第104話 天災の天敵?
ご心配をおかけして申し訳ございません。
無事に退院することができました!
スタリカへの空の旅。
窓から覗く絶景は、ソフィアたちの恐怖心を和らがせた。魔国の文明は、アッサム王国に比べて数世紀と言っても過言ではないほどの差がある。上空から見る景色も先進的なのかと思ったが、思いのほか普通だった。
魔族がクリスタルマウンテンの向こうへ消えてから、まだ三百年ほど。その広大な土地は手付かずな場所も多く、ソフィアたちの見る景色の八割以上は自然の景色だったのだ。
「綺麗……」
ソフィアはポツリと声を漏らしてしまう。
遠くに見えるのは魔物の生息地。その中心には、膨大な魔素の影響で火山が常に噴火しているような状態である。
火山の近くは、ソフィアでは生きていけないほど過酷な環境だろう。
しかし、遠くから見る分にはまるで幻想的な一枚の絵画のよう。残酷な光景であるはずが、ソフィアには美しく見えてしまった。
この光景に見惚れているのはソフィアだけでない。空を飛べるはずのフェルやロレッタもまた魅入るように眺めていた。唯一の例外はというと……
「……」
白目を剥いて、気を失っているシルヴィアくらいだろうか。
先ほど大きく揺れた際に、うっかり気を失ってしまったようだ。崖から飛び降りても平然としているのに、飛行機は揺れただけで気絶するとは……。世の中、不思議なものがあるものだと思ってしまうソフィア。
「北部へ到着するまで、あとどれくらい掛かるんだっけ?」
「二時間半ほどと聞いていますので、順調にいけば二時間ほどで到着する予定です」
自分で言っていても信じられない速さだ。
シルヴィアは千キロほどと言っていたが、実際は千六百キロほど。四捨五入すると、約二千キロも離れていることになる。
馬車で移動していては、一月どころか二月は掛ってもおかしくない距離。それを、たった二時間半で移動できるのだから、感心を通り越して呆れてしまう。
(今後は魔国間の移動は電車から飛行機になって行くのでしょうね)
ふとそんなことを思うソフィア。
空には危険な魔物も多く、墜落のリスクが高い。それ故に、現段階ではなかなか難しい問題となっているが、遠くない未来に大空を飛行機が埋め尽くす光景が目に浮かんだ。
「聞いていたよりも時間が掛かるんだ。まぁ、これはこれでゆっくりと景色が楽しめるから良いけどさ」
「これでも十分に速いと思うんですが……」
やはりフェルの感覚は可笑しいのではないか、ソフィアは疑問に思わずにはいられない。
「この前乗った個人用の飛行機はこの倍は速かったよ。それに比べるとね」
「個人用……そんな飛行機があるんですか?」
「あるある。この前乗ってみたけど、凄い速かったよ!」
と元気な笑みを見せるフェル。
ただ、ソフィアはフェルの言い回しに疑問を覚えた。
「乗ってみる?」
ソフィアが呟くと、フェルは笑顔のまま「やばっ」と小さく声を漏らす。
そして、あからさまにソフィアから視線を逸らした。それを見たソフィアは疑念が確信へと変わる。
「そ、そんなことより! 少しはこの恰好に疑問を持とうよ!」
ソフィアの追求を恐れたのか、フェルはそう言って青虫のようにピョンと跳ねる。
「恰好ですか?」
何かおかしな点があるのだろうか。
ソフィアは首を傾げて、フェルを見る。
「いつも通りだと思うんですけど?」
「ちょっと待とうよ! このロープでぐるぐる巻きにされて首輪まで付けられている状態を見て、おかしいよね!」
「……?」
ソフィアは、フェルの言葉に首を傾げた。
確かに、フェルの言う通りどこか背徳的な格好になっている。そして、何故か手綱はソフィアの手の中にある。
「フェルちゃん、空港に到着したらまずは精神科に行きませんか?」
「いや、私正常だからね?」
「そうです、よね……。病院に行っても、いつものことって診断されるだけですか」
うっかりしていた。
フェルが奇行にでることなど日常茶飯事。どんな奇抜な恰好をしていても、いつものことで片づけられてしまうだろう。
ただ、ソフィアとしては一言だけ言っておかなければならなかった。
「すみません、私こういった趣味はなくて……」
「私もないからね! そんな意外そうな表情しないでよ」
ソフィアが申し訳なさそうに言うと、フェルが激しく反論する。
「えっ、これフェルちゃんの趣味じゃなかったんですか? というよりも、いつからその恰好だったんですか?」
「最初から……拘束されて運ばれて来たのに、隣の席で気づかなかったの!?」
フェルに指摘されて、そう言えばと思い出す。
確かに飛行機に乗った時点ではこの恰好だった。フェルのいつもの奇行だと割り切って、飛行機というインパクトの前に気にしていなかったのだろう。
ソフィアが頬をポリポリと掻いて乾いた笑い声を上げる姿からそのことに気づいたようで、「私の扱い雑過ぎない……」と愕然とした声が響く。
「というか、さっきから後ろから凄い殺気を感じるのは私の気のせい?」
すると、唐突にフェルが背後を気にするような仕草を見せる。
ソフィアはその言葉に首を傾げつつも、立ち上がって後ろの座席を確認する。アルフォンスはいつも通り、仕事に集中してソフィアの視線に気づいた様子がない。
一方で、アレンは飛行機に興味津々の様子だ。
技術大国であるフェノール帝国の皇子にして、錬金術の申し子とまで呼ばれるアレンからすれば飛行機への興味は尽きないはずだ。
そして、最後にフローラ。
一瞬真黒なオーラが漂っていたように思えたが、それも束の間。ソフィアが視線を向けた瞬間、オーラは消え去り満面の笑みを向けて来た。
その美しい笑顔に、同性であるソフィアでも見惚れそうだ。ただ、その隣ではチワワのように震える兄オーギュストの姿があった。
(シルヴィアと同じで空が怖いのでしょうか?)
恐怖のあまり真っ青になったその表情を見て、ソフィアは心配になった。
「コホン!」
突然、フローラが咳払いをする。
すると、オーギュストの方がビクッと震えあがった。どう言う理屈か、先ほどまでの怯えた表情は消え去り、聖騎士らしいキリッとした表情を浮かべている。
(兄妹仲が良いのですね)
その光景を見たソフィアは、そんなことを思う。
きっとソフィアの考えをオーギュストが知れば、首が切れんばかりに横に振るだろうが。
「……気のせいじゃないですか?」
「そ、そうかなぁ……。なんか、背中がゾクゾクするんだけど」
「風邪ですか?」
「うひゃっ!?」
ソフィアが、熱でもあるのではと思ってフェルのおでこに手を当てた。特に熱があるようには感じないが、悪寒が走ったかのようにフェルの体がビクッと跳ねた。
「フェルちゃん本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……。私、こう見えて風邪を引いたことがないから」
「何故でしょう。全く意外だと感じません」
ソフィアは反射的にポツリと言葉を漏らしてしまう。
「ですが、本当に体は大丈夫なんですか? 少し休みます?」
「うん、そうしようかな……うぅ、ここまで来るともはや呪いだよぉ」
「のろい……?」
「な、何でもない!」
フェルの口から漏れ出た言葉にソフィアが首を傾げると、慌てたように体を斜めに傾ける。能力を使ったのか、その瞼にはトノをモチーフにしたアイマスクが装着されており、イヤホンをつけていた。
(フェルちゃんがここまで大人しくなるなんて……天敵でも乗っているのでしょうか?)
あの自由奔放なフェルが大人しくなるような相手。
そんな人物を思い描いたが、いるはずもないかと苦笑するソフィア。ただ単に、疲れが回ったのだと結論付ける。
すると、不意に背後から声を掛けられた。
「ソフィアちゃん、到着まで時間があるようですし、せっかくですからお話でもして時間を潰しませんか?」
「良いですね。それなら、後ろの席に移りましょうか」
「ええ、そう致しましょう!」
スタリカに到着するまでの時間、ソフィアはフローラと時にアレンを交えて穏やかに過ごして行くのであった。
しばらくは、二日に一度のペースで更新していく予定です。
今後もよろしくお願いいたします!