと思います。
今後も本作をよろしくお願いします!




