第1話 プロローグ(1) 【イラスト有】
みたらし団子です、よろしくお願いします!
時間つぶし程度の感覚で、気楽に読んでもらえると嬉しいです。
「履歴書の書き方がなってない!」
そう怒鳴り声を上げたのは、緑の肌が特徴で子供ほどの身長しかない魔物ゴブリン。
魔物の中でも特に低脳で有名なゴブリンが、人語を扱う。それだけでも、十分に驚愕するべきことだろう。
だが、その身にまとうのは魔物の毛皮で作られた腰蓑ではなく、真っ白なコック・コートだ。彼は、手斧ではなく包丁を使う料理人だったのだ。
――どうして、こうなったのでしょう?
生まれて初めて提出した履歴書と言うものにダメだしされた少女ソフィア=アールグレイは椅子に踏ん反り返るゴブリンを見て、現状に疑問を持つ。
そして、ここまでに至る経緯を回想する。
これはまだ数日前の話だ。
アッサム王国の中庭では、建国百年を記念して華やかなパーティーが催されていた。
だが、現在はその和やかなムードは壊されて、険悪といってもよい空気が流れている。その中心にいるのは、ソフィア。そして、彼女を囲うようにして立ち並ぶ男たちだ。
そして、その男性たちを代表するかのように十代半ばの一人の少年が前に出て、少女に声をかける。
「私ローレンス=アッサムは、ソフィア=アールグレイとの婚約を破棄し、そしてその妹であるアイナ=アールグレイとの婚約を正式に発表する!」
ローレンスは、ここアッサム王国の次期国王だ。
幼少のみぎりより、そのあふれんばかりの才覚を示して神童や天才といった評価をその一身に受けていた。
対して、ソフィアはどうだろうか?
学園での成績は中の下。いや、公爵令嬢と言うことで教師たちも遠慮して可能な限り評価を上乗せしているはずで、実際はもっと低いかもしれない。
それに反して、ローレンスは何をするにしても優秀。その一言で集約される。
そして、またローレンスと同様の評価をされる者がソフィアの近くにいた。
「お姉さま、私は悲しいです。きっと、何かの間違いですよね?私を殺そうとしたなんて・・・・・」
そう、ソフィアの腹違いの妹であるアイナ=アールグレイだ。
彼女もまた、幼少のみぎりより神童や天才と呼ばれて両親に可愛がられて育てられてきた。そして、ソフィアは歳が同じということもあり、いつも比べられて育ってきたのだ。
だからこそ、ローレンスが婚約者である自分よりもアイナを大事にしていることに嫉妬を覚えたからの凶行。周囲はそう考えたのだろう。
だが……
「少し待って下さい。貴方たちは一体何の話を……」
彼らがしている話はソフィアにとって身に覚えのない話だった。
だからこそ、本当にわからない。そういった様子で答えるが、周囲からは白を切っている。そう見えてしまったのだろう。
「白々しいぞ!」
「きゃっ!?」
突然、後ろから腕をとられてその場に押し倒されてしまう。
そのことに驚くが、強く拘束されているためだろう。腕の関節に強い痛みを覚えて、顔をしかめる。そして、涙のたまった瞳で自身を拘束している人物に目を向ける。
「……っ?ディック」
ディックとは、ソフィアの護衛を勤めている少年だ。
本来であれば、ディックはソフィアを守るべき立場にある。だが、ディックが現在していることはそれと正反対のことだ。
そして、ディックの冷たい視線がソフィアに注がれており、アイナを見る目が熱を帯びている。……つまり、そういうことなのだろう。
(私って、本当に馬鹿ですね……)
まさか、こんな近くに裏切り者がいるとは。
ソフィアは自分のことを賢いなどと思ったことはない。成績という数字が、その現実を指摘しているの だから、それを否定することはできないだろう。
だが、成績外の部分。それも、人を見る目には多少なりとも自信があった。
その代表的な例がディックだろう。彼は、もともと孤児だった。
誰にも見向きもされない。そして、暗いスラムの中で誰に知られることもなく孤独に死んでいくような子供だ。
それを救い上げたのがソフィアである。
そして、魔法の才能があったディックは公爵家の私兵たちと訓練をし、その頭角を現していった。今では、公爵家の私兵では五本の指に入っている実力者で、将来の有望性は最も高いだろう。
そして、その彼を採用したことからソフィアは自身の目が確かだと自信を持っていた。
だが、その自己評価は改めなければいけないようだ。
「それで、申し開きがあるのなら聞こう」
「ローレンス!?」
どうやらローレンスが、ソフィアの申し開きを聞こうとしたのが意外だったのだろう。
アイナの取り巻きとなっている男の一人が、正気を疑うような声を上げる。だが、ソフィアからすれば、その男の言葉の方が信じられなかった。
彼の名前はエリック=ダージリン。アールグレイ家と双璧をなす公爵家の嫡男だ。
その彼が、一方の申し分だけを聞き入れて盲目的に信じてしまう。それは、嫡男としての資質に問題があると言えよう。
だが、それはローレンスにも言える。
(ローレンス……)
婚約者としてローレンスとはそれなりの付き合いだ。
だからこそ、ソフィアはローレンスが何を言っても決定を変える気はない。ただ、形式的に質問しているだけだと、理解している。
地面に臥せらされる自身の姿は、およそ公爵令嬢に似つかわしくないだろう。
あまりの理不尽に泣きそうになるも、それを押し殺して声を上げる。
「殿下。わ、私はアイナを殺そうとなどしておりません。濡れ衣です!」
「まだ言うか!」
そう言って声を上げたのは、アッサム王国の軍務卿を任されているウバ侯爵家の嫡男のケンドルフ=ウバ。
次期騎士団長と期待されているだけあって、その体つきは非常に逞しかった。強面とは正反対にある端正な顔立ちだが、その迫力は凄まじく荒事とは無縁の生活を送って来たソフィアには刺激が強い。
だが、公爵令嬢としての矜持や培って来た経験がある。恐怖を感じるものの、ソフィアはしっかりとケンドルフに視線を向ける。
「よせ、ケンドルフ。ふむ、あくまで無実を主張するつもりか……だが、残念だな。そこのメイドが白状したよ。貴様に命令されて仕方がなくアイナのコップに毒を混ぜたとな」
そう言って、ローレンスは衛兵に取り押さえられている一人の女性を指す。
だが、ソフィアは知らない。顔を見たことはあるかもしれないが、言葉を交わした記憶が一切ない。
「し、知りません!私は、そんな人知りません!っ!?」
ソフィアはそう反論する。
だが、この場にソフィアの味方はいない。ディックの腕を拘束する力は強まり、エリックの視線はまるでウジ虫を見るよう。ケンドルフは、先ほどよりも強まった猜疑心の籠った視線でソフィアを睨む。
そして、ローレンスはアイナを守るように抱えて、二人そろってソフィアを嫌悪の視線で見下す。
その後は、早かった。
いくら濡れ衣だと主張しようとも、誰も信じてはくれなかった。そして、これ以上の粗相を嫌ったのだろう。
アイナがアールグレイ家の従者にソフィアを連れて行くように命じて、まるで物の様に馬車へと乗せられた。
「旦那様は、もう貴方と会うつもりはないそうですよ。ただ、旦那様の心遣いに感謝してください。本来であれば、この国の未来の王妃に手を掛けようとしただけでも極刑を言い渡されて当然でしょう。ですが、旦那様は国王様に頭を下げて、国外追放するように説得してくださいました」
「……そんな」
この言葉に、ソフィアは絶望する。
凡人だが、ソフィアは未来の王妃になるべく育てられた。だからこそ、王国周辺の地理くらいはしっかりと把握している。
そして、ソフィアたちが向かっているのはクリスタルマウンテンの方角だ。そちらにある国は一つしかない。
――魔族の王国、通称魔国
何て残酷な仕打ちだろうか。
魔族の国には、多くの魔物が存在する。その中には、ゴブリンのような人間の女性に好んで襲い掛かる魔物もいるのだ。そして、襲われた女性の末路は悲惨だ。
ソフィアも魔法は使える。
だが、それもまた凡人と言っても過言ではないレベルだ。だからこそ、仮に複数のゴブリンに襲われでもすれば、ほとんど抵抗もできないまま捕らえられる。
そして、その末は……それを考えると、ソフィアの表情が青くなる。
間違いなく、それを想定したからこそこの処罰を許したのだろう。
そして、アールグレイ公爵。ソフィアの父親だが、彼が頭を下げたのはソフィアの身を案じてではない。妹を殺そうとした姉を処刑したと言うよりも、極刑のところ慈悲を掛けて国外追放にとどめたと思われる方が良いと判断したからだろう。
王家にも面子があるものの、公爵家に貸しを作れる。そして、そもそもその時はアイナがまだ王太子妃ではなかったため、面子を潰されるようなことはなかったのだ。ローレンスを始めとした者たちも、これからのソフィアの末路を考えて溜飲を下げたのだろう。
そして、それを伝えた従者もまたそれを理解している。
だが、彼にとっては既にソフィアは自身の仕えるに足る人物ではない。ただの平民だと考えているのだろう。
だからこそ、同情もしない。まるで、ごみをごみ箱に捨てるような無機質な視線が、ソフィアを射抜く。
「ここで降りて下さい」
馬車で凡そ半日。
遂にソフィアは、魔国との境界であるクリスタルマウンテンの麓へと連れて来られた。ここから先は、王国領ではない。
この周辺には強力な魔物が出るらしく、街もなければ村もない。それどころか、数百年以上も昔に魔族との大きな戦争があったらしく、今なおその戦争の傷跡を色濃く残している。
「い、いや!」
せめてもの抵抗だ。
だが、相手は成人男性。戦闘経験もなければ、そう言った訓練も受けていない少女が逆らえるはずもなく、そのまま馬車の外へと引きずり降ろされる。
そして、背中を強く押されて王国の領土から強引に出されてしまった。
「もう一度、こちら側に侵入した場合不法入国とみなします。その場合、国王陛下並びに公爵閣下からも処刑の許可を得ております。聡明な貴方であれば、この意味はお判りでしょう?」
そう言うと顎をクリスタルマウンテンの方へ向ける。
早く行けと言う意味だろう。おそらく、姿が見えなくなるまで確認するのが彼らの仕事であり、ソフィアがここから離れなければいつまで経っても帰れない。
そのためだろうか、こちらに戻ろうとしているソフィアの態度に苛立った様子だ。
「痛っ!?」
すると、いつまでも離れないソフィアに我慢の限界が来たらしい。
御者をしていた男性が、ソフィアに向かって石を投げる。それが、見事にソフィアの額に命中して、そこから赤い血が流れる。
それで、自身が何をされたのか理解したのだろう。荒事など無縁の生活を送って来たソフィアは御者の男をキッと睨む。
「っ!?」
だが、ソフィアが睨んだところで怖くもなんともない。
男性がもう一度石を拾う所を見たソフィアは、再び石を投げられると身の危険を感じたのだろう。
彼らから離れるように速足でクリスタルマウンテンの方向へと逃げた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
どれくらい移動したのだろうか。
一時間?二時間?あるいはそれ以上かもしれない。ソフィアの服装は、パーティーの時のままのドレス姿で、その上から外套を身に纏っているだけである。
それに、服装を別にしても、そもそも走ると言う経験もほとんどなかった。そのため、足は痛みを覚え、呼吸は荒くなる。
――どこに逃げるつもりなの?安全な場所なんてないのに
そう誰かが言った気がする。
確かに、安全な場所など存在しないだろう。だからと言って、そう簡単に人生を諦められるほど長くは生きていない。
それこそ、まだ十六年しか生きていないのだ。その大半は、王妃教育と言う名の拷問に近い教育。出来が悪いと罵られて、ただひたすら勉強をする毎日だ。
何一つ良い思い出がない。
そんな中で死ねるか。そんな思いがあったのだろう。
クリスタルマウンテンも中腹に移ると、誰かが整備したのだろう。先ほどまでの山道とは比べものにならないほど走りやすい舗装された道へと変わる。その道がどこへつながっているかは分からない。だが、ソフィアはそれに沿ってひたすら走り続けたのだ。
幸いにも魔物と遭遇することはなかった。だが、いつ魔物に見つかるか分からない。そもそも、魔物が居ない安全な場所など存在するのか。
それさえも分からずに、ただ闇雲に移動して来た。
そして、見つけた……
「はぁ、はぁ……ここが、魔国」
既に太陽は傾き、日は沈みかけていた。
だと言うのに、アッサムの王都とは比べ物にならない規模の都市が何かの魔道具によって光り輝いていた。
あまりにも芸術的な光景だ。
その光景に、ソフィアはただ圧倒され呼吸を忘れたかのように見入ってしまう。そして、まるで引きつけられるように、ソフィアはその都市へと歩を進めて行った。