とある村長のお話 (上)
誤字報告、ありがとうございます!
場所は変わって、クリスタルマウンテン麓のエスカブラという村。
魔国から最も近い農村で、商人の馬車でさえも月に一度あるかないかという頻度である。だが、ここ最近はどういう訳か商人以外の馬車が多くここを訪れて来るのだ。
「村長、また馬車が来ただべ!」
「またか、今月は二度目だぞ? いったい、どうなっているんだ?」
村長であるドンナーは、村人からの報告にため息を吐く。
(……確か、あの山の調査に来ているんだったな)
一度、村長はアルフォンスという銀髪の男性に尋ねたことがあった。
彼の身分は学者とのことで、クリスタルマウンテンの調査に来ていると説明されたことがある。
尤も、何か隠し事をしていることは村長にも分かった。
アルフォンスは、どこからどう見ても平民でもなく、学者ではなく大物貴族の令息にしか見えないからだ。
村に住む男衆と比べるのは、あまりにも悲しくなるほど端正な顔立ち。女性たちが、その際立った顔立ちに色めき立つのも無理はない。
村長の視界の端では、子供からお年寄りまで女衆たちが、そわそわしているのが分かった。
とはいえ、村長は詮索を入れるつもりは毛頭ない。何故なら、彼らは村にお金を落として行ってくれているのだ。
口止め料も含んでいるのか、村では滅多に見られない金貨でだ。
村長としても、そんな上客の機嫌を損ねるようなことはしたくないため、敢えて詮索するようなことはしない。
だが、これまでは月に一度来る程度で、二度来ることなどなかったのだ。不審に思ってしまうのも無理はない。
「アルフォンス殿、お久しぶりでございます!」
馬車から降りて来たのは、まるで本物の王族のような気品を醸し出す男性。
不審に思っても表情には出さず、ドンナーは笑顔で歓迎をする。
「ドンナー村長、お久しぶりです。突然の来訪となって申し訳ございません。宿の方を用意して頂きたいのですが、宜しいですか? 本日は、私だけでなく他にもおりますから……そうですね、護衛を抜いて三部屋ほど用意して頂けると助かります」
「ええ、もちろんですとも。あばら家で申し訳ございませんが、部屋なら余っておりますので私の家にお泊り下さいませ」
馬車の中の様子は窺えないが、中には二人ほど賓客が乗っているのだろう。いったい誰が乗っているのか気になるのだが、何故か躊躇われる。
馬車から冷え切った空気が流れてきているような気がして、老骨には刺激が強そうだ。ドンナーはまだ四十過ぎたばかりだが。
「他の護衛の方はいかがいたしますか?」
馬車の周りにも、護衛と思われる人物が立っている。
その中の一人は特に見覚えがあった。ゴドウィンというダージリン公爵家の私兵の一人である。
ドンナーもかつては、農民から出世すると言って冒険者になったことがある。怪我でもう引退してしまったが、ゴドウィンとは話が合うため飲み交わす仲になっていた。
だが、今日はゴドウィンとその部下だけではない。
統一された装備が、二種類。
所属は分からないようになっているが、どう考えても同じ所属ではないことが明らかだ。見るからに、険悪な雰囲気だからだ。
よく見ると、ゴドウィンは疲労を滲ませているのが分かった。
きっと、ここに来る途中も二つの兵士たちに板挟みにされていたのだろう。
「流石に全員が泊まるのは無理だと思いますので、彼らには村で野宿してもらうことになっております」
「それは助かりますが、宜しいのですか?」
「ええ、構いません」
「畏まりました。では、こちらへどうぞ」
アルフォンスたちがいては、村人たちが仕事ができないと思ったドンナーは、村人たちから向けられる非難の視線を受けながらも、アルフォンスたちを村長宅に案内した。
ドンナーの家である村長宅は、村で一番大きな三階建ての建物だ。貴族の邸宅に比べればあばら家と評されても仕方がないが、平民の家と考えれば十分に立派である。ドンナーはこの家で、妻と息子夫婦と末の息子、それから生まれたばかりの孫の六人で暮らしていた。
「アルフォンスさん、お久しぶりです」
村長宅に到着すると、義理の娘であるスーザンが出迎えてくれた。
年は、十九になったばかり。素朴な顔立ちではあるが、顔立ちは整っているためエスカブラの村では村一番の美人だと呼ばれている。
嫁として引く手数多だった、彼女でもアルフォンスの前では緊張している様子だ。落ち着いて話が出来ているが、挙動不審に見える。
「お久しぶりですね、スーザンさん。ダンさんは、いらっしゃらないのですか?」
「主人なら、ちょうど猟に出ているところでして。なにか御用でしたか?」
「今日はこちらで一泊させて頂くつもりでしたので、ご挨拶をさせていただこうかと」
「そうだったのですか……主人なら夕刻には戻って来ると思います」
スーザンがそう答えていると、不意に村長宅の裏側から数人の子供たちが現れた。
「アルフォンスの兄ちゃん、久しぶりだな! なんか、お土産はないのかよ!」
ドンナーやスーザンが驚きを顕わにしているなか、真ん中に立つ十歳を過ぎたくらいの少年が声を上げた。
「こら、ライナ! アルフォンス殿に無礼だぞ!」
少年の名前はライナ。
ドンナーの末の息子である。やんちゃな性格で、きっとドンナーの子供の頃にそっくりなのだろう。
「ははは、良いんですよ村長。王都でお菓子を買って来たから、後で村の子供たちと分けて食べると良いよ」
アルフォンスはそう言って、ライナの頭を撫でる。
それを見た他の子供たちも羨ましそうな視線をアルフォンスに向けて来たため、アルフォンスは他の子供たちも同じように頭を撫でた。
スーザンもどこか羨ましそうにしているが、人妻相手にそんな真似をすることはない。見なかったことにしてゴドウィンが取り出したお菓子をライナたちに渡した。
「「「「やったぁ!!!」」」」
一様に喜びを顕わにする子供たち。
餓死者を出すほど困窮しているわけではないが、お菓子を買うほどの余裕はない。アルフォンスから渡されるお菓子を受け取ると、喜びを顕わにした。
「ところで、アルフォンスの兄ちゃん。馬車には誰が乗ってるんだ?」
子供ゆえの好奇心だろう。
物理的な冷気さえも感じる馬車を見て、大人は誰も視線を向けようともしないというのに、ライナが遂にそれを聞いてしまった。
アルフォンスもどのように答えたものか悩んでいるのだろう。
だが、答える必要はなかった。アルフォンスが何かを返答するよりも先に馬車の扉が開かれる。
「初めまして、私はアレンだ。こっちは、ジョージ。私の護衛だ」
「フローラと申します。初めまして。こちらは兄のオーギュストと申します」
ドンナーは二人の恰好を見て表情を強張らせる。
二人から溢れるオーラは、アルフォンスに引けを取らないほどカリスマに満ちたものであった。
一人は少女だろうか? とても可愛らしい少女のような顔立ちをしているが、アレンという名前は男性の名前で、男性用の服を着ている。
もう一人はドレス姿の美少女。
日焼けなどしたことがない真っ白な肌に、手入れが行き届いている美しい白髪。十字架のアクセサリーをつけていることから、熱心な教徒か教会関係者だろう。
そして、その背後に立つ男性二人。
元冒険者の直感から、自分と二人の間にある力関係を嫌でも理解してしまう。強者のオーラを身に纏っていたのだ。
「姉ちゃんたち、すっごい綺麗」
ライナがうわ言のようにポツリと呟いてしまった。
それを聞いた途端、フローラは笑みを浮かべ、アレンは表情を固まらせた。ドンナーは、慌ててライナーの口を塞ごうとしたが、それよりも先にフローラが口を開いた。
「ふふふふ。貴方の言いたいことは分かりますが、こちらのお姉さんはこう見えても男性ですよ……あっ、お姉さんではなく、お兄さんでしたね」
フローラは、「これは失礼いたしました」とアレンに向かって黒い笑みを浮かべる。
子供たちは信じられない様子で、アレンに視線を向ける。羞恥心か、それともフローラに対する怒りか、その両方からかアレンは肩を小刻みに揺らす。
だが、馬車の中ではまだしもここは外である。このまま口論を再開させるわけにはいかない。
「きさ……」
いつものことのように、何かを言いだそうとしたアレンの言葉に被せるようにアルフォンスが口を開いた。
ジョージもオーギュストも反対はないようだ。
互いに互いをけん制していたが、それでも二人の口論は耳に入ってきている。主と妹であるため、口には出せなかったが内心ではうんざりとしていたのだろう。
「村長、アレン殿もフローラ殿も長旅で疲れている様子だ。部屋に案内をして欲しい」
「畏まりました、すぐに案内させて頂きます」
ドンナーも早急にこの二人隔離する必要があると判断し、すぐさまアレンとジョージ、フローラとオーギュストを別々の部屋へと案内をした。
「……お疲れさまです」
二人を別々の部屋に案内し終わったドンナーは、ついアルフォンスにそんな言葉を掛けてしまう。馬車の中の居心地は想像を絶するほどだったと、理解してしまったからだ。アルフォンスは、明言を避けて乾いた笑い声を上げるのであった。
それから、アルフォンスの案内を終えたドンナーは仕事に戻るため、村長宅を出る。
(はぁ、またか……)
周囲に複数の視線を感じ、思わずため息を吐きそうになる。
おそらく、子供たちから「美少女が二人もいた」という噂が伝わってしまったのだろう。一人は美少年なのだが、ドンナーも半信半疑であることは否めない
(この前は、あの四人組が来た時だったな)
ドンナーが思い出すのは、アルフォンスとともに現れた四人の少女たちである。
四人とも類稀な美貌を持っており、特に黒髪の少女はまるで作り物のように整った顔立ちをしていた。
ただ、どういう訳か銀色の髪の少女を除く三人からは、美少女であるはずなのに、どうしてか残念に感じてしまった。
とはいえ、スーザンさえも歯牙にもかけない美貌を持つ四人が現れれば、騒ぎになるのも当然と言えば当然である。その時もまた、村長宅は四方八方から男たちからの視線が降り注いでいたものだ。
そして、今回も同様である。
「はぁ。実害がなければ、放置しておくほかないか……」
いったい何人集まっているのか分かったものではない。
とはいえ、この村の男たちに貴族であろう彼らに手を出すどころか話しかける度胸さえもないのはよく分かっている。
遠目で眺めているだけであれば、何も言うまい。
村長とて、これ以上村人に恨まれる事態は避けたいのだ。
「さて、仕事に戻るとしようか」
そう言って、ドンナーは村長宅を後にするのであった。