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第91話 緊急事態発生

誤字報告、ありがとうございます!

修正させて頂きました。

 午後二時に差し掛かる時刻。

 ソフィアが焼いたクッキーを持って出て行ったロレッタとジョンと入れ違いになるように、来客があった。


「いらっしゃいませ!」


 クールな表情を浮かべながらも、まるで鈴のような綺麗な声が響き渡る。

 決して大きな声と言う訳ではないが、その声はソフィアが作業をする厨房にまで聞こえて来た。

 先ほど見せたフェルの接客態度を見る限り大丈夫だと思うが、不安を覚えたソフィアは厨房から顔を出した。


「「「……」」」


 まるで幽霊でも見たかのような、驚愕のあまり体を硬直させる三人組。

 シルヴィアたちだ。昨日と同様に、魔王祭の盛況ぶりにお昼の時間がずれ込んでいるようで、昼食を取りに来たのだろう。

 だが、そこに現れたのはメイド服に身を包むフェルの姿。

 悪いドッキリかと疑いたくなるだろうが、間違いなく現実だ。だが、それを理解することを脳が拒み、しばらくの間硬直していると、徐に頬を抓り始めた。


「何名様でいらっしゃいますか? 当店では、全席禁煙でございます。ご理解くださいませ」


 普段のフェルであれば、三人の態度に不満の声の一つでもあげようものだが、嫌な顔一つせず接客に専念する。


(……ここまで堂に入っていると、かえって不気味ですね)


 背後からフェルたちの様子を覗いていたソフィアは、ふとそんなことを思う。傍から見てそう思うのだから、相対するシルヴィアたちの受けた衝撃はそれ以上だろう。


「……三人だ。お前、偽物じゃないだろうな?」


「かしこまりました、席にご案内いたします。こちらへどうぞ」


 シルヴィアの疑問をスルーし、フェルは静謐な雰囲気を纏ったまま席へと案内をする。窓側の景色が良い席だ。フェルなりの配慮なのだろう。三人が腰かけるのを見届けると、両手で抱えていたメニューを三人の前に置く。


「こちらがメニューでございます。ご注文が決まりましたら、そちらのベルを鳴らしてくださいませ」


「あ、ああ……」


 メニューよりも、フェルの姿が気になって仕方がない様子のシルヴィア。

 テディは黙して、現実を受け止めているように見えるが、メニューが上下逆になっている。普段楽観的なキャロでさえ、「ニンジンが降りそう」などと深刻そうな表情をしていた。

 そんな彼らを背後に、フェルは優雅な足取りで歩き始める。

 普段の残念オーラを醸し出す少女と同一に思えないほど洗練された動きで、ホールを後にした。


「フェルちゃん、完璧です! 普段が残念なだけあって、何度見ても信じられないほど立派なメイドさんでしたよ!」


 シルヴィアたちから見えなくなると、ソフィアはすぐさまフェルを褒め称えた。

 若干貶しているような感じもするが、ソフィアの純粋な称賛にフェルの完璧メイドのお面に罅が入った。


「ふふん! じゃなかった……。ありがとうございます。ですが、お褒め頂くほどではございません」


 ニヤけそうになる表情を必死に取り繕うフェル。

 そんなフェルの姿を微笑ましそうに見ていると、不意にベルが鳴り響いた。ショックから立ち直ることが出来たのだろう。

 フェルは一礼をしてホールに戻って行く。


(さて、私も待機しておきましょうか)


 間違いなく、大量の注文が来るであろうと予測して、ソフィアは厨房で待機する。


「注文が入りました。きのこのクリームパスタ大盛り九とマンゴープリン三、以上です」


「了解しまし……た?」


 フェルから注文を受けて、ソフィアが動きだそうとした。

 しかし、一歩を踏み出す途中に違和感を覚えて首を傾げる。そして、窮屈な体勢で首だけをフェルに向けた。


「あれ、それだけですか?」


「いや、十分に多いよ……。コホン、おそらく同じ理由かと」


「……世知辛い世の中ですね」


 同じ理由。つまり、シルヴィアたちも金欠なのだろう。

 魔王軍とはいえ、南端の都市の一門兵でしかない彼らの給料など、ソフィアとそう変わらない。テディは隊長と言うことで多少の色はついていても、それでも妻子持ちということで色々と入用だ。

 大盛り無料のパスタで節約をしようと考えているのだろう。


(そう言えば、シルヴィアがお金で困っている姿を見たことがありませんね。この前も、フェルちゃんに強請られて、仕方がなくゲームを買ってあげていましたし)


 ふとそんなことを思うソフィア。

 シルヴィアの食費などを考えると、それほど給料に余裕があるとは思えない。しかし、思い出してみると、ソフィアのスーツでさえも立て替えてくれたのだ。ブルーマウンテンで購入したため、それほど高くはない。しかし、新人の給料ではかなり高額である。

 後でシルヴィアにそれとなく聞いてみようと疑問を一端保留にして料理を始めた。


「さぁ、料理を始めましょう」


 作るのはキノコのクリームパスタだ。

 パスタを茹でるため、最初に鍋にお湯を沸かし、塩を入れる。その間に、ベーコンを二センチ幅に切り、しめじとマイタケをさいの目状に切り、たまねぎをみじん切りにする。

 

「パスタは……アルデンテにしておきましょうか。シルヴィアたちは、柔らかいのが苦手ですから」


 芯が残る程度にゆで上げる。

 しかし、この後の工程があるため、アルデンテよりも少し固めにゆで上げる。フライパンにバターを敷き、タマネギを炒め始める。

 軽く炒めると、今度はベーコンとしめじとマイタケを加え、キノコがしんなりとして来るまで炒めた。

 

「あとは、クリームと牛乳を加えて……」


 ソフィアは、クリームと牛乳をフライパンの中に入れると、さらにチーズを用意する。


「パルミジャーノレッジャーノ」


 かつて初代魔王が「いたりあチーズの王様」と呼んだチーズ。

 「いたりあ」が何なのか、初代魔王以外誰も知らない。しかし、物凄く長い歴史を持ったチーズなのだと語られている。


 ソフィアが以前食べたものは、常温でスライスしたものだ。

 白カビと間違えられることもあるものの、話によるとそれはうまみ成分が結晶となったもので結晶のシャリシャリとした歯ごたえがおいしさの証であるそうだ。

 水分が少なく塩味が強いので、ナチュラルチーズ本来の芳醇で濃厚な風味が口いっぱいに広がる……まさに、チーズの王様に相応しいチーズである。


 市販されているパルメザンチーズとは、似ているが全く別物だ。

 パルメザンとはパルミジャーノレッジャーノに似ているという意味で、粉チーズに比べるとかなり値が張る。

 利益度外視どころか、完全に赤字だ。

 それにも関わらず、パルミジャーノレッジャーノをソフィアが使っているのかというと……


(チーズ作りの見学に行って良かったです)


 ふと思い出すのは、一月ほど前に見学させてもらったチーズ工房だ。


 パルミジャーノレッジャーノは、脂肪分の一部を分離させた牛乳と、させていない搾りたての牛乳を合わせて作る。

 混ぜ合わせた牛乳を温めて乳酸菌、レンネットを加えると、凝乳ができる。

 その凝固した凝乳から乳清を除去したものを小さくカットして型に入れ、加圧して水分を出す。

 水分が切れたら型から外して高濃度の食塩水に漬け、乾燥させてから熟成庫の中で最低1年間熟成させる。


 よく似たチーズとして知られている「グラナパダーノ」との違いは、搾った牛乳を数時間休ませて、部分的に脱脂した牛乳で作るところでグラナパダーノの方が若干脂肪分が少なくなると言われている。

 また熟成期間も、グラナパダーノの方が三か月ほど短いのも違いである。


 見学の際に、工房長である牛の獣人と仲良くなったソフィア。

 その伝手で、少し安めにパルミジャーノレッジャーノを仕入れることができ、ギリギリ赤字にならない価格に抑えることが出来た。


「あとは塩と胡椒で味を調えるだけですね」


 沸騰したところで、塩とこしょうで味を調える。

 こしょうは人間の国では金貨と同量で取引されるというのに、魔国ではチーズとは違ってお手頃価格で贅沢に使うことができる。

 文化の違いに苦笑しつつも、ソフィアはスーパーで売られている固形のコンソメを取り出した。


「コンソメは本当に便利ですよね。簡単にスープを作れますし、こう言ったクリーム系のパスタのアクセントとして使えますから」


 便利だと思いながら、ソフィアはコンソメを僅かに黄色がかった白色のソースに入れ、混ぜ始める。

 最後は、パスタを絡めるだけ。

 アルデンテよりも僅かに固めのパスタを、ソースの入ったフライパンに入れ、絡めるだけだ。早めにゆで上げたパスタは、完成する頃にはアルデンテになっている。


「あとは、パセリを振りかけて完成ですね」


 お皿に盛りつけて、料理を運ぶようにフェルに声を掛けようと思った瞬間だった。ホールの方から慌てた様子でフェルが駆けつけて来た。


「お姉さん、緊急事態だよ!」


 緊急事態、その言葉にソフィアは表情を強張らせる。

 いったい何があったのか、フェルの様子からして尋常ではないことが起きたと察したソフィアは、一度大きく息を吸って心を落ち着かせる。


「それで、何があったんですか? ワイバーンに美味しくなさそうだと、鼻で笑われましたか? それとも、猫に気安く触んなよとか言われましたか?」


「お姉さんが何言ってるか分かんないよ。……というか、猫が言葉を話すわけないじゃん」


 と呆れた表情をするフェル。だが、緊急事態と言うことを思い出して、表情を一転させて言葉を続けた。


「そうじゃなくて、お客さんが来たんだよ!」


「お客さん、ですか? シルヴィアたちのことですよね?」


 フェルの言葉に、ソフィアは首を傾げる。

 シルヴィアたちの事を話しているのなら、緊急事態でも何でもないように感じたからだ。だが、フェルは違うと首を横に振った。


「違うよ! 普通のお客さんだよ、それも三組も!」


「……森のくまさんの間違いでは?」


 このあたりは、フォレストベアーがたまに出る。

 フェルが見間違えたのではないかと疑うと、正気を疑うような目で見られた。


「普通の人だよ、普通の」


「普通……? 一昨日ロレッタさんが見ていた、ウイルスに感染して動く屍になっていた……」


「ゾンビじゃないよ! というか、思い出させないでよ!?」


 当時の事を思い出したのだろう、顔色を青くするフェル。

 いや、フェルだけでなくソフィアもまた似たような表情をしているだろう。二人にはホラー映画はまだ早く、揃ってシルヴィアの部屋にお世話になっているほどである。


「お姉さん、いい加減正気に戻ってよ! 普通にお客さんが三組来店したんだよ!」


 と、フェルが言っている間に、オーダーのベルが鳴り響いた。

 その音がソフィアを正気に戻させる。


「緊急事態じゃないですか!?」


「だから、そう言っているよ!」


 予想外の出来事に弱い二人は、あわてふためくのであった。







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