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第111話 ヴラド=ドラキュリア


「ようこそ、我がブラン城へ。客人よ、歓迎しよう」


 長い黒髪に怜悧れいりな美貌を持つ男性が部屋の中央で悠然と腰かけていた。

 アルフォンスを除いて、これほど美しいと思える男性を見たことがない。ただ、その端整な顔立ちからはアルフォンスからは感じられないある種の冷酷さが滲み出ている。

 無機質な瞳が、ソフィアとアルフォンス……人間へと向けられる。そこに隠されたのは人間への怒りか、それとも侮蔑か、ソフィアに察することはできない。


 彼こそが、吸血鬼の王にして魔国北部を任された四天王の一人ヴラド=ドラキュリア。

 魔王アルベルトと同じ、王者の風格を持つ男性だ。外見は二十代前半から半ばほどで非常に若い。しかし、人間たちから迫害を受けていた三百年前の暗黒の時代を生きた古参の吸血鬼の一人である。


「「「「「…………」」」」」


「どうした、客人。いつまでそんなところに立っているつもりだ?」


 ソフィアたちが言葉を失い呆然としていると、ヴラドが言葉を紡ぐ。

 抑揚のない、しかしそれでいながら重みのある言葉。まるで頭に直接響いてくるような感覚だ。

 しかし、今はそんなことどうだって良い。

 ソフィアたちが固まっているのは別の理由があるからだ。


「こ、こ……」


「こ?」


 ソフィアが顔を真っ赤にして、言葉を紡ごうとする。

 何を言うつもりなのか分からないのか、ヴラドはオウム返しに首を傾げた。そして、立ち上がった。

 その瞬間、ソフィアの頭はやかんが沸騰したような音を立てて、煙を出した。


「この人、へ、変態です! お巡りさん!!!?」


 そう。ヴラドは着ていなかったのだ。……服を。

 アルベルトのように武士の情けはない。正真正銘の全裸。細いながらも、逞しい筋肉が惜しげもなく外気に晒されている。

 そして、ソフィアが指の隙間から見ている男性の象徴もまた……。


「服着ろ、この変態が!」


「えっ、それ投げちゃまず……あっ!?」


 ソフィアに遅れて反応したのはシルヴィアだ。

 近くにあった高額そうなツボを持ちあげ、フェルの制止を聞かずに投げる。王族でありながら、どこか庶民感覚のフェルにとっては看過できないのだろう。その速度は、ソフィアでは視認不可能なほど。

 しかし、相手は魔国でも五本の指に入るほどの力を持つ四天王の一人だ。

 高速で迫るツボを躱すことなど訳がない。残像を残してしまうほどの速さで反復移動をすると、何事もなかったかのような表情をした。


「はぅ……」


 ソフィアは、今にも気絶してしまいそうだ。

 いつの間にか移動していたフェルがツボを大切そうにキャッチし、頭を壁に強打して痛そうにしている。

 固有魔法で直せるのではとは、誰も指摘しない。

 ロレッタは汚物を見るような視線をヴラドに向け、アルフォンスは表情を引きつらせていた。


「ふむ。貴様はシルヴァの娘か……まったく、これだから南の野蛮人は」


 シルヴィアの凶行にため息を吐くヴラド。

 そんなヴラドの態度に、シルヴィアはこめかみに青筋を立てた。


「人のことを野蛮人呼ばわりするのは文明人らしい服装をしてからにしろ! この狂人が、恥を知れ!」


「ふっ。生物は生まれて来るときは、皆同じ。裸だ。であるならば、何を恥ずかしがれと。そもそも、我に恥じる部分はない。裸でいる事は自然の摂理であって、服を着ることは自然への冒涜だ」


「意味の分からない言い訳をっ! 社会人……いいや、魔族としてのモラルを守れ! 公然わいせつ罪で何度捕まっていると思っているんだ!」


「まったく、度し難いことだ」


(四天王なのに、前科があるんですね……)


 手当たり次第に投げるシルヴィアと平然と躱すヴラド。その背後では、フェルが必死な表情でシルヴィアが投げた調度品をひぃひぃ言いながら丁寧にキャッチしている。

 フェル、大活躍だ。

 ドレスが大変なことになっているが、この場で気にする者は誰一人いない。


「何度言えば分かる? 間違っているのは、貴様の言うモラルの方だと。貴様も一度この感覚を味わえば理解できる」


「理解できるか、ド変態が!」


 遂に近くに投げられるものがなくなったシルヴィアは、武器を取り出す。

 投げナイフだ。指の間に挟んで一気に投擲する。


「うひゃっ!? お、お姉ちゃん、待って!」


――ストッ! ストッ! ストッ! ストッ!


 シルヴィアの投げるナイフは、ヴラドを捉えることはない。

 ヴラドの残像を通り過ぎ、そのさらに向こうにいるフェルに襲い掛かる。もはや、ヴラドを狙っているのではなく、フェルを狙っているのではないかと疑うほどだ。

 紙一重に躱していくフェルだが、足元に調度品があるからかかなり際どい避け方になっている。


「ソフィア、それからロレッタさん……しばらく時間が掛りそうなので、部屋を後にしましょう」


「……はい」


「うん」


 シルヴィアの怒声、ヴラドの変態発言、フェルの悲鳴を背後に、ソフィアたちは静かに退室するのであった。



*****




 扉の向こうから聞こえる騒音をBGMに、アルフォンスたちは深くため息を吐く。


「えっと。先ほどの方が、その……」


「ええ。信じられないことに、この北部を治める四天王です」


 それを聞いて、さらに深いため息を吐く三人。

 信じられない、いや信じたくないと言いたそうな表情だ。しかし、現実は無情なり。


(いいえ、今さら……そう、今さらなんですよね! ギャンブルで負けて下着一枚の魔王様の部下なんですから。ええ、きっとそう言うことなんです)


 脳裏に浮かぶのは、ギャンブルで負けてパンツ一枚になっている魔王の姿だ。それと同時に、上司をカモにして巻き上げている南の四天王の姿が脳裏に浮かぶ。


「……まともな人がいない」


「ええ、本当に」


 ソフィアの内心を代弁するようなロレッタの一言に、アルフォンスは疲れたように頷く。

 魔王秘書官として日々気苦労が重なっているのだろう。ドンヨリとした空気がアルフォンスの周囲を漂っている。


「ただ、あれでも間違いなく王としての器を持つ者です。それも、アッサム王国の国王とは比べ物にならないほどの」


「それは……。そうですね、恰好がどうであっても身に纏う風格は本物でした。思わずこうべを垂れてしまいそうなくらい」


「うん。最強の吸血鬼と言われているだけはある……変態だけど」


 変態であることを除けば、圧倒的なカリスマを持つ者であることに疑いはない。

 だからこそ、変態であることが残念で仕方がない。それ故に、三人はさらに重いため息を吐いた。


「魔王軍の幹部に真面な人はいないのでしょうか?」


「そんなことはない……ですよね? 西はちょっと……いえ、かなり癖の強い人物で。で、ですが! 東は真面ですよ」


「強ければ問答無用で襲い掛かって来るって聞いたけど。ほら、姫様も切られたって言ってたし」


「……」


「それ、通り魔の間違いじゃないですか……」


 どうやら、四天王に真面な人はいないようだ。

 いや、そう考えるとシルヴァが一番真面なのかもしれない。魔王様をパンツ一枚にしていた光景から視線を逸らしつつ……。


「あら、奇遇ですわね。こんなところで会うなんて」


「ひっ!」


 聞き覚えのある声に、ソフィアは思わず悲鳴を上げる。

 そして素早い動きでアルフォンスの影に隠れると、錆びたブリキの人形のようにギギギと音を立てて声のした方角に視線を向ける。

 薄暗い通路から現れたのは、ゴシックドレスを身に纏うまるで人形のような少女。エリザベートだ。


「悲鳴を上げるとはご挨拶ですわね。吸血衝動は収まっておりますので、安心して良いですわ」


「大丈夫、安心して。私が居る限り、ソフィアには指一本触れさせない」


 と、どこか決め顔で言うが……。


「……アンデッド焼に夢中で見捨てられたことは忘れませんよ?」


「……」


 ソフィアがジト目を向けると、ロレッタはさりげなく明後日の方向を向く。

 一方で、この人たちは何をやっているんだと言いたそうな表情のアルフォンスは、はぁと何度目になるか分からないため息を吐いた。


「それで、こんなところで何をしているのかしら?」


「魔王様からの勅令で、ドラキュリア様と対談に参りました。ですが……」


 アルフォンスはそう言って、扉に視線を向ける。


『くたばれ、変態!』


『ふっ。温いな』


『お姉ちゃん、明らかに私をねら……うひゃっ、今槍が頭を!』


 なかなか、混沌とした状況になっているようだ。

 扉に阻まれていると言うのに、部屋の中の惨状が目に浮かぶ。エリザベートの方に視線を向けると、彼女もまた中で何が行われているのか分かったのだろう。

 深くため息を吐く。


「まったく、叔父上は……」←「叔父」ではなく「伯父」では?父母の兄が「伯父」弟が「叔父」です。四天王なので兄だと思うのですが、地位は実力主義ですか?


「叔父上?」


「ええ、ヴラド=ドラキュリアは、誠に遺憾ながら私の叔父ですわ。あんな露出狂な親族がいるなど、恥以外の何ものでもないですわ」


 確かにエリザベートの言うことも分かる。

 ソフィアとて、身内にあんな露出狂がいたら恥だと言わざるを得ない。間違いなく他人のふりをしてしまうだろう。

 エリザベートは深いため息を吐くと、ソフィアたちの衣装を見て言った。


「ブラン城に何故ドレスコードがあるかご存じですの?」


「いえ」


「それは叔父上のせいなんですの。叔父上が服を着たがらないため、そう言った規則を作ったのですが……」


「意味がないですね」


「ええ、まったく」


 頭が痛いと額に手を当てるエリザベート。

 ソフィアも、そんな理由でドレスコードがあるとは思わず、表情を引きつらせてしまった。


「さて、私は叔父上に服を着させてきます。少しドタバタしますが、すぐに終わらせてきますので」


 暗闇の中、深紅に光る瞳。

 全く笑っていない瞳に、ソフィアたちは背筋を寒くして、エリザベートの後ろ姿を見送るのであった。







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