第105話 スタリカ
北部最大の都市スタリカ。
空は暗く厚い雲に覆われ、その大地には太陽の光さえも通さない呪われた土地。太陽の代わりに大地を照らすのは、巨大な紅き満月。
大凡、人間が生活できる土地ではないだろう。
しかし、北部に住む魔族は吸血を始めとした、太陽を苦手とする種族ばかり。彼らにとっては、太陽の光が届かないこの場所はまさに楽園と言える。
「南部は機能性を重視した都市が多いですが、こちらはその……雰囲気がありますね」
ソフィアの視界に映るのは、風情のある建物。
そして、一番奥に見えるのは切り立った崖に建つ巨大な古城。背景となっている赤き月が妖しく古城を照らしていた。
芸術家が見れば絶景だと評価することだろう。
機能性については分からないが、芸術的な観点で言えばスタリカの街並みはマンデリンでは足元に及ばないほど完成されていた。
「言葉を飾る必要はない。ここはホラー映画のロケ地として有名……ゾンビもミイラも役者は現地で本物が用意できると評判だから」
「「「「「……」」」」」
ロレッタの説明に、アルフォンスを除いたソフィアたち人間組は言葉を失う。
分かっているのだ。自分たちの目の前で和気藹々(わきあいあい)と日々の生活を送っている者の正体が。
ゾンビやミイラといった不死者は魔物に位置付けられており、全身が包帯で巻かれ、その肌は血の気がない。そして、生前の無念が活動力となっており呪いのような黒い感情が渦巻いている。
しかし、どう言うことだろうか。
彼らは和やかに笑い、穏やかな表情を浮かべている。そして、最も衝撃なのが……
「なぁ、聖女、一つ聞きたいんだが……」
「……なんですか?」
「不死者というのはこれほどまでに機敏に動くものなのか? 踊っているように見えるのは気のせいなのか?」
踊っているのだ。
それは、もうキレッキレに。不死者の特徴として、腐敗によって動きは鈍くなっているはず。しかし、目の前にいる彼らは一流ダンサーの如く踊っているのだ。
車道など関係ない。
何せ彼らは死んでいるのだから。
一人二人ならばまだ理解できる。しかし、ソフィアたちの目の前で行われているのは、ゾンビカーニバル。不死者が自由に踊って歩いている光景だった。
「私は何も見ていない、あれはゾンビではない……み、見間違えだ」
一人頭を悩ませて蹲る聖騎士。
ゾンビやミイラは死者である。教会の仕事として、執着によって動き続ける不死者を浄化するものがある。
それ故に、オーギュストにはこれほどまでに生き生き?としているゾンビの存在を認められないのだろう。
それは、教会関係者でないアレンもジョージも同じだった。
ソフィアは呆然とゾンビたちの動きを見ているとあることに気が付き、はっとなる。
「なるほど。体が硬直しないように、腐敗を防止するために踊っているのですか」
一人納得の言った表情を浮かべるソフィア。
「いや、ちょっと待て! それは可笑しいだろう!」
ソフィアの呟きに、即座にアレンがツッコミを入れる。
「そんなことはないですよ。この前テレビで、ダイエ……コホン、健康にはダンスが良いと言っていました。ゾンビさんたちも健康のために踊っているのではないのですか?」
「ゾンビがか!?」
「ソフィアの言う通り。ゾンビだって健康に暮らしたい。ゾンビとか不死者は踊りが好きな種族」
「あっ、やっぱりそうだったんですね。健康一番です」
「健康も何も、死んでるからゾンビだろう! それと、踊りが好きとか初めて聞いたぞ!」
はぁはぁと肩で呼吸をするアレン。
彼の中の常識が音を立てて崩壊していった。一方で、醜態を見せる主君を止める立場にいるジョージはというと、何故かゾンビに絡まれていた。
そして、ゾンビカーニバルの一員になっているではないか。
その隣では、顔色を真っ青にしたオーギュストまでも踊っている。気の良いゾンビたちは、カーニバルの仲間が増えて嬉しそうだ。腰をフリフリと振って、気持ちが悪いが歓喜を顕わにしている。
「まったく、帝国の第三皇子ともあるものがこの程度のことで情けない」
嘆息するのは、カテキン神聖王国で聖女を務めているフローラ。
最もショックを受けているのがフローラだと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「死人であろうと健康意識が高いのは良いことです。それに見て下さい、こちらの彼を」
「おい、お前まさか……」
「うおぉぉぉぉ!!!」
アレンが何かを気づいて言おうとした瞬間だった。ゾンビAは喉を抑えながらのたうち回り、野太い声を上げる。
(意外と滑舌が良いんですね)
ソフィアは暢気にそんなことを思う。
もう少し聞き取りにくい声だと思ったからだ。しかし、その足元に転がっている瓶を見て、ソフィアは顔色を悪くする。
「これ聖水じゃないですか! ゾンビならそのまま浄化されてしまいますよね!?」
「ええ。ゾンビならこれで一殺です♪」
「フローラちゃん!?」
到着と同時に、現地民を殺害?する聖女。
平然としているようだが、一番ショックを受けているのは彼女なのだろう。とはいえ、使者が現地ゾンビを浄化するのは外交問題に発展する可能性がある。
ソフィアは慌ててゾンビの容態を確認しようとするが……。
「力が、力がみなぎって来るぞぉ!!」
「はっ?」
のたうち回っていたと思ったら、跳び起きたゾンビA。
その近くでは、ゾンビBが体操選手のようにバク宙を繰り替えし、ゾンビCが物凄い速さで腕立て伏せをする。
ゾンビD、ミイラA、ゾンビE、リッチ、ゾンビF、ミイラB、ゾンビ……
(多すぎませんか!? というより、いったいいつの間にこんな大量に聖水をのませたのですか!?)
ソフィアは、フローラの手の速さに愕然とする。
それと同時に、物凄い大物が聖水の餌食になっているような気がしてならないが、きっと気のせいだろう。
魔物たちが筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)となった裸を晒して、踊っている光景などソフィアは見ていない。
「あはははは……」
フローラに視線を向けると、虚ろな瞳で乾いた笑い声を上げているではないか。
そんな彼女をまるで聖女を見るような目で拝むゾンビたち。浄化するつもりが、ただでさえ元気なのがより元気になってしまった。
聖水に対して耐性でもあるのだろうか。ますますヒートアップしていくゾンビたちは、ソフィアも知っている有名なアイドルグループの踊りを踊っている。
振付まで完全に再現しているが、感心よりも気持ち悪かった。ソフィアは思わず視線を逸らしてしまう。
「さぁ、君たちも踊ろう! なに、踊っているうちに楽しくなって来るぞ。横断歩道みんなで踊れば怖くない!」
それなんか違う。
ソフィアは反射的に思ったが、ゾンビの大群が車道を封鎖しているのだ。ある意味、それは正しいのかもしれない。
「い、いやぁああああ!!!」
「は、放せ! こら、担ぐな! 私は皇子だぞ! ジョージィ!!!」
聖女と第三皇子はゾンビたちに攫われた。
残されたのは、未だ気絶したままのシルヴィアとスタリカ料理を堪能しているロレッタ。そして、誰にも相手にされなかったソフィアだけである。アルフォンスは、先に目的地である古城へと向かっているためここにはいない。
「なんで、私だけ誘われないのでしょうか……?」
攫われていく二人を見て、少し悲しい気持ちになった。
ああなりたいとは思わない。だが、一人だけ取り残されるのは何とも悲しい。行き場のない悲しみに、「はぁ」とため息を吐いた。
「にゃぁ」
「えっ、トノ?」
聞き覚えのある鳴き声に、ソフィアは視線を降ろすとそこには真っ白な猫がいた。
トノだ。てっきり、フェルが連れ歩いているのだと思ったのだが、どうやら別行動を取ったらしい。尤も、フェルはいつの間にか行方不明になっているが。
抱えるように催促しているのだと理解したソフィアは、苦笑を浮かべてトノを抱える。
「お、重たいっ……」
思わず声が漏れてしまう。
膝を使って持ち上げたが、腰を悪くしないか不安になる重さだ。そんなソフィアの呟きが聞こえたのかトノは……。
『筋肉は贅肉よりも重いんだよ。お前のその二の腕とは違うからな』
「……」
フローラやアレンだけでなく、自分もまたおかしくなっているようだ。
このあり得ない現実を見て、幻聴が聞こえる。猫が言葉を話すわけがないというのに……。スタリカはマンデリンとは違った意味で常識を破壊する都市だった。