第112話 ソフィアの決意
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「ようこそ、我がブラン城へ。客人よ、歓迎しよう」
まるで仕切り直しと言わんばかりに、一言一句違わずリピートするヴラド。
先ほどとは違い、文明人らしい恰好……つまり、服を着ている。魔国南部の主流となっているカジュアルなデザインとは違い、どこか古風のそれこそアッサム王国などの貴族が着ている衣装。
とはいえ、アッサム王国の貴族のようなひらひらと無駄に華美なデザインとは違い、質素でありながらも優雅さを感じさせるデザインだ。
その身から迸るカリスマ性と相まって、まさに吸血貴族と呼ばれるに相応しい姿だった。
「「「「「「……………」」」」」」
しかし、先ほどの痴態は忘れない。忘れられるはずがないのだ。
悠然とした態度で豪華な椅子に腰かけるヴラドに、もれなくジトリとした視線を向けるソフィアたち。
だが、ヴラドはそんな視線を無視して、ピクリと眉を顰めた。
「どうした、客人。いつまでそんなところに立っているつもりだ?」
デジャヴを感じる言葉。
間違いなくリピートしていると思ったのは、ソフィアだけではないだろう。それを狙ってやっているのか、違うのか……おそらくは後者なのだろう。
それぞれが内心ため息を吐くと、ソフィアたちは対面のソファに腰かけ、一方でエリザベートは従者の如く、ヴラドの背後に立つ。
「さて、貴様らのことはアルベルトの奴から連絡があった。いささかおまけが多いようだが、まぁ良いだろう」
つまらなそうに吐き捨てるヴラド。
その瞳には何も感情が浮かんでいない。弾圧されていた当時を生きていた吸血鬼であれば、例え変態であろうと恨みの一つくらい抱いていても可笑しくはない。
しかし、ソフィアが感じたのは恨みというよりも……。
(何の感情も宿らない目……)
まるで興味がないと言いたそうな瞳だ。
時折、アルフォンスに視線を向けるものの、ソフィアとは意図的なのか全く視線を合わせようともしない。
「おいっ、魔王様に対してその呼び方は何だ?」
低い声色で放たれる言葉。
崇拝している人物を呼び捨てにされるのは、シルヴィアとして我慢できないのだろう。ましてや、相手が仲の悪い北部の支配者なのだから。
シルヴィアの威圧を受けても、ヴラドはまるで柳に風と言った態度で鼻を鳴らす。
「当然だろう。あんな脳筋魔王など、呼び捨てで十分だ」
「っ!」
ヴラドの挑発的な言葉に、いきり立つシルヴィア。
勢いよく立ち上がろうとするが……。
――スパンッ!
子気味良い乾いた音が響く。
一瞬何なのか分からなかったが、すぐにその音の出所に気が付く。
「叔父様、とっとと話を進めやがれですの」
「……どうやら我が姪は、悪魔に唆されて道を踏み外したようだな」
――スパンッ!
再び響く乾いた音。
一瞬白い何かが視界に映ったような気がするが、それも束の間。ソフィアが辛うじて認知できるだけだった。
「正しい道を進んでいるだけでありますの。あと、悪魔とはまさかお母さまのことではありませんわよね。チクリますわよ」
「……」
まるでウジ虫を見るような冷え切った目を叔父に向ける姪。
分が悪いと理解した様子だ。どうやら、ヴラドはこの小さな姪は天敵かそれに連なる者なのだろう。
「……それで要件とは? ……いや、良い。大方、この北部に人間を受け入れる意思があるか否かについて尋ねに来たということなのだろう?」
ゴホンと咳払いをすると、アルフォンスに向かい合って会話を振る。
「ええ」
「そうか……」
どこか考え込むような仕草を見せるヴラド。
いったい何を悩んでいるのだろうか。その視線は、ソフィアへ向くことはなく、かと言って誰を見る訳でもなく、テーブルに視線を向けている。
決して長い時間ではなかった。しばしの間が空いて、ヴラドは徐に口を開く。
「答えは、否だ」
「「……」」
ヴラドが出した答えに、ソフィアもアルフォンスも驚きよりもやはりと言う気持ちが湧きあがった。それだけ、人間という種族の業は深いのだ。当時を知る者にとっては、到底受け入れられる話ではないのだろう。
「以前、アルベルトからこの話はあった。その時は与太話だと思ったが、現在この北部の地に、七人の人間が訪れている。それを考えれば、本気で人間との和睦を望んでいるのだろうな」
ヴラドの言葉からは感情が読み取れない。
その口から吐き出される言葉の意味が、ソフィアにもアルフォンスにも理解できない。どう会話を続けようか悩んでいると、不意にフェルが口を開いた。
「ねぇ、いくら何でもえっと……キョーリューすぎるんじゃない?」
「姫様、それを言うなら狭量。……私も姫様の考えに賛成」
「ふっ」
異議を唱えたフェルとロレッタに、ヴラドは嘲笑を浮かべる。
何も知らない子供を見るような憐れな視線。それを向けられた、二人はムッとした表情を浮かべる。
「貴様らは何も知らない。妖精族が人間に捕まえられた光景を貴様は知らない。姫よ、堕天使族が人間にされた仕打ちを知らない訳ではあるまい。お前の母親もまた、当時を生きた一人なのだからな」
「「……」」
フェルもロレッタも、当時のことなど知るはずもない。
しかし、二人は祖父や母親から当時の事はぼかされながらも聞いているのだ。だからこそ、反論ができなかった。
シルヴィアも何か思う所があったのか、アルフォンスと視線を合わせると静観する。
「人間と国交を結ぶ? 聞けば、数百年前の文明からさほど進化していないと言うではないか。一方的な支援になることは目に見えている。そして、奴らはこちらから技術を奪えば、厚顔無恥に野心を抱くことだろう。それが人間だ」
僅かに熱の籠った口調。
滲み出るのは、僅かな憤怒。一瞬だけ感じた深い闇に、背後に控えるエリザベートでさえも息をのんだ。
そして、静寂が包み込む。
「……ドラキュリア様のおっしゃる通りですね。確かに人間があなた方に行った仕打ちは……それこそ、当時を生きる人にとっては許しがたいことなのでしょうね」
誰もが言葉を失った中、ソフィアはポツリと呟く。
ソフィアはここに来て勘違いに気が付いてしまったのだ。ここで暮らすアンデッドたちは確かに陽気だ。そして、その王であるヴラドは確かに変態である。
そんな魔国の住人であるからこそ、打ち解けることができるのではないかと、楽観的に考えていた部分があった。
しかし、そもそもの話が間違っている。
ソフィアたち人間は加害者であって、彼ら魔族は被害者。確かに、当時を生きた人間がいれば自分たちが被害者だと訴えることだろう。しかし、結果的に見ると魔族達は人間たちに故郷を奪われ、強力な魔物がひしめき合うクリスタルマウンテンの向こうへと追いやられてしまった。
「私たち人間が、魔国にできることは何もありません。国交を結んで互助と言っても、現状を鑑みるに、一方的な支援を求めることでしょう。それは魔国内で反発を生み、一方で我々もまた野心を抱くことでしょう」
ソフィアは、人間という種族……というよりも、貴族についてよく知っている。
仲良さそうに手を取り合っていながら、内心では罵詈雑言が飛び交っていることなど珍しくもない。
彼らは必ず、魔国に目を向けることだろう。
そして、最初こそ魔族に恐怖を抱いても、実際の魔国を知れば甘く見るに違いない。そして、馬鹿なことを考えるようになる。
これは予感ではなく、確信だ。
ソフィアだけでなく、アルフォンスもまた同じ考えを持っているはずである。ヴラドはソフィアと視線を合わせることなく、言った。
「そこまで分かっていながらも、何故ここに現れた? 我らの答えなど、そもそも聞く必要もないことだろう? それとも、我らの恨みが時の流れと共に風化しているとでも思っていたか?」
「……はい。お恥ずかしながら、そう思っていました。だからこそ、こうして厚かましくもこの場に顔を出すことができました」
「やはり、貴様も他の人間と変わらないということだな。賢しく、語ったところで我々を迫害した人間と何ら変わりはない」
「……」
「返す言葉もなしか。貴様には失望した」
失望したと言う言葉に、ソフィアは強く唇をかむ。
もともと、ソフィアに人間と魔族を繋ぐ架け橋になることは、荷が重すぎることだ。しかし、ソフィアとしては諦めたくなかった。
――ソフィア、あんたも本当にやりたい後悔のない道を選びな
ふと脳裏に浮かぶ、母の言葉。
それは、ソフィアにとって幼き思い出でありながらも、決して色褪せることなく頭に残っている。
「……私は厚顔無恥な一人の人間です。人間を説得することの努力をしようともせず、こうしてあなた方の優しさに甘えようとしている」
「ほぅ、認めるだけの気がいはあったか」
ソフィアはうつむいたままポツリと呟くと、先ほどと変わらないヴラドの声が響いた。どうやら、失望していてもソフィアの答えを聞いてくれるつもりなのだろう。いや、試しているのかもしれない。
ソフィアは、ゆっくりと視線を上げる。
そこには、視線をソフィアと合わせようともしないが、席を立つことなく待つ吸血鬼の王の姿があった。
「はい。ですから私は……」
ソフィアはそう言って言葉を区切った。
このとき、ソフィアは自分でどんな目をしていたかは分からない。しかし、おそらく決意を固めた目をしていたに違いない。
その瞳を携えて、ソフィアは頭を下げた。
「厚顔無恥にも、魔国が人間の国と国交を結べる未来を手に入れるため、ドラキュリア様にお願いします」
「……支離滅裂だな」
「私もそう思います。結局は、あなた方の心情を無視して、勝手に甘えることしかできません。ですが、私にとってこれは最も近道なのだと思っています」
「開き直っただけか……いや、なお酷いな。怨敵の子孫が図々しくも頭を下げたところで、そのような行動を我が執ると本気で思っているのか?」
「いいえ。ですが、これはお願いというよりも決意表明です。ドラキュリア様に伝えたことで、もう後戻りをすることが出来なくなりましたから」
今度は、ヴラドが沈黙する。
その間は、十秒だろうか、それとも一分だろうか、それとももっと長い時間だろうか。ソフィアは、とてつもなく長い時間の中、ヴラドの言葉を待つ。
そして、紡がれた言葉は、何の感情も宿らない言葉であった。
「滑稽だ。人間を敵視する筆頭である我に、人間との架け橋を願うなど、滑稽と言わずして何という」
「……」
「人間、何故国交の回復を望む?」
尋ねられた一言に、ソフィアは考えるそぶりを見せなかった。
そして、隣に座るシルヴィアやロレッタ、それからフェルに視線を向け、一瞬ためらったもののエリザベートにも視線を向けると、笑みを浮かべて言った。
「私は、魔国で様々な出会いをしました。ちょっと、いえかなり危険な目にも遭っていますが、それでも後悔した出会いはありません。そして、築き上げられた今、それはソフィア=アールグレイとしての人生よりも、幸せだと胸を張って言いきれます。
「「「「「「……」」」」」」
「だから、私は魔族と人間が仲良くなって欲しい。それが私のやりたいことだからです」
シリアスな雰囲気ですが、相手がヴラドだと……。
プロットの段階では、裸のヴラド相手にソフィアが啖呵を切る予定でした(笑)
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