第83話 ソフィアと魔王様(上)
アルベルト=サタン=マオウ。
魔国の現国王であり、魔王軍の最高指揮官である男性。フェルと同じ黒髪に、中肉中背で顔立ちは平均をやや上回るくらいだろうか。
フェルの父親とは思えないほど若く、外見年齢的には二十代後半くらいだろうか。
一見すると人間のように見えるが、その頭部には角が生えており、背中には翼、腰には尻尾が生えている。
悪魔族。
それが、アルベルトの種族である。身体能力、魔力ともに魔族の中でもトップクラスの潜在能力を誇る種族。ただ、堕天使族同様にその絶対数は少ない。
その中でも、アルベルトは王家の血を引き、武力においては歴代魔王の中でも最強と評される人物である。魔王としてのカリスマを兼ね備えていて、アッサム王国の国王とは比べ物にならないほど民に慕われている。
非常に尊敬できる人物……のはずだ。
「くっそぉおおおお!! 持って行きやがれ!」
自棄になって叫ぶ魔王様。
大量にアルコールを摂取しているためか、顔は赤く口臭が強烈だ。それだけならばまだ良いが、今の服装が悪かった。
裸だ。
黒いブーメランパンツを残して、一糸まとわぬ姿。
文字通り裸の王様である。
「悪いな、アルベルト……武士の情けだ、パンツは奪わないでやる」
一方で同じくらい酔っぱらっている男性。
シルヴァ=フラットホワイト、シルヴィアの父にして魔王軍南の四天王……マンデリンを含む南部の支配者である。
こちらも非常に若々しい容姿をしており、シルヴィアの父親だけあってかなりの美形だ。鋼のように鍛え上げられた筋肉は、女性にとって刺激が強い。
そんな二人が屋敷のリビングで何をやっているのか。
カードだ。良い大人が、今日の競馬の魔王杯にて稼いだお金を賭けて、ポーカーをやっていた。
しかし、アルベルトの弱さは留まるところを知らない。
全戦全敗、よく賭けに乗ったものだと感心してしまう。
「えっと、シルヴィア……元気出して下さい」
ソファからそんな二人の姿を眺めるソフィアは、隣で呆然としているシルヴィアに声を掛けた。
「ダイジョウブダ、ナニモミテナイ。チチウエニマキアゲラレルマオウサマノスガタナド、ワタシハミテナイ」
「重症ですわね」
「うん」
頭から煙を吹きだしているシルヴィアは、ぐったりとソファに埋もれている。
それも仕方のないことだろう。シルヴィア曰く厳格な性格の父親と尊敬の対象である魔王様が、魔王祭初日に競馬場へ足を運び、その後カードをやっているのだから。
シルヴィアの心境は、なんとも形容しがたいことになっている事だろう。
「くはーっ! やっぱり勝利の美酒は美味いな! あれ、枝豆がもう切れたか……何かおつまみ貰えるか!」
「あ、はい……すぐに用意しますね」
シルヴァに言われて、ソフィアはおつまみを用意すべく、台所へ向かう。
冷蔵してある自家製キムチ。そして、ほうれん草の御浸しを作ると再びリビングへと戻る。そこでは、相も変わらず悔しそうな表情をするアルベルトと高笑いをするシルヴァの姿があった。
「おお、キムチと御浸しか……旨そうだな」
ソフィアが、机の上にキムチとお浸しを用意すると、早速手を伸ばすシルヴァ。
一方でアルベルトはというと……
「……キムチ、嫌い」
さりげなく、お皿を遠ざける魔王様の姿が目にはいるではないか。
パンツ一枚の大人が、キムチを遠ざける光景は何ともシュールである。
(ああ、フェルちゃんは親の背を見て育ったのですね)
既視感を覚える光景に、そんなことを思うソフィア。
子供であれば食べなさいとでも言うのだが、相手は子持ちの父親である。そんな男性に、好き嫌いしないで食べなさいとはソフィアには言えなかった。
キムチを下げようかと迷っていると、まさに電光石火……酔っ払いとは思えない速度でアルベルトの背後を取ったシルヴァが、キムチの皿を手に取ってアルベルトの口に放り込むではないか。
「甘いわ!」
だが、魔王様も負けていない。
近づくキムチに反発するように、一気に距離を取った。こちらもまた、酔っ払いとは思えない反射神経だ。
「酔っ払いのくせに、何て機敏な!」
「まだほろ酔いだ! 貴様こそ酔っぱらっているぞ!」
「はっ、貴様ほどではないわ!」
お箸による三連撃。
しかし、アルベルトは機敏な動きでそれを避ける。そして、カウンターとばかりにボディブロウをお見舞いする。
シルヴァはそれを避けることはしなかった。
腹筋と呼ばれる最強の鎧で、アルベルトの一撃を受け止めた。その衝撃のあまり、一瞬よろけるシルヴァだが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「しまった!」
アルベルトは失態を悟ったのだろう。
肉を切らせて骨を切る……シルヴァは、ソフィアでは目視不可能な速度でお箸ではなく皿ごとキムチをアルベルトの口に放り込んだ。
「ぐぉっ!?」
口一杯に広がるキムチの香りに悶絶するアルベルト。
一方で、シルヴァもダメージが大きいのだろう。腹部を抑えて膝を着いた。そして、お箸で挟んだキムチを口にする。
「な、なんて……既視感を覚える戦い」
ソフィアの率直な感想だ。
キムチを食べたくない者と食べさせる者……フェルとシルヴィアの戦いがそのまま大人になったようなものではないか。
そんなことを思っていると……
「「……美味いな」」
しみじみと語る二人。
先ほどまで悶絶していたアルベルトは思いのほか美味しかったのだろう。ボリボリとお皿まで綺麗に食べていた……痛くはないのだろうか疑問に思うソフィア。
シルヴァもまた、口の中一杯に広がるキムチの旨みに、顔を蕩けさせていた。
二人とも、放送規制がかかりそうな姿だ。ソフィアの視線に気づいてか、気まずそうな表情の二人。ゴホンと咳払いをしてソフィアに声を掛けて来た。
「すまんが、水を貰えないか?」
「あ、はい……」
アルベルトの言葉に、ソフィアは水魔法を使って、コップ一杯の水をグラスに注ぐ。
料理魔法とリンクしていることによって作られる【美味しい水】だ。ソフィアが唯一使える水魔法である。
アルベルトの分のみならず、シルヴァの分も用意した。
二人は、そろってグラスを傾け、水を飲んだ。
「「おお……!」」
飲み終えると、二人そろって感嘆の声を上げる。
似た者同士と言えば良いのか、本当にシルヴィアとフェルの関係を大人にしたような二人であった。
内心、少し笑ってしまうソフィア。
そんな内心を知らない二人は、お水を飲み終えると、椅子と机を片付けると再び席に着く。
「すまん、迷惑をかけたようだな。君が、娘が言っていた……」
「ソフィア=アーレイと申します。フェルちゃ……フェル様には、いつもお世話になっています」
今さらなのかと思わなくもない。
だが、ソフィアたちが現れても、酔っ払いの二人はカードに夢中だった。自己紹介などしている時間はなかったのだ。
「お世話をしているの間違いだろう。あの放蕩娘が、お世話など……。いや、ペットの世話は得意なようだ。特に猫は良かったな」
「猫?」
「ああ、猫を飼ったと思ったら三日後には、十階建てのビルよりも大きくなってたからな」
「何があったんですか!?」
相手が魔王であることを忘れて、思わずツッコんでしまったソフィア。
とは言え、本人は気にした様子もなく「なかなか骨のある相手だったぞ」と満足そうに頷いていた。
(いえ、流石は魔王様ということでしょうね。アッサム国王とは器量が違うと言うことですか)
きっと、そうに違いないと納得するソフィア。
一方で、シルヴァはというと……
「お代わりを貰えるか?」
いつの間にか、ほうれん草の御浸しを完食していた。
シルヴィアと同じか、それ以上の速度だ。
「あっ、いつの間に!」
「早い者勝ちだ……ほうれん草の茹で方、出汁の効かせ方、水気の搾り方に至るまで完璧だった。浸す時間が短かったのは残念だが、まるで心を洗われたような気分だ」
「そ、そうですか……」
「わが友よ、色々とキモイぞ」
洗濯物として干されたような表情をしているシルヴァに、ソフィアだけでなく、アルベルトもまた距離を取った。
「まぁ、こいつの事は放置して構わん。よければ、娘の事について話を聞かせて欲しい」
「フェル様のことですか?」
「ああ。どんな迷惑をかけたか、親として知っておきたいからな」
「……迷惑をかけていることは前提なんですね」
「逆に、迷惑をかけていないと言う方がおかしいだろう」
反論する余地はない。
仮に本人がここにいれば抗議の声でもあげそうなものだが、残念ながら本人はおらず弁護してくれる者もまたこの場にはいなかった。
ソフィアは苦笑交じりに、ここ最近の出来事を話し始めるのだった。
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