第103話 飛行機内の一幕
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突如として現れたシルヴィアの父シルヴァ。
彼がこの場に現れたのは、飛行機に乗りたがらない娘を飛行機に乗せるため……ではなく、もちろん他に理由があった。
ソフィアは、シルヴァの後ろから現れた人物を見て、すぐにその理由が理解できた。
「フローラちゃん、それにアレンさま!?」
思わず驚愕の声を上げてしまったソフィア。
いったいどうしてここに。そんな思いがソフィアの頭の中をよぎるが、二人は驚くソフィアの様子に悪戯が成功したような笑みを浮かべていた。
「ふふっ、驚かせてしまい申し訳ありません。ですが、ソフィアちゃんがいけないんですよ。せっかく会いに来たというのに、またどこかへ行ってしまうと言うのですから」
「その通りだ。そこで、シルヴァ殿や文官たちと話し合い、結果こうしてついて行くことになった」
アレンの一言に、ソフィアは目を剥く。
「ちょっと待って下さい、これから行く場所はここよりも更に千キロ以上離れた場所ですよ。それに……」
ふと、ソフィアは視線をシルヴァに向ける。
魔王の方針は、魔族と人間の関係を修復することだ。シルヴァは、その指針に賛成している。
一方で、北部魔族は寿命が長く、抱えている闇は根が深いものである。当然、関係修復に反対するものが多くなるのだ。
フローラやアレンをそんな危険な場所に連れて行けないという気持ちもあるが、それよりも魔国の抱えている火種を二人に見せて良いのかと不安に感じていた。
そんなソフィアの懸念が分かったのか、シルヴァはソフィアの肩に手を乗せる。
「遅かれ早かれ、この問題は露呈する。であるならば、彼らにこの件に関して魔国が一枚岩ではないと知ってもらっていた方が話が進めやすいだろう。魔王様からも、許可を頂いている」
「……なるほど」
ソフィアがシルヴァの言葉に頷くと、肩にかかる圧迫感が少しずつ強まるのが分かる。疑問に思って、シルヴァの表情を見ると僅かに表情が悪い。何かあったのかと首を傾げると、シルヴァは少し距離を取って手紙を取り出した。
「これは、なんですか?」
「……読めばわかる」
硬い表情で答えるシルヴァを怪訝に思いつつ、ソフィアは封を解く。
そこには数枚の手紙が同封されており、一枚目に視線を通すと……
「……うわっ!」
反射的に捨ててしまいそうになった。
そこには、殴り書きでしかも呪いでも込めるかのような恐ろしい文体で『もうやだ、こいつら。引き取り求む!』と上質な紙を惜しみなく使って書かれていた。
赤い文字には、僅かに黒っぽくなっており、いったいどんなインクを使ったのか……ソフィアは考えないようにした。
近くで一緒に見ていたシルヴィアも表情を強張らせている。
「この手紙、呪われていませんよね?」
ついそんな言葉が口に出てしまった。
シルヴァも中身を知っているのか、微妙な表情をして頷いた。
「少なくとも呪われてはいないだろう」
「そ、そうですよね。それに、呪いであればフローラちゃんもいますし」
聖女とまで呼ばれているフローラにかかれば、呪いなどおそるるに足らず。そんな風に思ったソフィアは二枚目以降を読み始める。
そんなソフィアを見て……
「呪いの出所のような気がするのだがな……」
と、シルヴァがぼやいていた。
しかし、その声はソフィアに届くことはなく、ソフィアは普通の文体で書かれた手紙を速読する。
「何が書かれているのだ?」
気になったのか、シルヴィアがソフィアに尋ねて来た。
ユニークな一枚目の続きだ。気にならない方がおかしいだろう。ただ、ソフィアは続く内容に困惑を覚える。
「……アレンさまもフローラさまも大変素晴らしい方だった、と」
「は?」
一枚目の手紙は何だったのだろうか。
ソフィアはもう一度手紙を読み直す。しかし、そこに書かれているのはどれほど素晴らしい人物なのかを称えている文章で、最初の一枚目は初めから存在していなかったように感じる。
「ところどころ、墨で消されているのは気になりますが、最初の一枚はきっと何かの手違いなのでしょう」
ソフィアはそう言って「お二人が凄いことは知っていますし」と気楽に笑う。
その言葉を聞いたアレンとフローラは、嬉しそうに微笑んだ。ただ、その後ろに立つジョージとオーギュストが何故か表情を引きつらせている。
そして、ソフィアの背後では……
「おい。どう考えても、書くことを強要されたようにしか見えないのは私の気のせいか?」
「おそらくその一枚目は、同封する直前に執念で書いたのだろうな」
と、二人は納得したように頷くのであった。
そして、迎えた離陸時刻。
飛行機の中には、ソフィア、フェル、シルヴィア、ロレッタ、アレン、ジョージ、フローラ、オーギュスト、そして後から合流したアルフォンスが乗っている。
フローラとアレンが引き連れた護衛たちは、飛行機のキャパの問題でマンデリンにてお留守番することになった。
席でフローラとアレンが揉める場面があったが、結果的に二人の隣にはジョージとオーギュストが座ることになった。そして、ソフィアの隣にはフェルとトノの姿がある。
「フェルちゃん、お願いですから大人しくしていてくださいね」
「……」
フェルは、フローラとアレンの前ということで、再び猫を被るのかと思いきや、被るつもりはなさそうだ。
いつまで一緒に行動することになるか分からないが、長期間猫を被る事が無理だと諦めての結果だろう。物理的に猫を被っている状態である。
どんな奇行に出るか想像もできず、ソフィアはフェルに釘を刺す。
しかし、フェルは無言で視線を逸らすだけ。そのことに大きな不安を覚えるが、フェルは話を聞くつもりがないようで耳を塞いでいた。
「はぁ……」
思わずため息を吐くソフィア。
他の席に視線を向けると、不意にシルヴィアが座っている席が目に入った。そこには、石像のように硬直しているシルヴィアの姿があった。
きっと、この飛行機から出るまで動くことはないだろう。
その隣に座るロレッタは、お菓子を片手に窓から外を覗いている。
(アレンさまとフローラちゃんは大丈夫でしょうか?)
ふと気になるのは、アレンとフローラだ。
一度シートベルトを外すと、ソフィアは立ち上がって二人の姿を確認する。
「「……」」
ジョージとオーギュストを挟んで、熱い視線を交わす二人。
いつ見ても、非常に仲が良さそうだ。
ソフィアの姿が見えると、はっとなって笑顔を浮かべると二人が気負った姿なく手を振って来た。
どうやら飛行機に対する不安はなさそうだ。
それよりも、ジョージとオーギュストの方が深刻そうだ。顔色を悪くして、シルヴィアほどではないが体を硬直させていた。
(この場合、二人が異常なのですよね)
未だに気負った様子もなく、離陸の瞬間を待つ二人。
ソフィアでさえも不安だというのに、やはりこの二人は器が違うのだとしみじみと理解できてしまう。
ソフィアも軽く手を振ると、不意にアルフォンスに視線を向ける。
――カタカタカタカタ……
普段つけない眼鏡をかけて、黙々とパソコンのキーボードを打つ姿。
気負いなど一切ない。もはや、飛行機の中でもオフィスのように仕事に打ち込む姿には、感心を通り越して呆れてしまう。
こんな訳の分からない場所でまで仕事をしようとは、流石にソフィアでさえも思わないからだ。
よく見ると、他の者たちも一人で座るアルフォンスに視線を向けようとしない。理解のできない存在だと認識されてしまったようだ。
一通りの確認を終えると、ソフィアはそのままシートに座る。
そして、しばらくすると飛行機が離陸の時を迎えるのであった。