第10話 マンデリン図書館
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シルヴィアを見送ったソフィアは自室に戻っていた。
「さて、今日は何をしましょうか」
ソフィアの部屋はもともと客室だ。
そのため、部屋の中の家具は最低限度しか存在せず、殺風景だと言われればその通りだろう。ただ、間違いなくアッサム王国よりも家具のクオリティーは高く、不便だと思ったことは一度もなかった。
「やはり、履歴書の書き直しからでしょうか……けど、もう少し自己分析をしてからの方が良いですよね。勢いで書くのはあまり良くないと言っていましたし」
履歴書を書くにあたり、自分がどう言う人間か。
それを知るための自己分析をする必要があり、時間をかけて行わなければならない。
と、ソフィアはメルディから教わったのだ。
「……こう言ったものは苦手ですね。自分がどう言う人間かなんて、今まで一度も考えたことがありませんでしたから」
アッサム王国では、履歴書など存在しなかった。
突然自己分析をする必要があると言われても、どうやって良いか右も左も分からない状況だ。
ソフィアは、顎に手を当てた状態で部屋の中を一周する。
「そう言えば、図書館で本を借りていたのでしたね」
思考がまとまらず、視線を彷徨わせていると視界に数冊の本が映った。
「返却まで余裕はありますが、もう読み終わってしまったのですよね。そうだ!気晴らしに本を借りてきましょうか!」
部屋の中で悩んでいても仕方がないと考えてソフィアは頷く。
そして、机の上に重ねられた本を手に取ると、それを持って部屋の外へ出て行った。
マンデリンの都市は時計のような形だ。
十二本の大通りが、中心から外に向かって伸びている。ソフィアとシルヴィアの暮らす邸宅は、第二通りと第三通りの間にあった。
そして、マンデリン図書館だが、マンデリンの中心部分に存在しており、シルヴィア宅とそれなりに近い位置にある。
「やっぱり、この光景は信じられません……本で溢れているではありませんか」
本で埋め尽くされた無数の本棚が立ち並ぶ光景を見て、ソフィアは感嘆の声を上げる。
ソフィアにとっては、本がこれほど並ぶ光景は初めてだったのだ。
アッサム王国では、活版印刷術もなければ植物紙を作る技術もなかった。
そのため、本とは貴重な物で王族や貴族くらいしか持つことはない。だが、その量はここに収められている本の十分の一にも満たない数しかないだろう。
「ソフィアさん、本日はお静かにお願いします」
声の主は、金髪で容姿端麗な男性だった。ただ、その耳は人間と比べて長いことから、エルフであることは一目瞭然である。
彼は、ソフィアを見かけると苦笑したように注意をして来た。
「あっ、貴方は先日の……」
「はい、フレディ=アルフです。ソフィアさんは色々と印象的だったので、つい声を掛けてしまいました」
「あ、あれは、その……」
間違いなく、ソフィアが初めてここを訪れた時の話をしているのだろう。
ソフィアはフレディの言葉に当時の事を思い出して、顔を朱に染めてしまった。その反応がフレディは面白かったようで、口元に笑みを浮かべて言う。
「図書館であれほど興奮された方は初めてでしたよ」
男性の言葉に、ソフィアは頬を紅潮させて過去を振り返る。
『シ、シルヴィア!本がこんなにいっぱいありますよ!』
『当然だろう。図書館だぞ、ここは』
『うわぁ、本が飛んでいます!これも魔法なのですか!』
目に映る何もかもがソフィアにとっては新鮮だった。
まるで無邪気な子供の様にはしゃぎまわってしまい、結果としてフレディに窘められたのだ。
今年で十六歳になったソフィアとしては恥ずかしい思い出だ。
「その節は、本当に申し訳ありませんでした……」
ソフィアは当時の取り乱し様を自覚しているのだろう。
恥ずかしそうに頬を紅潮させて頭を下げる。その様子に、フレディは苦笑を浮かべると、ソフィアに言った。
「お気になさらずに。今回から静かにしてくれればそれで良いですよ……それより、本の返却ですか?」
「はい。フレディさんに勧めてもらったこの本、本当に面白かったです」
「それは良かった。紹介した甲斐がありますね」
自分が勧めた本を面白いと言ってもらえたのが嬉しかったのだろう。
フレディははにかみ笑いを浮かべると、ソフィアから本を受け取る。そして、受付の方へ持って行った。
「これで、返却は完了です。別の本を借りて行きますか?」
「はい。何か面白そうな本はありますか?」
「そうですね……ソフィアさんはどのような本が読みたいですか?」
「やっぱり、小説が良いですね。ただ、あまり漢字の難しいものは少し……」
魔国語はひらがなとカタカナ、そして漢字から成り立つ。
初代魔王が使っていた言語で、今なおほとんど形を変えずに残っているとのことだ。
ソフィアは、会話ができる程度には魔国語を理解している。だが、文字となると話は別で、漢字については読めないものが多い。
そのため、はにかみながらフレディに言った。
「ええ、なるべく漢字の少ないものを紹介しましょう」
「申し訳ありません」
「いえいえ、これも私の仕事ですから」
フレディはそう言って笑う。
そして、もうどのような本を紹介するのか決めているのだろう。フレディは、迷いのない歩調でお目当ての本のある棚へ向かっていく。
「あれ、この本……」
その途中、ソフィアは一冊の本に目が留まる。
「ああ、それですか?料理本ですよ。調理方法などが書かれている物です。もしかして、お料理が好きなのですか?」
「はい!こんな本があったのですか……」
「もしよろしければ、こちらを借りて行きますか?」
「是非!」
まさか料理の本があるとは思っていなかったのだろう。
ソフィアがその本を取りに近づこうとした瞬間。誰かにぶつかってしまう。
「あん?」
「あっ。す、すみません」
「ああ、すまんな。こっちも余所見をしていた……怪我はないか?」
「あ、ありがとうございます。っ!?」
ソフィアはその人物の顔を見て表情を強張らせてしまう。
その人物はオークだったからだ。
そんなソフィアの驚愕を感じたのか、オークの男性は眉を顰めるとソフィアに言う。
「何だ?」
「い、いえ!オーク族の方を見るのは初めてで。少し驚いてしまっただけです」
「オーク族が初めてだと?どこの片田舎から出て来たんだ、お前は?」
ソフィアは野生のオークは見たことがある。
だが、目の前のオークの男性のような魔物ではないオークを見るのは初めてだった。そのことを伝えると、オークの男性は呆れたかのように表情を弛緩させる。
「ははは……」
まさか、オークに田舎娘だと思われるとは思ってもいなかったのだろう。
だが、マンデリンから見ればアッサムなど田舎どころのレベルではない。ソフィアは思わず乾いた笑い声が出てしまう。
「ああ、アンドリューさんではないですか?」
「おお、フレディ。ちょうどいいところに来た。ちょっと、本を探しているんだが今良いか?」
「料理の本ですか?」
「ああ、そうだ……大丈夫か?」
そう言って、アンドリューと呼ばれたオークの男性がソフィアを一瞥する。
状況から見て、フレディがソフィアを案内しているのは明白だったからだ。その視線の意味に気づいたフレディはソフィアに視線を向ける。
「ソフィアさん、ここのアンドリューさんと一緒に向こうの棚まで行きませんか?ここよりも、多くの本が置かれていますよ」
「あ、はい。分かりました」
その言葉に、フレディは微笑すると二人を連れて料理の本が置かれている棚へと向かったのであった。
三月は用事が立て込んでおりまして、一日一話の投稿が厳しそうです。
二日ないし三日に一話の投稿を考えております。