頭の痛い会議
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王城の一室。
そこには、宰相セドリック=ダージリンを始め、財務卿キンバリー=ティンブラ、法務卿ナサニエル=ニルギリ、商務卿ジュリアン=フレーバーティー、工務卿アイザック=セイロンの五人が集まっていた。
「それで、どうするつもりだ?」
苛立ちの籠った声で尋ねるのは、ナサニエル=ニルギリ。
その眼光は鋭く、並みの人間であればすくみ上がってしまうほどだ。だが、この場にその程度で臆する人間はいなかった。
「それをこれから話し合うのだ」
セドリックは、ナサニエルの眼光に全く臆した様子もなく答えた。
「しかし、本当なのでしょうか?
アールグレイ嬢が、魔国へ追放されたと言うのは、とても正気とは思えません」
会議の議題はソフィアの追放と今後の事についてだ。
だが、ソフィアの存在の重要性を知っているキンバリー=ティンブラは信じられない。そう言った様子だ。
「いや、あのぐお……ゴホン、失礼。陛下であればやりかねないな」
キンバリーの言葉に答えたのは、アイザック=セイロン。
彼は、苛立ちとも諦観とも捉えられる複雑な表情をしてため息を吐く。他の者たちも、アイザックの気持ちは理解できるのだろう。一様に似た表情を浮かべる。
「それで、どうしますか?今のところ、商業ギルドも冒険者ギルドも動きはありませんが、間違いなく時間の問題かと」
ソフィアは商業ギルドとも冒険者ギルドとも密接な関係にある。
その彼らが、今回の件を聞いたらどうなるか。国が相手ということで表立った敵対行動はとらないだろう。だが、一番恐ろしいのは彼らが王国を見限って、他国へ向かうことだ。
「だろうな」
ジュリアン=フレーバーティーの言葉に、セドリックは頷く。
何せ、事の発端はアッサム王国の建国パーティーだ。あの場には、貴族だけでなく平民の使用人たちもいた。いくら箝口令を敷いたところで、大して意味をなさないはずだ。
「本人が生きている可能性は?」
現状を考えると、それが一番の解決策だ。
だが、その可能性はかなり低い。発言したキンバリーも、信じていないのだろう。その声は力のないものだ。
「一週間……せめてその日に分かってさえいれば」
アイザックが悔やむような声を上げた。
ソフィアがいなくなって、もう一週間になる。先ほどキンバリーが言ったように、彼らがソフィアの国外追放を知ったのはつい先ほどだ。
その日の内にそれを知っていれば、もしかすれば間に合ったかもしれない。だが、剣も魔法も使えない貴族の令嬢が一週間も外で生きていられるはずがない。
それが分かって、諦観の混じった表情を浮かべる。
と、その時だった。
ドンッ!!
誰かが机を叩いたのだ。
そして、叩いた本人に視線が集中する。
「あいつらは、どこまで腐っている!!そもそも、あんな処罰はまだ私たちの半分しか生きていない娘にはあまりにも酷だろう!!」
怒りのまま声を荒らげたのは、ナサニエル。
他の四人もナサニエルの言いたいことは分かるのだろう。そして、同じ気持ちだからこそ何も言えない。
「……ナサニエル。落ち着け」
「セドリック!」
「この場で怒りをあらわにしても仕方がないだろう」
「っ!」
セドリックも怒りを覚えないわけではない。
その証拠に、今にも血が出てしまうのではないか。そう思えるほど、強くこぶしを握っていた。普段冷静な彼でも、やはり女性にとっては処刑よりもなお辛いはずの処罰には怒りを覚えないはずがないのだ。
「一応こちらでも魔国周辺を捜索している。もしかすれば、人目を盗んで近くの村に避難できたかもしれないからな」
一縷の希望に賭けて今なおセドリックは、自身の配下を使って捜索を続けている。
ただ、その可能性がかなり低いことは容易に想像できる。そのため、他の四人の表情は全くすぐれなかった。
「それで、これからどうするつもりですか?」
ナサニエルが落ち着いたのを見て、キンバリーが話題を振る。
「どうするもこうするも……もうほとんど詰んでいないか?」
キンバリーの言葉に、ため息を吐くとアイザックは答えた。
そして、アイザックの言葉に続くようにしてジュリアンが語る。
「我が国は決して強国ではありません。
そもそも海に面していませんから、塩も六割が他国からの輸入ですし。他にも、魔道具に関しても隣の帝国に大分後れを取っています。
その状況で、こちらに有利な貿易を出来ているのは間違いなくソフィア=アールグレイの交渉によるものでしょう」
「交渉と言うよりも、食事会だな。と言うより、あれ食べたら何でも頷いちまうよ……本人は自覚ないみたいだがな」
交渉と言う言葉に、アイザックは苦笑する。
彼もまた、ソフィアの手料理を食べたのだ。そして、胃袋を掴まれ言質を取られたことがある。
そして、それがもう食べられない。その喪失感に、ここにはいない者たちを恨む。
「……その影響はどれほどだ?」
「もう想定できませんよ。
特に、シアニン自治領。その領主はかなりの美食家で、ソフィア=アールグレイの料理を「天にも昇るような味だ」と涙を流しながら大絶賛していたと報告がありました。
その彼が、ソフィア=アールグレイが殺された。そして、それが冤罪であると知ったら……」
「間違いなく、怒り狂うだろうな。
そして、シアニン自治領は塩の輸入の実に七割を賄っているのだ。アールグレイが領主と懇意にしているからこそ、ほとんど利益ゼロで交易できている。
仮に、その価格を引き上げられる。もしくは交易を中止されたら、考えるだけでもぞっとするな……何せ、うちには海がないから塩は有限だ」
と、ナサニエルは語る。
そして、キンバリーが「それだけではありませんよ」と首を緩く振って話を続けた。
「現在、我が国の収支は赤字です。そして、その原因となる人物が……」
「アイナ=アールグレイ、か」
「はい。彼女は、ことあるごとに王国内で炊き出しを行おうとします。
そして、信じられないことにそれは国の予算から計上されており、アールグレイ嬢……姉の方ですよ。その彼女のおかげで、ここ数年の収支は黒字だったんですけどね」
「なら、どうしてそれを止めない!」
キンバリーの言葉に、ナサニエルは声を荒らげてしまう。
「国王陛下が賛同されているからですよ。それにここにはいない者たちも……おそらく民衆の支持を集めたい。そう思っているからです。
それに加えて、うちは一枚岩ではありませんから。密かに、アールグレイ公爵家を始めとした国王派の貴族たちと繋がっています」
想像以上の腐敗ぶりに、ナサニエルは表情を顰めてしまう。
そして、キンバリーの言葉に付け加えるようにジュリアンが語る。
「国王派には、アールグレイ公爵家を始めとしてウバ侯爵家。それからキームン侯爵家が付いています。他にも、私と同じ伯爵家が多数存在している状況です」
「向こうの方が、無駄に地位の高い奴が多いからな」
ジュリアンの言葉に、アイザックが頷く。
ジュリアンのフレーバーティー家も、アイザックのセイロン家も同じく伯爵家だ。規模としては、侯爵家には劣ってはいないが発言力は劣っている。
それに対して、国王派にはフレーバーティー家やセイロン家よりも強い発言力を持つ家が数多に存在していた。
「つまりは何だ?財政を任されているはずの財務卿が奴らの言いなりになっていると言うことか?」
「ナサニエル!」
流石に言い過ぎだ。
そう思って、アイザックが声を荒らげる。だが、キンバリーも自身の不甲斐なさを理解しているのだろう。
僅かに視線を落としてしまう。
「お恥ずかしながら、その通りです」
「気にするな……とは言わん。だが、宰相である私も不甲斐ない気持ちは一緒だ。それに……ソフィア=アールグレイ嬢がいないとなると、これからは余計に厳しくなるだろう」
これは、厳然とした事実だ。
ただでさえ、ここにいる五人は仕事が忙しい。
ソフィアの抜けた穴は、アールグレイ家やアイナ。それから王太子であるローレンスが埋めていくはずだ。
だが、彼らにソフィア以上の働きが出来るか……不可能だろう。むしろ余計なことを始めて、仕事を増やす光景しか見えてこない。
では、その時尻拭いを誰がするかと言うと……
それを考えて、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。
「ははっ!ここまでくると、笑えて来るな!
国外も、国内も、そして城の中まで問題だらけじゃねぇか!何だ、どこかで安売りでもしているのか?もう、この国は泥船よりも脆いじゃねぇか!」
アイザックは、傑作だと言わんばかりに笑い声を上げる。
「アイザック、お前……」
セドリックが、アイザックに鋭い視線を向ける。
だが、アイザックの言っていることは尤もだ。ナサニエルとキンバリーそれからジュリアンの三人は、その通りだと瞑目してしまう。そして、声を上げたセドリックは言葉に詰まったのだろう。途中で口を閉ざしてしまう。
「それに聞いたか?
手押しポンプを開発したのは、あの女だそうだ。つい先日まで存在すら忘れて、暢気に学園生活を送っていたあいつがだぞ……一番貢献した奴が全く浮かばれねぇな。可笑しすぎて、笑いも出てこねぇ」
つい先日。
国王に手押しポンプの開発に成功したと報告した。だが、その最大の功労者とされたのはアイザックでもなければ、ソフィアでもない……まさかのアイナだ。
ここまでくると、流石に笑いも出てこないのだろう。
先ほどの笑みは鳴りを潜ませ怒りを堪えるあまり、アイザックの手が震えているのが分かる。他の者たちもまた、この件には思う所が多々あるのだろう。
アイザック同様に怒りを覚えているようで、その顔から表情が抜け落ちていた。
「……亡命でもするか?」
アイザックの呟きが、沈黙に包まれた室内に響くのであった。
本編との時系列を考えているので、まだざまあ展開にはなりません。
次回(数話を挟みます)は、まずはエリックかディックあたりの個別ルートで転落にするつもりです。