第84話 ソフィアと魔王様(下)
昨日は、申し訳ありません。
作者の都合で、お休みさせて頂きました。
誤字報告、ありがとうございました!
アルベルトにフェルの事を話し始めてから、一時間が経過した。
「まったく! うちの息子と来たら……勉強、勉強、勉強って、それの何が楽しいんだ! 挙句の果てに、立派な大人になるためだと!」
訳の分からないことに憤りを見せる魔王様。
どうやらアルベルトは怒り上戸のようだ。
「は、はぁ……」
アルベルトの愚痴に、相槌を打つソフィア。
上司の絡み酒に付き合わされる部下の構図だ。既に酔いつぶれているシルヴァが、気を利かせて服を返しているため、そこにあるのはセクハラ男ではなく高貴な衣装を身に纏う魔王様の姿。
元公爵令嬢でありながら小市民的なソフィアは、魔王様の威光に逆らうことはできず、愚痴を聞きながらお酌を続けることしかできなかった。
「俺が子供のころはなぁ、勉強なんかしないで遊びまわっていたんだぞ! 受験勉強なんか、年が明けてからやればいいだろう!」
「それ、手遅れなんじゃ……」
「無論、受験に失敗した……だが、それがなんだ! 受験など、どうだって良いわ!」
ソフィアは、父親らしからぬ言動に表情を引きつらせる。
だが、アルベルトの言葉は止まらない。
「若い奴らは、そろって公務員になりたいというが、それの何が楽しいんだ? しかも、最近の子供は将来の夢を聞かれて、公務員になりたいと元気に答えたんだぞ。……俺が子供の頃は、温泉を掘り当てて働かずに暮らすのが夢だったのに」
「そ、そうですか……」
ソフィアの中の魔王様の株が、今日一日で急落している。
いや、こと温泉やお風呂に関する情熱だけは良く伝わって来た。マジックテントの温泉の事を思い出してしまう。
そんなことを思っていると……
「それに比べて、やはりフェルは可愛いな! あいつに将来の夢を聞いた時なんて言ったと思う?」
突然、フェルの話に戻る。
「えっと、フェルちゃんですか……?」
だらしなく表情を緩ませるアルベルトが突然尋ねてきて、ソフィアはフェルならば何と答えるのかと考える。
「画家でしょうか? フェルちゃんは、絵をかくことが好きですし」
フェルと言えば、どこへ行ってもキャンパスノートを持っているイメージがある。
屋敷にいる間はゲームをやってばかりだが、外出している時は大抵どこかで絵を描いていることが多いのだ。
一番あり得そうな可能性だと思ったのだが、アルベルトは首を横に振った。
「金山を見つけることだ」
「……はい?」
「鉱山を見つけて、一生遊んで暮らすと言い切ったんだぞ!」
傑作だったと豪快に笑い始めるアルベルト。
怒り上戸と思えば、笑い上戸……ソフィアはアルベルトの為人を掴めぬまま曖昧に相槌を打つ。
「フェルちゃんらしいですね……働いたら負けと言っていますから」
「はっはっは! そうか、そうか! 働いたら負け……昔なら想像できないセリフだな!」
「そうなんですか?」
「ああ、そうとも。昔は本当に人形みたいな子で……今でも、口さえ開かなければその通りなんだが。まぁ、ともかく言われたことは必ずやり遂げる真面目な子だったんだよ」
「今のフェルちゃんしか知らないと信じられないですね」
フェルが真面目と言われても、ソフィアとしてはしっくりこない。
自由気ままな猫のように活発で、勉強のべの文字を聞くことさえ嫌がる少女。そんなフェルが、真面目と言われてもとても信じられない。
「確かにな。無表情で不愛想、会話も最低限でまるで機械のようだった。そんなフェルが、働いたら負けか……」
感慨深そうに呟くアルベルト。
フェルの将来は安泰だとでも言いたそうな表情だが、しばらくして表情を曇らせる。そして、ソフィアに尋ねて来た。
「これはこれで問題があるような気がするのは、俺の気のせいだろうか?」
「気のせいではないかと思います」
ソフィアは首を横に振った。
グラスに注がれたお酒を飲み干すと、頭を抱えて「教育に失敗したなぁ……」と後悔を始める。
すかさず、ソフィアはグラスにお酒を注いだ。
「けど、仕方がないだろう!」
「きゃっ」
突然机を叩くアルベルトに、ソフィアは驚きのあまり声を漏らす。
そんなソフィアの反応を気にも留めずに、アルベルトはグラスに注がれたお酒を飲み、言葉を続ける。
「あまり厳しく教育して、「パパ、嫌い」なんて言われた日には……うぅ」
先ほどまで笑っていたと思ったら、今度は泣き始めた。
マジ泣きだ……。近くに置いてあった布巾を使って涙を拭き始めるアルベルト。
(それ、掃除用なんですけど)
ソフィアはそんなことを思ったが、あえて指摘することはない。
その方がどちらにとっても幸せだからだ。しかし、魔王の威厳があったものではない。泣き上戸で「娘どころか、息子たちも構ってくれない」などと言い始めている。
ソフィアは空になったグラスを見て、お酒を注ぐべきか悩む。
これ以上酔わせては、何か取り返しのつかない事態に陥るのではないかと心配になったからだ。
「そう言えば、魔王祭が終わった後北に行ってもらうことになったから」
「はい?」
アルベルトの一言に、間の抜けた声を上げるソフィア。
酔っ払いの戯言かと思ったが、アルベルトの表情は真剣そのものだ。
「人間たちと交流を持つことに北が反対していてな。要するに出張だ……アルフォンスの奴がいないから、その代わりにあの石頭どもを説得してきてくれ」
「突然真面目な話をするのはやめてくれます!?」
「何を私はさっきからずっと真面目だったぞ」
「あの体たらくでですか!?」
一転して真面目になった魔王様。
酒癖が悪いなんてレベルではない。真面目な話のはずが、どうしても酔っ払いの戯言のように聞こえてしまうのが質が悪い。
すると、目の前で酔いつぶれていたシルヴァが、四天王失格な情けない表情で言った。
「その馬鹿の酒癖は最悪だぞ……しかも、明日には何を言ったのか忘れているからなぁ」
「本当に最悪ですね!?」
現魔王であるアルベルト、そして南部の四天王であるシルヴァ。
公では非常に優秀な人物だと聞いていたが、私生活ではかなりだらしのない人物のようだ。公私の使い分けが上手いのだろうが、出来ればこちらの性格を知りたくはなかった。
「えっと。私が北部に出張する話なのですが、詳細を教えて下さい」
「南部は人間に対して反感が少ないのは知っているだろう。だが、北部や西部は、今でも人間を憎く思っているものが多い。ちっ、あの老害どもめ……くたばれば良いものを」
素面のような表情で、憎々し気に舌打ちするアルベルト。
人間に直接的な恨みを持っているとなると、おそらく三百歳以上なのだろう。それ故に、比較的若造であるアルベルトには、目の上のたんこぶということのようだ。
「あのぅ、そんなところに私が行けば……殺されたりとかしません?」
「可能性はあるな」
「え?」
聞き間違いかと思って首を傾げるソフィア。
しかし、現実は無情なり。アルベルトは真剣な眼差しで、言葉を続けた。
「いや、殺されるというよりも食われる方が正しいかもな。奴らの好物は、人間の生娘だそうだからな」
「そこはウソでも、大丈夫だと言って欲しかったんですけど!? 私、北部の人の朝食になってしまうんですか!?」
食卓の上で放送規制されるようなイメージが脳裏によぎる。
それを払拭するように声を上げるが、アルベルトは不思議そうに首を傾げるだけだ。
「そこはディナーなんじゃないのか?」
「朝食は、夕食と比べて質素なものですよ? 私には夕食は少し敷居が高いと言いますか……」
「俺が言ってなんだが……そもそも食卓に上がることを否定しろ」
アルベルトの冷静なツッコミに、はっとなるソフィア。
「それもそうですね。そもそも贅肉が多くて美味しく見えませんから」
「……」
何故か渋い表情をするアルベルト。
完璧な理論だと思うが、納得は得られなかったようだ。
「それはともかく、既に手は打ってある。あとは……」
「あとは?」
「……」
ソフィアが尋ねると、唐突に顔を机に伏せるアルベルト。
勢いのあまりゴンッという鈍い音が辺りに響き渡った。突然のことに戸惑うソフィアは、すぐさま一つの結論を導く。
(まさか、急性アルコール中毒!?)
ビールやワイン、東部名産のニホンシュと呼ばれるお酒。
ソフィアたちが来る前から酒盛りを始めており、短期間で大量のアルコールを摂取していた。
アルコール中毒で倒れたのではないかと考え、ソフィアは慌てて声を掛ける。
「魔王様、しっかりしてください! 魔王様!」
声を掛けるが反応はない。
――チーン!
そんな音と白黒のアルベルトの写真が脳裏に浮かぶ。
これは拙いと思うソフィア。顔面蒼白になりつつも、別の部屋へ避難したシルヴィアたちに助けを求めようと部屋を後にしようとすると……
「スピー……グガガガ!!」
「は?」
アルベルトの方から、シルヴァよりも大きないびきが聞こえるではないか。
振り返ると、そこには顔面を真っ赤にして酔いつぶれているアルベルトの姿がある。まただ、またなのだ……。
(この二人に水を掛けた方が良いのでしょうか?)
いい大人二人のいびきのデュエットを聞きながら、物騒なことを考えるソフィア。
そのあまりにも幸せそうな表情に、今にも体から力が抜けそうだ。国家の重鎮を相手にして、これほど疲れる相手は初めてだ。
どうしたものかと思っていると……
「たっだいま!」
空間が歪み、現れたのはフェルだった。
いつものセーラー服とは違う、ドレス姿だ。きっと、王族の仕事をしていたに違いない。王様はここで酔いつぶれているが。
気になるのは、その両手に抱えられているお菓子の山だ。
ドレス姿が窮屈なのか、かなり着崩している。
「フェルちゃん、おかえりなさい……そのお菓子は?」
「ふっふっふ、決まってるじゃん! カードで巻き上げて来たんだよ! いやぁ、魔王祭って面倒だけど、儲かるよね!」
この親あって、この子有り。
そんなことを思うソフィア。それと同時に、魔国の将来に一抹の不安を覚える。そんなソフィアの内心を知らず、フェルは怪訝そうな表情をする。
「というより、この部屋お酒臭いんだけど?」
濃密なアルコール臭に表情を歪めるフェル。
ソフィアは静かに、後ろで酔いつぶれている魔王様と四天王を指さした。一瞬、それが何か分からなかったフェル。
しかし、すぐに自分の父親だと気づいたフェルは、無言でアルベルトのもとへ歩いて行った。
「邪魔」
平坦な口調で言い放った言葉。
普段のフェルでは考えられないほど、冷酷ささえ感じられる声色だった。そして、その表情は無機質……絶世の美貌故に作り物のようだ。
だが、ソフィアの耳にはその声とともに「私が頑張っている間、何してんの?」という人間味に溢れた苦情が聞こえたような気がしたのは気のせいだろうか。
酔いつぶれた二人を机と椅子ごと、どこかへと転移させるフェル。
「えっと、フェルちゃん? 二人は?」
いったいどこへ飛ばしたのだろうか。
以前シルヴィアとロレッタを飛ばしたように海にでも飛ばしてしまったのではないかと不安に思うソフィア。
フェルは、ソフィアの質問に無機質な表情を一転させていつも通りの笑顔を浮かべる。
「山に捨てて来たよ」
「や、山!?」
「うんうん、書類っていう山だよ。今日一日サボっていたから、かなり積もってたね。ママたちと秘書の人たちが怒っていたから、今夜は眠れないかもね」
そう言って笑うフェル。
ついでとばかりに「捕まえたらお小遣いがもらえるから儲かっちゃった」と言っていた。どうやら、首都エスプレッソの王城では魔王様は指名手配されていたようだ。
(まぁ、書類の山なら安全ですね)
フェルの話を聞いたソフィアは、そう聞いて安堵するのであった。
その日の深夜。
当然のことながら魔王と四天王は鬼に囲まれながら徹夜で仕事をするのであった。彼らが眠ることが出来たのは、次の日の明け方であったそうだ。
次話更新は、火曜日です。
今後は二日ないし三日に一話更新いたします!