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第18話 魔王軍の厨房に立ちました

 時刻は、十一時五分。


 開店後五分にも関わらず、魔王軍マンデリン支部の食堂は混雑していた。

 シルヴィアのような軍服を纏う者だけでなく、近所から来たのだろう老人や女子供まで、合計数百人はいるのだろう。外に並ぶ人を含めれば、既に五百人近い人数がこの場所に押し寄せていた。


「十一番テーブル!

ナポリタン一つにオムライス一つ!それと唐揚げ定食一つに麻婆丼一つです!」


 料理の音が響き渡る厨房に、ウエイターの声が響き渡る。


「くそっ、洋食と和食と中華かよ!?一つにまとめやがれ!了解だ!」


 その声に反応したのは、副料理長を務めているアンドリューだった。

 メニューが多すぎると常々思っているのだが、これは料理長であるシュナイダーの意向だ。悪態を吐きつつも、すぐに了承の声を上げた。


「それよりも、料理長はまだ来ないのか!?」


 現状が好ましくない一番の原因は、料理長であるシュナイダーの不在である。

 今日、シュナイダーは面接の予定を入れていた。その関係で、開店時間を十二時にまで遅らせていたのだ。だが、連絡ミスが生じたことで通常通り十一時に開店のままだった。


 誰よりも仕事量を熟すシュナイダーの欠員はかなり深刻な問題で、戦力不足となった料理人たちのモチベーションにも影響を与えていた。


「副料理長!下ごしらえが間に合いません!」


「っ!?誰か、フォローをしてやれ!」


「無理です!こっちも、手が一杯で!」


 さらに悪いことに、ここ最近では滅多に起きていなかった無断欠勤が発生したのだ。

 まだ料理を任せられるレベルではなかった。その代わりに、野菜の皮むきや皿洗いと言った雑事を任せていたため、その分の仕事を全員で負担しなければならない。

 だが、それを負担できるほど全員に暇はなかった。

 全員が手一杯の状況にアンドリューは、思わず舌打ちをしてしまう。


――このままでは拙い。


 アンドリューは副料理長として、何か策がないのか。

 そう考えていた矢先だった。


「遅くなった」


 現れたのは、料理長であるシュナイダー。

 呼吸を僅かに荒くして、肩を小刻みに上下に動かしている様子から急いで来たのは一目瞭然だった。


「料理長!」


 そんなシュナイダーの登場に、厨房の各所では喜びの声が上がる。アンドリューも注文された料理を作りながらも、内心では安堵の息を吐く。


「アンドリュー」


「何ですか、料理長」


 呼吸を整えたシュナイダーは、まずアンドリューに声を掛ける。

 アンドリューは、フライパンから目を離すことはなく声だけでシュナイダーの言葉に応じた。


「これから、一人応援に入る。ただ、料理の腕は未知数だ……欠員の場所に充てるつもりだが、フォローを頼む」


「はぁ!?」


 アンドリューは驚きのあまり手を止めてシュナイダーに視線を向ける。

 だが、冗談で言っているわけではないのだろう。頼んだぞと、目で訴えかけて来た。そのため、アンドリューは込み上げて来る不満を飲み込むと、嘆息する。


「邪魔になったら、追い返すんで」


「ああ、それで構わない」


 シュナイダーは、アンドリューから了承を得ると自身の持ち場に戻る。


「二十三番テーブル!

 オムライス一つに海鮮丼一つ!オムライスはグリンピース抜きで!」


「了解だ」


 再び響き渡るウエイターの声に、シュナイダーは了承すると早速調理に移る。ある程度下ごしらえをされた食材を使い、作り上げていく速度はアンドリューの目をもってしても捉えることが困難だった。


「流石だ……」


 料理の味は均一でなければならない。

 ただ、シュナイダーやアンドリューと言った者たちはマンデリンでも最高峰の料理人だった。実際に料理しているのは、レベル六以上の料理スキルを持つ者だ。このレベルであれば、十分に普通のレストランで料理長を務められる。

 だが、この場においてはそれがボーダーラインだった。


 剣術において、スキルレベルが違うから剣が合わせられないと言うことはない。

 それと同様に、スキルレベルが高い者が低い者に合わせることができない訳がなく、シュナイダーもアンドリューもスキルレベル六の料理と同等の味に仕上げていた。


 ただ、この作業はかなり注意が必要だ。

 アンドリューもかなり作業スピードが速い。だが、シュナイダーはアンドリュー以上に細心の注意を払う必要があるにもかかわらず、作業スピードはアンドリュー以上だ。


 アンドリューはその技量に呆然とした声を上げてしまう。


「アンドリュー!」


 アンドリューの手が止まっていたからだろう。

 シュナイダーから鋭い叱責の声が飛ぶ。


「……はいっ!」


 シュナイダーの叱責にアンドリューは気を取り直したのだろう。

 慌てて返事をすると、再び料理に戻った。


 それからしばらくして……


「私は何をすれば宜しいのでしょうか?」


「っ!?」


 突然アンドリューは後ろから話しかけられる。

 振り返ると、そこにいたのは純白のコック・コートを身に纏い所在なさげに立つ金髪の少女だった。


(こいつは、確か図書館で会った……)


 アンドリューの後ろにいたのは、数日前に図書館で会った少女ソフィアだった。


 何故、ソフィアがここにいるかと言うと……


『私が、休んだ方の代わりに雑用ですか?』


『ああ、仕事体験だ……合否はともかく、どう言った職場で働くのか知っておくべきだろう。いい経験になるはずだ』


『そ、それはそうですが……何か、こじつけのような気がします』


『そんなことはない。受付に更衣室の場所を聞いて、そこに着替えがあるから着替えたら厨房に来い』


 シュナイダーはかなり急いでいたようで、ソフィアを残して厨房へと向かって行ってしまったのだ。残されたソフィアは、どうしたものかと困り果てていたが、結局は着替えて厨房にまでやって来た。


「よりにもよって、お前か……」


 アンドリューもソフィアの事を覚えていた。数日前に出会ったばかりだったからだ。

 相も変わらず、肉体労働とは無縁の仕事しかしたことのなさそうな細い体を見て、アンドリューは思う。


――頼りねぇ。


 これはないだろうと思ったのか、胡乱気な瞳でシュナイダーとアイコンタクトを取る。だが、シュナイダーは本気だ。一度アンドリューと視線を合わせると、深く頷いた。


――マジか……。


 アンドリューは、現実に愕然としてしまった。その様子から、アンドリューの考えていることを察したソフィアはと言うと……


(二度目の再会で、いきなり残念に思われる私って……)


――そんなに自分が頼りないのか?


 ふと、そんな考えが頭の中によぎる。

 だが、そんなことはないと内心否定して根拠となる状況を思い浮かべようと、最近の出来事を回想する。


 確かに、電車に驚いて子供に笑われたこともある。

 道に迷ったこともある。

 戦闘能力は、子供にも負けるほどである。


 だが、何一つ自分の良いところが思い出せない。


(あれ?私って、頼りない気がします)


 考えて気が付いてしまう。

 そもそも、自分よりも年下な少女に養われているのだ。そんな状態の自身のどこに頼り甲斐があるのだろう。

 そのことを思い出して、内心では涙を流す。


「私は、こう見えても貴族でした。雑用は得意です!」


 だが、ソフィアは元とは言え公爵家の令嬢だ。貴族として?の矜持がある。そのため、役に立つと言うアピールをするのだが……


「……ソフィア=アーレイ。本気でそれを言っているなら、貴族の意味を辞書で調べ直してから来い」


 その言葉に、アンドリューは呆れを隠そうともせずツッコミを入れてしまう。ただ、ソフィアが本気で言っていることが分かったため、余計に質が悪かった。

 アンドリューは、ソフィアに手伝わせて本気で大丈夫なのか。だが、人手が足りないのは明らかで、腹を括るとソフィアに指示を出す。


「猫の手も借りたい状況だ!仕方がねぇ、頼りないが皿洗いを任せるぞ!余裕があるようなら、野菜の皮むきと魚の下ごしらえだ!」


 アンドリューは自身で言っていて不可能だと思っている。

 既に開店から三十分ほどが経つ。ちょうど、第一陣の食事が終わり、厨房に食器が返って来始めたからだ。

 無断欠勤した者も、この激務に耐えられなかったのかもしれない。あまりにも頼り甲斐のない少女が、前任でさえ手一杯だった仕事を熟せるはずがない。

 アンドリューがそう考えても、何も不思議はなかった。


「それだけならば、簡単です」


「あ?」


 アンドリューは、ソフィアが何を言っているか理解できなかった。

 視線を鍋からソフィアに戻すと、胡乱気な瞳でソフィアを見る。だが、ソフィアにとっては至極簡単なことだ。

 まるで歌でも歌うかのように、言葉を紡ぐ。


「【さぁ、料理を始めましょう】」


 







【変更点】

第十一話 魔物が調理できるスキルレベルを五から六に変更しました。


次話は、明日更新です!



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