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第85話 魔王祭二日目

 魔王祭二日目。

 マンデリン南西部に位置する研修所にて、臨時喫茶店が開店した。しかし……


「お客様が来ないっす」


「そうですね、まさに閑古鳥が鳴いていると言ったところですか」


 ジョンとソフィアは、肩を並べて遠い目をして窓の外を眺めている。

 何も変わり映えのしない大自然の景色。多少人工的に手を加えられているが、かなり良い眺めである。


「今にも、野生の魔物や獣なら出てきそうな雰囲気なんですけどね」


「人は誰も出てきそうにないっすね」


 取り留めのない話をして黄昏る二人。

 本日の来客数は、見事にゼロ。午後一時を回ったこの時刻に、この来客数であれば閉店の五時まで来客数ゼロの可能性もある。

 いや、その可能性の方が高いだろう。


「ふふん、私の勝ち」


「そうね、私たちの勝利ね!」


 一方で、先日までの意気込みが空振りしたことで憂鬱そうなソフィアたちとは反対に、先輩たちは元気だった。

 開店前に十人以上来るかどうかで賭けをしていたのだ。

 ソフィアとジョンはもちろん、二桁は超えると予想していた。

 しかし、結果は惨敗。十人どころか一人も来ない状況で、アニータとロレッタは満面の笑みを浮かべて、ソフィアが作った昼食を食べていた。賭けの対象であるデザートのプリンは、すでに二人のお腹の中に納まっている。


「前々から、この人たちってこんな性格だからこっちに押し込められたんじゃないかと思うんすよ」


 今にも酒盛りを始めそうな二人。

 いや、流石にそのくらいは分別が出来ているだろうが、業務中とは思えない雰囲気だ。暇を持て余していたソフィアが手伝ったことで書類仕事の大半が片付き、仕事から解放されたとテンションが上がっている様子だ。


「……とてもじゃありませんけど、マンデリンで働いている人たちには見せられませんね」


「サボるなって、怒鳴られる光景が目に見えるっす」


 互いに乾いた笑いを浮かべる。

 そんな二人の会話が自然と聞こえてしまう位置に座っている二人は、微妙な表情を浮かべていた。


「貶されているような気がする」


「ようなじゃなくて、実際貶されているね。悪意が感じられないから余計に質が悪いね」


 二人の小さな呟きは、ソフィアたちの耳には届かなかった。


「それなら、逆に考えましょう」


「逆っすか?」


「はい。先日フレディさんに勧められた働き方についての本で、『二―六―二の法則』というものがありました。何でも、全体の二割が優秀、六割が普通、そして二割が落ちこぼれということです」


 ソフィアの言葉に、ジョンは何を思ってかアニータたちに視線を向ける。


「……落ちこぼれっすか?」


 アニータとロレッタがそれに当てはまるのか。

 そう言った疑問が、ジョンの言葉には含まれている。ソフィアはそれを察して、居心地の悪そうな表情をしている二人を観察するような視線で顎に手を当てた。


(二人は、色々と問題はありますが、非常に優秀であることに違いありません。つまり、二人は敢えて怠け者を演じているということです……私の目は誤魔化されませんよ)


 ソフィアは人を見る目に自信があった(自称)。

 それ故に、二人は敢えて落ちこぼれの二割に位置しているのだと。怠け者の皮を被る事によって、落ちこぼれの枠を埋めている。

 尊敬を込めた視線を二人に向けた。


「……えっと、なんでこの話からそんな目で二人を見るんすか?」


「分かりませんか?」


「普通分からないと思うんすけど」


 どうやら、ジョンは察しが悪いらしい。

 いや、それほどまでに二人の擬態が高度なのだろう。ソフィアは、そっと自分の導いた結論をジョンへと伝えた。


「ジョンさんは、二人が本気で怠けていると思いますか?」


「思うっす」


「……」


 迷いのない一言に、ソフィアはガクッとなる。

 だが、こればかりは付き合いの長さだろう。ソフィアはそう思って、言葉を続ける。


「仮に、二人のあの姿が嘘だとしたら、どう思いますか?」


「嘘? 全然見えないっすけど、そう思うと……」


 ジョンが壁に体重をかけて、腕を組み思考する。

 スラリとした体躯で、探偵の服装をしていれば、ドラマでも十分活躍できそうな姿だ。正義感の強さと犬の嗅覚があるので、探偵の方が天職なのかもしれない。

 そう思えるほど、様になっている。


「……そういうことっすか」


「分かってくれましたか」


 納得の表情を浮かべるジョンに、ソフィアは微笑みを浮かべてポンと手を肩に乗せた。

 ジョンもまた、二人が優秀でありながらも敢えて怠け者の汚名を被っているのだと。だからこそ、尊敬の眼差しを二人へと向けている。


「なんか、新人二人が物凄く勘違いしているような気がするね」


「そんな目で見ないでほしい……」


 などと、アニータとロレッタは居心地が悪そうに言っている。

 きっと、図星を突かれて慌てているのだろう。何故か可哀想な子を見るような視線を向けられているような気がするが、きっと気のせいだろう。

 そんなことを思っていると、ジョンが話しかけて来た。


「流石はソフィアさんっすね。見事な洞察力っす、これなら探偵でもやっていけるんじゃないっすか? 自分が助手になるっすよ!」


「えっ、そうですか……?」


 ジョンの褒め言葉に、満更ではない様子のソフィア。

 照れたように髪の毛を弄り始める。


「……この二人は、絶対に探偵に向かないと思う」


 というロレッタのツッコミがあった。

 アニータも何とも言えない表情で二人を見据えて、ゴホンと咳払いをする。


「探偵云々はどうでも良いね。それよりもどうするね?」


「どうするって?」


 アニータの言葉に、ソフィアは気を取り直す。

 そして、尋ね返した。


「このままだと、本当に誰一人来ないね。何か動いた方が良いね」


「別にそれで構わない」


「もちろん、私も構わないね。けど、ほどほどに働いておかないと」


「「そこは構いましょうよ」」


 あまりにも無気力な二人に、後輩二人は重いため息を吐く。


「そもそもどうしてこんなに人が来ないんすか?」


 ジョンがこの問題の根本を尋ねる。


「決まってるね。喫茶店を求めて、こんな辺鄙な場所に来ないね。というよりも、そもそもこんな場所に喫茶店があるとは誰も思わないね」


「一応チラシを張った。けど、そんなのをしっかりと目を通す人は少数。実際に足を運ぶとなると更に少ない」


「つまりは?」


 ジョンが尋ねると……


「来ない方が当然」


「私だって、こんな場所面倒だから来ないね」


 身も蓋もない回答が返って来た。

 開店前からこの帰結は見えていたのだろう。二人の表情は自信に満ち溢れている。


「はぁ……」


 見事に第一歩から失敗してしまった。

 期間限定の催し物だとしても、ソフィアにとって初めての料理人としての仕事だ。順風満帆に事を運べるとは思っていなかったが、まさかランチピーク時に客数ゼロ。ポジティブな性格でも、流石にネガティブな気持ちになる。


「それで解決策とかあるっすか?」


「ない」


「あるわけないね」


 ジョンの問いかけに、二人はばっさりと切り捨てた。

 躊躇ちゅうちょなく切り捨てられたため、ジョンはムッとなる。その表情を見て、ロレッタが説明を加える。


「この状況で有効的なのは、宣伝すること。ここにお店があることを知ってもらう必要がある」


「ならそれを……」


「誰がやるね?」


 ジョンはその方法を取るべきだと主張しようとするが、アニータが口を挟む。


(なるほど、確かに人手不足ですね)


 ソフィアは、アニータの言葉の意味をすぐさま理解する。

 ここにいるのは、四人。ソフィア、ロレッタ、ジョン、そしてアニータ。アニータは、魔王祭関係なくやるべき仕事があるため、基本的には手伝うことはない。つまり、実質的にソフィアたち三人だけとなる。

 一人でも抜けようものなら、たった二人でお店を回す必要があるのだ。

 それが分かったため、ジョンは押し黙ってしまう。


「ですが、二人だけでも問題ないのではないですか? この状況ですし、二人でも多いくらいかと」


「うぐっ、痛いところ突くね」


 ソフィアの一言に、アニータは逡巡する。

 しばしの間静寂が流れると、アニータは口を開いた。


「確かにその通りね。せっかく新人に研修を積ませる機会を逃すのは勿体ないね。……数日後には団体客も来ることだしね」


「「「え?」」」


 アニータの言葉に、首を傾げるソフィアたち。

 ロレッタも何も聞かされていないのだろう。同じように首を傾げていた。


「あの団体客って何のことですか?」


「……」


 ソフィアが尋ねると、わざとらしく視線を逸らすアニータ。

 怪しい。わざとらしいが、絶対に何か隠している。根掘り葉掘り聞く必要があると思ったソフィアだが、アニータは沈黙を貫いた。

 そして、何を思ったのか、突然声を上げる。


「そうね、ロレッタね!」


「なに?」


 団体客の件もあって、いつにもましてジト目なロレッタ。

 アニータはそれにたじろぐことなく、声を上げた。


「ここは若い者たちに任せるべきだと思うね。私もマンデリンで仕事があるから、ロレッタ……客引きを任せるね」


「……」


 聞こえないふりをするロレッタ。

 下手な口笛を吹いているが、そんなロレッタの前にレジの下に置いてあったチラシの束を置いた。

 

――ドン!


 いったい何枚あるのか、優に五百枚はありそうだ。

 いつの間にこれだけの量を刷ったのか。そのあまりの多さに、ロレッタは顔色を悪くする。


「正気?」


「私は思うね。たまには先輩らしく一肌脱ぐ必要があると」


 アニータは真剣な表情をして、チラシをショルダーバックに詰め始める。

 そして、二百枚ほどだろうか。詰め終わると、それをロレッタに押し付けた。そして、逃げようとするロレッタの首を掴むと、ホールから出口への扉に向かっていく。


「と言う訳で、後は任せるね。ジョン、ソフィアが可愛いからって襲ったらだめね」


「襲わないっすよ!? 自分、彼女がいるっすから!」


 アニータの冗談に、ジョンは反論の声を上げる。

 しかし、アニータは足を止めることはない。ロレッタの抵抗も虚しく、二人の姿は扉の向こうへと消えて行った。

 残されたのは、ジョンとソフィアの二人だけ。

 一転して静寂が包み込むホール内で、腕を組んでいたソフィアがポツリと呟いた。


「ロレッタさんは、まだ十代で若いと思うんですけど」


「……それ、今気にすることっすか?」


 というジョンのツッコミが響くのだった。







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