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リオ ー屋上のラストボスー  作者: 三河 悟
闇黒の夏休み編
52/52

蘇る神話

如月も、もう終わり……。

 とある霊峰、深き森の更に奥に鎮座する、苔生した巨岩石。観光客も大勢訪れる“表向き”の大社と違い、誰からも忘れ去られた為か、殆ど自然と一体化しており、僅かに残った注連縄が無ければ、それが御神体だと分からない程に朽ち果てている。


《………………》


 そんな御神体の前に、正体不明の黒幕が見上げ立っていた。彼女の周囲にはカンブリアモンスター染みた気味の悪い生物が飛び交い、白い闇雲を生み出している。


《……時は来たれり》


 そして、黒幕の女は何の遠慮も無く御神体を破壊した。


『今こそ原始へ回帰する時……』


 同時刻、別の霊峰でも女の同位体が、古びた祠を打ち砕く。明らかに何かの封印を解いているように見えるが、そのナニカの正体までは分からない。


《『逢魔が黄昏る時間だ』》


 だが、全てが分かる前に、手遅れが始まってしまった。


 ◆◆◆◆◆◆


 ここは閻魔県(えんまけん)要衣市(かなめいし)古角町(こかくちょう)、峠高校の屋上ラボ。


「このノートに名前を書かれた者は死ぬ。僕はこのノートを使って、新世界の神となる!」

「なぁに言ってんだおめぇ?」『オビバ~♪』


 使い古したジャプニカ復讐帳を掲げる香理(かり) 里桜(りお)に、天道(てんどう) 説子(せつこ)がビバルディを撫で回しながら突っ込んだ。今日も屋上ラボは平和である。


「大体どうやって殺すんだよ」

「衛星軌道上からレーザーで狙撃する」

「バリバリに物理じゃねぇか」


 レベルを上げて物理で殴る。RPGの基本だね。


「いや~、夏休みってのは暇だね。どいつもこいつも実家や旅行先で好き勝手しばかりで、学校(えさば)に出て来ないんだからよぉ~」

「学校を餌場って……」


 何も間違えていないのが怖い。昨今の夏休みはビックリする程長いので、例え夏期講習の類が在ろうと常に人が居る訳ではない為、里桜にとっては闇黒期でしかないのだ。


「これじゃあ、蠅声為邪神(サバエナス)をわざわざ逃がしてやった意味がねぇ……」

「お前、アレわざとだったのかよ」

「当然だろ? アイスが下手をこかないかと思ったが、当てが外れたな」

「………………」


 暇を持て余したクソガキ程、厄介な物も無かろう。


「まったく、お前は社会に混乱しか齎さないな」

「貢献したら負けだと思っている」

「ほざくな。もう少しアイスを見習えよ。大分頑張ってるぞ? ほれ」

「あ~ん?」


 説子のバーチャフォンに記事が浮かび、里桜がそれを流し見る。そこには“デルタ・コーポレーション社長・射川(いりかわ) アイス氏、東京都及び神無川県各所の復興に尽力”と書かれていた。


「ただ、結構問題も起こっているみたいですよ?」


 と、里桜でも説子でもない声が聞こえる。


「富雄か」

「自分も居ますよ~」


 声の主は茨木(いばらぎ) 富雄(とみお)で、傍らでは令和(れいわ) 鳴女(なりめ)が元気に手を振っていた。今日も今日とて暇人のようである。


「何かあったってんだよ?」

「最近、東京都内で通り魔が多発しているらしいですよ。それも犯人は謎のまま。唯一分かっているのは、“相手を焼き切れる武器”を持っているだろうという事だけ。それがレーザー中の類なのかどうかすら不明なようです。目撃者が誰一人生き残っていないんですと」

「しかも、関西やくざの動きが活発化してるってんで、もしかしたら奴らの仕業なんて話もありますが、噂の域を出てないみたいっスね~」

「ふ~ん」


 聞いておきながら、里桜はまるで興味が無い様子。何なんだこいつは。


『都会は大変ですね』

『他人事過ぎるだろ』

『実際他人事やしな』


 すると、今度は屋上の森からお白様、竜宮童子、祢々子河童が揃ってやって来た。


『平和なんて歴史の黄昏みたいな物ぽ~』

『気にするだけ無駄無駄~』


 さらに、八尺様と呵責童子も現れる。何時も二人だね君ら。


「何だお前ら、揃いも揃って暇人か」

「「『『『『『お前が言うな』』』』』」」

「ですよね~」


 しかし、ここまで人数が集まるのも久し振りだ。何だかんだで全員が夏休みを満喫しているので、ここまで頭数が揃うのは珍しい。


『おんや~? 悦子ちゃんはおらんの~?』


 とは言え、全員集合している訳では無いようで、志賀内(しがない) 悦子(えつこ)が置かれていない。何処に行ったのだろう?


新人たち(・・・・)と旅行に出掛けてるよ。もう直ぐ二学期だし、その前に仲を深めておきたいんだってさ」


 と、里桜がつらつらと答えた。ここで言う新人とは、梅雨時(つゆじ) (あおい)(の肉体に移植された日柳(くさなぎ) (しずく))と祇園(ぎおん)姉妹(百佳(ももか)&麗佳(れいか))の三人の事だ。彼女らは里桜に依頼を出して生き残れた数少ない稀有な人材であり、スペシャルな改造も施している為、スリーマンセルを組んでいれば、何処に行っても一先ず問題は無かろう。


『行先は~?』


 それはそれとして、悦子と三人組は何処へ出掛けたのか。


「天下の台所さ」


 その答えは、里桜だけが知っている。


 ◆◆◆◆◆◆


 海馬県(かいばけん)金丹市(かなみし)の端、「金丹(かなみ)国際空港」。規模こそ「関西国際空港」の方が大きいものの、立地の関係上、京阪神都市圏を中心とした国内旅行を楽しむなら金丹国際空港(こちら)の方が向いている。


『ここが大阪ですか~』

「久し振りに来ました」

「「すっごい喧しい」」


 そんな金丹国際空港のターミナルに、悪目立ちする三人と一輪の花が立つ。言うまでもなく、悦子、葵、百佳、麗佳である。悦子は周りに見られぬようミルクと同じ構造の鳥籠の中に居て、葵は雫の趣味であるフリフリのメイド服を、祇園姉妹はシスター風の恰好をしている。


「それにしても、珍道中にも程がありますね」

『気にしたら負けですよ~』


 まぁ、「M(ミステリー)S(サークル)J(ジャパン)」から程近い距離にあるので、特に問題無いだろう。夢の国にしろ何にしろ、テーマパーク帰りの旅行者の恰好とテンションも大概だし。


「それで、予定は決まっているのですか?」

「先ずはマイクロバスでMSJの前まで行って、予約してあるホテルにチェックインします。入場までに少し時間があるので、近くの海上水族館に行こうかと思っています。食堂もあるから、まったり過ごせますしね」


 葵の質問に、悦子が答える。まるでデートコースだ。


「いやぁ、MSJって初めてなんですよね」

「楽しみね、姉さん」

「水族館の方も、ちょっと楽しみ」

「そうね。今まで、そんな余裕も機会も無かったし。……あっ、バス来たわよ」


 そして、百佳と麗佳がじゃれ合っている内に、MSJ行きのマイクロバスが来た。


「「狭い」」

『そういう事言わない』

「まぁ、人気スポットへ向かう便ですからね。混んで当たり前ですよ」


 しかも、そのバスは狭かった。物理的に、肩身が。二十九人乗りに四十人近くも詰め込まれていたら、そりゃあそうなる。世間的に未だ休みとは言え、こんなに人が乗り込むとは思いなんだが、流石は大阪でも有数の観光スポットと言った所か。


「(嗚呼、麗佳ちゃんの息遣いが聞こえる)」「(姉さんの鼓動が伝わってくる)」「(あぁ~ん、葵ちゃんが不快感を顕わにしていてて、それなのに何も出来ない悔しさともどかしさが……滅茶苦茶濡れちゃうぅっ!)」

『(……今回の新人は色物が粒揃いだなぁ)』


 その密着具合で内心喜んでいる輩が大半なのは内緒。終わってるぜこいつら!


『ん?』

「どうかしましたか?」

『あれは……せつなちゃんじゃないですか!』


 さらに、肩身が狭いと世間も狭いらしい。数個先の席に、金髪碧眼の可愛らしい美少年に抱かかえられた、「雪岡研究所の生首鉢植え」こと「せつな」も居た。その上、抱っこしている美少年は雫野(しずくの) (るい)。大方、何かの拍子に旅行チケットが当たって相沢(あいざわ) (しん)を誘ったは良いが、「純子とかみどりが居るならまだしも、お前と二人きりは無理」と普通に気持ち悪がられて、替え玉としてせつなが宛がわれたのであろう。


「折角真とMSJデートが出来ると思ったのに」

「せつながいるよ!」

「居るだけでしょう」

「なら問題ないね!」

「ポジティブですね、あなた……」


 そして、悦子の適当な予想は、実際にその通りだったりする。それで良いのか雫野流の開祖。


「というか、外に……それもこんなに沢山人が居る所に出て、大丈夫なの?」

「この「有象無象くん十三世」で認識をシャットアウトするから大丈夫です」

「何その胡乱なアイテム……」


 せつなの心配に、累がバイザー染みたサングラスを取り出して応える。これは霧崎(きりさき) (けん)雪岡(ゆきおか) 純子(じゅんこ)が遊び心で開発した代物で、“掛けた人間の存在感を自他共に希薄にする”機能があり、簡単に言えば、このサングラスを掛けると誰からも影の薄いモブとして扱われ、掛けている方も他者がどてかぼちゃやおたんこなすぐらいにしか思えなくなるのだ。スパイからしたら垂涎物である。


『……似合ってるような、似合ってないような』

「未来少年って感じですね」

「「スパイとかやってそ~」」


 むろん、効くのは一般人くらいであり、ある程度の認識力を持つ者や、既に存在に気付いている者には、まるで効果が無いのだけれど。特に両方の条件を満たしている悦子たちにはバッチリ見付かっている。何より、掛けた側にも効果があるせいで、意識しないと当人も周囲の人間を区別出来ないという、かなり問題のある弱点があったりする。唯の欠陥品とか言わないで。

 まぁ、これが無いと、万年引き籠りで重度のコミュ障である累が出歩く事など不可能だろうが。何だかなぁ……。


「「「『こんにちは!』」」」

「ドワォッ!?」「あ、悦子ちゃん、こんにちは~♪ すっごい偶然だね!」


 という事で、悦子一行は累が入園したタイミングで声を掛けた。サングラスのせいで強制的にドッキリになってしまっている。


「……えっと、初めまして、ですよね?」

『そうですね。里桜の屋上ラボから来ました、志賀内(しがない) 悦子(えつこ)です』

「その付き添いの梅雨時(つゆじ) (あおい)です。今はしがないメイドをやっています」

祇園(ぎおん) 百佳(ももか)です。新生スペル聖教の教祖をやってます」

祇園(ぎおん) 麗佳(れいか)です。姉の手伝いとして大幹部をやってます」

「……色物が粒揃いしてますね。流石は純子の悪友が集めた者と言っておきましょうか」


 人の事を言えた義理か?


「……先ず(あなた)ですが、魂が二つありますね。しかも、肉体の本来の持ち主に主導権が無い、歪な状態です。次にそちらの姉妹ですけど、純粋な人間でありませんね。後天的に半妖化しています。大方、里桜の改造人間(マウス)と言った所でしょうか」

「「「おお~」」」


 サングラスを外した累の的確な分析に、葵と祇園姉妹が思わず拍手する。日本屈指の霊媒師の開祖は伊達じゃないらしい。終わったらさっとサングラスを掛け直す辺り、威厳なんてあって無いような物だけれども。


『ここで会ったのも何かの縁ですし、折角だから皆で回りましょうよ~』


 と、悦子から素敵な提案が為された。


「嫌です」


 コミュ障には劇物なアイデアだ。袖触れ合うのも過呼吸になるような奴に、そんな事を言ってはいけない。


「え~っ、そんな事言わないでよ、累くん! それにここで色々と慣れておく方が、真くんと出掛け易くなるよ?」

「うっ……突然刺して来ますね、あなた」

「私としても、累くんはもっとお日様の光を浴びて欲しいんだよ! 肌が白過ぎて、ちょっと死人みたいだしね!」

「毒まで盛らないで下さい」


 幼女の棘毒は痛かった。


「……分かりましたよ、団体行動をすれば良いんでしょ、まったく」

「決まりだね!」


 そう言う事になった。


「……まぁ、どの道ここで僕一人というのは無理があったかもしれませんね」


 ふと、累が周囲を見渡しながら呟く。

 様々な映画やアニメの世界を、アトラクションとして切り取った、大阪最大級のテーマパーク。当然そこには無目見る子供や夢に逃げたい大人で溢れ返っており、サングラスの効果で認識を書き換えてさえ、人々の往来の激しさは見て取れた。というか、変にカボチャやナスなどの野菜に変換されているせいで、お盆みたいな絵面である。

 こんな大魔境を掻き分けて、実質一人で楽しむなど、累には不可能だ。最初から負け戦だったと言えよう。来る前に気付け定期。


「……それはそれとして、何処から行くのですか?」

『「F(フライング)S(スカイ)W(ウォーカー)」とかどうです?』

「いきなりハードルが高い……」


 悦子が提案したのは、「F(フライング)S(スカイ)W(ウォーカー)」という絶叫マシン。土台となる車両からニョキッと生えたアームだけで身体が固定され、実質宙吊りの状態で空中を振り回される、安全性の欠片も無いアトラクションである。テーマとしては“超能力で空を翔るように飛ぶ”という某アニメ風な物だが、正直かなり上級者向けだ。少なくとも手放しヤッホイが出来ない奴はショック死する可能性も僅かにある為、お勧め出来ない。そんな危険物を設置するな。


「……というか、あなたはどうやって乗るんです?」

『誰かの胸に根を張って寄生する』

「エイリアンの所業ですよ、それは……」


 何で一時の楽しみの為に、生物学的に胸を貸さなければならないのか。


「では、私の胸を貸しましょう」『流石はカルトの教祖ですね!』


 すると、百佳が聖母マリア気取りで諸手を広げた。


「……その心は?」

「新生スペル聖教は心が広いのですよ」

「みどりよりヤバい奴がこの世に存在するとは……」


 東京の何処かで雫野(しずくの) みどりがクシャミをした気がする。


「姉さんが貸すなら、私も貸すわよ」「わ~、柔らか~い♪」


 ついでに麗佳も胸を広げ、せつなを括り付けた。


「白昼堂々と咲く百合の花……嫌いじゃないです」


 衆道者(るい)が何か言ってます。


「じゃあ、私は自分の胸でも揉んでますね」「(や、やめて、雫~!)」

「……因果な人たち(・・・)ですね」


 一人でエクスタシーしている葵に、累が冷たい視線を送った。だから人の事言えないだろって。

 だが、どんなに奇妙奇天烈因果応報な連中でも、アトラクションたちは拒まない。来る者を楽しませ、去る者を静かに見送り、次の者を迎え入れる。まさにプロの仕事人である。機械(マシン)だけど。


「……こ、これは!」

『飛んじゃいますね~!』

「わ~!」

「「テイク・ミー・ハイヤー!」」

「上がるぅぅぅうううっ!」


 という事で乗ってみた一行だったが、普段から非日常に染まっている彼らからしても、中々に楽しめるアトラクションであった。自力ではなく、完全に機械任せなのが、功を奏したと言えよう。こんなアーム一つで命の手綱を握られているのは、一般人だろうと超越者だろうと普通に怖い。途中でもげたり外れたりしたらどうするんだ、このマシン。


『今度はアレに行ってみましょう!』

「「コングレーション」ですか。……刺激は少なそうですが、雰囲気は楽しめそうですね」


 お次に向かうは「コングレーション」というアトラクション。ジャングル染みたフィールド内を縦横無尽に流れる人工河川を、浮き輪みたいな頼り無いボートで駆け巡る代物だ。


『ウホホホッ!』『シャガァッ!』

「……思ったよりアグレッシブ!」


 “ゴリラと鰐が喧嘩し合う密林地帯”というコンセプトに沿って、それっぽい連中が奇襲を掛けて来たり、共闘してみたりする、意外とアクションが多い場所でもある。


「濡れちゃったね!」

「そりゃあ、あれだけ激しくうねっていればね」


 しかも、気合でどうにかしろとばかりの乱暴な運航のせいで、結構な割合でずぶ濡れになる。もちろん、本当に転落しても救命ジャケット任せで中々助けは来ない。安全性とは。


「今度はアレに行ってみたいな!」

「……VR式ですか。おススメ11くらいのクォリティは欲しい所ですね」


 せつなが希望するのは、ヘッドギアを用いたVR形式のアトラクション。宇宙戦争をモチーフにしており、文字通り上下左右が滅茶苦茶になるような、激しくも美しい映像世界の中をパイロットとして飛び回れる、人気のスポットである。


「……おえぇええっ!」

『だ、大丈夫ですか?』

「映像に酔いしれました……」

『楽しそうで何より』


 むろん、物理的なマシンとは比にならないレベルで脳の演算処理へ直接(ダイレクト)攻撃(アタック)を仕掛けてくる為、映像酔いするような人はお勧めしない。何なら健常者でも結構危なかったりする。気軽に楽しませろよ。

 そんなこんなで、入園から既に数時間が経過しようとしていた。サングラスのおかげか、累も普通に楽しめている。


「……休憩も兼ねて何処かで食事を摂りましょうか」

「「「『「賛成~♪」』」」」


 食事処を探す一行。こういうテーマパークは全てが夢色料金なので、油断するとあっという間に素寒貧になってしまう。遊びに来ていると言えばそれまでだけれど、少しくらいは慎重に。


「……「ドッキリステーキ」ですか。偶には肉々しい料理も良いかもしれませんね」


 おい、そこ財布にドッキリを仕掛けるステーキ屋さん。

 まぁ、元よりお金に困っていないような連中だし、何より夏休みの最中なので、あんまりケチるのも野暮かもしれない。とりあえず、食べ過ぎで腹を下さないように。


「わぁ、「ドラゴンステーキ」だって!」

『「ベヒモスステーキ」なんてのもありますよ!』


 ファンタジーっぽいメニューを見てテンションを上げる生首組。これで鉢植えでなければ、どれ程微笑ましいか……。


「はぁ……はぁ……!」

「……おや?」


 と、食事を楽しむ累たちの視界に、このMSJに相応しくない恰好の輩が映る。筋肉質の褐色肌にドレッドヘアーという、典型的にも程がある麻薬カルテルなジャ○イカ野郎がそこに居た。


『こんな所にマフィアとは珍しいですね。荒らしでしょうか?』

「……そんな中○人旅行者みたいな言い方しなくても」


 国際問題って知ってます?


「……まぁ、大方大阪の暗黒街(裏通り)から来たんでしょうが、ここに居る理由が分かりませんね」

「そもそも、どうやって入ったんだろうね?」


 幾ら筋者が相手とは言え、流石に入り口で止められる筈。


「うわぁあああああああっ!」

「きゃあ!?」「何や何や!?」「あいつ、銃ぶっ放しやがった!」


 しかし、ジャマ○カ野郎はこちらの都合など知った事じゃないとばかりに、手にしたマシンガンを乱射し始めた。幸い狙いが正確ではない為か、物は壊れても一般人に被害は無いものの、放っておいて良い物ではないだろう。


「……やれやれ。馬鹿はどうしてこう騒ぎたがるんですかね」

「累くん、行くの?」

「まぁ、これじゃあ休日を楽しめませんしね」


 すると、面子の中では一番事勿れ主義な筈の累が動いた。


「……それにあの男、何か違和感があります」


 もちろん、正義感で動いた訳では無い。ジャマイ○野郎の様子があまりにおかしいからだ。


『具体的に言うと、どの辺がです?』

「十中八九誰かに追われているんでしょうが、その割に誰かを(・・・・・・・)盾にする(・・・・)様子が無い(・・・・・)。人質を取る余裕がないのか……あるいは、取っても(・・・・)意味が無い(・・・・・)相手なのか(・・・・・)


 と、その時。


『アヴォオオオオン!』


 マシンガンで蜂の巣状に穴だらけになった壁を突き破って、巨大な怪物が店内に侵入して来た。銀色の甲殻に覆われた、狼染みたシルエットの蟲型妖怪――――――、


「あれは……」

『「大神(おおかみ)」ですね。でも、何でこんな所に?』


 それは山林の支配者にして無双の狩人、「大神」であった。



◆『分類及び種族名称:牙狼超獣=大神』

◆『弱点:角』



『アヴォォオオオォォッ!』

「ひっ、やめ……ぺっし!」


 むろん、そんな怪物に狙われて武装した人間如きが敵う筈も無く、ジ○マイカ野郎は大神のお手一発でママの待つ地獄へ送られた。


「……これは四の五の言ってられないですね。【人食い蛍】」


 いよいよ以てアカンと判断した累が、【人食い蛍】で先制攻撃を仕掛ける。


『――――――アヴォオン、ヴァォオン! ……グルヴォァアアアアアッ!』

「【人食い蛍】を従えた!?」


 だが、大神は避ける処か、遠吠えで【人食い蛍】を従え、力に変えて大口(オオグチ)真神(マガミ)へと覚醒した。【人食い蛍】は「カワボタル」を参考にした術式なので、本能レベルで刷り込まれた習性に従ってしまったのであろう。


「これはちょっと不味いですね」


 こうなると、累はかなり不利である。彼の能力は基本的に実体を持たない悪霊の類に特化している為、物理的なダメージを与え易い【人食い蛍】が封じられてしまうと、攻め手が殆ど肉弾戦に頼らざるを得なくなってしまう。


「すいませんが、あなたたちも手伝ってくれますか?」

「もちろんだよ!」

『問題ありません』

「ええ、構いませんよ」

「是非もありません」「姉さんがそう言うなら」


 ならば、手数で押し切り、直接魂を殺すまでだ。累の扱う“浄化の炎”は零体へ甚大なダメージを与えて今日制定に成仏させてしまう恐ろしい代物だが、肉体という殻に守れていると効果が薄い。特に生命力に満ち溢れている地方型妖怪は動かなくなるまで叩きのめして、止めとして魂を殺すのが最も確実な方法である。


「……葵は、せつなと悦子と一緒に避難を優先して下さい。おそらくですが、あなたは戦闘向きの能力は持っていないのでしょう?」

「そうですね。ここはお言葉に甘えましょう」

「せつな頑張るよ!」『蔦を振るいますね~』


 累の指示で葵たちが大混乱中の民間人を縛り上げ、物理的かつ力業で避難させていく。こういう時の生首組は頼りになる。


『ヴォァアアアアアッ!』

「……来ますよ!」

「「了解!」」


 すると、まさにそのタイミングで大口真神が襲い掛かって来た。累は最小限の動きで、祇園姉妹はアクロバティックな挙動で躱す。


「どういう事情かは知りませんが、先に牙を向けたのはそちらです」

「「変身☆!』』


 さらに、累は悍ましい妖刀を召喚し、百佳と麗佳は白いゴキブリ染みた魔人へと変身して、お互いに完全な戦闘態勢に入った。


『ヴァォオオオオオオオオン』


 と、今度は大口真神が遠吠えしながら稲妻を迸らせる。一発一発が本物の落雷レベルの威力を持つ電撃が、雨のように降り注ぐ。


「フンッ!」


 対する累は妖刀に浄化の炎を纏い、稲妻を逸らせた。実体が無ければ物理現象にも干渉出来る浄化の炎を利用した、即席のバリアみたいな物だ。


『『シャアアアアッ!』』


 一方の祇園姉妹は、単純なフィジカルで万雷の最中を駆け抜ける。元となった蠅声為邪神自体が馬鹿気た装甲圧と電磁波を操る能力を持っているので、落雷程度など何の障害にもならなかった。彼女らの宇宙一硬い鉤爪が、大口真神を襲う。


『ヴァオオオオオオッ!』

『くっ!』『やるわね!』


 しかし、相手は腐っても地方型妖怪。ちょっと傷付けられた程度では怯みもしなかった。


『ヴァォオン! バヴォオン! ブルァヴォオオッ!』


 紫電を纏ったお手を連続で繰り出し、口から熱線を吐いて暴れ回る。壊された傍から高熱に晒されガラス化した破片がキラキラと舞い、一種のアトラクションのようにも見えた。


『生きている事を悔い改めなさい!』『呼吸をした罪で死ね!』

「……酷い言い様」

『ギャィイイン!?』


 だが、累たちを相手に数の不利を覆すのは難しく、少しずつ削られていき、最後は角を叩き折られて元の大神に戻ってしまった。


『ギャヴォオオオオオッ!』

「……その意気や良し。沈めてあげましょう」

『グヴォォ……』


 そして、死を悟った大神は最期の足掻きを見せるも、累に胸部を擦り抜け様に一文字に斬られ、遂に力尽きた。武士の情けか、魂は苦痛なく送ってやった。


「……ふぅ、助かりましたよ。流石に一人では持て余していました」

『負ける気は更々無いんですね」『格の違いって奴ね、分かります」


 やっぱり開祖様は伊達じゃなかった。


「それにしても、何故地方型妖怪の大神が、こんな大衆の面前に?」


 横たわる大神の死体を見遣りつつ、累が首を傾げる。


「確かにそうですね。こんなの、それこそ富士の山麓でも無ければ居なさそうなんですが」

「関西のど真ん中だもんね、ここ」


 変身を解いた百佳と麗佳も頭に「?」を浮かべた。さっきのジャマ○カ野郎の存在も気に掛る。


「まぁ、済んだ事を気にしても仕方ありません。早くせつなたちと合流しましょう」


 ともかく、これにて事態は収まった――――――なぁんて言うと思うかぁ?


「うわぁ!」「助けてぇ!」「堪忍してやぁ!」

『ギャギィイッ!』『ゴァアアッ!』『ギリリリッ!』

「「「えぇ……」」」


 ふと、外が殊更に騒がしいと思って大通りに出てみれば、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。民間人はもちろんの事、都市型妖怪と地方型妖怪が入り混じった百鬼夜行が巻き起こっていたのである。


「これは一体どういう事なんでしょうか?」

「私にも分からないわ、姉さん」


 祇園姉妹も呆けるばかり。


「……何か変ですね」


 しかし、修羅場に慣れている累は何処までも冷静だった。現状を俯瞰して、何か思う所があるようだ。


「むしろ、変じゃない所があります?」

「大ありですよ。食物連鎖で言えば、人間<都市型<地方型の順番で食う食われるの関係です。それらがこれ程の大規模で、一堂に介している時点でおかしい。……それに、妖怪たちも襲い掛かるというより、逃げ惑っているように見えます」

「逃げるって……何から?」

「それは――――――」


 と、累が言い淀んだ、その時。



 ――――――ゥヴゥヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ!



 災害警報のようなけたたましい音が鳴り響き、遥か出雲の山脈を八つ裂きにして、呆れかえる程に巨大な怪物が姿を現した。


『ギィガァァヴヴヴォアアアアッ!』


 八つの谷と八つの丘をすっかりと覆ってしまう程の、山その物としか思えない胴体から、蛇や龍を思わせる八つの長い首が伸びる、伝説の魔獣。遠目から見てもハッキリ分かってしまうその威容は、まさしく……。


「……「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」?」



◆『分類及び種族名称:宇宙大蛇龍=八岐大蛇(ヤマタノオロチ)

◆『弱点:胴体』



「なるほど、妖怪たちはアレから逃げ惑っていたのですか」

「あっ、こっちで別のニュースも流れていますよ!」


 さらに、百佳のバーチャフォンに別の脅威が映し出される。


《ヴィシャアアアアアアアアンッ!》


 それは巨大な人骨に無数の蜘蛛型妖怪が纏わり付き、一つの大魔神となった大妖怪。双つの髑髏と四本の腕を持つ、鎧武者を連想させる姿。まさに神話上の怪物としか言い様が無かった。


「「両面宿儺(リョウメンスクナ)」、ですね……」



◆『分類及び種族名称:怨霊鬼神=両面宿儺(リョウメンスクナ)

◆『弱点:不明』



「こっちに向かって動いているらしいですよ。八岐大蛇の方もね」


 そして、どちらも大阪……正しくは関西と関西を分かつフォッサマグナを目指して進撃しているという。知らぬ間に、日本で妖怪大戦争が始まってしまった。


「……そう言えば、せつなたちは何処に?」


 ◆◆◆◆◆◆


 日本全土が恐怖と混乱の最中となる中で。


『さぁ、始めようか』

『『………………』』


 二つの鉢植え生首が、悪の手中に堕ち――――――“覚醒”した。

◆八岐大蛇


 日本書紀などの古書に登場する、神話上の怪物。古事記では「八俣遠呂智」とも記されている。八つの頭と八つの尻尾を持ち、八つの谷と八つの丘を覆い隠す程の巨体を持つ蛇神であり、高志国(現在の新潟県と山形県の一部に跨る広大な地域)に毎年現れては生娘を生贄として要求し、守らなければ洪水と火砕流で周囲に甚大な被害を齎していたが、高天ヶ原を追われた須佐之男命の奇策(女装して「八塩折の酒」という殺神級に強い酒を飲ませ、酔い潰れた所を滅多切りにするという割と外道なやり方)によって討伐された。その際、尻尾の一つから出て来たのが、三種の神器の一つ「草薙剣」である。

 その正体は複数の個体が一体化した巨大な蛇……ではなく、百足の妖怪。大百足の原点回帰種でもあり、致死なる毒と蒼炎の洪水を操る太古の邪神。高天ヶ原の神々(「第二神類」の極東侵略軍)と死闘を演じ滅ぼされたが、その命脈を根絶されるには至らなかった。「蠅声為邪神」とは同期だが、別系統の宇宙生物でもある。

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