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第81話 魔王祭(5)

 遠方より聞こえる喧騒。

 いや、近くのビルに墨が飛び散っているため、思いのほか近いのかもしれない。イカ対タコの栄光なき戦い。

 それは、魔王軍の介入によって熾烈を極めているようだ。

 タコ焼きとイカ焼きのおいしさを決める戦いに、なぜか響く剣戟と銃声。ソフィアは疑問に思いつつも、エリザベートに連れられてショッピングを始めていた。


「せっかくなので、ここに寄ってみませんか?」


 エリザベートに連れられてきたのは、マンデリンでは珍しいレンガ造りの建物だ。

 アッサム王国などで見られる建物と似ているが、建築技術の次元が違う。レンガは古ぼけた色合いではなく、鮮やかな赤茶色である。

 入口の扉は、近代的な自動ドアではなく、木の扉。獅子をモチーフにした金色のドアノッカーが特徴的だ。そのサイドにはおしゃれなランプが飾られており、今が夜であればと思ってしまう。


「ここは?」


 ソフィアは周囲を見渡すが、看板が見当たらない。

 そのため、民家ではないのかと首を傾げていると、エリザベートが胸を張って言った。


「ここは雑貨屋ですわ。以前、あなたとお話をしてみた際に、一度案内をしてみようと思いましたの」


「もしかして、エリザベートさんのお店の雑貨はここでそろえたんですか?」


「ええ。……とは言っても、店に置いてある物は、いろいろな場所から集めましたの。ここで購入したのは、置物くらいですわね」


「置物……」


 ソフィアは、エリザベートのお店を思い出す。

 まるで魔法使いが住んでいそうな、夢があふれる館。外装と内装の違いが、なんとも絶妙で引き込まれるような印象を受けた。

 そんな場所に、なにか特徴的な置物があったのだろうか。

 ソフィアは比較的新しい記憶を探ると、一つだけピンと来る置物があった。


「まねき猫ですね」


「よく分かりましたわね。あれはここでサービスしてもらった一品ですの」


 ソフィアの答えに、感心した声を上げるエリザベート。

 尤も、ソフィアとしてはフェルが指さしていたため覚えていただけで、それ以外の置物を特に覚えていなかっただけなのだが。

 二人で会話が盛り上がり始めていると、ロレッタがコホンと咳払いをする。


「そろそろ入らないの?」


 この辺りは、比較的人が少ない。

 とはいえ、近くで騒動が起きているためそれなりに交通量が多くなっている。いつまでもここで立ち話をしているのは邪魔だろう。

 ただ、ロレッタとしては一人だけ仲間はずれなのが嫌なのだろう。

 話題に入って行けず、少し不機嫌だ。一応この中では最年長だが、どこか子供っぽい仕草に、少しだけ面白かった。

 エリザベートも似たようなことを思っているのだろう。女児にしか見えないエリザベートは、背伸びをして大人の真似をするような可愛らしい苦笑を浮かべて「それもそうですわね」と店の中へ入って行った。

 それに続いて、ソフィアたちもまた中へと入って行く。


――チリン!


 扉についた来客を伝えるベルが鳴る。

 心地の良い音色だ。きっと、ベルにもこだわっているのだろう。そんなことを思いながら、ソフィアは中へと入って行った。


 入り口から入って右手には、二階へと昇る階段がある。

 レンガの落ち着いた色合いに合わせた、シックな木の階段。建物自体は比較的に新しいが、どこかあせた色合いが何とも味を出している。

 二階からは一階が覗けるようにできているため、天井が高い。


(あれは確かシーリングファンでしたか)


 ソフィアの視線の先には、明かりにプロペラが付いた物が取り付けられていた。

 シャンデリアのような煌びやかさはないが、その落ち着いた雰囲気が店の雰囲気によく合っていた。

 さりげない視線で内装を見渡すが、非常にクオリティが高い。

 この店のオーナーはエリザベートに劣らず、さぞこだわりのある人物なのだろう。


 そして、雑貨の方へ視線を向ける。

 食器などの小物からタンスなどの家具。果てには、どこに需要があるのか、等身大の木彫りのフォレストベアーが置かれている。

 クオリティが高く、まるで本物を木に閉じ込めたのではないかと疑ってしまう。貫禄のようなものを感じてしまうが、きっとソフィアだけだろう。


「いらっしゃいませ! って、エリザベートさんじゃないですか」


 羊の獣人の青年が、エリザベートを見て笑みを浮かべる。

 常連ということで覚えていたのだろう。エリザベートは軽くあいさつを交わすと、周囲に視線を向けた。


「あら、店長は留守ですの?」


「いつものことですよ。お祭りなので、掘り出し物があるんじゃないかって探しているんです。おかげで、店番を押し付けられました」


 肩をがっくりと落とす青年。

 二人の話からして、青年はここの店員ではないようだ。そんな青年の姿を見て、「まぁ、いつものことですわね」と納得したようにエリザベートは頷く。

 青年は、雇われていないものの実質店員と変わらないのだろう。エリザベートに、入荷した商品の一覧を渡すと、二人で談笑を始めている。

 ロレッタも、ロレッタで雑貨に興味があるのだろう。早速、店内を見て回っている。


(私も見て回りますか……)


 そんな二人を見て、ソフィアも店内を見て回る。

 最初に見たのは、やはり木彫りのフォレストベアーだ。その威圧感は、まさにワイバーン級……きっと、魔国の人々にはわかってもらえないだろうが。

 とはいえ、しょせんは作り物。

 委縮することなく、ソフィアはフォレストベアーを観察する。


「……これ、良いですね」


 まさに惚れ惚れする一品だ。

 匠の業を凝縮したような素晴らしき芸術。雄大でありながらも、繊細。絶妙なバランスのもと作られている。

 その口元に咥えられているのは、スズキだろうか。

 それがまた素晴らしいクオリティを誇っており、まるでフォレストベアーに食べられる一瞬を切り取ったようだ。


「ソフィアさん、人の感性はそれぞれなのですが……もう少し別のものに目を向けたほうが良いと思いますよ」


「きゃっ!?」


 突然背後から声をかけられ、悲鳴を上げて前のめりによろけるソフィア。

 いったい誰なのか、ふり返ってみると苦笑を浮かべた金髪の男性の姿があった。特徴的な長い耳をしており、アルフォンスにも負けない端正な顔立ちをしている。


「フレディさんでしたか……お久しぶりです」


「お久しぶりです。一応何度か声をかけたのですが、夢中だったようで。突然驚かれるのでこちらも驚きましたよ」


 そう言って、フレディは苦笑を浮かべる。

 とはいえ、木彫りのクマに夢中になっていたのも事実。そして、自分の驚きざまを思い出して恥ずかしそうに顔を赤くする。

 

「フレディさんはどうしてここに?」


 今日は図書館の仕事はお休みなのだろう。

 休日は、家族と過ごすか古本屋に立ち寄るという話を聞いていたので、一人でここにいることが疑問だった。

 ソフィアに尋ねられると、どこか歯切れが悪そうな表情をする。


「……?」


 どうかしたのかと、首を傾げるソフィア。

 尋ねるべきかと迷っていると、不意に声が響いた。


「あら、ソフィア」


「……メルディさん?」


 階段から降りてきたのは、公共職業安定所の職員であるメルディだ。

 履歴書の添削をしてもらってからも時折あっているが、久しぶりだった。ソフィアのほうにゆったりとした歩調で近づいてくると、フレディの横に並び立つ。


「もしかして、二人はお知り合いだったのですか?」


「ええ、そうよ」


「まぁ……」


 艶然と笑うメルディと、苦虫をかみつぶしたような表情のフレディ。

 二人がどうしてこんな表情をするのか。ソフィアは、不意に二人の左手を見る。メルディは独身ということで、薬指に指輪が付いていない。

 一方で、フレディ。フレディは今年三歳になる子供がいる既婚者だ。左手の薬指には銀色の指輪がはまっていた。

 

(これって、まさか……)


 ソフィアは、はっとなる。

 気づいてしまったのだ、二人の微妙な空気に。そして、そこから導き出されるのは昼ドラのドロドロとした光景。

 ソフィアは、見てはいけない光景を見てしまった気分になってしまった。


(……なんでしょう、浮気の現場に出くわしてしまったような気がしてなりません)


 ソフィアは、内心身構える。

 とはいえ、サキュバスであるメルディはともかく、フレディは誠実な男性だ。いくら何でも浮気はありえないだろう。

 『浮気』の二文字を頭の片隅に追いやって、明るい笑みを浮かべて尋ねた。


「二人はどうしてここにいるのですか?」


「それは……」


「あら、決まってるじゃない。不倫よ」


「あっ、そうだったんですか。不倫でしたか……」


 やっぱり『浮気』じゃなかった。

 よかったと内心安堵の息をつくが、すぐさま違和感を覚える。


(あれ、メルディさんは今なんて言いましたか?)


 ソフィアの耳には『フリン』という言葉が聞こえたような気がした。

 『フリン』とは一体何なのか、まさか『不倫』なのでは。いや、そんなことはないと、笑みを浮かべたまま、もう一度尋ねた。


「えっと。不倫って、あの不倫ですか?」


「ええ、不実の不に倫理の倫で不倫よ」


「……」


 ソフィアは言葉を失った。

 見てはいけない現実……不倫の現場に遭遇してしまったのだ。ソフィアの頭の中には『家庭崩壊』の四文字がよぎる。

 そして、すぐさま再起動したソフィアは、ぎこちない笑みを浮かべると……


「べ、弁護士への相談はお早めに……」


「違いますから!」


 ソフィアの一言に、フレディは声を上げる。

 まさかそんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。メルディは隣で腹を抱えて笑っているではないか。

 フレディは、そんなメルディを忌々しそうに見て、事情を説明し始める。


「メルディとは、ビジネス上の付き合いであってやましいことなど一切ありません。不倫などではありませんから」


 毅然とした態度で言い切ったフレディ。

 そして、場を混沌とさせたメルディに説明するように視線を向けた。目に浮かんだ涙を指で拭うとメルディもまた肯定する。


「私とフレディの奥さんは親戚関係にあるの。一緒にいることは話してあるから、問題はないわよ」


「そう、なんですか?」


「そうじゃなければ、普通に話しかけたりしませんよ」


 フレディの言葉に納得するソフィア。

 やましいことがあれば話しかけてなど来ないだろう。浮気でも不倫でもないことに安堵の息を吐くソフィア。

 それを見たメルディは、意地の悪い笑みを浮かべる。


「やっぱりソフィアはからかうと面白いわね」


「もしかして、まだ上司に怒られたことを恨んでいるのですか?」


「どうかしらね」


 ソフィアの言葉に、メルディはクスリと笑うのであった。








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