第88話 お客確保に向けて
誤字報告、ありがとうございます!
そして、迎えた次の日。
ソフィアたちの朝は早い。喫茶店で提供する料理の下ごしらえをしなければならないからだ。
昼間や夜と打って変わって、朝の閑散とした光景を背にしてソフィアとロレッタはクリスタルマウンテンの麓にある研修所へと向かった。
「このままじゃ拙いね!」
出社と同時に、ロビーで待機していたアニータが腰に手を当てて言い放つ。
「突然、何?」
コックコートを身に纏っていないからか、普段通りの気だるげな姿でおざなりに返事をするロレッタ。
その声色は、どこか面倒ごとに巻き込まれた億劫さが滲んでいた。
「何じゃないね、このままだと今日もお客さんが来ないね!」
「間違いなくそう思いますよ」
ソフィアが、それがどうかしたのかと首を傾げる。
「それだと拙いね!」
「拙いって、何が? 昨日と同じで、別に困らない。むしろ、暇な時間を過ごせて、ラッキー」
「な、なんたる、意識の低さ……くっ、無性にロレッタを向こうに追い出したい気分ね」
ロレッタの無気力な姿に、愕然とした表情を浮かべるアニータ。
その姿は休憩時間に、ソフィアの料理をだらけながら仲良く食べていたとは思えないものだ。
いったい何があったのか、昨日とは意見が正反対だと思って、ソフィアは首を傾げる。
「どうかされたのですか?」
「……シュナイダーに苦情を言われたね。『お前は何の教育をしている? 接客じゃないのか、それともDIYの教育でもしているのか』って」
「確かに、その通りですね。よくよく考えると、DIYしかしていないように思いますし」
シュナイダーからの苦情は尤もだろう。
というよりも、アニータは何故シュナイダーから苦情が来るまで気にしなかったのか不思議で仕方がない。
そこまで考えると、ふとアニータの言葉を思い出した。
「そう言えば、団体客についてはどうなったんですか? この際、詳細は聞きませんけど、日程くらいは教えて下さい」
「それが、分からないね。連絡はあったけど、何かトラブルがあったみたいで魔王祭に間に合うか、どうかってことみたい」
「「……」」
アニータの言葉に、ソフィアとロレッタは白い目を向ける。
なぜこんな重要な話をしないのかと。だが、アニータであれば面白いからの一言で片づけられそうだ。
「おはようございます! って、どうしたんすか?」
すると、ウェイター服のジョンが出社をして来た。
部屋中に流れる微妙な雰囲気を感じ取ってか、首を傾げている。
「いえ、特に何でもありませんけど。アニータさんが、今日は頑張りたいということです」
「えっ、なんすか? アニータさん、変なもの食べたっすか?」
「おい、それは失礼だと思うね。ただ、シュナイダーに怒られただけね」
「ああ、そっちっすか」
アニータの言葉に、納得を示すジョン。
アニータはゆっくりとロレッタ、ソフィア、ジョンの順に視線を巡らせる。そして、僅かな逡巡の後口を開いた。
「というわけで、今日は何が何でもお客様を呼びこむね」
「それができたら、苦労しない」
「そうっすね。昨日、ロレッタ先輩も頑張ってくれたみたいっすが、結果は惨敗っすから」
「……」
図星を突かれたアニータは、押し黙ってしまう。
二人の言う通り、こんな辺鄙な場所に呼び込むなど困難極まりない。特に今日は平日で、社会人は働き、学生は勉強中だ。夕方になれば、魔王祭も盛り上がりを見せるのだが、その頃には閉店を迎えている。
そんなことを考えていると、アニータがちっちっちと言って指を振った。
「やり方が間違っているね」
「やり方ですか?」
「そうね。普通に考えて、喫茶店とは朝食やお昼、軽食を取ったりする場所ね。それ以外だと、時間つぶしや待ち合わせなんかも考えられるね」
「その場合、ここだとなかなか厳しい話ですね。駅の近くならともかく、この辺りで待ち合わせや時間つぶしをする人はいるはずもありませんし」
「いるとしたら、相当な変人」
「おそらく、孤独をこよなく愛する人っすよ」
などなど、意見が出て来る。
すると、アニータが落胆したように息を吐くと「頭が固いぞ、諸君」と軍人のような低い声色で言い放つ。
そして、指を一本立てた。
「簡単なことね、拉致すれば良いね。向こうが来ないなら、こっちに引き込むまで」
と、堂々とした口調で言い放った。
三人ともその姿に「おぉ」と感嘆の声をあげそうになったが、すぐさまソフィアが叫び声を上げる。
「って、それ犯罪じゃないですか! そんなことしたら、私たち捕まってしまいますよ!?」
「だって、仕方ないね! しっかり働かないと、お給料が減ってしまうね!」
まさかの逆切れであった。
半泣きを浮かべて「マンションのローンが払えないね!」などと悲痛な叫び声を上げている。
そんなアニータを横目に、ソフィアたちは話し合いを始める。
「アニータのことはこの際置いておくとして、どうする? 私も給料が減らされるのは嫌」
「自分もっす」
「私も、ちょっと……」
ロレッタは良家のお嬢様だが、ジョンとソフィアは違う。
いや、ソフィアは一応元貴族だが、親を頼ることは絶対に出来ないのだ。シルヴィア邸でルームシェアさせてもらっているため家賃や光熱費などは節約できている。
給料から、税金、家賃や光熱費、食費、それ以外にもシルヴィアからスーツ代を立て替えてもらっていたため、その借金の返済。私服や下着などの必需品もあり、最近だと携帯電話を二十四回払いで買ったばかりだ。その通信費もかかるので、ソフィアの財布は寂しい状態だ。
この状態で、給料を減らされるのは困るどころの話ではない。
三人は頷きあうと、アニータ抜きで会話を始める。
「チラシは効果なし。それ以外の方法を考える必要がある」
「それ以外っすか。……そうっすね、まずは知ってもらう必要があるっすから」
「そこがネックなんですよね。チラシでは効果がないとなると……」
三人は、頭を悩ませる。
このままでは、減給されてしまう。そのことに一抹の不安を抱きながら、意見を交わし続ける。
「ライブクッキングとかはどうですか? 以前テレビを見たのですが、パフォーマンスにもなって注目が集まりますよ」
「それにはまずここに来てもらわないと話にならない」
「そうっすよね。なら、出張店舗でも作るのはどうっすか?」
「予算が足りません」
「「「はぁ……」
結局は金なのか。
そんな思いを吐き出すように息を吐く三人。すると、ロレッタの視線がホール内を見渡し始める。そして、一点で止まった。
「あの絵を売れば、金になる」
その視線の先にあるのは、フェルの絵だった。
DIYのホールの中で、一際視線を惹くのだ。ソフィアもそれなりに芸術を理解しているためその価値を大凡把握できる。
しかし……
「それはだめですよ。あくまでも魔王軍の備品ですし」
「なら、こっそり描いていたあの絵は?」
「え、何の話っすか?」
「昨日シルヴィアの話で、フェルちゃんの姿が見えないという話を聞いたと思います。どうやら家にいたようで、マンデリンをモチーフにした巨大な絵を描いていたんですよ」
「げ」
ソフィアの話を聞いて、ジョンはあからさまに表情を顰める。
やはり、フェルの固有スキルは一般的に知られているのだろう。人目を憚らず、あちこちで使用しているのだから、当然と言えば当然だろうが。
絵を描いたということは、つまり広範囲の編纂であるということ。傍で見ている身としては、好感情を持てるものの、巻き込まれるとなれば話は別だ。
「……できれば、トイレの位置だけは変えないで欲しいっす」
「嫌な経験でも?」
「複雑な作りになってて……一応、間にあったっすよ」
「……」
ソフィアは聞かなかったことにする。
まさか、こんな地味に嫌な影響もあるのだと思いもしなかった。外観が変わるのだから、内装も変わっても不思議はない。
フェルは恨まれても仕方がないことをしていたのだなと思ってしまう。
(まぁ、表立って恨まれていないのは、フェルちゃんだからでしょうね)
憎めない笑みを浮かべる少女を脳裏に思い浮かべ、内心苦笑してしまう。なにはともあれ……
「結論。姫様のところにあるより、オークションに出される方が良い」
ロレッタの結論に、ソフィアとジョンは首を縦に振る。
とは言え、これは冗談である。流石にフェルの描いた絵をマンデリンのためにもなるとはいえ、勝手に売るつもりはない。
だからこそ、再び振出しに戻ってしまってため息を吐く。すると、ジョンは思い出したかのように声を上げた。
「そうっすよ、ネットを使って宣伝すればいいっすよ!」