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第99話 出迎えの準備(上)

誤字報告、ありがとうございます!

 翌日。

 シルヴィアやロレッタが、クリスタルマウンテンを越えてエスカブラの村へ向かっている頃、ソフィアとフェルの姿はアニータとともに研修所の前にあった。


「さて、私たちは出迎える準備をするね」


「ここで出迎えるんですか?」


「普通は旅館とか高級ホテルとかで出迎えるもんじゃないの?」


「普通はそう思うんだけど……クルーズって人から、そのまま泊まるのはショックが大きいらしいね。だから、ここで一晩泊まってもらってから、明日が本番ね」


 アニータの話に思わず納得してしまったソフィア。

 魔国におけるキャンプ用のテントの方が、場合によっては貴族の邸宅よりも快適だったりする。

 この研修所など、電化製品の恩恵によって、煌びやかさには劣るだろうが、機能性で見れば大貴族の邸宅よりも遥かに快適である。

 それほどの快適な住居、そして天に届きそうな高層ビルが立ち並ぶ光景は、初めて見る人間にとっては衝撃が大きい。

 その衝撃を少しでも和らげるという思惑があってのことだろう。


「では、私たちはここでフローラちゃんたちの宿泊の準備をすれば良いのですか?」


「そういうことね。幸いにもここは宿泊施設としても使えるようになってるから、しっかりと整備すれば問題ないね。車の中に足りない分の布団は用意したから、大部屋にでも置いておくね」


「分かりました」


「ただ、一回だと足りなかったから、二人が運び終わったらもう一度私が街に戻るね。その間、ソフィアよろしく頼むね」


「ふっふっふ、これって私の出番だよね!」


 待っていましたと言わんばかりに声を上げるフェル。

 その傍らではトノが欠伸をかいて、日向ぼっこを堪能している。ただ、その視線はフェルに向いており「やめとけ、邪魔になるから」と言いたそうだった。

 なんとも、ふてぶてしいお姿である。


「……何をするつもりね」


 警戒したように尻尾を逆立たせるアニータ。

 ソフィアもまた、フェルの一挙手一投足に注意を払っている。そんな二人の様子に気づいていないフェルは、目の前の空間を歪めた。

 かつてシルヴィア邸で見た異空間につながる扉である。

 そして、そこから大きな足音を立てて現れたのは……


「グルル……」


 唸り声を上げる爬虫類の姿に、ソフィアは見覚えがあった。

 隣では、自慢するような表情を浮かべるフェルの姿。そして、反対ではアニータが現れた魔物の姿に言葉を失っている。

 ソフィアは、その魔物を見てつい声を上げてしまった。


「前に見た、ワイバーンもどき!?」


「「は?」」


 ソフィアの言葉が一瞬理解できなかったのか、呆然とした表情を浮かべる二人。

 一方で、現れた魔物はフェルに見向きもせずソフィアに視線を向けた。そして、顔を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。

 ソフィアとは天と地ほどかけ離れた力を持つ存在が、顔を近づけて来れば緊張する。だが、その緊張も、続く行動に霧散してしまった。


「フッ」


 鼻で笑われた。

 相変わらず美味しくなさそうだと言われたような気がして、ソフィアはむっとなる。


「鼻で笑うなんて失礼じゃないですか!? 見て下さいこの二の腕、ぷにぷにして柔らかいですよ!」


 言っていて、悲しくなって来る。

 それなりに力仕事をしているのに、ソフィアの体は筋肉がつかない。そのため、体が引き締まって行かないのだ。

 ダイエットを意識しているため、多少は増えてもすぐに戻すようにしている。

 だが、シルヴィアやフェルのような引き締まった体にはならないのだ。


(私の二の腕、トノのお腹周りくらい柔らかいと思うんですけどね)


 自分の二の腕を触りながら、ソフィアはトノに視線を向ける。

 言葉に出していないもののそれが伝わったのか、日向ぼっこしていたトノがソフィアに視線を向けた。


「にゃぁ!」


 まるで「お前と違って筋肉だからな」という苦情のように聞こえた。

 きっと気のせいだろう。ワイバーンもどきの魔物は、ソフィアから視線を外すと近くの木陰で寝転がる。


「ソフィア、なんでワイバーンを怖がるのに、あいつは平気なのね?」


 額に汗を滲ませて、そんなことを言うアニータ。

 確かに、あの魔物はワイバーンよりも強いだろう。それくらい、ソフィアにも十分理解できた。

 尤も、戦う力がないソフィアにはワイバーンとどれくらい力の差があるのか分からない。それでもせいぜい三ワイバーンくらいだと当たりをつけていたのだ。


「初対面で私のことを不味そうと言いたそうな態度を取られれば、そうなりますよ。まったく、失礼ですよね」


「ソフィアは食べられたいの、それとも食べられたくないの、どっちね?」


「食べられたくないに決まってるじゃないですか。けど、なんか残念そうに見られるのが嫌なだけです」


 少しお腹周りが気になるものの、ソフィアは女性らしい体つきをしている。

 妹に唯一勝てていた密かな自慢だ。かつて知り合いの冒険者から、「魔物からすれば、柔らかくてモテモテだぞ」と言われたことがある。その言葉通り、魔物に追いかけ回された記憶が両手では数え切れないほどある。

 そんな憎らしい体付きであるが、こうも残念がられれば、それはそれで思う所があるものだ。複雑な乙女ソフィア心である。


「って、それよりも、姫様! なんて魔物を連れ出すね!?」


 ソフィアの事ですっかりと忘れられていたフェル。

 因みに、アニータとソフィアが会話をしている間、フェルは無視されたことを気にしてその場でしゃがみ込み、木の棒で地面に『の』の字を書いていた。

 

「だって、雪姫セッキを自慢したかったんだもん。……卵から孵して一年かけて育てたから、皆に驚いてもらおうと思ったのに」


「えっ、このワイバーンもどき、まだ一歳なんですか?」


 ワイバーンの成体の中でも大きい部類に入る個体だ。

 すっかり成体だと思っていたのだが、フェルの話では幼体のようではないか。そんなソフィアの言葉に、アニータはセッキを指して言った。


「当然ね、この子はグランドドラゴンの幼体ね!」


「グランド、ドラゴン……?」


 どこか遠い記憶に引っ掛かる名前だ。

 いったいどこで話を聞いたのだろうか。ソフィアは、数瞬の間に記憶を掘り起こし始めた。


(確か、シルヴィアから固有スキルについて話を聞いているときの……)


 まだ、ソフィアがマンデリンを訪れてそれほど経っていない頃。

 それこそ、魔王軍に採用されるよりも前の話である。フェルの父親である現魔王が倒したという話を……


「あっ、一秒当たり百ワイバーンのドラゴン!」


「グランドドラゴンをそんな風に呼ぶのは、きっとソフィアだけね……というか、一秒当たりワイバーンって意味が分からないね」


「ちょっと待って下さい! えっ、このワイバーンもどき、ワイバーンの仲間じゃなかったんですか?」


「どこをどう見ればワイバーンに見えるね!?」


 ソフィアの驚愕に、アニータが驚愕する。

 言われてみれば、確かにワイバーンとは違う。それこそ、月とスッポンくらいの差がある。するとそんな驚愕の視線に気づいたのか、寝そべっていたセッキは体を起こすと胸を張っている。


「……そういうことでしたか。そんな高名なドラゴンなら私相手に食指が動くはずもありませんね」


「気にするところ、そこなのね!? グランドドラゴンは好き嫌いが激しいから気にする必要ないね。……それで、姫様! なんで、グランドドラゴンを飼っているね!」


「だって、卵拾っちゃったんだもん」


「猫を拾う感覚でなんてもの拾ってるね!?」


 確かにその通りだ。

 幼体であるという話だが、成長すればそれこそエスカブラの村に現れた合成獣が束になっても敵わない存在になるのは間違いない。

 それを猫を拾ったような感覚で言われては、流石のアニータもふざけてはいられない様子だ。


「いやぁ、びっくりだよね。卵を孵したら、なんとグランドドラゴン! ゲーマーとしての本能が一人前に育てなければならないと訴えかけて来たんだよ」


「それならゲームの中だけでやるね!」


 尤もなご意見である。

 しかし、フェルに堪えた様子はない。ショックから立ち直ったフェルは、セッキのすぐ横に寄り添うと鱗を撫で始める。


「それで、セッキを呼んだのは布団を運んでもらおうと思ったからだけど……」


「却下ね!」


「グルル!」


 フェルの言葉に、即座に反論した一人と一匹。

 グランドドラゴンが自家用車のようにマンデリンの上空を飛べば、迷惑どころの話ではない。

 それに、セッキもまさか布団運びに呼ばれたとは思っても見なかったのだろう。

 反抗の意味を込めて自身の背中を撫でるフェルの手を払い除けた。そして、セッキはフェルから離れるとソフィアの近くで伏せる。


「……セッキが、お姉さんに取られた。な、ならトノだ! トノが巨大化して、布団を運べば!」


「それも却下ね、マンデリンを壊すつもりね!?」


「うっ……でも、私の力で壊したところを直せば……」


「それなら、そもそも転移でもして取ってくれば良いね!」


 アニータの正論に、その手があったと愕然とした表情を浮かべるフェル。

 そんなフェルを見て、トノもまたそっとソフィアの側に寄って来る。ソフィアの側に寄って来た。二匹は、互いに視線を交わす。

 まるで、「主を乗り換えないか?」と真剣に相談しているようにも見えた。


「……強力なスキルも使い手次第ということですか」


 フェルの能力は非常に強力だというのに、使い手が残念でスキルも可哀想なことになっている。

 スキルの事を考えて、ふとソフィアは思った。


「あれ、私の固有スキル……上手く使えば布団も運べるのでしょうか?」


 ソフィアが不意に呟いた一言。

 それを聞いた、トノとセッキはそっとソフィアから距離を取るのであった。








【五月十日、第一巻発売】

TOブックス様より書籍が発売します!

挿絵(By みてみん)

イラストレーターはNardack様です!


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