奇抜な集団
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後半は別視点になります。
太陽が燦燦とクリスタルマウンテンを照らし、木々の合間から光が差し込んできていた。
クリスタルマウンテンは、標高二千メートルを超える大きな山で、越えた先にはワイバーンやフォレストベアーと言った強力な魔物が出現する魔国とアッサム王国の間に横たわる天然の国境だった。
しかし、エスカブラの村からマンデリンの間には、それほど上らずにクリスタルマウンテンを通り抜けることができる山道があった。ソフィアが魔国へ訪れた時に通った道でもあり、ここ最近では頻繁に使われるようになった山道である。
「久しぶりに来たけど、随分と歩きやすくなった?」
ロレッタが、最後にこの道を通ったのはアッサム王国から帰った時だ。
それから半年近く経っており、その間に歩きやすいように整備されたのだろう。尤も、魔法によって地面を歩きやすいように舗装しただけであるが。
「えっ、これで歩きやすいの!?」
ロレッタの言葉に驚いたのは、ピンク色の髪の少女だ。
髪型は長い三つ編みで、本来ならばその頭には特徴的な兎の耳が生えているのだが、今は魔道具で隠されている。彼女の名前は、キャロ=ラビッツ、シルヴィアの同期である。
コンクリートやアスファルトで舗装された道を歩き慣れているキャロにとって、この道は歩きにくい様子だ。
「以前はほとんど獣道と変わらない状態だった。それに比べれば、随分とましだろう。……というより、お前畑いじりが趣味なのに、山を歩き慣れていないのか?」
「私は生まれも育ちも都会っ子だから!」
「「「「「「え?」」」」」」
「えっ、何その反応……?」
キャロの一言に、シルヴィアたちの同僚が声を揃えて驚く。
彼らの上司であるテディも、キャロの一言に意外そうな表情を浮かべた。
「いや、だって……なぁ」
「ああ。ラビッツってなんか田舎でニンジンを齧ってるイメージがあるし」
「というよりも、畑から生まれて来たんじゃね?」
そんな彼らの言葉に、うんうんと頷く者たち。
常に頭の中にニンジンが居座っているキャロを思えば、そう思ってしまっても仕方がない。
そのあんまりな言われように怒ったかと思ったシルヴィア。
しかし……
「た、確かに……私、畑から生まれて来たのかも」
自身の出生の真実を知ってしまった物語のヒロインのような表情をするキャロ。
「そんなわけあるか、馬鹿」
こいつの脳には、本当にキャロットジュースでも詰め込まれているのではないか。本気で疑わしく思ったシルヴィアは、ついため息を吐いてしまった。
他の者たちも同様なのだろう、キャロの頭を心配そうに見ていた。
「ところで、そう言うお前は何故山道を歩き慣れているんだ? フェリー殿は妖精族だからまだしも、お前の生まれを考えるとそれこそ山道は歩き慣れていないはずだろう」
心底不思議そうな表情をするテディ。
フラットホワイト家は、南部を支配する四天王の一人。その令嬢であるシルヴィアが、類稀な戦闘能力ならまだしも、山道を歩き慣れているのが不思議な様子だ。
他の者たちも同様だった。
「私の近くには、春になると思い出したかのようにタケノコを掘りに行くぞと言う奴がいますから」
「「「「「ああ、なるほど……」」」」」
シルヴィアの一言に、納得した表情を浮かべる。
きっと、彼らの脳裏には黒髪の堕天使が思い浮かんでいることだろう。
「取りあえず、私語はそこまでにしておけ。もうすぐ目的地に着くからな」
テディの言葉に、気を引き締める面々。
軽口を叩きあっていても、彼らは周囲の警戒を怠ってはいない。なにせ、話によればこの辺りに合成獣が出る可能性が高いと言われていたからだ。
正確な強さは分からない。
だが、ワイバーンとは比較にならない強さを持つカラードラゴン並みの強さかもしれないのだ。
そんな魔物が現れた場所で油断をする者はいなかった。
テディの言葉通り、クリスタルマウンテンの山道を覆う木々の数が少なくなって来た。それと反比例するように、葉っぱに覆われて薄暗かった道が徐々に明るくなって来た。林を抜けると、現れるのは雲一つない綺麗な青空。
まだクリスタルマウンテンを完全に降りたわけではないため、エスカブラの村が眼下に広がっていた。それなりに距離があるのだが、この場にいる者は人間よりも身体能力が高い魔族達だ。遠目にでも、村の様子が確認できた。
「うわぁ、あそこにいるのみんな人間なの?」
キャロが思わず声を漏らしてしまった。
遠目に見える村の様子から、魔国からすれば粗悪と言っても過言ではない服を着た人間たちの姿が良く見える。
農作業に勤しむ男たちの姿、洗濯など家事をする女たちの姿、村の中を走り回る子供たちの姿がそこにはあった。
この場にいる者は、全員魔族だ。
魔道具で隠しているものの、シルヴィアには狼、キャロには兎、テディには熊の尻尾や耳がある。
ロレッタには薄羽が生えており、他の隊員たちも翼や獣の特徴を持つ者や、オーガ族やオーク族の者もいた。彼らは、魔道具によって外見は人間と変わらない姿だ。
とは言え、この場にソフィアやアルフォンス以外の人間を見た者はシルヴィアとロレッタ以外いない。キャロのように言葉にしないが、誰もが遠くに見える人間たちの姿に興味を抱きながらも緊張した面持ちを浮かべていた。
「行くぞ」
テディのその一言に、彼らは気を取り直すと彼に続いて山を下るのであった。
*****
(昨日と言い、今日と言い、いったい何なんだ?)
エスカブラの村の村長であるドンナーは、言葉にこそ出さないものの、そう思わずにはいられなかった。
昨日は、アルフォンスとともに、アレンやフローラがクリスタルマウンテンの調査のために訪れた。
その二人は、錬金術と治癒魔法、それから持ち前の平民に対しても分け隔てなく接する態度から、村人たちから既に大きな信頼を勝ち取っている。
そして、もう一つ。
昨日は件のクリスタルマウンテンの方角から、魔物が現れた。ドンナーが見て来た魔物の中では、間違いなく最強クラス。それと同時に異形な姿をしていた。合成獣、アルフォンスによると、人為的に作られた魔物だそうだ。
そんな魔物が現れた次の日であるため、クリスタルマウンテンは常に警戒していた。すると、今日はどうだろうか。なんとクリスタルマウンテンの方角から見慣れない集団が現れたというではないか。
「あいつらがアルフォンス殿の言ってた人だべか?」
「おそらくな。鎧を身に纏わず黒を基調とした服、服装は言われた通りだ」
見るからに奇抜な集団だった。
アルフォンスの話によると、彼らは戦闘集団なのだという。しかし、武器を手に持っている者は少数。
鎧も着ておらず、身に纏うのは上質な布で作られた服だけだった。
とてもではないが、戦いを生業にしている者の服装ではない。しかも、よく見ればその中には女子供まで混じっているではないか。リーダーと思わせる男性は立派な体躯をしているものの、若さが目立つ。
ドンナーの知っている常識では、この集団が奇妙に見えて仕方がなかった。
「私は部隊長を任されているテディ=ベアードと申します」
テディと名乗った男性は、物腰が柔らかい笑みを浮かべる。
近づいて来たことで分かるが、その立ち姿は常在戦場。身に纏う覇気は、歴戦の猛者を彷彿とさせる。
オーギュストやジョージも恐ろしいほどの武人だが、そんな彼らが霞むほどの修羅場を潜り抜けて来たのだろう。他の者も、覇気でこそ彼らに劣るものの、小さな少女でさえも隙のない立ち姿だった。
「初めまして、私はこのエスカブラの村長を任されているドンナーと申します。アルフォンス殿から、あなた方の事は聞いております」
村人たちから視線が集中しているのが分かる。
以前この村を訪れたことがある銀色の髪の少女と緑色の髪の少女がいたからだ。フローラと比べても遜色ないほどの美貌を持つ彼女たちに見惚れている若者も多い。
それに、初めて見るピンク色の髪の少女もいた。
彼女はフローラたちとは違ったベクトルの可愛らしさを持ち、どちらかというとアレンに近い小動物のような印象だろう。まるで兎のように愛らしく思えてしまう。他にも、女性の姿をちらほらと見ることができ、若い男性が視線を向けてしまうのも無理はない。
一方で、こちらに視線を向けているのは若い男性だけではなかった。
女性たちも同様で、テディに対して黄色い声を上げているのが分かった。武人と言った雰囲気を身に纏いながらも物腰は柔らかい。
鋼のような筋肉が服の下から覗き、精悍な顔つきだった。物語の王子さまといった感じではないが、女性が憧れるのも無理はなかった。
(またか、またなのか……)
村人は、娯楽に飢えている。
立て続けに、外からの来訪があることはほぼないと言っても良い。だからこそ、彼らの興味は絶えない様子だ。
そして今回の集団はドンナーの目から見ても奇抜。
村人からすれば未知の存在に興味を抱かずにはいられないのだ。集中する視線にドンナーはため息を吐くのであった。
「アルフォンス殿はこちらで待っております。案内いたします」
ドンナーはそう言ってテディたちをアルフォンスたちが待つ村長宅に案内するのであった。