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第12話 夕食の献立

 アンドリューが、図書館から立ち去って二時間が経過した。

 ソフィアは物憂げな表情で窓から外を覗く。そこから見える景色はちょうど図書館の入り口で、多くの人たちが館内に出入りしていた。


「はぁ……」


 ソフィアは、先ほどアンドリューに言われたことを気にしているのだろう。

 それも仕方がないことだ。これまでにも、シルヴィアやメルディたちから魔王軍の料理人を目指すのは止めた方が良い。そう言われてきたのだ。いつもと違うのは、それを言ったのが副料理長を務め、かつ二次選考の担当者だったからだろう。


「私には、荷が重すぎるのでしょうか……」


 魔国へ来たばかりのソフィアは、当初とにかく働きたい。そう考えていた。だが、今は違う。シュナイダーと言うマンデリン一の料理人の下で学びたいと考えているのだ。ただ、ソフィアも簡単に仕事が務まるとは思ってもいなかった。


「やはり、私も鍛えるべきでしょうか?」


 ふと、自身の細腕に視線を向ける。余分な肉など全くついていない細い腕だ。いくら料理スキルが高かろうと、その事実は変えることはできない。手っ取り早い方法で言えば、やはり鍛えて腕の筋肉をつけることだろう。尤も、効果が出る保証はどこにもない。むしろ、徒労に終わるだろうが。


「まだ悩んでいるんですか?」


 ソフィアが自身の腕を見て悶々としていると、不意に声を掛けられる。

 フレディだ。

 自身の仕事が一段落して、未だに浮かない表情をしているソフィアが気になったようで、声を掛けて来た。


「はい。どうすれば、魔王軍に入れるのかと」


 フレディは、ソフィアの体を見る。

 荒事とは一切無縁の体だ。肌は白く、筋肉があるようにも見えない。ごく普通の女性的な体付きだった。その彼女が、料理人とは言え魔王軍に……そう考えると、首を横に振らずにはいられない。


「……難しいですね」


「はい……」


 フレディの言葉に、ソフィアもやはりと言った様子だ。

 だが、フレディは気落ちしたソフィアを見て「しかし」と言って言葉を続ける。


「可能性がないわけではありません。何せ、彼らが求めるのは辞めないこと。それが一番ですから」


「えっ!?」


 いったいどう言う意味だろうか。

 ソフィアはそれが理解できずに、首を傾げてしまう。その様子を見たフレディは苦笑交じりに言った。


「あそこは、本当に離職率が高いんですよ。新人の九割は一ヶ月以内に辞めて行きますね。だからこそ、彼らは辞めない人材が欲しいと言う訳です」


「なるほど」


 ソフィアは、メルディの所で聞いた話を思い出す。

 確か、あまりにも隔絶した料理の腕前によって他の料理人が挫折してしまうと言っていたのだ。また、別の要因としても仕事量の多さが挙げられるだろう。

 それらの要素が加味されて、結果として多くの人が離職してしまうと言うことだろう。


「辞めてしまえば、その間に割いた時間が無駄になってしまいます。それならば、最初から辞めそうにない忍耐強い人材を求めれば良いと彼らは考えているはずです」


 ――それならば、可能かもしれない。


 僅かであるが光明が見えたソフィアは、表情を明るくする。

 だが、フレディはその様子に苦笑交じりに答える。


「あまり期待しない方が良いですよ。あの職場で辞めないほど忍耐力が強い人材などそうそう居ないのですから」


「いえ。全く可能性がないと言われるよりも、そう言ってもらえて助かりました!」


 フレディの言葉に、少しは元気が出たのだろう。

 ソフィアはそう言って立ち上がると、フレディに頭を下げる。そのソフィアの姿を見て、フレディは思わず苦笑してしまう。


「アンドリューさんは厳しいですから、あまり期待はしない方が良いですよ」


「可能性がゼロと言う訳でないのならば、大丈夫です。本当にありがとうございます」


 

 ソフィアは、フレディにお礼を言うとそのまま図書館を後にしたのだった。






 場所は変わって、第二大通りの商店街。

 時刻は既に三時を回っている。そのため、放課後を迎えた生徒たちや夕食の買い出しに来た主婦たちによって賑わいを見せていた。

 

「いつ見ても驚きの光景ですね」


 ソフィアの視界に広がるのは、数多くの種族が入り乱れている光景だ。

 シュナイダーのようなゴブリン種。アンドリューのようなオーク種。そして、エルフや獣人、ドワーフなどなどの亜人。そして、魔族。

 アッサム王国では、まず見ることのできない光景だ。


「あら、ソフィアじゃないか」


 ふと、誰かから声を掛けられる。

 ソフィアはそちらに視線を向けると、そこには猫族の中年女性が立っていた。彼女はソフィアを見て微笑を浮かべている。


「あっ、レイラさん……お久しぶりと言うほどではありませんが、五日ぶりですね」


「そうだね。今日は、迷子じゃないのかい?」


 ソフィアがレイラと最初に出会ったのは、五日前だ。

 商店街にやって来たソフィアであったが、多数の小道が存在しており非常に複雑な作りとなっている。そのため、帰り道が分からず、困り果てていたところを助けてくれたのが、目の前に立つレイラだ。

 レイラが冗談半分で言っていることは明白で、ソフィアは怒ったように頬を膨らませると否定の声を上げる。


「流石に何度も迷子にはなりません!」


 ソフィアの反応が面白かったのだろう。

 レイラは、「ははは!」と笑い声を上げた。


「そうかい、それは失礼したね。それで、今日はどうしたんだい?」


「夕食の買い出しに来ました。けど、夕食の献立がまだ決まっていないんですよね」


「ああ、それは分かるね」


 ソフィアの言葉に、レイラは納得の声を上げる。

 献立を毎日変えるのはなかなか大変なことだ。ソフィアと同様にレイラも悩んでいたようだった。


「そうねぇ、昨日はカレーだったから今日はハンバーグ辺りにしましょうか」


「カレーですか?」


 ソフィアは聞き慣れない単語に首を傾げる。

 一方で、レイラはカレーを知らないことに驚いたのだろう。驚愕に目を丸くして、ソフィアを見る。


「カレーを知らないの?」


「ええ、お恥ずかしながら……話からして食べ物なんですよね」


「そうよ……本当に知らないのね」


 レイラは、ソフィアを信じられないと言った様子で見る。

 その視線に、ソフィアは少しバツが悪そうな表情をして、理由を話す。


「私の出身はこの辺りではないもので……」


「ああ、そう言うことね」


 出身地が違うため、カレーを知らないと言う理由に納得したのだろう。

 そもそも、ソフィアと出会ったのは数日前のため、それ以前は違う場所にいたとしても納得できるのだ。そのため、ソフィアの言葉に納得したようにうんうんと頷く。


「それで、そのカレーと言うのは、どのような料理なのでしょうか?」


「野菜やお肉を色々なスパイスで煮込む辛みのある料理よ。基本的には、ご飯にかけて食べるからカレーライスと呼ばれることが一般的ね。まあ、カレーをパンの中に入れて揚げるカレーパンもあるわよ」


「スパイスを多く使った料理と言うことですか……」


 魔国内ではスパイスの価格は大分下がっている。だが、アッサム王国ではスパイスはかなり高価な物だ。その感覚がまだ抜けていないのだろう。ソフィアは、少し表情を強張らせてしまう。


「ええ、そうよ。スパイスはターメリック、クミン、コリアンダー、後はオールスパイスかレッドチリ辺りを使えばいいのよ。まあ、スパイス専門店には独自の手法で配合した既製品があるから、それを使うのも良いわよ」


「因みに、お値段はいくらくらいでしょうか?」


「まあ、既製品なら三百円くらいでしょうね……今は、少し値下がりしたみたいだから。基本的には二百円くらいで買えるわよ」


「や、安すぎませんか!?」


 魔国は物価が安い。ソフィアもそれは理解しているが、多数のスパイスを配合した物が子供のお小遣い程度の値段で買える。そのことに、驚愕せずにはいられなかった。だが、レイラやここに住む者たちにとっては当たり前なのだろう。レイラは、ソフィアの反応に首を傾げながらも腕を取った。


「案内してあげるわ」


 そう言うと、ソフィアはレイラに腕を引かれてスパイス店へ向かったのだった。








【お知らせ】

 申し訳ありません。

 今後の更新についてですが、作者の体調不良のためしばらくお休みをいただきます。

 詳しくは、活動報告にてさせて頂きました。

 作者の勝手な都合で申し訳ありません。今後も本作をよろしくお願い致します。


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