とある村長のお話(下)
誤字報告、ありがとうございます!
後半は別視点になります。
村に魔物が現れた、その一言にドンナーは声を上げた村民に状況を尋ねた。
「ゴブリンか、それともオークでも出たのか?」
ドンナーは声色こそ落ち着いているものの、内心焦燥に駆られていた。
基本的に、魔物が村を襲ってくることはないのだ。それぞれテリトリーを持っており、はぐれか力に自信がある魔物くらいしか、人間の住む領域に近づいてくることはない。
はぐれのゴブリンやオークは、多くて月に一度あるかどうか。
それ故に、はぐれであればこうも村人が慌てることはない。しかし、村人の慌て方を見れば、それ以外なのだとすぐに気づいたのだ。
「違うべ! 強そうな魔物が現れたべ!」
「強そうな魔物だと、タイラントスネークか……まさか、フォレストベアーなのか!?」
「み、見たことがない魔物だべ!」
「見たことがない魔物だと?」
ドンナーは村民の話に、首を傾げる。
エスカブラの村に現れる魔物は、ゴブリンやオーク、それからスライムと言ったどこにでも現れる魔物とタイラントスネークと呼ばれる大人よりも一回り大きな蛇の魔物と、そのタイラントスネークさえも敵わない森の王者フォレストベアーである。
(くそっ、どうしてこんな日に……いや、考えようによっては今日で良かったと思うべきか)
ドンナーはちらりとゴドウィンたちを見る。
村人とは違って、彼らは戦いを生業にしている者たちだ。その力量は、農民とは比べ物にならないほど高い。
それに、他にもオーギュストやジョージといった、一角の武人がこの場にいる。彼らもまた、村人たちの異変を感じ取り、それぞれの主から下される判断を待っている様子だ。
見たこともない強そうな魔物が現れた状況では、彼らの存在が非常に頼りになる。
「その魔物は今どこにいる?」
すっかり酔いが覚めたゴドウィンが、村人に尋ねる。
「こっちだべ!」
ゴドウィンの姿を確認するなり、案内を始める村人。
ドンナーもまた、その後に続いて魔物の姿を確認する。
「なんだ、あの魔物は……」
クリスタルマウンテンの方角から畑を真っ直ぐに進んで、ゆっくりと近づいてくる魔物。
物見台から遠目に確認したドンナーは、その異様な姿に言葉が出なかった。物見台で待機していた村人は震えており、隣に立つゴドウィンも言葉を失っている。
「魔物が現れたと聞きましたが……っ!?」
噂を聞きつけたのか、アルフォンスが現れた。
彼は、魔物を見ると途端に息をのむ。そして……
「合成獣……」
ポツリと呟いた。
その言葉を聞き取ったのか、ゴドウィンが合成獣から視線を外さず、アルフォンスに尋ねて来た。
「何ですか、キメラとは?」
「合成獣と呼ばれる……要は、複数の魔物や獣を組み合わせて人為的に作られた魔物のことです」
アルフォンスの言葉は納得だった。
近づいてくる魔物は、獅子のような強靭な体躯をもっておりながら、顔は狼。そして、その背中には蝙蝠の翼が生えている。
全身を覆う体毛は黒で、遠くからでも目の色がはっきりとわかるほど輝いている。片方の瞳は、赤色。得体の知れない感覚が、ドンナーの背筋を寒くする。そしてもう片方の瞳は朽葉色。こちらは観察されているような感覚を覚えてしまい、赤色の瞳とは別の意味で恐ろしく感じてしまった。
合成獣とは言い得て妙だ。だが、ドンナーはそんなことよりも気になることがあった。
「魔物を人為的に……!?」
魔物を人為的に作ることができる。
その事実が、元冒険者であった彼にとって何よりも衝撃的だった。それに、あの魔物は遠目で見ても、かなり強い。
それこそ、かつて相対したフォレストベアーが霞むほどの力を持った存在なのだとすぐに理解できてしまった。
「……それにしても妙だな。何故、歩いてくる? こちらの姿は確認できているだろうに?」
不意にゴドウィンが疑問の声を上げる。
確かに妙だった。他の魔物であれば、人間を襲うために走って来ても可笑しくはない。しかし、まるで飼い慣らされている魔物のように大人しく見えた。
その証拠に、畑の上を通るのではなく、整備された歩道の上を歩いている。理性のない魔物にはあるまじき行為だった。
「止まった……」
それから、しばらく歩いて近づいてくると、唐突に足を止めてしまう。
犬がお座りするような姿勢でその場に座り込む。まるで、この場に見えない誰かがおり、その人物が命令をしているようにも見えた。
「……合成獣は違法のはず。いったいどこから、やはり西なのか?」
合成獣の姿を見て、アルフォンスは先ほどからブツブツと呟いている。
だが、本人は気づいていないのか。合成獣の視線は、アルフォンスへ向かっていることに。それからしばらくすると、再び合成獣は立ち上がる。こっちに来るのかと身構えた
「……帰って行くのか?」
しかし、そうはならなかった。
合成獣は、ドンナーたちを一瞥すると、そのまま来た時同様にゆったりとした動きでクリスタルマウンテンへと再び歩き始める。
それからしばらくの間、その後ろ姿を見送っていたドンナーたち。
木々に隠れて見えなくなった瞬間、緊張感が解け、深く息を吐いた。
「いったい、あの魔物は何をしたかったのでしょうか?」
その問いに答えられるものは、この場にはいなかった。
*****
場所は変わって、とある邸宅の一室。
夕日に照らされた部屋は、オレンジ色に染まっており、そこに一人の少女が優雅に紅茶を楽しんでいた。
「ふふふ……」
瞼を閉じれば、はっきりと浮かんでくる銀髪の青年。
その青年の事を思い出して、少女は胸の高鳴りを自覚して自分らしくないと思いながらも、笑みを漏らしてしまう。
「それで、宜しかったのでしょうか? これでは、西が疑われることになりますぞ」
すると、一人の肥満体系の男が少女に尋ねた。
まるで蛙のような体型で、貴族のような華美な服装をしている。
せっかくいい気分だったのが台無しだ。
脳裏に鮮明に残る青年とは、比べるのがおこがましいほど醜い容姿。メインディッシュを食べた後に、ゲテモノ料理を食べたような気分に陥る。
気分を悪くしながらも、少女は答えた。
「そうでしょうね。けど、どうせ何も見つからないわ。それは、貴方がよく分かっていることでしょう?」
「ええ、まぁ……。ですが、密輸の目が厳しくなるのはできれば避けたいのですが?」
「それこそ問題ないわ。レイブン」
少女の言葉に、一人の黒衣の男が音もなく現れた。
そして、一枚の地図を男性に渡した。
「っ!? これは……」
「レイブンたちに調べさせたら、ふふふ……ちょうど良いルートだと思わない? 西の監視が強化されるなら、余計にね」
「そうでございますな」
少女の言葉に、男は笑みを浮かべて頷いた。
間違いなく、今後は魔国との接触が厳しくなると予想されていた。今回の件は、人間と魔族の接近に対する牽制とそれを快く思っていない西に疑いを向けさせること。
もう少し穏便に動けば良かったのかもしれないが、今さら考えても仕方がないことだ。むしろ、今回の件で目を背けられると考えれば良かったと思うべきである。
すでに黒衣の男は、この部屋にはおらず肥満体系の男と二人きりである。それで何を思ったのか、少女は言った。
「それにしても、貴方。少し太り過ぎではないの?」
「はっはっは、これは手厳しい。肉体があると、つい食べ過ぎてしまいまして……」
「それにしても、前の体の面影が全くないじゃない。それなりに整った顔立ちだったけど、もはや蛙ね」
「ふむ……もしかすると、魂の形に引っ張られるのかもしれませぬ。まぁ、お嬢様のおかげで疑われることはございませんがね」
と男性は朗らかに言った。
その姿に、少女はため息を吐く。
「まぁ、良いわ。二度目の死因が不摂生とかはやめてくれればいいわ」
と、どこか投げやりに言い放った。
それを冗談だと受け取ったのか、男性は笑いながら「畏まりました」と恭しく一礼をする。そして、そんな男に少女は言った。
「では、引き続き頼むわね………………お義父さま」