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第115話 ソフィアの天秤

大変お待たせいたしました!



「ごめんなさい」↓「~するやいなや=何かを行ってからほとんど時間、間隔を置かずに他の事が行われるさま」


 ヴラドから提供された一室に戻るやいなや、ソフィアは落ち込んだ表情を浮かべて、アルフォンスたちに謝った。


「気にするなと言う方が酷でしょうね。あの様子を見るに、交渉は難航しそうですから」


 アルフォンスの言葉に思い浮かべるのは、交渉が中断する直前の吸血鬼とリッチの二人の表情。心の底に眠る恐怖心を隠すための殺気交じりの憎悪。今思い出しただけでも、背筋が凍る思いだ。

 あの時、ヴラドとフェルが二人を取り押さえなければ、直接手を下さずともソフィアは命を落としていたかもしれない。それが理解できるからこそ、ソフィアの体は小刻みに震えていた。


(ソフィア、かなり気にしてる)


(無理もないことだろう。北部との関係修復の重責を負っていたんだ。自身の不用意な一言でそれが台無しになってしまうのであれば、アルフォンス殿の言う通り責任を感じるなと言う方が無理なことだ)


(分かっているけど、何か可哀想……)


 小声で会話をするロレッタとシルヴィア。

 ソフィアに対して何らかの励ましの言葉を掛けたい様子で、ソフィアの方に視線を向けては、何かを言いたそうに口を動かす。

 だが、掛ける言葉が思い浮かばず、一人佇むソフィアの手を取ってソファに誘導する。


「ごめんなさい……」


 今にも消えそうな儚い声で、しきりに謝罪の言葉を口にする。

 その居た堪れない姿を見て、シルヴィアたちは何も言わず、身をゆだねるようにソファに力なく腰を下ろした。


「「「「…………」」」」


 しばしの静寂。

 アルフォンス、シルヴィア、ロレッタ、フェル、そして部屋に同行したエリザベートもまたソファに腰かける。

 いつの間にか合流したトノも、場の空気を読んだのか部屋の隅で用意されたお菓子に手を付けることなく、静かにソフィアたちの様子を窺っていた。


「それにしても恐怖、ね……」


 沈黙が包み込む一室で、フェルがポツリと呟いた。


「……」


 ソフィアはピクリと反応する。

 そして、青い顔色で俯いた。それを見たシルヴィアは、空気を読まないフェルの発言に鋭い視線を向ける。


「おいっ、フェル」


「えっ、あっ……いやっ、そんなつもりで言った訳じゃ。ただ、ちょっと意外だったなって思って。だって、あれでもそれなりの力もっているみたいだから、怖がっているって言うのが意外で……」


「……たしかに」


 フェルの弁明も一理あると、ロレッタが静かに頷く。そして、それを肯定するようにエリザベートもまた首を縦に振った。


「ええ。どこか小者臭がしますが、あれでも北部ではかなりの実力者ですわ。まぁ、私ほどではありませんけど」


 嘆かわしそうに、そしてどこか自慢するように胸を張るエリザに、フェルは首を傾げて尋ねる。


「あれっ、エリザってそんなに強かったけ?」


「強いに決まっていますわ! 何って言っても、私は一族でも天才と言われたほどですのよ! それに、あのっ………………名門の家系ですわ」


「自分で天才って言うんだ。というよりも、何で途中で間が空いたの?」


「姫様、エリザベートの家系を思い出して」


「えっ、それって……?」


「ちょっ、貴方余計なことは言わないで下さいまし! 姫様は分からなくても結構ですわ!」


 焦燥を浮かべた表情で、フェルに制止の声をかける。

 しかし、時すでに遅し。なにせ、先ほどまでその答えとなる人物に会っていたのだから、すぐに思い浮かぶのも当然だろう。


「あっ、なるほど! あっはっはは、確かにあの変態の姪って誇りと言うよりも恥みたいなもんだからね!」


「……」


 否定ができない事実を突きつけられたエリザベートは赤面する。

 そんな三人を見て、シルヴィアは深くため息を吐いた。


「まったく、空気の読めない連中だ。まぁ、エリザの家系には同情を禁じ得ないことには同意だがな。ただ、あいつらはそこまで強いのか? 私にはそうは思えなかったが」


 ソフィアの手前、この話題は避けたかったのだろうが、好奇心が刺激されたのだろう。シルヴィアは、話を戻してエリザベートに尋ねる。


「ですから、それなりですわ。そうですわね、十人ほど集まれば属性竜であっても互角以上に戦えると思いますわよ」


「……そうか」


 エリザベートの返答に興味を失ったのか、尻尾と耳が力なく垂れている。


(う~ん、十人で互角以上ってそれなりに強いと思うんだけどね)


(シルヴィアは一人で倒したから。単純に計算しても、シルヴィアが全力の一割程度の力で倒せるってことになる。まったく相手にならない)


(うわっ、そう聞くとお姉ちゃんってマジで化け物だね)


(……姫様にだけは言われたくないと思う)


 エリザベートの話を聞いて、二人は小声で話す。

 しかし、人間であるソフィアの耳にも届いているのだ。優にその数倍は鋭いシルヴィアの聴覚が、それを捉えていないはずがない。


「はぁ……」


 しかし、シルヴィアにはどうでも良い事なのだろう。

 特に気にした様子もなく、無言でテーブルに用意されたお菓子に手を伸ばし、口に運んでいた。


「しかし、奴らの考えも一理あるだろう。現時点では、さして脅威とは思えないが、将来的に見れば脅威に足る存在になるかもしれん」


「そうかなぁ? 正直言って、あのオーギュストとかジョージとか言う人を見ても、そんなに危険だとは思えなかったんだよね。あれでも一応、人族では最高クラスの実力者なんでしょう」


「……門外漢とは言え、お前の目は飾りなのか」


 お菓子をリスのように頬張りながら首を傾げるフェル。それを見て、シルヴィアはやれやれと言った様子で首を振る。


「そうだな……釣りで例えるなら、人族はまだ釣竿を持たずに漁をしているようなものだ。手づかみで魚を獲っていると言っても過言ではない」


「なんか、凄い分かりにくいんだけど」


「何て微妙な例え……。シルヴィアらしいと言えばらしい。要するに、まだ武器を持たずに素手で戦っているようなものと言いたいだけ」


「なるほど、そう言うことか」


 ロレッタの説明に納得がいったのかしきりに首を振るフェル。

 どうやら、シルヴィアには教える才能はないようだ。口数こそ少ないが、意外とロレッタは教えるのが上手かったりする。


「まぁ、良い。それで話は戻るが、あの二人も同様だ。それこそ、魔国で生まれればあの三人が束になっても敵わないくらいの武人になっていたかもしれん。現時点でも、魔国のそれなりの装備を使えば、互角に戦えるだろうな」


「それについては、同感です。現に、人間である私も魔国ではそれなりに戦える程度には成長しましたし」


「あっ、そう言えば確かに。まぁ、弱いことには変わらないけど」


「おいっ、フェル! お前はもう少しオブラートに包むことができないのか!?」


「シルヴィア、それだと同意しているようなもの。意外と本人は気にしているみたいだから、あまり触れないであげて」


「……気にしていませんよ」


 アルフォンスは人間にしては強い。しかし、魔国では下の上から中の下程度……要するに、子供に毛が生えた程度の実力でしかない。シルヴィアは当然のこと、絶対的な固有スキルを持つフェルからすれば弱いと感じても仕方がないだろう。

 本人は気にしていないと言うが、どこかショックを受けたように見える。


「けどさ、成長したところでアルフォンス以上の人間って、それほど多くないと思うんだけど。寿命も短いから、そんなに危険視する必要はないと思うよ」


「確かに、人間は魔族には劣っている点が多いです。銀狼族のような強靭な肉体や鋭い五感はありません。妖精族のような無尽蔵とさえ錯覚してしまいそうな膨大な魔力もありません。吸血鬼族や堕天使族も同様で、他種族のような弱点こそほとんどありませんが、能力面ではかなり劣っていると言えるでしょう。しかし、それでも唯一勝っていると断言出来るものがあります」


 アルフォンスは淡々と事実を述べる。

 確かに、人間は魔族には何らかの要素で負けている。唯一利点があると言えば、吸血鬼族が光に弱いなどといった明確な弱点がないということだろう。

 しかし、その代わりに吸血鬼のような不死性はなく、簡単に死んでしまう。しかし、人間が魔族に勝っていると言えるものが一つだけある。

 それは……。


「数。それこそが、人族の最大の強みだと言えます。銀狼族、妖精族などからアンデッド族を含めてもなお、人族の方が多いのです。確かに個の力は重要です。しかし、数というのも侮れない力なのです」


「現時点で人間は弱い。数が集まったところで怖くはない。けど、その平均値が上がったら? ただでさえ数が多いんだから、絶対に不覚をとってしまう。それが分かっているから、恐れている」


 アルフォンスの話をまとめるように、ロレッタが言う。

 フェルは分かっているのか、分かっていないのか、どちらなのか分からない表情で首を縦に振っていた。

 そんな彼らの様子を見て、ソフィアはポツリと呟く。


「私は、国交が回復して人間と魔族が共存してほしいと思っています」


 ソフィアが自分自身で決めた進むべき道。

 しかし、その道は立って歩くことさえできないほど険しい。それは、分かっていたことだ。しかし……。


「それは、限りなく難しい話です。間違いなく、人族は魔族に嫉妬するでしょう。そして、迫りくる人族に魔族は恐怖する……。その果ては、言われるまでもなく分かっている事ですよね」


 アルフォンスのいつになく冷たい言葉。

 ヴラドがした警告と同じ。ソフィアの前に広がるのは、希望への道と同時に果てしなく険しい修羅の道なのだから。

 一歩でも踏み間違えれば、絶望への近道に変わってしまうそんな危険をはらんだ道であるとソフィアは理解している。


「……」


 自分の想いと責任。

 自由に生きると決めたソフィアであるが、どうしてもその決断を下せない。何か別の道があるのではないかと、静かに唇をかみしめるのであった。








拙作ですが、今後も宜しくお願いいたします!

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