第116話 動き始める人形たち
お待たせして申し訳ありません。
毎日更新と言いつつも、一週間……。
なるべく間を空けないように更新していきたいと思います。
交渉から一週間が経過した。ソフィアたちの姿は、ブラン城ではなく、スタリカ郊外にあるヴァンプ家の邸宅にあった。
ヴラドの計らいで、交渉の間はブラン城の一室を利用させてもらえることになっていたが、ロベルトやレイモンドの不興を買ったことで居心地が悪くなり、ヴァンプ家の屋敷を借りて滞在している。
『……るのか』
朝食後片づけを終えたソフィアが、ティーセットを乗せたトレイを持ちリビングに戻ると、扉の向こうからシルヴィアの真剣な声色の話し声が聞こえる。
(もしかして……)
普段であれば気にもせず、そのまま中に入っただろう。
しかし、ソフィアのいない場で真剣な話となると、現状最も気にしている話題だと容易に考えつく。
ドアノブから手を引くと、そっと盗み聞きをするため耳を澄ませる。
『ソフィアには、少々酷かと思いましたが、あの様子を見ると一緒に連れて行くのは危険ですから』
『それは理解できる。しかし、何もしないと言うのは逆に気を病むぞ』
『だからこそ、話し合いの場には参加させていませんが、裏方の手伝いをしてもらっているではありませんか』
二人の話題は、案の定国交回復に関する北部の根回しについてのものだ。
ロベルトやレイモンドたちとの交渉後、国交回復について賛同者を増やすように、中立の立場の者たちと積極的に話し合いの場を設けている。ソフィアも、裏方として把握をしているが、話し合いの場には参加していない。
あれだけの失態をしたのだ、それは当然の処置だろう。ソフィアも納得しているが、シルヴィアはどこか不満そうだった。
『順調に賛同者が増えていますよ。ただ、どうやら一部の者たちは意固地になってしまっているようでして』
『あの二人か?』
『ええ。あのお二方は人望があり、一定の支持層を常にキープしております。既得権益者もそんな彼らに同調しておりますので、およそ三割が反対したままになるでしょうね』
『三割、か。過半数は得られるが、後の火種になる可能性が高いな』
『ええ。それを懸念して、どちらか一方でも引き込みたかったのですが……』
「……」
二人の会話を無言で聞いていたソフィアは、唇をかみしめる。
原因は明らかに自分。自身の失言がアルフォンスやヴラドの足を引っ張っている。そう思うと、自然とトレイを持つ手に力が入る。
と、その時だった……。
「ソフィアちゃん」
背筋が凍るような悪寒がソフィアを襲う。
「っ……!?」
突然背後から声を掛けられたソフィアは、悲鳴さえ上げられない。
一瞬心臓を鷲づかみにされたような錯覚を覚えたソフィアは、トレイを更に力強く握りしめると青白い表情でギギギと背後に視線を向けた。
「フ、フローラちゃん、でしたか……」
「そうですよ、ソフィアちゃんの大親友のフローラちゃんですよ」
そう言って満面の笑みを見せるフローラ。
オーギュストがこの光景を見れば、きっと内心で「誰だ、こいつ」とでもツッコミを入れたであろうほど、上機嫌である。
「ふふふ、それにしてもソフィアちゃんったら、ビクッとして可愛らしかったです。何をそんなに驚いていたのですか?」
「い、いえ……」
先ほど感じた得体の知れない感覚は、まるで嘘のように消え去っていた。
先ほどの悪寒は一体何だったのか、その答えが出るはずもなく、バクバクと早打つ胸の鼓動を鎮める。
「突然後ろから声を掛けられれば、誰だってビックリしますよ」
恨みがましい声色でソフィアが言うと、フローラはクスクスと笑う。その表情にすっかりと毒気が抜かれてしまった。
「ごめんなさいね。ふふっ、そこまでソフィアちゃんが驚くとは思わなくて」
「本当に心臓が止まるかと思いました。ここは、色々と心臓に悪い場所なんですから」
そう言ってそっぽを向くソフィア。
その視線の先には、先ほどまでなかったはずの石像や宙を漂う半透明の何か、サウナ上がりのゾンビや、大量のお菓子を背負って二足歩行する見覚えのある白猫の姿……などなど。
思わず、目をこすってしまうソフィア。しかし、次の瞬間には何もなかったかのように、青白い光が僅かに照らす廊下へと変わっていた。
「眼科にでも行った方が良さそうですね」
と、思わず真剣な声色で漏らしてしまう。
そんなソフィアの言葉が面白かったのか、フローラは更に笑みを深める。
「きっと、疲れが目に出ているんですよ。ここに来て切羽詰まった様子でしたから、少し休憩した方が良いと思いますよ」
「それは……」
「ソフィアちゃんが何を気にしているかは、私には分かりません。ですが、あのにく……コホン! アルフォンス=リン秘書官もソフィアちゃんにそれを望んでいると思います。」
フローラの一言に、ソフィアはチラリと扉を見る。
先ほどから普通に会話をしていると言うのに、中から反応はない。それだけ、話に集中しているということだろう。
「それと、私、ソフィアちゃんと話したいことがたくさんあるんですよ。あの……元気なアンデッドに囲まれた後のお話とか、気が付いたら棺桶に入っていたお話とか。ふふふっ、本当に、ええ本当に面白い体験をさせていただけました」
当時の事を思い出しているのだろう。懐かしそうに語るフローラであるが、ソフィアの目には一瞬どす黒いオーラが見えたような気がする。
目の錯覚だと結論付けたソフィアに、フローラは静謐さを感じさせる笑みを浮かべる。
「ソフィアちゃんも中には入り辛いでしょうし、良ければ私の部屋でお話ししません? アレン様もいらっしゃるようですので、きっと楽しいですよ」
聖女に相応しい笑み。
にもかかわらず、何故か凄みのようなものが感じられる。
「そう、ですね……」
ソフィアは僅かに逡巡するが、すぐに答えを出した。
「ご迷惑でなければ、お邪魔してもよろしいでしょうか」
「ええ、ええ、もちろんですとも! 是非来てください!」
ソフィアの返答に手放しで喜ぶフローラは、早速とばかりに自室へと向かおうとする。
(ティーセット、どうしましょうか)
両手に持つトレイに視線を向けるソフィア。
これは、二人に飲んでもらおうと思って用意したものだ。自分たちで飲むと言うのも気が引ける。
かと言って、中に入ることはできない。
真剣な話に水を差してしまうからだ。どうしたものかと思ったソフィアだが、フローラは待ってくれない。
「【話、終わったら、中へ、二人に、紅茶を、用意して】」
料理魔法【慈愛】を指揮スキルとリンクさせた応用技で、複雑な命令はできないがソフィアがその場にいなくとも、設定することができるのだ。
扉の側で宙に浮くトレイは、「了解です!」とでも言わんばかりに跳ねると、危うくティーポットとカップが振り落とされそうになる。どうやら、トレイはおっちょこちょいのようだ。真面目な二人?に説教をされているように見えるのがまたおかしい。
「じゃあ、お願いしますね」
人間臭い仕草にクスリと笑ってしまうソフィアは、そのまま背を向けてフローラの後を追うのであった。
しかし、このときソフィアはまだ気が付かなかった。
フローラの影に潜む黒い人形の姿に。雷光によって、姿を見せた人形は喜悦の笑みを浮かべて、背後を追うソフィアの姿をじっと見ているのであった。