第82話 魔王祭(6)
それからしばらくの間、ショッピングではなく会話に花を咲かせたソフィアたち。
どうやら、共通する知り合いがお産で、二人はお祝いの品を見繕っているところだそうだ。
なぜ一緒なのかについては明言してもらえなかったが、フレディの様子を見るにやむを得ない事情があって渋々といったところだろう。
「そういうことなら、お任せください!」
二人の話を聞き終えたソフィアは、胸をポンと叩く。
フレディもメルディも、どちらもソフィアがお世話になった人物だ。二人が困っているのだから、力になりたかった。
伊達に外交官の仕事をしているわけではない。
幼い子供から老人まで、相手が王族であろうと満足の行く品を選んでみせると決意していると、フレディたちは困惑をあらわにする。
「ソフィアさんがですか……?」
「はい。こう見えて、芸術を見る目は確かなんですよ」
「芸術を……?」
ソフィアが自信満々に断言すると、フレディは視線をソフィアから並び立つ木彫りのクマへと移した。
「助かるわ、私たちだと何を送って良いか迷っていたのよ。……って、何よフレディ」
メルディは、快諾してくれたのだが、突然フレディがメルディを連れて距離をとる。
その表情は深刻で、何か懸念があるようだ。いったい何なのか気になったソフィアだが、部外者であるため深入りすることはできない。
小声で話し始める二人。
会話の内容は分からないが、フレディが何かを言うとメルディは驚いた様子だ。そして、ソフィアと隣に並ぶ木彫りのクマとの間で視線を巡らせる。
「どうかしましたの?」
すると、青年との会話を終えたのかエリザベートが近寄ってきた。
フレディたちと見識がないため、疑問に思ったのだろう。ソフィアが説明をしようと思うと……
「あら、この熊良いわね」
エリザベートは隣の木彫りのクマを見て言った。
「エリザもそう思いますか!」
「ええ、もちろんですわ。雄大でありながらも繊細な技巧……フォレストベアーという可愛らしい存在を凛々しく表現された一品ですわね。ぜひとも部屋に飾りたいと思いますけど……」
エリザベートは、値札のタグを見る。
ソフィアもつられてそれを見るが……
「「はぁ……」」
それは、ソフィアの給料一か月を超える金額。
出店に際して、予算が底をついたエリザベートもまた、ため息を吐く。やはりこれだけの一品だ、そう安くはない。
「メルディさん、どうかしました?」
「……気にしないで。ちょっと知り合いの思わぬ一面に驚いただけだから」
「……?」
メルディの言葉の意味が分からないソフィアは、首を傾げる。
「それで、お祝いの品ですけど……」
「そ、そのことだけど!」
ソフィアが早速手伝おうとしたが、メルディは声を裏返して遮った。
「やっぱり、こういうのは私たちが探したほうが良いと思うのよ。ねぇ、フレディ?」
「ええ、その通りですね。せっかくなので、もう少し悩んでみようかと思います」
「そうでしたか……」
せっかく手伝えると思ったが、二人の意見も尤もだ。
ソフィアがしゃしゃり出るのも、二人にとって迷惑だろう。残念ではあるが、それも仕方のないことだ。
別の店を見て回ると言って去って行く二人の後ろ姿を見送るのであった。
「いったい何だったんですの?」
事情を知らないエリザベートが、首を傾げて尋ねる。
ソフィアも詳しい事情を知っているわけではないが、出産祝いのお土産を見繕っているのだと話すと……
「それなら……」
エリザベートは、指を手に当てて考えるようなそぶりを見せる。
そして、ゆっくりと店内を歩くと、商品を一つ手に取った。
「これはどうかしら? 強化磁器食器で壊れにくくて、デザインも子供に人気のキャラクターが描かれていますの」
「それは良さそうですね。こっちの離乳食のスターターキットなんかはどうですか? こちらのデザインも、可愛らしくていいと思いますけど」
「まぁ、それも確かに良いですわね。とはいえ、第二子だとすでに持っている可能性もありましてよ」
二人は、ベビー用品の話で盛り上がりを見せる。
とてもではないが、木彫りのクマに感銘を受けていたとは思えないセンスだ。きっと出産後の母親には喜ばれるであろうお土産を見繕う二人。
(この二人、やっぱり似た者同士?)
離れたところで見ていたロレッタは、そんなことを思うのであった。
◇
ショッピングを終えた一同。
雑貨屋の後もいくつか店を回り、気が付けば西日がマンデリンを照らしていた。買い物も終えたということで帰路の途中。
第三通りの大路地には、ちらほらと授業を終えた学生の姿が見え始める。
フェルの着ているようなセーラー服を着た少女や、学ラン姿の男子。
それ以外にも、シャツの上からブレザーを身にまとっている学生の姿もあった。お祭りということで、付近の学校以外からも来ているのだろう。普段にもまして、多くの学生服が大通りを彩っていた。
「どうかしたの?」
ソフィアが学生たちを見ていることに気付いたのだろう。ロレッタが首を傾げて尋ねてくる。
「いえ、ただ色々な学生服があるんだなと思いまして」
「そうなんだ……ソフィアは、学生服とか着たことがないの? 正直、学生服なんて着るのが面倒なだけ」
「私の通っていた学校ではドレス姿でしたから……重くて歩きにくいんですよね」
ウエストを絞められ、スカートは重い。
そして何よりも、一人では着ることができない。それに比べれば、学生服の方が数倍……いや比べ物にならないほど楽なのだ。
ソフィアは当時のことを思い出して、思わず遠い目をしてしまう。
「学生服を着るのが面倒とか言ってごめんなさい」
「……ですが、ドレス姿で登校ですか。何とも面白そうですわね」
一方で、エリザは楽しそうにほほ笑む。
普段の衣装がゴシックドレスである彼女にとっては、ドレス姿の学校というのは憧れるのだろう。
「ある意味、それも文化ですから。今思うといい思い出かもしれません……機能性は悪かったですけど」
魔国には学生服の文化。
人間の国ではドレスの文化。どちらも一長一短があり、ソフィアとしてもそれを認めている。要は隣の芝生は青く見えるということだろう。
嫌な記憶が多かったものの、魔国の常識を知った後では笑い話にもできる。
「それはそうと、エリザ。本当についてくるんですか?」
「ええ、もちろんですわ。せっかくなので、シルヴィアの姿でも拝むとしましょう」
「同級生だったんですよね」
見た目こそ子供だが、エリザベートはソフィアの一つ下。
シルヴィアと同級生である。同じ学校を卒業しており、友人関係にあったそうだ。それからしばらく三人で会話に花を咲かせながら歩いていると、シルヴィア邸にたどり着いた。
「あれ?」
ソフィアは、異変に気付き首を傾げる。
門の鍵が開いているのだ。シルヴィアは仕事でまだ帰っていないはず。ソフィアは屋敷を出るときにしっかりと鍵を閉めたのだ。
「どうかした?」
「鍵が開いていまして……」
「泥棒とか?」
ロレッタの言葉に、ソフィアは息を詰まらせる。
マンデリンは治安の良い都市だ。それこそアッサム王国とは比べ物にならないほどに。しかし、犯罪が全くないわけでもない。
空き巣が現れたとしても、何ら不思議はない。
どうするべきかと悩んでいると、ロレッタが普通に入り始める。
「ロレッタさん、大丈夫なんですか?」
「まぁ、大丈夫でしょ。シルヴィアが先に帰っていただけかもしれないし」
その可能性は確かにある。
しかし、今日はそれほど早く終わることができるのだろうか。そんな不安を抱くが、そんなソフィアを置いてロレッタに続きエリザベートも中に入る。
二人に気負いは一切ない。
まるで空き巣程度なら簡単に制圧できるとでも言っているかのような逞しさだ。ソフィアも、意を決して屋敷の中へ入って行った。
「……誰かいる」
「いますね」
屋敷の中に入った瞬間響き渡るのは、中年男性の声。
一人……いや、二人はいるだろう。声の発生源は、リビング。シルヴィアでないとすれば、いったい誰なのか。
軍に連絡をするべきか悩んだソフィアだが、ここまで堂々とされれば勘違いの可能性もある。
ロレッタとエリザベートにアイコンタクトをとると、静かにリビングへと向かった。
「やはり魔王祭は良い稼ぎ時だな。笑いが止まらんぞ!」
「まったく、その通りですな。まさか一発目でこれほど儲かるとは。ふ、ふははは!」
「ぼろ儲けだ! おう、もっと飲め、飲め!」
「おお、これはありがとうございます!」
(完全に空き巣ですよね!?)
ソフィアは内心絶叫する。
魔王祭の時期は泥棒にとって動きやすいに違いない。そして、一発目……シルヴィア邸にそれほどお金が置いてあるわけではないが、その代わりに高価な骨とう品がある。
それを盗んだに違いない。
ソフィアはすぐさまこの場を後にして軍に通報しようと考えたが、首を傾げるロレッタとエリザベートの姿がある。
「おい、こんなところでどうしたんだ?」
「ひっ!?」
突然背後から声をかけられたソフィア。
驚きのあまり声を漏らしてしまうが、口をふさぐ。そして、ふり返るとそこにはシルヴィアの姿があった。
(シルヴィア、泥棒です!)
「泥棒だと!?」
ソフィアの声にはっとなるシルヴィア。
部屋の向こうから聞こえる話し声……まるで子悪党が、泥棒を誇っているかのような会話にシルヴィアは険しい表情を浮かべる。
「シルヴィア、この声はもしかすると……」
エリザベートが制止の声をかける。
だが、時すでに遅し。シルヴィアは、勢いよく扉を開くと中へ入って大声で言い放った。
「貴様ら、何者だ!? 何の目的で我が家に忍び込ん……だ?」
最初の勢いはどこへやら。
シルヴィアは部屋の中を見ると急速に勢いをなくしてしまう。ソフィアも部屋の中に視線を巡らせると、そこには中年男性が二人。
一人は黒髪の男性。
顔立ちは平均くらいで、特に際立っているわけではない。だが、どこか人を引き付けるような魅力を持つ男性だった。
そしてもう一人。
もう一人の男性は銀髪で、その耳は狼の耳だ。どことなくシルヴィアに似ているように見える。
どちらの男性も完全に酔っぱらっていた。顔は赤く染まり、突然現れたシルヴィアたちの姿にぎょっとしている。いったい誰なのか……そう思っているのはソフィアだけのようで、シルヴィアはポツリと声を漏らした。
「父上……」
「え?」
シルヴィアから漏れ出た言葉に呆然とするソフィア。
しかし、ロレッタとエリザベートから漏れ出た言葉はそれ以上の驚愕をソフィアに与えた。
「「魔王様」」
「……はい?」
ソフィアは、辛うじて声を出すのが精いっぱいだった。
更新が遅れて申し訳ありません。
書籍化作業が一段落しましたので、日曜日まで毎日更新頑張ります!