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月と太陽 ときどき研究者たち

誤字報告、ありがとうございます!

 ソフィアが喫茶店で忙しい時間を送っている時と同時刻。

 アルフォンス=リン魔王秘書官は、胃が締め付けられるような痛みに襲われていた。秘書官とは、色々とストレスが溜まる職業だ。

 現魔王であるアルベルトの秘書官と言うこともあって、非常に苦労が堪えない職場である。そのため、ストレスにはある程度耐性があるはずなのだが……


「それで、どうしてあなたがいらっしゃるのかしら?」


 冷たく言い放ったのは、白髪の美少女。

 穢れを知らない艶のある白髪は腰まで届くほど長く、その肌は初雪のように白い。数年後には絶世の美女と呼ばれても不思議ではないほど、整った顔立ちをしている。

 彼女の名前は、フローラ=レチノール。

 カテキン神聖王国において、聖女という称号を持つ少女である。普段であれば、聖女の如く慈愛の微笑みを浮かべているのだが、無表情で殺気を孕んだ目をしている。

 狭い馬車内をブリザードが吹き荒れていた。


「私がここにいるのは何かおかしいのか? 魔国を知ることは今後のためにも必要なことだと思うが?」


 白々しく言い放つのは、金髪の美少年。

 フローラの髪が月光のようであれば、彼の髪は対照的に太陽のような黄金色の髪である。今年十五になったばかりの少年は、幼さを残す顔立ちをしていた。

 彼の名前は、アレン=フェノール。

 フェノール帝国の第三皇子であり、その容姿や性格から民から絶大な人気を誇るフェルノール帝国の皇族である。

 吹き荒れるブリザードの中でも、眉一つ動かしはしない。が、対面に座る魔女に一泡を吹かせることが出来たとニヤリと笑った。


「それとも、ここに来られるとは思っていなかったか? まぁ、それも当然だろうな。どういう訳か、神聖王国の聖女殿・・・・・・・・に呼び出されていたのだからな。まぁ、場所はどうであれ、呼び出しに応じて来てやったぞ」


 アレンはそう言って失笑する。

 一方で、出し抜いたつもりでいたフローラは、周囲の視線を気にせずギリッと歯ぎしりをしていた。

 だが、それも一瞬の事である。

 すぐに表情を消し去ると、一拍置いて余裕のある態度で優雅に笑った。


「わざわざご足労頂き、ありがとうございます。どうやら、帝国の第三皇子殿は可愛らしいお顔に見合わず情熱的なようですね」


「……っ!?」


 フローラの一言に、アレンの表情にピキリと罅が入った。

 人にはコンプレックスというものがある。思春期の少年であれば、身長が低いことにコンプレックスを抱くことだろう。アレンの身長は、フェノール帝国の平均男性の身長よりもはるかに低い。

 そして、その顔立ちは非常に整っているのだ。

 それこそ、女物の服を身に纏えば美少年ではなく美少女と間違われてしまうほどに……。

 尊大な口調をしているものの、その可愛らしい容姿から威厳など感じられない。民衆に人気な理由の一つである。

 だが、それを敢えて指摘する者はいない。

 親兄弟でさえも、アレンに容姿や身長については触れないでいるのだ。フローラの一言に、馬車内ではブリザードの発生源が二つに増えた。


(……毛布でも持ってくれば良かったですね)


 二人の冷気に当てられながら、現実逃避気味に思うアルフォンス。

 だが、彼を悩ませているのはこの二人だけではない。反対側を見れば……


「「……」」


 睨み合う武人が二人。

 一人は、銀髪の美青年。カテキン神聖王国に十人しかいない聖騎士の一人にして、フローラの兄であるオーギュスト=レチノールだ。

 彼は、視線を鋭くして対面に座る男を見据える。


「……」


 対面に座るのは、さび色の髪をした青年。

 帝国式の軍服を身に纏うその人物は、アレンの懐刀であり、帝国一のスナイパーと名高い人物、ジョージである。

 彼もまた、対面に座るオーギュストを警戒して、にらみ合いを続けていた。


 まさに犬猿の仲。

 そんな言葉がふさわしいほど、片や嫌味の合戦、片や視線の合戦……フェノール帝国とカテキン神聖王国の冷戦状態の縮図のような空間だ。


「はぁ……」


 書類の山なら、まだ良かった。

 しかし、どうやらアルフォンスはこう言ったドロドロな対人関係は苦手なようだ。フローラやアレンのように、ドロドロの関係を微笑みながら眺めて、更に引っ掻き回すようなことはできそうにない。

 混沌とした光景を傍目に、アルフォンスは一人の少女を思い浮かべる。


(奇人は奇人を呼ぶ……今回ばかりは恨みますよ)


 金髪の少女を思い浮かべると、次にあった時は色々と文句を言ってやろうと心に決めるのであった。




*****




「「ぎゃぁああああああ!!」」


 場所は変わり、魔国の首都エスプレッソ。

 その中央にエスプレッソ王立学園の研究室があった。そこには、二人組の少年たちが手術台のようなベッドの上で貼りつけにされていた。

 絶え間ない絶叫に、一人の男性が「むふふふ」と気味の悪い笑みを浮かべる。


「なるほどなるほど……【ドッペルゲンガー】に【ヴァンパイアブラッド】、こんな欠陥魔道具をどうして扱えたのか不思議に思っていたけど……あにはからんや、改造されていたのだね」


 いったいどういった力かは分からない。

 しかし、巨大なリスクを内包する魔道具に、少しなりとも耐性ができるように体が強化されていた。

 尤も、耐性が出来ているとは言っても、微々たるものだ。

 消耗品を少しでも長く使えるような工夫をしている……そんな風に見受けられた。


「「ぎゃあああああああ!!!」」


「まったく、少しは静かにできんのかね。おいっ、お前たち口を塞いでおけ」


「了解です」


 男の指示を受けて、助手たちが二人の少年の口を塞ぐ。

 その光景をつまらなそうに見ると、一人の白衣の青年が男に尋ねて来た。


「プロフェッサー、彼らは直る(・・)のでしょうか?」


 すると、一人の青年が男性に声を掛けて来た。

 中肉中背で、筋肉質ではないスラリとした体躯。サラサラとした艶やかな黒髪の間からは短くとがった耳が覗いている。

 エルフ、それもハーフエルフの特徴だ。

 エルフ同様に非常に端整な顔立ちをしており、非常に優しそうな雰囲気をまとっていた。白衣の下には、黒い学生服が覗いていたためエスプレッソ王立学園の学生の一人なのだと分かる。


「直せるに決まっているだろう。魂に関しては、不思議なほどに修復が進んでいる。あとは体だけなのだから、直らない方がおかしいだろう?」


「魂?」


 青年は男の言葉に、首を傾げる。


「そうだな。どういうわけか、彼らは肉体よりも魂の方が酷く摩耗していた……悔しいことだが、現在の技術では魂は直すことができないからな」


「……それはつまり、誰かが魂に直接ダメージを与え。誰かが、その魂を治癒させていると?」


「そうなるだろうな」


 男は興味なさそうに言い捨てた。

 しかし、青年からすれば信じられないことなのだろう。青年もまた教授と同様に興味のないことであれば、とことん興味のない人種であるが、魂に作用する力となれば興味を抱かずにはいられない。

 そんな気配を感じとってか、教授は釘を刺した。


「この件については、これ以上の詮索はよしたまえ。ジーニアスの逆鱗に触れる可能性があるぞ」


「妹もこの件に関わっているのですか? というより、ジーニアスと呼ぶのは辞めた方が良いのでは? 確かにその通りではありますが調子に乗りますので、ディザスターの方が正しいと思いますけど?」


「妹に対して辛辣なことだ、リアム君」


「……一般常識かと」


「これは一本取られた……まぁ、私の中では彼女は間違いなく天才、変えるつもりはないがね」


「はぁ」


 教授からリアムと呼ばれた青年は、分かっていたが深いため息を吐く。

 周囲を見渡すと、他の助手たちもまたリアムの意見に同感なのか、似たような表情をしている。


「……不愉快だな。私も変人である自覚はあるが、ジーニアスと同列に考えられるのは甚だ不本意なのだよ」


 と、鼻を鳴らすが、助手たちの反応は失笑だった。

 不愉快だと思うが、それよりも教授の興味を引くのは二つの被検体である。色々と興味深い状態であるため、教授の興味は尽きない。


「それにしても、人間とはロマンのない体だな……魔族に擬態できるように腕にドリルでも付けてみるか?」


「ドリルは確かに良いですね……ですが、最近発明された超電磁砲を腕につけてみるのも一興では?」


「ほほう……だが、あれはいささか大きいのではないか? それに重いであろう?」


「ならば、体を強化すれば良いだけの話」


「ふむ、全身を作り直すところから始めるべきか。あとは、脳を少しだけいじって……」


 と物騒な会話を始める二人。

 無理やり口を塞がれた二人もまた、意識がないはずだが狂気を前にして顔色が青くなっているように見える。

 このままでは拙い。

 誰かがそう思って声を上げる。


「教授、やりたくなる気持ちは分かりますが、魔王様の命令もありますので抑えて下さい!」


「少しだけだ、少しだけ……。分からない程度なら良いだろう?」


「隠し武器というのもなかなか……」


「だからダメですって!」


 研究員たちの絶叫が響き渡るのであった。







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