第113話 北部説得への道
しばしの静寂。
ソフィアは、じっとヴラドを見つめ、ヴラドは何の感情も映らない瞳で漠然とソフィアたちの姿を視界に収める。
そして……。
「やりたいようにやる、か。人間とは相も変わらず、傲慢な生き物なのだな」
深いため息を吐くヴラド。
しかし、その声色は失望の色というよりも、むしろ呆れを孕んだもののように聞こえた。この時初めてヴラドの視線がソフィアの視線と交わった。
「まさか、この節目の時代に、あの大馬鹿と似たようなことを言う馬鹿が現れるとはな。……まぁ、良いだろう。前向きに考えてやる」
「っ!?」
まさかの返答にソフィアは、驚きに目を丸くする。
そんなソフィアの表情が面白かったのか、ヴラドは表情を緩めると言った。
「そもそも貴様らは勘違いしている。我々が人間全体を恨んでいると思っているのだろうが、あの大馬鹿は人間だったのだぞ。人間全体を恨んでいれば、王と仰ぐことは絶対にないだろう。尤も、人間を等しく悪だと思っている者も少なくはないがな」
「言われてみれば、確かに……」
納得できる話に、ソフィアは困惑する。
先ほどまでの話の流れは一体何だったのか、そう思わずにはいられなかったのだ。しかし、すぐにヴラドの意図に気が付いた。
「まさか、私を試していたのですか?」
「今さら気が付いたか。貴様については、それの母から聞いていた。初代にどこか似た雰囲気を持つとな」
どこか偉そうに言い放つヴラド。
変態のくせに、威厳だけはしっかりとある。返す言葉もなく、口をパクパクさせていると、隣から非難の声が上がった。
「ちょっと待って、それって私のこと? 私、一応この国の王女なんだけど、その点についてどう思ってるわけ?」
いつになく、硬質なフェルの口調。
「ふっ」
ヴラドからの返答はなく、鼻を鳴らす。
まるで「王女? 寝言は寝て言え」とでも暗に言っているように、ソフィアには聞こえた。その態度に、フェルのこめかみに青筋が立つ。
しかし……。
「狂人と意見が一致するのは業腹だが……。フェル、お前が王女と名乗るのは滑稽としか言えないな」
「威厳なし」
「姫様、王女と思われたいと思うのであれば、それに相応しい立ち居振る舞いをするべきですわよ。まぁ、無理だとは思いますわね」
「自分で一応と言っている時点で、自覚さえないんじゃないですか?」
「私に味方はいないの!?」
まさかの背後からの攻撃に、涙目になるフェル。
そして、唯一の味方だと思ってソフィアに縋るような視線を向けた。しかし、上手くフォローができる自信がなく、ソフィアはフェルから視線を背ける。
「……茶番は良いか? 話を進めるぞ」
はぁとため息を吐くヴラド。
フェルに向けられる眼差しは、まるで子供が大人の会話に口を出すなと語っているようだ。
すっかり意気消沈したフェルは、大人しくテーブルに乗った茶菓子を漁り始める。こっそりポケットに仕舞っているのは愛嬌だろう。
「先ほどの話に戻るが、我が人間を受け入れると言っても、反発する者も多い。とくに北部では、間違いなく多くの者が反対するだろう」
「ええ、現状でもかなり問題視されているようですからね」
「秘書官の言う通りだ。確かに北部で最も発言力があるのは我だが、我が命じたところで反発が生まれるのは目に見えている。場合によっては、我をこの座から引きずり降ろそうとするに違いない」
「現時点でも、叔父上が北部の四天王であることに反対の派閥がありますから余計に深刻ですわね」
「そうなんですか?」
「ソフィア、よく考えてみて下さいまし。服も着ようとしない上司の部下になりたいと思います? その派閥のスローガンは「変態に北部を任せるな!」ですわよ。因みに、叔父上側の派閥は「変態に服を着せろ!」がスローガンらしいですわね」
「「「「…………」」」」
思わず、ジト目をヴラドに向けるソフィアたち。
部下に、変態扱いされている上司。しかも、変態と言って通じるのだから、相当なものだ。尤も、その当人は自分が変態だと言う認識がない様子だが。
それを感じてか、ヴラドは嘆かわしいとため息を吐いた。
「まったく、スローガンの意味を知らぬとは嘆かわしいことこの上ないな」
「彼らにとって、貴方の格好は死活問題なんだと思いますよ。同類に見られたら、一生もののトラウマに違いありませんし」
「まったくですわね。吸血鬼は血筋を尊ぶと言うのに、ドラキュリアを名乗るのは現状叔父だけですわ」
「逃げた」
「当然だな。こんな親戚がいるのは、恥以外のなにものではない」
散々な評価に思わず表情を引きつらせるソフィア。
フェルやアルベルトの扱いも大概だが、北の四天王の扱いもかなりおざなりだ。上に立つ資質を持っていながらも、その性格に難があるため仕方のない話なのかもしれない。
「話を戻すぞ」
非難が飛び交うなか、柳に風と言った態度で悠然とするヴラド。
性格を改善するつもりがないのは明らかだ。北部の権力者たちの気苦労がよく分かる。白けた視線を向けられるなか、ヴラドは口を開いた。
「先ほど善処すると言ったが、条件がある。それは、これから会談する者たちにある程度、今回の件を受け入れさせることだ。それができなければ、我が協力することは決してない」
「それが、第一歩ということですか」
「ああ」
「……それはいくら何でも厳しすぎるのではありませんの? 叔父上でも無理なのですから、ソフィアであれば余計に」
「そうですね、私たちもソフィアに協力いたしますが、ドラキュリア様からも多少の協力を得ることはできませんか?」
「ソフィアのことを認めたのであれば、それくらいしても罰は当たらんだろう?」
エリザベート、アルフォンス、シルヴィアからの援護に、ヴラドは少し考えるそぶりを見せる。
「……分かった、可能な限りで個人的な手助けはしてやろう。しかし、我の立場を使った発言はしないからな」
「それだけでも十分です、ありがとうございます」
我関せずと言う態度を取られるよりも、ヴラドが個人的でもこちら側に立ってくれるのはソフィアにとってアドバンテージになる。
すると、何を思ったのか、リスのようにお菓子をやけ食いしていたフェルが食べ物を飲み込むと口を開く。
「思うんだけど、ヴラド=ドラキュリアが服を着るって条件を出せば、案外簡単に話がまとまるんじゃないの? 背に腹は代えられないって」
「「「「「確かに」」」」」
フェルの、珍しく鋭い指摘にソフィアたちは納得の表情を見せる。
個人的かつ可能な限り、その条件であれば十分当てはまる。人間を受け入れるだけで、長年の悩みの種であるヴラドの問題が片付くのだ。
そして、ヴラドが服を着れば反ドラキュリア派も力を失うことは間違いない。
まさに一石二鳥の提案である。だが……。
「無理だな。まったく、頭の悪い奴だ。つい先ほど、可能な限りといったのをもう忘れているのか?」
「可能なことだよね!?」
「不可能に決まっているだろう。馬鹿か、貴様は? いや、馬鹿だったんだな」
もう何を言っても意味はないだろう。
やり場のない感情に、フェルは表情を引きつらせている。それを見た、ソフィアたちはシルヴィアでさえもフェルに同情するような視線を向けていた。
「まぁ、取りあえずドラキュリア様からの口添えはないものだと考えたほうが良さそうですね」
「そうですね」
アルフォンスのどこか疲れを滲ませた声色に、ソフィアは苦笑交じりに頷くのであった。