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第90話 集客に向けて


「どう、凄い似合っていると思わない!?」


 ホールの中央で、くるりと回るフェル。

 見慣れた黒いセーラー服ではなく、なぜか更衣室内に用意されたゴシック風に改造されたメイド服を身に纏っていた。

 フェルのサイズにぴったりだったので、三人の脳裏には一人の狸の獣人が思い浮かんだ。


「うわぁ、本当によく似あっていますね」


 その幼さを感じさせる美貌も相まって、非常によく似あっており、ソフィアは思わず感嘆の声を上げてしまう。

 ソフィアの褒め言葉に気を良くしたのか、フェルは胸を張ってドヤ顔を浮かべる。

 そんなフェルの姿を見た、ロレッタたちは……


「これこそ、馬子にも衣装」


「そうっすね。本当に口さえ開かなければ、完璧っす」


「あと行動も」


「ああ、どことなく残念オーラが漂っているっすから」


 うんうんと頷く二人。

 すると、フェルが聞き捨てならないと声を上げた。


「もう少し、褒めてくれても良くない!? 私なんて、容姿以外で褒められることは皆無なんだよ!?」


「そんなことありませんよ。フェルちゃんにだって、良いところが……あれ?」


 ソフィアは、考える。

 フェルに褒める要素があるのかと。すでに、ロレッタとジョンは「ない」と結論を出しているのだろう。考えるそぶりさえしておらず、自然とフェルからの期待が籠った視線が向けられる。


「さて。そろそろ本題に戻りましょうか」


「まさかの話題逸らし!? 私にとっては、重要なことなのに!」


「それでどうするの? アルバイト経験ゼロの人手が入ったけど、間違いなくマイナスだから」


「そうっすよね。自分なら、喫茶店で姫様を見たら迷わず出て行くっすから」


「それは、どう考えても失礼だよね!?」


「フェルちゃん、目の前に大型のワイバーンがいたら普通は逃げますよね」


「私は、ワイバーンか!? というより、ワイバーンから逃げるのは子供くらいだよ!」


 はぁはぁと肩で息をし始めるフェル。

 そんな様子をソフィアたち三人は「やっぱり残念な子だな」と生暖かい目で見ていた。とはいえ、これ以上の脱線は誰も望まない。

 テーブルに着くと、今後の方針を考え始める。


「フェルちゃんも応援に来てくれたことで、今後は積極的に集客活動ができそうですね」


「ソフィア、その前に一つ確認」


「何でしょうか?」


「姫様って、接客できるの?」


「あ」


 完全に失念していた。

 よくよく考えれば、フェルは王族だ。つまり、接客を受ける方であって、する方ではないのだ。

 ソフィアの計画では、ウェイターをフェルに任せて、ジョンとロレッタにマンデリンで集客活動をしてもらうつもりだった。

 だが、その計画もその一言で破綻してしまう。


「接客くらい、私でもできるよ」


 一方で、フェルは何の根拠もない自信を顕わにする。

 それを見たロレッタは、別のテーブルに腰かけた。


「実際に注文とってみて」


 そう言われた瞬間、フェルの表情が引き締まる。

 普段の残念なオーラは鳴りを潜め、まるで匠が作り上げた精巧な人形が静謐な空気を身に纏っている。

 その豹変ぶりに、ロレッタだけでなくソフィアやジョンも言葉を失ってしまった。


「こちらがメニューでございます」


 誰もが言葉を失う中、万人が見惚れてしまいそうな美しい所作でロレッタの斜め後ろに立ちメニューを前に置く。


「え、あ、うん……」


――どちらさまでしょうか?


 ロレッタだけでなく、ソフィアやジョンでさえも、同じことを思ってしまった。普段とは百八十度反対に位置する姿……アッサム王国で見せた猫を被った態度だ。

 猫を被っているのは分かりきっている。フェルが畏まった態度を取ることに気持ち悪さを覚えるものの、その完璧とも思える立ち姿やその美貌を前に、思わず感嘆の息が出てしまう。

 そんな相反する印象から、普段は表情に乏しいロレッタでさえ、困惑を隠すことはできずにいる。


「ご注文はいかがされますか? 本日はきのこのクリームパスタがお勧めです」


「……じゃあ、それで」


「かしこまりました。お飲み物はいかがいたしますか?」


「結構です」


 フェルらしからぬ細かな配慮に、表情を引きつらせるロレッタ。


「失礼いたしました。少々お待ちくださいませ」


 そう言い残すと、美しい姿勢でロレッタから離れて行く。

 文句なしの満点だ。隣では、ジョンが「姫様に負けている」と愕然とした表情を浮かべているではないか。

 厨房の方へ消えて行く姿をつい追ってしまう。

 そして、扉の影に消えていくと……


「どう、できたでしょ?」


 ひょっこり頭を出して尋ねて来るフェル。

 なんだろうか、この脱力感は。先ほどまでの雰囲気とは正反対の、普段通りの残念娘に戻ってしまったフェルに、ついため息が出てしまう。


「なんて、残念なんでしょうね」


 つい、ソフィアが言葉を漏らしてしまった。


「え、我ながら完ぺきだったと思うんだけど」


「もちろん、完璧っすよ。というより、姫様ってアルバイト経験あるっすか?」


「あるわけないじゃん」


「まぁ、王族がアルバイトをしている姿を見たことないっすからね」


 納得だと頷くジョンであったが、フェルは「違う、違う」と言って可哀想な人を見るような視線を向けた。


「私がアルバイトをしたいと言ったら、門前払いされるからに決まってるよ」


「ああ、納得っす。まさか、こんなにレベルが高いとは思わなかったっす」


 と、降参とばかりに手を振るジョン。


「本当にその通りですね。フェルちゃんの接客技術がこれほど高いとは思ってもいませんでした」


「ふふん、私は天才なのだよ。通知表で、やればできる子と力強く書かれていたからね!」


「……ご愁傷さまです」


 フェルの言葉に、顔も知らぬ教師にソフィアは同情した。

 きっと、その文字は力強いものでも、どちらかというとやけ気味で殴り書きしたものだろう。文字通りやればできる子であるために、実際にやらせてみれば想像以上の結果を残す。教師としては、これほどやりにくい相手はいないはずだ。そして、それと同時に嫉妬さえ覚えてしまうことだろう。


「んで、どう合格でしょ」


「ええ、まぁその通りですね……」


 これだけの接客技術があるのだから、問題はない。

 むしろ想像以上の結果をはじき出したため、嬉しい誤算と言えるのだが……


(釈然としません)


 と思わずにはいられない。

 それはロレッタやジョンも同じなのだろう。ただ一人喜びを顕わにするフェルに何とも言えない視線を向けていた。

 それから再び席に着く四人。

 時刻は既に一時を回っており、このままでは今日も成果がゼロだ。


「それじゃあ、今日はロレッタさんとジョンさんに手分けして集客をしてもらおうと思います」


「結局はそこに行きつく訳っすね。まぁ、ネットによる公告が意味がないとなれば、それも仕方がないっすね」


「はい、残念ながらその通りです。他に手段はありますか?」


「はいはいはいはい! 拉致すれば良いと思う!」


「却下です。アニータさんと同じようなことを言わないで下さい」


 フェルの発案をソフィアは考えるまでもなく却下する。

 というよりも、フェルはただ発言がしたかっただけのようだ。「ぶーぶー」とヤジを飛ばしてくるのも、ただやりたかっただけだろう。


「外で料理を振るまえれば、効果はありそうだけど……」


「流石に、マンデリンで出店を出すわけにはいきませんから」


「そこが問題。屋台で料理すれば、すぐにでも人が集まるのに」


「それは流石に言い過ぎですよ」


 料理一つでこんな辺鄙な場所に集まってくれるなど考えられない。

 シルヴィアを筆頭に、自身の料理に高く評価をしてくれるものの、ソフィア自身としてはほめ過ぎだと思ってしまう。


「ソフィアは謙遜が過ぎる。一口食べれば、間違いなく虜になる」


「分かるっす。彼女の前では言えないっすけど、毎日ソフィアさんに料理を作ってもらいたいっすから」


「うんうん、お爺ちゃんの料理よりも私好みかな。苦手なものはなるべく少なくしてくれるし」


 と、三者三様の感想を口にしてくれる。

 ソフィアは素直に褒められたことで恥ずかしいのか、僅かに頬を紅潮させた。


「料理は美味しいんだけど、やっぱり知名度が低い」


「そこが問題っすよね。料理はファミレスとは比べ物にならないっすのに、客数は悲しくなるほどの差が開いているっすから」


「どうにかして、知ってもらいたい」


 と、ロレッタとジョンは真剣な表情で話し始める。

 とはいえ、結局はここまで足を運んでもらうしか方法はないのだ。言い案が思い浮かばず、どうしたものかと悩んでいると、またフェルが手を挙げた。

 胡乱な視線が向けられるなか、フェルは発言をする。


「ねぇ、別にマンデリンで作んなくても良くない?」


「どう言う意味ですか?」


「そのままの意味だよ。例えば、クッキーとかを焼いて、チラシと一緒に配るみたいな」


「「「っ!?」」」


 フェルの一言に、雷にでも撃たれたような衝撃を覚えるソフィアたち。

 出店やポスター、ネットでの情報拡散……フェルの発案はシンプルだが効果的だ。


「確かに、チラシだけよりもおまけをつけた方が効果的」


「タダでクッキーを貰えるなら、貰って行くっすからね。ほら、チラシだけよりもティッシュがついていた方が貰ってもらえるじゃないっすか」


「分かります。タダでティッシュがもらえるのは嬉しいですよね」


 と、ソフィアはジョンの言葉に相槌を打つ。


「ソフィア、この際だから言っておく。駅前で何度もティッシュを貰うのはやめておいた方が良い」


「っ……!?」


 ロレッタの言葉に、ドキリとするソフィア。

 すると、話が見えないのか、フェルが興味深そうに尋ねて来た。


「え、何のこと?」


「ソフィアが、同じところを何度も回ってティッシュを大量に貰ってた。配布していた人も、また来たよって呆れた表情をしていた」


「見ていたのですか!?」


 顔を真っ赤にして堪らず声を上げる。

 ティッシュが無料で配布されているのだ。一人一つという訳でもないが、流石に大量に貰って行くのは恥ずかしい。

 だからこそ、時間を置いてもらいに行っているのだが、どうやらロレッタに見られていたらしい。


(というよりも、気づかれていたのですか!?)


 声に出さないものの、それはかなり恥ずかしかった。

 何も言ってこないため、気づいていないと思ったのだ。配布していた人も「また来たんですか」などと言えないのだから、当然かもしれない。

 だが、内心で思われていたのであれば、恥ずかしいことこの上ない。ソフィアが顔を真っ赤にして俯いていると、フェルとロレッタがニヤニヤと表情を緩める。このままではせっかくのアイディアが台無しだと思い、恥ずかしさを紛らわせるように声を上げた。


「そ、それでは! チラシと一緒にクッキーを配る形で始めたいと思います!」








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