第17話 面接終了?
シュナイダー視点になります。
時間を遡ること十分前。
魔王軍マンデリン支部料理長のシュナイダー=ゴブは、これから始まる一次面接の試験官として面接を行う事務室で待機していた。
コン!コン!コン!
「入れ」
「失礼します」
そう言って入って来たのは、魔王軍マンデリン支部の受付をしている女性だ。受験生から、履歴書を預かって来たのだろう。一枚の紙を抱えている。
「ソフィア=アーレイさんの履歴書です。確認をよろしくお願いします」
「分かった」
シュナイダーは、女性から履歴書を受け取る。
「うん?」
――ソフィア=アーレイ……どこかで聞いた名前だ。
氏名欄を見ると、最近聞いたことのある名前が書かれていた。
そのことに、思わず首を傾げてしまう。だが、視線をずらして隣に貼られている写真を見てその疑問がすぐに氷解した。
「こいつは……」
明るい金髪を首の後ろで一つにまとめている少女。
容姿もあどけなさが残ってはいるものの、十分に美少女と言っても過言ではない。ただ、それだけであれば、特に珍しい特徴ではないだろう。
だが、シュナイダーは少女……ソフィアの事をよく覚えていた。
「まさか、戻って来るとはな……」
ソフィアの履歴書は本当に欠点が多かった。
本来であれば自分の仕事ではないと考えて、早々に見限ってしまっただろう。だが、ソフィアから料理への想いが感じられ、時間を割いてまで指摘をしてしまったのだ。
少々言い過ぎてしまった気もした。
そのため、戻ってくることはないだろう……そう考えていたのだ。
だが、シュナイダーはそれはそれで良かったと考えていた。
シュナイダーは、ここが料理人の墓場と噂されていることを知っている。毎年、多くの料理人が包丁を置いて行ったのだから嫌でも分かるだろう。
中には、現在副料理長を務めているアンドリュー=オルクのような人物もいるが、それは例外中の例外だ。
そのような過酷な環境に、熱意ある少女を入れるのにはいささか抵抗があった。
「物好きもいたものだ……」
「シュナイダーさん、楽しそうですね」
「……そんなことはない」
受付の女性に言われて、自身の頬が緩んでいるのに気づいたのだろう。
憮然とした表情で、シュナイダーは答える。その様子を見た女性は、控えめに笑った後少し悲しそうな表情を浮かべる。
「それで、ソフィアさんの事ですが……」
その一言で、シュナイダーは何が言いたいのか理解したのだろう。
一息つくと、視線を履歴書に移す。
(しっかりと書き方を学んだようだな……以前とは、雲泥の差だ。よく出来ている)
シュナイダーが、人事を人事部ではなく自身で担当しているのは、人事部で採用した者たちがことごとく辞めて行ったからだ。
そのため、自身が面接を担当して、その人物の人柄を見極める必要があると考えた。
シュナイダーが、人事を始めてから既に三年以上が経つ。これまでに見て来た履歴書の数は数百に及ぶだろう。ソフィアの履歴書は、その中のものと比べても遜色なかった。むしろ、上位に位置するのではないかと、シュナイダーは考える。
「……合格させても良いと考えている」
履歴書を吟味した結果、シュナイダーは結論を出す。
望んだ結論ではなかったのだろう。女性は、驚愕に目を丸くするとシュナイダーを見る。
「本気ですか?彼女は、人間で荒事など一切したこともなさそうですよ……体力が持つはずがありません」
ここでの仕事は、とにかく体力が必要だ。
荒事とは無縁の生活を送って来たとしても、種族故にかなりの体力を持つ人物もいる。だが、ソフィアは人間だ。体力がそれほど優れた種族ではない。
そして、見たところ多少は運動をしているようだが、進んで鍛えているようには見えなかったのだ。
そんな少女が、オーガ族でさえ根を上げてしまう仕事をこなせるとは、女性には到底思えなかった。
「だが、根気はある」
前回は、それなりに厳しく指摘をしたつもりだ。
それからまだ二週間ほどしか経っていない。その短期間に、履歴書をこれだけ丁寧に作り上げて、再び面接に来たのだ。
根性があると判断しても良いだろう。
「あくまで、俺が求めているのは辞めない人材だ……とは言え、実際に面接をしてから判断するつもりだが」
「分かりました……では、お連れいたします」
「頼んだぞ」
そう言って、ソフィアをここに案内するため女性は部屋から出る。
それからしばらくして。
コン!コン!コン!
ドアが三度ノックされる。そして、ドアの向こうから声が聞こえて来た。
「失礼いたします」
「どうぞ」
基本的なやり取りを経て、ソフィアは入室して来た。
前回のやり取りで、ソフィアが元の国では貴族の令嬢だったと聞いた。立ち居振る舞いは、ここ最近の若者とは比べ物にならないほど洗練されている。
淀みのない足取りで、シュナイダーの対面に置かれた椅子の横に立つ。
「まさか、お前が戻って来るとはな」
ここまでの一連の動作から、やはりどこからどう見ても根性があるように見えない。おっとりとした性格のようだが、芯は固いということだろう。そう思って、面接中にもかかわらず思わず素で呟いてしまう。
「どうぞ、お掛けください」
シュナイダーは気を取り直すと、ソフィアに着席を促す。
「はい、失礼いたします」
そう言って、ソフィアはお辞儀をしてから着席した。
「それでは、面接を始めます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
こうして、ソフィアの面接が始まったのだった。
「では、まずは自己PRをよろしくお願いします」
定番の質問だろう。
既に履歴書には書いてあるが、ソフィアは一呼吸を置いて話を始める。
「はい、私の強みは計画性です。
例えば、最近ではフェノール帝国へ外交に行った時の事です。そのとき、私は……」
ソフィアは、そう言って自身の強みの根拠を述べる。
ほとんどは、履歴書に書いたとおりの話だ。ただ、人間の記憶には限界がある。そのため、自分が主張したいところを軸に話をする。
「……私のこの強みは、仕事においても着実に業務をこなすことで貢献できると考えています」
と、締めくくる。
(おそらく事務系統のスキルを持っていると考えるべきだろう……体力的に厳しければ、そちらの道も考慮してみる方が良いか)
現時点で、料理人の人手不足は深刻だ。
だが、それと同時に食材の仕入れや在庫管理など、そう言った事務的な仕事をする人材も不足しているのも現状だ。
おそらく、本人は料理人として志望しているはずだ。
だが、ここでの激務に体がもたない。そう判断すれば、そちらの道を提示するのも良いかもしれない。シュナイダーはそう考えると次の質問に移る。
「では、志望動機について教えて下さい」
「はい、私は自身の作った料理を食べて笑顔になってもらえる仕事がしたいと考えていました。私が、軍で料理人を志望したのは、より多くの人に食べて幸せな気持ちになっていただきたいと、考えたからです」
「なるほど。確かに、ここには多くの人が食事に来ます……ですが、ここ以外にも多くの人が来る料理店はあると思います。その点は、どう考えていますか?」
意地の悪い質問だろう。
大抵の就活生は、他との比較や自身が何を考えて行動しているのかの質問に躓くことが多い。だが、この質問も想定済みだったようで、ソフィアは迷った様子もなく返答を始める。
「はい。私はご存知の通り人間です。
人間の国からこちらへ来たとき、手を差し伸べて下さったのが軍の兵士です。その彼女と一緒に働きたい。兵士としては不可能でも、料理人としてならば。そう考えたからです」
ソフィアは、ここにはいないシルヴィアを思って頬を緩ませる。
その姿を見て、シュナイダーはソフィアが心の底からそう考えていることを察した。そして、次の質問に移る。
「では、次の質問ですが……」
この後は、履歴書に沿った内容の質問だ。
細かいところにも質問をして、その返答が整合性の取れたものか判断する。これによって、本人の人柄をより深く知ることができるのだ。
――何を考えて、どう行動したのか?
――そこから、何を学んだのか?
――それをどう活かして行くのか?
――目標は何なのか?
シュナイダーは、ソフィアがどのような人間かを知るため、およそ三十分間で数多くの質問を重ねて行った。
「では、これで面接を終了しようと思います……何か、質問がございますか?」
「はい。結果の通知についてですが……「料理長!」……えっ?」
最後に、ソフィアが質問をしようとすると、突然面接室の扉が勢いよく開け放たれる。そして入って来たのは、シュナイダーと同じくコック・コートを身に纏う男性だ。
「今は、試験中だぞ!」
男性の様子からして、緊急事態なのは想像できる。
だが、シュナイダーは現在料理長ではなく、人事採用担当者だ。男性の行動を咎める必要があった。
男性も切羽詰まった状態だが、それを理解しているのだろう。ソフィアに向かって、深く頭を下げるとシュナイダーに用件を伝え始める。
「も、申し訳ありません!ですが、こちらの連絡ミスで今日の開店時間が通常時と同じ時間になっていまして……料理長抜きでは、料理が間に合わない状況になってしまいました!」
「な、何だと!?」
シュナイダーの驚愕の声が、部屋の中に響いたのであった。
面接の会話って、難しいですね。
普通に書けば履歴書を読んでいるようで、気楽に書けば面接ではなくなる。
シュナイダー視点で何度も書き直しましたが、あまりの難しさに難産でした。
次話は予定通り明日投稿です。




