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第93話 普通の猫?

誤字報告、ありがとうございます!


 オレンジ色に輝いていた太陽は、西にそびえ立つクリスタルマウンテンに沈んで行き、夜の帳が下り始めた時刻。


「「「「「……」」」」」


 疲労困憊、しゃべる気力さえもない様子。

 ソフィア、フェル、ロレッタ、ジョン、体力に自信があるシルヴィアでさえも、そろってホールの机の上に頭を伏せていた。

 クッキー効果、恐るべし。

 配布したクッキーを食べた者たちが呼び水となり、人が人を呼び閉店までお客がいなくなることがなかった。

 列ができなかったためマンデリンに比べれば、まだまだ少なかっただろう。だが、ロレッタ以外は飲食業の経験は皆無だ。それもあって、非常に疲れる一日となった。

 そんなソフィアたちとは対照的に……


「ウハウハね! 見るね、この万札の数を!」


 閉店後に現れたアニータは、今日一日の稼ぎを見て表情をだらしなく緩ませていた。

 目を¥のマークにして、万札で仰ぐ姿。そして、今朝の悲壮感を感じさせない元気な姿に、ソフィアだけでなく、フェルたちからも非難の視線が向けられる。

 だが、それに本人は気づいていない様子だ。


「ふっふっふ。今日の売り上げがこれなら、明日は……。いや、それよりも問題は仕入れね。きっと食材が足りなくなるね……」


 一人、楽しそうにそろばんをはじき始めるアニータ。

 彼女は、人に悪戯をすることと同じくらいお金が好きなようだ。商魂たくましい笑みを浮かべて、ブツブツと何かを言い始める。

 それからしばらくして、考えがまとまったのだろう。

 非常に良い笑顔を浮かべて、ソフィアたちを見た。


「よし、明日の売り上げ目標は今日の十倍ね!」


 一瞬、アニータが何を言ったか分からなかったが、徐々に言葉の意味を理解すると……


「無理です」


 と、ソフィアが迷いのない笑みで断言した。


「寝言は寝て言え」


 続いてシルヴィアが、殺気さえも感じるほどの威圧的な声色で言い放つ。ロレッタもジョンもその意見に賛成なのか、首を縦に振る。


「えっ、えっ……その反応は、何ね? 万札が明日にはこの十倍になっているかもしれない、その意味が分からないね」


「お金で幸せは買えないのだよ」


 まるで悟ったかのようなフェルの一言に、アニータを除いた面々が深くうなずく。

 シルヴィアを除いて、そろって金欠の彼ら。しかし、だからと言って無謀な目標を立てたいとは思えない。

 何事もほどほどがちょうど良いのだ。


「……もし、明日同じことを言っていたらストライキするから」


 と、ロレッタの一言がホール内に響き渡るのであった。





「疲れたぁ~」


 帰宅すると同時に、フェルはリビングのソファに飛び込む。

 シルヴィアは、そんなフェルの様子に嘆息しつつも、何も言わないのはしっかりと働いていたからだろう。

 ソフィアは、そんな二人を見て少しだけ笑みを浮かべる。


「私は先に着替えておく。夕飯は…………………………カップ麺で良いぞ」


「そんなこの世の終わりみたいな表情をしないで下さいよ。簡単なものでよければ作りますから」


「そうか!」


 一転して明るい表情を浮かべるシルヴィア。

 カップ麺は嫌いではないそうだが、やはり手料理の方が良いのだろう。


(ロレッタさんも夕飯までには戻って来るそうなので、八合も炊けば十分でしょうか……)


 自室に戻って行くシルヴィアの背後を見送りながら、ソフィアは思う。

 因みにロレッタがいないのは、単に仕事があるからだ。閉店業務の後の書類仕事をアニータと分担して行う必要があるため、もうしばらく研修所に残るそうだ。


 キッチンの方に向かうためリビングを後にしようとした瞬間、白い小動物がリビングに現れた。

 フェルのペットであるトノだ。

 手入れがしっかりと行き届いているため、まるでシルクのような毛触り。丸々と太った体は極上の抱き心地である。

 触りたい衝動に駆られるが、ソフィアを無視してソファに向かう。

 だが、ソファには先客がいた。フェルだ。


(やっぱりフェルちゃんの側が落ち着くのでしょうね)


 ちょっとだけショックを受けたソフィアであるが、フェルに寄り添おうとする白猫を見て微笑ましい気持ちに……


「ふげっ!?」


 ならなかった。

 トノの特等席と化したソファに、邪魔者がいたため煩わしそうに猫キックを食らわせる飼い猫。

 体重の乗った一撃に、飼い主は悶絶しそのままソファから叩きだされてしまった。


「フェルちゃん!?」


 鈍い音が聞こえ、慌てて駆けつけるソフィア。

 だが、その心配は無用のようだ。床に打った頭をさすりながら、フェルは飛び起きた。


「トノ、何するのさ!? 猫なら、猫らしくもっと飼い主を労わりなよ!」


「にゃっ」


「今絶対に鼻で笑ったよね!? くっ、育てて上げた恩を忘れてあだで返すなんて……」


 フェルの抗議も柳に風という態度。

 雑音を煩わしそうにしつつ、机の上においてあるリモコンを器用に操作してテレビをつける。そしてチャンネルを切り替えると、グルメ番組がテレビに映った。

 トノは、それを確認すると机からソファに飛び移り、ソファにゆったりとした姿勢で寛ぎ始めた。猫らしくない姿勢だ。


「ト、トノって、本当に猫なんですよね? 魔国特有の魔物の一種ではないですよね?」


「普通の猫……のはずなんだけど」


 一連の動きを見て、ソフィアの質問に自信がなさそうに答えるフェル。

 と、その時だった……


「テレビの前に立つなよ、見えないだろう?」


 まったく、と言った様子でこれ見よがしにため息を吐くデブ猫。

 聞き間違いでは……そう思ってフェルと顔を見合わせる。フェルもまた、ソフィアの方を見た。


「「猫が喋ったぁ!!?」」


 信じられない一幕に、思わず声を上げてしまった二人。

 二人の悲鳴が聞こえたのか、慌てた様子で着替え途中のシルヴィアがリビングに現れた。男性がいたら色々と拙い恰好である。


「何があった?」


 無事な姿を見て安堵の息を吐くのも束の間。

 シルヴィアが質問して来た。


「お、お姉ちゃん、緊急事態だよ! ト、トノが……トノが喋ったんだよ!」


「は?」


 シルヴィアは、フェルの発言に呆気にとられる。

 しかし、言葉の意味を理解したのか、次第に可哀想な子を見るような目で見た。それを察したのか、ソフィアが更に説明を加える。


「本当なんです。さっきトノが、どっしりとソファに座ってテレビの前に立つなよって言ったんです!」


 信じて下さいと真摯な目でシルヴィアに言った。

 フェル一人なら、きっと信じようともしなかっただろう。だが、ソフィアが加わったことで、仕方がなくシルヴィアはトノに視線を向けた。


「……? 普通の猫だろう」


「「え?」」


 シルヴィアの正気を疑う二人。

 しかし、シルヴィアの視線を追って、トノの方を見ると……


「「は?」」


 揃って困惑の声を上げる。

 先ほどまでは、ソファに人間のようにどっしりと座っていたが、今では大人しく猫のように丸くなっていた。

 そして、視線に気づいたのかトノは「にゃぁ」と鳴き声を上げる。


「ふ、普通の猫ですよね……」


「うん」


 普通の猫……というには語弊がある。

 かつて魔王様が語った巨大猫と同じ生き物のようだが、巨大化できるスキルを持つだけで後は普通の猫だそうだ。

 普通の猫はしゃべらない……つまりはそう言うことだろう。


「まったく、突然悲鳴が上がったと思えば……疲れているんだろう」


 とシルヴィアは盛大なため息を吐く。

 武人らしく半裸の状態でも気にした様子もなく、そのまま部屋へと戻って行くのであった。

 そんなシルヴィアの後ろ姿を見送ったソフィアとフェル。

 恐る恐ると言った様子で、もう一度トノを見た。


「にゃっ」


 まるで「何だよ」と言わんばかりの声色。

 しかし、人語を話すことはない。それどころか、猫らしく毛づくろいしているではないか。


「さっきのは聞き間違い……ですよね?」


「うん、多分……けど、トノはたまに言葉を話しているような気がして」


「き、奇遇ですね……初めて会った時も、筋肉だって言われたような気がするんです」


「けど、お姉さん以外は、しゃべらないって言うんだよね」


 トノが普通の猫かどうか……。

 二人は表情を引きつらせながら、トノの姿を見るのであった。







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