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第92話 大盛況

誤字報告、ありがとうございます!


「おい、これはどういうことだ?」


 不機嫌そうな、いや不機嫌な声色で尋ねて来たシルヴィア。

 腰に手を当てて立つ姿は、普段よく見る光景である。しかし、今の彼女の服装は、シャツとジーパンといった私服でも、無骨な軍服でもない。

 かつて見たメイド服姿だった。


「いつ見ても似あっていますね」


「でしょ、でしょ」


 普段とは正反対の可愛らしい姿に、ソフィアとフェルもご満悦な表情だ。

 そんな二人の態度に、シルヴィアのこめかみに青筋が浮き上がった。


「何が似合ってるだ!? 食後の余韻を楽しんでいたというのに、突然視界が変わったのだぞ! しかも、気が付けばこの正気を疑うような恰好だと!」


 怒り心頭の様子のシルヴィア。

 食べることが大好きなシルヴィアにとって、この仕打ちは到底許せるようなものではなかったのだろう。

 しかし、こちらにも事情があるのだ。

 沈痛な面持ちでソフィアが口を開いた。


「私たちは、現在深刻な問題を抱えております。それは……」


 ソフィアが、緊張した面持ちで告げようとしたが……


「大方、人手不足とでも言うつもりだろうな」


 心底くだらないと吐き捨てんばかりにため息を吐くシルヴィア。


「「っ……!?」」


 「何故分かった!?」とでも言いたそうな驚き方をするソフィアたち二人を見て、怒りを通し越して呆れた様子だ。

 そして、自分の服装を指さした。


「こんなものを着せられて、厨房に拉致されれば予想はつくだろ」


「あっ、確かに」


 シルヴィアの鋭い指摘に、ポンと手を叩くソフィア。


「なにが、「あっ、確かに」だ! 言っておくが手伝わんからな! そもそもこんなヒラヒラした服は願い下げだ!」


「まぁまぁ、嫌よ嫌よも好きの内っていうじゃん。意外と気に入ってるんじゃない?」


「気に入ってるわけないだろう!」


 声を荒らげて否定の声を上げるシルヴィア。

 しかし、ソフィアは知っていた……。


「あれ、そうですか? この前部屋でこっそりと着ていましたよね?」


「っ……!?」


 ソフィアの指摘に、シルヴィアの頬が見る見るうちに紅潮していく。

 普段スカートなど穿かないシルヴィアだが、おしゃれに興味がないわけではないのだ。軍人としての意識があるため押さえつけているが、やはり年相応である。

 フェルもそのことを知っているのか、ニヤニヤといつも通りの笑みを浮かべている。分が悪いと感じたのか、シルヴィアは頭につけられたカチューシャを外すと、厨房から逃げようとする。


「甘い!」


 だが、そうは問屋が卸さない。


「なっ!? フェル、貴様!」


 足早に厨房を出て行こうとしたシルヴィアだが、次の瞬間にはカチューシャをつけた状態でソフィアたちの前に戻ってきていた。


「ふっふっふ。初代魔王が言った、魔王からは逃げられないと。ここから百キロ圏内は私の遊び場りょういきだ」


「なんという能力の無駄遣い。しかも恰好をつけているつもりだろうが、残念に見えて仕方がない……こんな馬鹿に、力を与えた神を今日ほど恨めしく思ったことはない」


 まったくの同意である。

 本当にフェルの力に欠点らしい欠点がない。あえて欠点があるというならば、使用者の性格だろう。

 神のごとき力であるにもかかわらず、真面目な使い方をされないためどこか残念臭が映ってしまっていた。


「お客様をお待たせしていますので、そろそろ注文とってきてくれませんか?」


「おいっ、私はまだやるとは……」


「はいはい。テディさんとキャロキャロからは許可取ってあるから。余ったクッキーを渡したら、二人とも「休み時間の内だけだぞ」って言ってくれたし」


「買収されただと……。いや、それよりも私の休み時間だぞ!?」


 愕然とした様子のシルヴィア。

 だが、フェルは終始ニコニコと笑って、その背中を押してホールへと旅立って行った。ソフィアは、微笑ましいものを見るような表情で二人の背に手を振るのだった。





「オーダーだ、きのこのクリームパスタ二つとビーフシチュー一つ……ドリンクは、オレンジ三つだ」


「了解しました」


 クッキーの配布効果があったのか、まるでせき止められていた川が一気に流れ始めたように注文が殺到する。

 シルヴィアを借りたが、研修所にはソフィアとフェルを合わせて三人しかいない。ロレッタとジョンはまだこちらに戻ってきていないのだ。


「いらっしゃいませ!」


 先ほどの不機嫌面は一転して、見事な変わり身だ。

 普段の仏頂面のシルヴィアを知っているため、営業スマイルが不気味に感じてしまう。お客さんが戸惑うこと間違いないだろう。


(いえ、それはフェルちゃんも同じですね)


 ふと思い出すのは黒翼の少女だ。

 魔国では、魔王様と同等かそれ以上に認知度が高い歩く災害。ここ半年はマンデリンを中心に生息しているため、マンデリンの住民はよく知っている事だろう。

 だからこそだ。

 普段のどことなく残念な少女が、怜悧な美貌を携え落ち着いた接客をしているのだから、不気味どころか現実逃避しても可笑しくはない。

 実際、来店したお客さんの中にはフェルの姿を見て、腰を抜かした者もいたのだ。そして、フェルの性格を変えてしまったソフィアに対して畏敬の念を抱く人も少なくはなかった。


「お待たせいたしました、パスタ二つとシチュー完成しました!」


 料理魔法を用いて、手早く調理をするソフィア。

 ベテラン料理人数人分の作業量になるが、料理魔法によって難なくこなす。ここ最近は時間短縮程度の感覚で使っていることが多いので、その便利さを改めて実感していた。

 ソフィアの声に気づいたフェルが料理を受け取ると、再びホールへと戻って行く。立ち去って行く足音を聞きながら次の料理に移る。


「あっ、ロレッタさん。お帰りなさい」


「ただいま」


 それからしばらくして、厨房にロレッタが現れた。

 クッキーを多めに焼いたのだが、どうやら配り尽くしたようだ。


「ロレッタさんとジョンさんのおかげで、御覧の通り大繁盛です。ホールの方はどうでしたか?」


「ほとんどの人が、姫様の姿に面を食らってた。驚くだけならまだいいけど、腰を抜かす人とか、奇声を上げて走り去って行く人もいた。あとは……姫様に向かって念仏を唱える人とか、神に祈る人もいた。酷い人だと悪霊退散ってブツブツと唱えていた」


「カオスですね」


 普段のフェルを知っているため、悪霊に憑りつかれたとでも思ったのだろうか。

 想像以上の混沌ぶりに、少しだけホールを覗いてみたいという衝動に駆られる。


「……それにしても、厄介なことになった」


「もう少し言葉を濁しましょうよ……まぁ、仕事は暇よりも忙しい方がやりがいを感じるではありませんか?」


「しまった、ワーカーホリックに言うべきじゃなかった」


「いや、これは普通の感性ですよね!?」


 暇なルーチンワークを繰り返すよりも、暇だと思う間もないほど忙しい方が、仕事は楽しいのではないかと思うソフィア。一般的な感性だと思っていたのだが、ロレッタから向けられる視線は憐れな子を見るような温かい眼差しである。


「それは少数派……普通はダラけられる暇な仕事の方が好き」


「いえいえ。やはり仕事は山積みになっていた方が、普通はやり遂げた時達成感を得られますから」


「山積みの仕事を見た瞬間に、普通は心が折れる」


 二人の意見は平行線だった。

 仕事に関する価値観は、ソフィアとロレッタは正反対である。多忙な方が好きなソフィアと暇な方が好きなロレッタ。

 二人とも、互いに譲らずにいると……


「二人は極端すぎるっすよ。残業が必要なほど忙しいのも、来客が来なくて待ち惚けるのも、どっちも嫌なのが普通っす。ほどほどにお客様が来てくれるのが理想形っす」


 ジョンが割って入って来た。

 ジョンの考え方も一理あるだろう。ソフィアとて、残業はしたくない。魔国に存在する定時帰宅の素晴らしさは身に沁みて理解している。

 是非ともアッサム王国で適応してほしい仕組みだと……


(いえ、きっとあっても無視されそうですね)


 セドリックを筆頭とした者たちの顔を思い浮かべて、首を横に振った。

 彼らであれば「定時帰宅? ナニソレ、オイシイノ?」とでも返されそうだ。厳守させようにも、仕事と一緒に帰宅をしそうだ。


「まぁ、それはそれで……」


――良さそうだ。


 などと思ったソフィア。しかし、言葉にすることはなかった。何故なら、ソフィアに向けられる二つ……いや四つの視線に気づいたからだ。

 どれもが、ソフィアを気遣うような視線で、居心地の悪さを覚える。


「さ、さて……マンゴープリン二つとショートケーキ一つ。よろしくお願いしますね」


「ああ、分かった。だが、人手が足りているみたいだから私はこれで……」


「あっ、シルヴィア。あのデディ・・・さんから……」


 すると、何を思い出したのか、ロレッタはシルヴィアに一通の手紙を渡す。

 嫌な予感を覚えている様子のシルヴィア。きっと、この場にいる他の四人も、同じことを想像しているだろう。


「ロレッタさん、ロレッタさん。デディではなく、テディさんです……デディだと、デディベアーみたいで、本人は気にしているようなので」


「「「……」」」


 ロレッタ、フェル、ジョンの三人は顔を背ける。

 筋骨隆々の熊の獣人であるテディ。毛むくじゃらと言う訳でもなく、精悍な顔つきをしている。

 その人物と少女たちのアイドルであるデディベアーを想像したのだろう。

 吹き出しそうになるのを抑えている。本人がこの場にいなくて良かったと、ソフィアは思うのであった。


――ビリ、ビリビリビリ!


 すると、今度は紙を破り捨てる音が聞こえる。


「えっと、シルヴィア……手紙には何と?」


 ソフィアの質問に、シルヴィアは無言でフェルに近づくとフェルの肩を力強く掴んだ。


「いっ、いたたたたっ! 私がいったい何をしたって言うのさ!?」


「ふっ、ふふふふっ……何をしたか。ああ、何をしたんだろうな……魔王様直々に、お前のアルバイトを支えるように伝達があったのは何故だろうな?」


 シルヴィアが怒りに震えている。

 それを見たフェルは、顔色を青くした。


「ええっと、流石にそれは権力の私物化で……従う必要はないのでは?」


「魔王軍の仕事の中には、王族の警備もある。尤も、手続きが必要だけど……」


「だけど?」


 ロレッタの言葉に、首を傾げるとシルヴィアがフェルを見て言った。


「災害発生もしくはその予兆がある時には、手続きを省略できる」


「ちょっと待って、それって私が災害扱いだよね!?」


「歩く災害が今さら何を馬鹿なことを言っている! つまり、私は魔王祭の間この屈辱的な服を着ないといけないではないか!」


 屈辱的なと言っているが、少し嬉しそうに見えるのはソフィアの気のせいだろうか。

 とはいえ、それを指摘する者は誰もいなかった。


「どうでも良いっすけど、こっちも手伝って欲しいっす! マジで猫の手も借りたい状況っす!」


 慌ただしい二日目はこうして過ぎ去って行くのであった。






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