第16話 再び個人面接に
公共職業安定所マンデリン支部で、履歴書の添削を無事に終えたソフィアは、再び魔王軍に選考試験のアポを取り、迎えた試験当日。
「これで、大丈夫ですよね」
鏡には、黒いリクルートスーツを身に纏い、黄金色の長い髪を後ろで一つにまとめている自身の姿が映っていた。
「やっぱり、あまり似合っているように見えませんね」
ソフィアは十六歳だ。
それに加え、ソフィアは童顔だった。リクルートスーツのようなフォーマルな衣装を着ると、子供が背伸びしているように見えてしまう。
「もう少し、化粧を濃くしたほうが良いのでしょうか?」
ソフィアは、原因は化粧が薄いからではないかと考える。
実際、ソフィアは化粧水と口紅、それから申し訳程度にチークを使っているくらいだ。口紅にしても、赤はないとシルヴィアから断言されてしまい、桃色の口紅を使っている。
そのため、全体的に化粧が薄いのだ。
「マンデリンのドラッグストアは種類が豊富すぎるんですよ。どうして、同じ化粧水にも種類があるのでしょうか」
ソフィアは女性だ。
それなり以上に美容品の類には興味がある。だが、アッサム王国ではそれほど種類が豊富ではない。
ドラッグストアの化粧品の品ぞろえに満足はしているものの、困惑の方が大きかった。
「スタッフさんも、これで良いと言っていましたから大丈夫ですよね」
ソフィアは、どれを使えばいいか迷っていた時にドラッグスストアの美容専門スタッフにアドバイスを受けて、今の化粧をしている。
自分よりも、遥かに化粧品に対する知識が深い人物の言葉だ。子供っぽく見えるが、こればかりは仕方がないと諦めて、鏡から視線を外すと時計を見る。
「そろそろ行きましょうか」
時間にはまだ余裕はある。
アッサム王国は、時間にルーズだった。だが、魔国では違う。
特徴的なのは、電車だろう。時刻表は分刻みで、ほとんど正確だ。全員が腕時計を持っていることから、かなり時間にストイックである。
少し早めに到着してしまうだろうが、遅刻するよりはいいだろうとソフィアは考え、鞄を持つと部屋を後にした。
魔王軍マンデリン支部が存在するのは、マンデリンの中心部だ。
第六通りに位置しており、それなりに距離がある。ソフィアは、ここ数日で大分慣れた交通機関を使い、訪れていた。
「身だしなみは……大丈夫ですよね」
ソフィアの姿は、魔王軍マンデリン支部の化粧室にあった。
風が強かったため、髪が乱れていないか確認するためだ。鏡に映る自分の姿におかしな点がないことを確認すると、息を吐く。
「かなり緊張しますね」
外交官として、これまで何度も緊張する機会があった。
その時の経験を活かして、緊張を感じさせない穏やかな表情を作る。そして、心の準備が出来たところで化粧室から出ると、受付に向かう。
「おはようございます!」
受付には一人の女性が立っていた。
面接では、受付の担当者も面接官だと思った方が良いとメルディからアドバイスを貰ったのだ。そのことを思い出して、ソフィアは面接官に対する態度で明るい表情を浮かべて挨拶をする。
「おはようございます」
受付の女性も、ソフィアに微笑みを浮かべて挨拶を返す。
ソフィアは、受付の女性に近づくと用件を述べる。
「お忙しいところ失礼いたします。本日九時からの採用面接で伺いましたソフィア=アール……アーレイと申します。採用担当者のシュナイダー様にお取次ぎをお願いします」
――し、失敗しました……
ソフィアは外交で、改まった場で名乗る経験はあった。
そのため、魔国語でと言う問題はあるものの流暢に話すことが出来た。だが、以前と同様にアールグレイと名乗りそうになってしまったのだ。
表情にこそ出すことはなかったが、早速の失敗に内心ではかなり落ち込んでしまう。
「はい、シュナイダーより聞いております。
それでは、履歴書をお預かりいたします」
だが、受付の女性は気にした様子もなかった。
そのことに、ソフィアは内心安堵の息を吐く。
「はい」
ソフィアは、そう受け答えると鞄から履歴書を取り出す。
そして、向きを確認すると受付の女性に両手で渡した。
「はい。確かにお預かりいたしました。
それでは、準備が出来次第お呼びいたしますので、お掛けになってお待ちください」
「はい。失礼いたします」
ソフィアは、お辞儀をすると後ろのソファーに腰を落とす。
――前にも思いましたが、座り心地が良いですね。
個人的に言えば、もう少し堅い椅子が良かった。
あまりにも座り心地が良く、つい背もたれに寄り掛かりたいと言う誘惑に襲われるからだ。だが、その誘惑に負けることはなく履歴書を届けに行った受付の女性の後姿を眺める。
――緊張します。
待合室にはソフィア以外誰もいない。
腕時計を確認すると、予定時刻まであと十分ほど時間がある。今頃、シュナイダーが履歴書を確認しているのだろう。
メルディから大丈夫だと、太鼓判を押されたものの僅かに不安になる。
「準備が出来ました。こちらへどうぞ」
「はい」
時刻は、ちょうど九時だ。
採用試験担当者に履歴書を渡した受付の女性が戻って来ると、ソフィアを試験が行われる部屋へと案内する。
「こちらです。面接、頑張ってくださいね」
案内をしてくれた受付の女性は、そう言うと微笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
ソフィアも微笑み返すと、お礼の言葉を言う。
その言葉を聞き終えた女性は、にこりと笑うと踵を返して業務に戻った。
「すぅ……」
ソフィアは、緊張によって早まる心臓を落ち着かせるため深呼吸をする。そして、心を落ち着かせると……
トン!トン!トン!
三度扉をノックする。
「どうぞ」
返って来た声は、聞き覚えのあるシュナイダーの声だ。
「失礼いたします」
ソフィアは、そう言うと右手に鞄を持ち左手で左開きの扉を開ける。
部屋の中心にいるのは、真っ白なコック・コートを身に纏う一人のゴブリン。
マンデリン一の料理人として名を馳せているシュナイダー=ゴブ、その人だ。
「失礼いたします」
ソフィアは、扉を閉め終えるとそう言ってお辞儀をする。
シュナイダーにアイコンタクトを取った後、中心にある椅子の隣に立った。
「ソフィア=アーレイと申します。本日はよろしくお願いいたします」
そう言って、お辞儀をする。
そこまでの一連の動作を見届けたシュナイダーは、しばらく無言の後ため息を吐いた。
「まさかお前が戻って来るとは、な……」
その声は決して大きな声ではなかった。
だが、静寂に包まれた個室であったため、ソフィアの耳にも届く。
――かなり意外だったのでしょうか?
確かに、前回は初めからやり直せとダメだしされた。
そのことから、シュナイダーはソフィアが二度とここへ戻ってくることはない。そう考えていたのだろう。
「どうぞ、お掛けください」
前回は、ソフィアの履歴書があまりにも酷かったためだろう。
面接ですらないと考え、言葉遣いは乱雑だった。面接官として、丁寧な態度で会話をしてくれていることから、少なくとも履歴書は合格ラインに達していたようだ。
ソフィアは、そのことについて内心安堵する。
「はい、失礼いたします」
ソフィアは、シュナイダーに勧められ椅子の三分の二の位置に腰かける。
そして、手に持つカバンを隣に置いた。
「それでは、面接を始めます。本日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします」
こうして、ソフィアの面接の幕が開けたのだった。
ようやく、二章の終わりが見えてきました!
来週は、土日以外に平日にも投稿しようと考えています!