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第110話 対談前の一幕

 途中、トラブルがあったものの無事に着替えを済ませ、アルフォンスと合流する。


「どうでしょうか?」


 少し恥ずかしそうな表情をするソフィア。

 正装ということでスーツ姿と思ったが、用意されていたのは上質な絹で作られた濃い青色のドレス。アッサム王国で流行っているものと違いスリムなデザインだ。

 ドレスを着るというよりも、むしろ着られているのでは。そんな風に思ってしまい、ソフィアは頬を紅潮させる。


「……」


 対するアルフォンスは無言。

 いや、言葉を紡げない様子だ。何か言おうとしては、口を閉じてを繰り返している。そして、出て来た言葉というと……。


「すごく、……似合ってる」


 ごくありふれた褒め言葉だった。

 よく見ると、アルフォンスの顔色が薄っすらと赤い。怜悧れいりな美貌を持つアルフォンスであれば、破壊力抜群だ。

 心の底からそう思っているのだと分かったソフィアは、恥ずかしさのあまりれたリンゴの様に顔を赤くする。


「あ、ありがとうございます……」


 互いに、互いの顔を直視できない状況。

 アルフォンスは明後日の方向を向き、ソフィアは顔を俯かせる。どのくらいの時間が経ったのだろうか。いや、一分も経たない短い時間だ。

 唐突に「ゴホン」という声が響き渡る。


「「……っ!」」


 二人は、すぐさまはっとなる。

 この場には、アルフォンスとソフィアの二人以外にも他にもいるのだ。視界の端に映る石像に視線を逸らしつつ。

 視線を向けると、若草色のドレスに身を包んだロレッタの姿がある。

 まるで妖精のよう……事実、妖精族なのだが。どこか神秘的な雰囲気を身に纏う少女は、ジト目でソフィアとアルフォンスを見る。


「……リア充爆発すれば良いのに」


 小さく呟かれた一言。

 ロレッタは無表情ながらも、どこか不機嫌そうだった。その言葉に、すぐさまアルフォンスが慌てたように否定の声を上げる。


「いえっ、ですから! 私はソフィアの事を妹のように思っているんですって!」


「……」


 アルフォンスの反論に、ジト目をするロレッタ。

 それから、一人首を傾げているソフィアに視線を向けた。


「確かに、リア充ですよね。私とアルフォンス様は」


「「へ?」」


 ソフィアの唐突な一言に、間の抜けた声を上げる二人。

 意味が分からなかった様子だ。そのため、ソフィアは自身の発言の意味を説明する。


「だって、リア充って恋人や配偶者がいる人を指すんですよね。私もアルフォンス様も、仕事が恋人みたいなものですし。そうですよね、アルフォンス様」


「「『……』」」


 ズルッとこけたような音が聞こえる。

 いや、よく見るとアルフォンスやロレッタ……視界の端に映る石像までもが、こけたような体勢になっている。

 それと同時に、どこか憐憫れんびんを宿した視線がソフィアへと集中していた。


「あ、あれ……私何か間違ったことでも?」


 周囲の何とも言えない雰囲気に、動揺を浮かべたソフィアは恐る恐る尋ねる。


「……何か色々間違ってる」


「ソフィアですから」


 深くため息を吐くアルフォンス。

 何故か先ほどまでよりもずっと老けて見えるのは気のせいだろうか。いや、老若男女問わず見惚れてしまいそうな怜悧な美貌は健在だが。


「それはそうと、姫様はまだ着替えておられるのですか?」


「フェルちゃん自体は着替えが終わっているのですが……」


「今は、ここぞとばかりに身動きが取れないシルヴィアを着せ替え人形にしてる」


「あぁ、なるほど」


 アルフォンスは苦笑を浮かべて納得する。

 更衣室でフェルが何をしているのか、考えずとも鮮明に思い浮かんでしまう。


「お待たせ!」


 噂をすれば何とやら。

 満面の笑みを浮かべたフェルが、禍々しい雰囲気の通路から現れた。


 思わず息を吐いてしまいそうな美貌。

 普段のセーラー服姿とは違い、フェルもまたドレス姿だ。髪と同色の漆黒をメインカラーとして、赤いラインが走っている。

 エリザベートが好むようなゴシックドレスに似たデザインだが、堅苦しいのを嫌うフェルは動きやすいように改造していた。

 この禍々しい雰囲気が漂う城において、これほど存在感を出せる姫はフェル以外にはいないだろう。圧倒的な美貌にただ呆然とするソフィアたちだが……。


(((なんか、残念なんだよなぁ……)))


 と、思わずにはいられなかった。

 容姿だけ見れば、確かに老若男女問わず言葉を失ってしまう、まさに神から祝福されし美貌を持っているとしか言い表せない。

 しかし、身に纏っている雰囲気がどこか残念なのだ。

 姫としての貫禄もあるはず。にもかかわらず、「どうだ」といわんばかりにドヤ顔で胸を張る姿は、とにかく残念だった。……本当に残念だ。


「なんか、残念、残念って連呼されているような気が……。って、おかしくない? ここは普通『フェルちゃん、可愛い!』とか『姫様似合ってる』とか『魔王様にお見せしたい姿です』とかいう場面じゃないの!?」


 心底どうでも良い話だが、フェルは声真似が非常にうまかった。

 一瞬、本人が言ったのではないかそう思ってしまいそうなレベル。怪盗として活躍できるのではないかと疑ってしまう。何故こんなどうしようもない特技だけは、ハイレベルなのだろうか。


(フェルちゃんって本当多芸ですよね。この前、駅前で腹話術を披露していましたし)


 最近の出来事を思い出して、ソフィアは遠い目をする。

 当然フェルの目的はお小遣い稼ぎだ。芸を披露してお金を頂く……ことはなく、決まってお巡りさんに追いかけ回されている。

 どの芸も文句なしのハイレベルだが、フェル故にその才能は残念な結果しか生み出さない。フェルの声真似に、感心した声が上がるどころか、ソフィアたちはどこか反応に困る微妙な表情を浮かべるのであった。


「「「……」」」


 現実逃避をしていたソフィアは無言でアルフォンスやロレッタと視線を交わす。

 言葉はないが、「どうしよう」と言う思いだけが伝わって来る。期待するような視線を受けて、三人はコクリとうなずいた。


「フェルチャン、カワイイ……」


「ヒメサマニアッテル……」


「マオウサマニオミセシタイスガタデス……」


「何で棒読み!?」


 ソフィアたちの決断に愕然とした声を上げるフェル。

 石像さんたちは先ほどからこちらを見ようともしない。あからさまに視線を逸らしているように見えるが、きっと最初からあの姿だったのだろう。身に纏う雰囲気が、「俺らを巻き込むなよ」といっているようにも思える。

 きっと、ソフィアの気のせいだろう。石像が意思を持つはずもないのだから。


「それよりも、シルヴィアはどうなったんですか?」


「話題を逸らした!?」


「ソンナコトナイデスヨ」


「何で棒読みなの!」


 ドレス姿で地団駄を踏むフェル。

 淑女にあるまじき姿だ。マナーの先生が現れれば「んまぁ!」と非難の視線を向けることだろう。


「いつも思うんだけどさ、みんな私への扱いが酷くない? 私だって、みんなから崇められたいんだよ!」


「褒められたいんじゃないんですね」


「……崇めても御利益なさそう」


「おそらくお供え物目当てで言ってるんだと思いますよ。ほら、褒められるだけだと現物がないですし」


「何て現金な……」


「……」


 図星を突かれたのか、フェルに反応はない。

 強いて言うと「何故ばれたし」といわんばかりの表情で、冷や汗を流しているように見える。


「あっ、お姉ちゃんのことだけど……」


「逸らしましたね」


「逃げた」


「あからさまですね」


 立場が一転したフェルは「コホン!」と咳払いをすると、何事もなかったかのように話の続きをする。


「お姉ちゃんなら、着替えの最中に目が覚めちゃったよ。本当にタイミングが悪い」


「きっと、シルヴィアの危機感知能力が警笛けいてきを鳴らしただけ」


 すかさずツッコミを入れるロレッタ。

 その言葉に、ソフィアは内心同意を示す。身の危険を感じて、目が覚めたのだろう。ジト目を向けられるフェルは居心地が悪そうな表情を浮かべて……


「けど、私だってお姉ちゃんを輝かせたいと思って……『ほぉ、まだ反省していないようだな』……うげっ」


 フェルが必死の弁明をしていると、背後から白魚のような美しい手が現れる。

 そして、フェルの頭をわしづかみにした。ミシミシと鳴ってはいけない音が聞こえて来るような気がする。


「シルヴィア、良かった。目が覚めた……っ!」


 シルヴィアの姿を確認したソフィアは思わず息をのむ。

 純白のドレスを身に纏ったシルヴィアの姿は、美しかったのだ。それはまるでソフィアの憧れるエーデルワイスの花のよう。

 穢れを知らない静謐な雰囲気でありながらも、芯のある美しさ。ソフィアだけでなく、アルフォンスやロレッタも普段見ないシルヴィアの姿に言葉を失っていた。


「北の狂人どもはようやく棺桶を辞めたと思ったのだが……目が覚めれば、十字架に磔にされていたのだぞ。まったく、これだから北は理解に苦しむのだ」


(……それ、おそらく教会の仕業じゃないと思いますよ)


 さりげなく、北の住人を狂人扱いするシルヴィア。

 南を治める四天王の娘としては、やはり北の光景は正気を疑うものなのだろう。ただ、勘違いしないでほしいが、シルヴィアは先ほどまで棺桶に入っていたのだ。

 少なくとも十字架に磔にされてはいなかった。

 さりげなく犯人と思われる人物に視線を向けると……


「ピュー、ピュー!」


 口笛を吹いてそっぽを向いていた。

 ああ、間違いなく犯人はこいつだと思う面々。とはいえ、この場でフェルを問い詰めたところで、タイムロス以外の何ものでもない。


「さて、揃いましたので行きましょうか。ここにいても意味はなさそうですし」


「そうですね」


「うん」


 アルフォンスの言葉に否定は上がらず、ソフィアたちは北の四天王の下へと向かうのであった。








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