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第80話 魔王祭(4)

更新が遅れました。

誤字報告、ありがとうございます!


「うぅ、ひどい目に遭ったよ……」


 恨めしそうに言い放つのは、先ほど星となって消え去ったキャロ。

 どのくらい飛ばされたのかは分からないが、兎の脚力をもってして五分と経たずに戻ってきた。

 垂直に飛んでいったためそれほど遠くに飛ばされなかったのかもしれないが、恐るべき速さだ。

 普段であれば、ソフィアはその脚力に感嘆の声を上げるのだが、今はそれどころではなかった。


「キャロさんでしたわよね……彼女はなぜ黒いんですの?」


 小声で尋ねてきたのはエリザベートだ。

 そう、キャロの姿は投げ飛ばされた前後で明確に違うものとなっていた。ピンクの逆彗星の姿はそこにはなく、全身が真っ黒になっていた。

 辛うじて声色やシルエットからキャロだと判断できる。


「前々から頭がおかしいとは思っていたが、まさかここまでとは……」


 一方で、投げた張本人であるテディもキャロの現状に困惑していた。


「あなたが投げたんじゃありませんの?」


 エリザベートの指摘は尤もだ。

 自覚があるようで、テディは頬をポリポリとかく。


「あの程度の高さなら普通に着地できるだろう。消防隊の訓練でさえも高度千メートルから紐なしで降りるんだぞ?」


 着地に失敗などありえない。

 暗にそう言われてエリザベートは「それもそうですわね」と納得を示す。しかし、唯一の常識人はというと……


「それ、訓練じゃなくて自殺の間違いじゃないですか!?」


 思わず声を上げてしまった。

 魔道具を使えば、ソフィアも二階くらいからなら飛び降りても平気だ。

 しかし、高さで言えば二メートルから三メートル。高度千メートルとなると、その三百倍だ。

 いくら魔道具で強化していようとも、ソフィアではまず間違いなく命を落とす。

 ソフィアとしては常識を言ったはずだが、エリザベートとテディがそろって首を傾げた。


「バンジージャンプのようなものですわよ。紐はありませんけど」


「ああ、スリルがあって楽しいみたいだ。訓練の中で一二を争う人気を誇るぞ」


「紐なしって……もはやただのジャンプじゃないですか」


 疲れたように反論するソフィア。

 だが、悲しきかな。魔国の常識では、ソフィアの常識は通用しない。エリザベートはころころと笑いながら「それもそうですわね。盲点でしたわ」と納得した表情だ。

 テディもまた納得したように「紐でも持たせるか」などと言っている。付けるではなく持たせるなのだ。

 文字通り両手に持たせて飛ぶのだろう。

 ソフィアは、それが言いたいわけではない。

 いや、それも言いたいのだが……。悶々とした気分でいると、不意に声をかけられた。


「ねぇ、さっきから何の話をしているの? バンジージャンプがどうのこうのって聞こえたけど」


 キャロが不思議そうにソフィアたちを見る。

 大きな兎の耳をピコピコと動かしているが、雑踏の中でうまく聞こえないのだろう。ソフィアはキャロにも理解してもらえないとわかっているため、「なんでもありません」とどこか悲しそうに言った。

 状況が理解できず首を傾げるキャロに、本題とばかりにテディが話題を切り出した。


「それで、お前はどうして黒いんだ?」


「黒い? ……なにこれ、真っ黒なんだけど!?」


 キャロはテディの指摘に、今更ながら自分の色が変わっていることに気付いたのだろう。

 驚愕の表情を浮かべながら、自身の体を見渡す。


「気づいていなかったんですか……?」


「あきれるほど鈍感ですわね」


 一方で、そんなキャロを見てソフィアもエリザベートもあきれていた。

 愕然とした表情をするキャロ。肌も服も、特徴的な耳さえも汚れている。


「少しかわいそうですわね」


「はい、キャロちゃんも女の子ですし。身だしなみは気にすると思いますから」


 気づいていなかったとはいえ、真っ黒な姿で街の中を跳んできたのだ。

 ショックを受けているに違いないと思った二人は、同情の視線を向けてしまうが……


「まっ、いっか!」


 笑みを浮かべるキャロ。

 これには思わずソフィアもこけてしまいそうになる。いくら何でも軽すぎるだろう。エリザベートもまた同じことを思ったのか、表情を引きつらせていた。


「はぁ、それで何がどうあれば真っ黒になれるんだ?」


 深いため息をつくテディ。

 いろいろと苦労している様子だ。キャロは記憶を思い返しているのか、「えーと」と言ってあごに手を当てた。

 すぐに原因を思い出したのか、「あっ!」と声を上げる。


「イカ墨じゃない!」


「「「……?」」」


 自信満々に声を上げるキャロ。

 イカスミ……いったい何のことを言っているのか。一つだけ同じ単語に心当たりがある。イカ墨だ。

 とはいえ、ここはマンデリン。

 都市内部で全身真っ黒になる量のイカ墨をどこで被るのか。

 心底不思議で仕方がなかった。その疑問を代弁するように、エリザベートが尋ねる。


「イカ墨って、あのイカ墨ですの? パスタソースにも使える」


「うん、そうだよ?」


 キャロもまた首を傾げる。

 その姿を見て、テディはこめかみをトントンと叩きながら、キャロに尋ねた。


「つまり、イカとタコの戦いにでも巻き込まれたのか?」


「はい?」


 テディの出した結論に困惑するソフィア。

 しかし、その言葉にエリザベートがはっとなった。そして、二人の考えが正しいように、キャロは頷く。


「えっと、それは何なんでしょうか?」


 一人状況が理解できないソフィアは、しり込みしながら尋ねた。


「タコ族とイカ族は、太古の昔より競い合ってきた。触手の数から、墨の性能……そして強さまで……それは今の魔国でも変わらない。奴らはことあるごとに争い合う。そして、奴らの武器は……」


 ソフィアは、そこまで聞いてはっとなる。


(魔国にも民族問題があったのですか……)


 民族問題は、どの国にも絶対にあるものだ。

 他種族国家である魔国にないはずがない。だが、ソフィアの知る魔国にはないものだとばかり思っていたのだ。

 しかし、それは表面上だった。

 テディの語る口調にさらに力が入る。よく見ると、手がプルプルと震えているではないか。テディは歴戦の猛者を彷彿させる雰囲気を持つ。その彼が、恐怖している……いったいどんな武器なのか、怖いが好奇心が刺激される。

 ゴクリとつばを飲み込むと、テディの続く言葉を待った。


「……奴らの武器は墨だった」


「え?」


 呆然とするソフィア。

 一瞬何を言われているのか分からなかった。テディほどの猛者を恐怖させる武器……どれほど強力な武器なのかと思っていたが、返ってきた答えは墨。

 イカ墨は、エリザベートの言った通りパスタなど食材として使われることがある。しかし、タコ墨はイカ墨と違って毒素が強い。ウツボの臭覚を麻痺させ、カニの感覚も狂わせてしまうという話を聞いたことがある。

 とはいえ、魔族相手に効果があるのか、いやないだろう。

 何かの隠語かと思った。

 しかし、続くテディの言葉にソフィアは決定的な誤解をしていることに気付く。


「奴らは所かまわずに墨を使うのだ! 巻き込まれるこっちの身にもなってもらいたい!」


「まったくですわ! しかも、毎回毎回くだらない争いばかりで!」


 テディは恐れていたのではない、怒っていたのだ。

 そしてテディの怒りに同調するようにエリザベートも声を上げる。すると、周囲でキャロの姿に視線を奪われていた者たちも同意するように深く頷いた。

 周囲の者たち曰く……


「施設内を墨で真っ黒に染めたんだぞ!」


「巻き込まれて、真っ黒になったわ!」


「けど、掃除はうまい……」


「気が付いたら仲直りしていて、イラっとした」


「楽しそう!」


 などなど、様々な意見がソフィアの耳に届く。

 子供に悪影響なようで、大人には悩みの種だそうだ。ソフィアが知らないだけで、魔国ではいろいろな苦労があるのだと知った。


「それで、何が原因だ? 触手の長さか、それとも吸盤の数か?」


 テディは責め立てるような口調で、キャロに詰め寄る。

 そんなくだらないことで喧嘩はしないだろう。そんなことを思うソフィアだが、テディの声色は本気だった。

 キャロは「何だっけかな」と口にして思い出したかのように声を上げた。


「タコ焼きとイカ焼きどっちが美味しいかで競い合ってたんだ!」


 すっきりした表情で、ポンと手をたたくキャロ。

 その言葉に、周囲からは深いため息がこぼれる。納得だ、こればかりは文化の違いなど関係なく納得できる。


(とはいえ、私でも迷いますね)


 周囲でため息を吐く者たち。

 そんな中で、ソフィアはイカ焼きとタコ焼き、並んでいればどちらを選ぶのか真剣に悩む。どちらも甲乙つけがたいのだ。

 自称常識人であるソフィアは、周囲が憂鬱そうにしているなか、一人タコ焼きとイカ焼きを思い浮かべている。


「あれ、どうかしたの?」


 ふと、聞き覚えのある声が響く。

 ロレッタだ。おいしそうな匂いに釣られて行ったロレッタが戻ってきたのだろう。ソフィアはその声にふり返る。


「ロレッタさん、それが……えっ?」


 美味しいものを求めてどこかへといったロレッタ。

 その両手に抱えているのは、なんとタコ焼きとイカ焼き。しかも大量に……。


「ソフィアも食べる?」


 ソフィアの視線が手に抱えている料理に向いているのが分かり、ロレッタはタコ焼きとイカ焼きを取り出す。

 焼きたてだ。

 タコ焼きは香ばしいソースの匂いが鼻孔をくすぐり、イカ焼きはその甘しょっぱい醤油の匂いに唾液が分泌される。

 どちらも空腹を訴えさせるものだ。

 ソフィアにタコ焼きを渡すと、周囲の視線を気にしてかロレッタは静かに近くのベンチに腰掛ける。

 そして、焼きたてのイカ焼きを口にした。

 一連のやりとりを呆然と見ていると、不意にキャロが声を上げた。


「そういえば、騒動の中にロレッタがいたような……」


 その一言に怪訝そうにソフィアは視線を向ける。


「なに?」


 幸せそうに黙々と食べるロレッタ。

 ソフィアやキャロたちの視線に気づいたようで、首を傾げる。


「ロレッタさん、何か騒動とかありました?」


「特に」


 首を振るロレッタ。

 よくよく考えれば、ロレッタはキャロと違って汚れていない。関係がないのだろうと思ったソフィアだが、ふと何を思ったのかロレッタは言葉をつづけた。


「そういえば、タコ焼きとイカ焼きで悩んでいたら言い争いが起きたような気がする」


「「「……」」」


 それだ。

 ソフィアたちは確信した。まさか、きっかけを作ったのがロレッタだとはだれが思おうか。いや、ロレッタであれば納得なのだが。

 当の本人はというと、今度はタコ焼きを食べながら「値下げ競争して儲かった」と嬉しそうだ。


「軍人さん、早くこっちに来てくれ。あいつらを止めてくれ!」


 いたたまれない空気の中、不意に声が響く。

 テディは食事仲間であるロレッタに、「なんてことをしてくれたんだ!」と言いたそうだが、助けを求める民間人の姿にそれをぐっとこらえる。

 そして、いつの間にかロレッタの隣でイカ焼きにかぶりついていたキャロの首を掴み現場へと直行する。

 そんな彼らの後ろ姿を見つつ、何を思ったのかソフィアもまた手に持つタコ焼きを一口食べた。


「あっ、美味しい」


 久しぶりに食べたタコ焼きの味は、思いのほか美味しかった。








しばらくは、サブキャラの登場が多くなりそうです。

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