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リオ ー屋上のラストボスー  作者: 三河 悟
闇黒の夏休み編
49/49

狂った時の神頼み

明けましてオメデト~

 町外れの、とある教会にて。


「失礼致します」


 一人の少女が、細やかな装飾が施された扉をノックした。彼女は峠高校に通う女生徒であり、三つ編みのお下げに丸眼鏡という、非常に分かりやすい優等生の容姿をしている。他にこれといった特徴はないが、何故か目だけが赤い。

 そんな一見普通に見える少女であるが、最近とある宗教に嵌まっていた。

 「スペル聖教」―――――― 町外れの、とある教会にて。


「失礼致します」


 一人の少女が、細やかな装飾が施された扉をノックした。彼女は峠高校に通う女生徒であり、三つ編みのお下げに丸眼鏡という、非常に分かり易い優等生の容姿をしている。他にこれといった特徴はないが、何故か目だけが赤い。

 そんな一見普通に見える彼女だが、最近とある宗教に嵌まっていた。

 「スペル聖教」――――――最近立ち上がったばかりの新興宗教で、主に十代の若者に人気で、じわじわと信者を増やしている。規模の大きかった「雨流峨」が自滅に近い形で消えてしまった事も大きい。

 そんなスペル聖教の教会が、ここなのだ。元々はとある資産家の御令嬢が住む屋敷だったのだが、内輪揉めの末に関係者全員が行方不明になってしまったので、売り払われた末に格安で買い取られ、増改築を繰り返して、今に至る。


『……、…………』


 すると、中から誰かが答えた。聞いた事も無い言葉だが、荘厳な声色から察するに、声の主がスペル聖教の教祖なのだろう。


「“我々は大勢であるが故に、償いの血を捧げます”」


 少女はその言葉に答え、懐に隠し持っていたナイフで自らの掌を切り、祈りと共に生き血を捧げた。石段が血の赤に染まる。


『……、……、………』


 その瞬間、扉が独りでに開き、少女を歓迎した。


「感謝します、教祖様……」


 そこに待ち受ける者とは――――――。


 ◆◆◆◆◆◆


 閻魔県(えんまけん)要衣市(かなめいし)古角町(こかくちょう)(とうげ)高校の屋上ラボ。


「フ~ム……」


 香理(かり) 里桜(りお)が、バーチャフォンで何らかの資料を流し見しつつ、困ったように唸った。


「どうしたよ? お前が悩むなんて珍しい……」『オビバ~♪』


 そんな里桜に、天道(てんどう) 説子(せつこ)がビバルディを撫でくり回しながら尋ねる。モフモフでモチモチ、ビヨンビヨ~ンと伸びる、その独特な触り心地は、何時まで経っても飽きる事は無い。


「いやな、「Avatar(アバター)」シリーズの次世代を考えてるんだけど、コンセプトに悩んでてな」


 「Avatar(アバター)」とは、里桜の開発したバトルクリーチャーの一種である。今まで対峙した妖怪たちをスケールダウンして量産を可能にした生物兵器であり、戦場に繰り出されるが装備さえ充分なら歩兵でも対処可能だった従来のバトルクリーチャーの常識を覆した、新たな切り札(ジョーカー)だ。現在の紛争における勝敗は、こいつらを購入出来るどうかで決まると言っても、過言ではない。

 その「Avatar」シリーズに、新たな世代を加えようというのである。これ以上戦場を掻き乱してどうするつもりなのだろう。死の商人、ここに極まれり。


「お前、デルタ・コーポレーションの会長なんだから、普通に今の社長に相談しろよ」


 説子が興味無さそうに言った。実際、彼女にとって、世界の何処かで赤の他人同士が正義を振り翳し、互いに血を血で洗い合っていようが、何とも思わない。世の中の大多数の人間がそうであろうが……。

 ちなみに、デルタ・コーポレーションの現社長である射川(いりかわ) アイスは、里桜をライバル視しているものの、里桜からは便利な道具ぐらいにしか思われていない、一方的かつ歪な関係だったりする。


「え~、あいつのアイデア聞くぐらいなら、富雄(とみお)の意見に耳を傾けるわ」

「微妙に否定し切れないのが嫌だな……」


 ほらね。


「とりあえず、既に妖怪は材料にしてるし、今度は“人間を材料にする”か“人間に移植する”か、どっちが良いと思う?」

「サラッとえげつない事言ってるな、お前」

「安価な「Avatar」に対して、次のはちょっとお高く性能も良くする事で差別化したいんだよね。私や純子の実験台になる事を代価にしても良い」

「それ、素直に殺された方がマシじゃね?」


 進むも地獄、戻るも地獄、その場に留まり続ける事も出来ない。赤の女王(しんか)と同じだな。


依頼(メール)が~、来てるヨ~ン♪》

「おっと、未来(さき)のカモより現在(いま)のモルモットだな」

「せめて山羊って言え」


 さて、閑話休題。今回の依頼は、何処の誰から、どんなお悩みが寄せられるのやら……。


「え~っと、何々――――――“初めまして、祇園(ぎおん) 百佳(ももか)と申します。実は最近、妹の麗佳(れいか)がスペル聖教という新興宗教に嵌まってしまい、困っています”ねぇ。おい、悦子。お前と似たような境遇の奴が来たぞ」

《いや、そう言われましても……》


 里桜が話を振ると、眼鏡っ子の生首鉢植え志賀内(しがない) 悦子(えつこ)が、困惑した表情を浮かべた。確かに彼女は、過去に引きニートの兄が「森の賢者の会」という怪しい宗教に嵌まってしまい里桜に相談した結果、今の有様になったのだけれど、穀潰しが円満に消えた上に比較的安全で怠惰な生活を手に入れられたのだから、別に悩んでなどいなかった。ましてや、悲しみなど一欠けらも無い。


《そもそも、その百佳って子、どんな人なんですか?》

「三年三組の上級生で、災禍町の一画を丸ごと所有する大地主である祇園家の一人娘(・・・)だ」

《一人娘? 妹が居るんじゃ?》

「今はな。一年前、園崎医院の医院長、園崎(そのざき) 紫苑(しおん)と再婚したのさ」

《バツイチですか》

「ちなみに、麗佳は紫苑が前に分かれた男の連れ子だったから、紫苑自体もバツイチだな。ついでに、実子も居るには居るんだが、そいつは卯月(うづき) 真理沙(まりさ)だったりするのさ」

《何その複雑怪奇な家庭環境……》


 説子の解説に、悦子が絶句する。依頼者の妹が実は義妹で再婚した母親とも血が繋がっていない、ほぼ赤の他人というだけでも驚きだが、何よりもう一人の妹が卯月(うづき) 真理沙(まりさ)なのは、最早笑うしかなかろう。何せ真理沙は呵責童子(正太郎)の一件で依頼を出した末に、たたりもっけに食い殺された、文字通り過去の女だからだ。

 まとめると、



 祇園家の家長(父)⇔園崎 紫苑(継母)

    ↓         ↓

 祇園 百佳(実子)  祇園 麗佳(前の夫の連れ子)

             +

           卯月 魔理沙(実子)※祇園父娘と再婚前に家出した末に死亡



 という感じである。文字に起こしてみても尚訳が分からない。どういう家庭環境だ。何がどうしてこうなった。


《やたらと詳しいと思ったら、前の依頼者だったからですか》

「そうだな。依頼が来た時点で呵責童子から既に逆依頼されてた、笑えない女だったしね」

《笑えねー》


 そんな奇特な女の関係者からの依頼なのだから、一筋縄では行かないだろう。


「面白いな。今回は私が直々に馳せ参じてやろう」

「むしろ、それが当たり前なんだけどな」


 “怪奇な悩み解決します”とは何だったのか。

 ともかく、今回の依頼は里桜が直接動く事になる。今から結果が怖い。


「ビバルディはどうする?」

『ビバビ~ン♪』

「そっか、なら行こうか」


 そういう事になった。


 ◆◆◆◆◆◆


 その夜。


「何故お前がここに居る?」

「それはこっちが聞きたい」


 依頼現場に向かっていると、何故か(ながれ) 龍馬(たつま)と鉢合わせた。謎の金属製バットを背負って、一体何をする気なのであろうか。


「ボクらは依頼で来たんだよ。そこの百佳って奴のお悩みを解決しにな」

「………………!」


 説子が龍馬の背後を見遣ると、依頼者である百佳が気まずそうに肩を窄めた。


「そう責めるなよ。こいつも里桜みたいな怪し過ぎる奴に頼らざるを得ない程、悩んでたんだからさ。男の一人でも居て欲しくなるもんだろ」

「ワタシが責めてんのはお前だよ。一丁前に漢気取りやがって。無関係の奴がしゃしゃり出て来んな。唯でさえ妹に心配掛けさせてるんだしよ」

「無関係じゃねぇよ。園崎さんは、俺の叔母さんだからな」

「……そうかい。なら勝手にしな」

「何怒ってんだよ」

「怒ってねぇよ。行こうぜ、里桜」

「私を巻き込むなよ~」


 そして、この有様である。気まずいにも程がある。そんな空気を無理矢理打ち消すように、説子は乱暴に歩き始めた。どう見ても八つ当たりなので、里桜もビバルディもやれやれと首を振る。それでもめげずに後を追う龍馬は、勇者もしくは馬鹿なのかもしれない。依頼者が一番の空気だ。凄い複雑な家庭事情を抱えている筈なのに。


「そもそも、スペル聖教って何よ?」

「雨流峨教が潰れた事で最近隆盛して来た、「三大新宗教」の一つだよ。“疲れた心と身体を癒し、至福の時を得る”ってんで、やんちゃな盛りがよく引っ掛かるんだとさ」

「残りの二つは?」

「「ガンガミ教」と「オトラ正教会」だ」

「全部胡散臭いんだけど?」

「追い詰められた人間は、藁にも縋る程度の判断力しか無いもんさ」

「それって宗教に嵌まる奴は皆馬鹿って言いたい?」

「明言はしない」

「私は明言するがな。洗脳されるような奴が悪いんだよバ~カバ~カ、豚のふぐり~♪」

「凄いなお前……」『オビバ~』


 里桜と説子の会話は実に平和である。


「「………………」」


 そんな二人と一匹の背を見つつ、龍馬と百佳が続く。両者共に言葉処か視線すら交わしておらず、互いの息遣いしか聞こえない。誰か助けて。


「あ」


 と、少し先の道でフラフラと歩く麗佳を発見。


「よし、行け囮」

「言い方」

「は、はい……」


 案の定、百佳が囮として突き出された。百佳としてもあまりにも居心地が悪い為、結構有難かったりする。


「れ、麗佳ちゃん!」

「……お姉ちゃん?」


 話し掛けても上の空。疲れているのか、目の下に濃い隈が寄っている。その癖、肌艶だけはやたらと良く、瀬戸物か蝋人形のようにつるりとしていた。まるで死蝋化した遺体だ。幽霊が居るのだとしたら、こういう奴の事を言うのだろう。


「えっと、何処に行くの?」


 しかし、百佳は話を続けた。血の繋がりが全く無いとは言え、人生で初めて出来た妹なのだから。


「……義姉さんには関係無いでしょ」


 だが、麗佳の反応は正反対に冷たかった。軽蔑こそしていないが、煩わしさが目に見えている。ここ一年の家族関係が窺えるという物である。


「もしかして、スペル聖教の教会に向かってる?」

「……だったらどうだってのよ」

「い、いや、私もちょっと興味が――――――」

「本当!?」

「わきゃっ!?」


 スペル聖教に興味があると言った瞬間、急に食い付いてきた。目がカッ開いてて怖い。


「そうなの! そうなのね! じゃあ、一緒に行きましょう! 教祖様に紹介してあげる!」

「う、うん、ありがとね……!」


 さらに、何処に秘めていたのか、物凄い力で百佳を引っ張り、麗佳は夜の闇路を明かりも無しに突き進む。今の彼女には、月明りが差すだけで真昼のように見えているのだ。


「「「宗教家って怖っ」」」『ビバルディ~』


 これには里桜たちもドン引きである。とは言え、向こうから案内してくれるというなら話が早い。存分に利用させて貰うとしよう。


「さ、ここよ」

「………………!」


 そんなこんなで、スペル聖教の教会に着いた。色々と建て替えられ、小綺麗になっているが、


「雨流峨教の跡地に総本山を置くとか、良い度胸してんなぁ……」

「面の皮が厚くねぇと教祖なんてやってられないんだろうよ」

「………………」


 完全に雨流峨教の跡地だった。キリスト教かお前は。


(ここがスペル聖教の教会……)


 教会の地獄門を見上げ、息を呑む百佳。いざ教会を目の前にすると、やはり恐ろしいものがあった。見た目の問題ではなく、雰囲気がそうさせる。

 ここはヤバい。絶対にマズい。そうさせる何かがある。

 否、“居る”というべきか。


「怖がらないで、姉さん。最初だけよ」

「………………!」


 教会から溢れ出るオーラに恐れ戦く百佳の手を、麗佳がそっと握る。


「痛いのもね」


 その上、彼女の見ている前で、自らの手首を切って償いの血を注いで見せた。頬が紅潮し、恍惚の笑みを浮かべながらゾクゾクしている。火照る身体の熱が掌を介して伝わってきた。

 分かってはいたが、こいつもヤバい。教会と同じくらいに。


「さぁ、姉さんも……」


 と、麗佳が血を垂れ流しながら、リストカットをするよう促してきた。断ったら差し出されたナイフでそのまま刺されてしまいそうである。


「………………!」


 百佳は恐る恐るナイフを受け取り、恐々と震えながら、願いを思い浮かべつつ手首に刃を走らせた。鈍い痛みと共に血が溢れ出し、鼓動に合わせてドクドクと滴り落ちる。


「……姉さん、それ動脈まで切れてるわよ!?」

「マジで!?」


 やっちまったぜ!


「切るのは静脈だけでいいのに! 教主様に会う前に死ぬ気!?」

「マジですか!」


 手首を切る時はしっかりと、落ち着いてやりましょう(いや、やるな)。


「とりあえず、これ巻いて! 早く中へ行くわよ! 死ぬ前に教主様に会わないと!」

「ご、ごめんなさい……」


 麗佳に包帯を巻かれ、腕を押さえて貰いつつ、教会内へエスコートしてもらう百佳。棄教させに来たはずなのに何て様だ。

 そして、門を通された百佳の目に飛び込んできたのは――――――、


「………………!」


 胃の内容物を吐き出さなかった自分を褒めて欲しい。百佳は本気でそう思った。

 内装は外と同じく洋が強めの和洋折衷で、それ以外は良くある礼拝堂であり、信者も沢山居たのだが、


(死体を、愛でてる……!)


 どいつもこいつも、腐った死体を愛でていた。ある者は甲斐甲斐しく世話を焼き、ある者はうっとりした表情で抱き締めている。腐敗の進み具合は個体ごとに違うものの、どの死体も例外無く腐汁が零れる程度には肉が蕩け、骨が露出していた。臭いだけで吐きそうになるし、音だけで夢に出て来そうである。しかも、信者全員が陶磁器肌で手首に包帯を巻いているなど、麗佳とほぼ同じ状態なのが異様さに拍車を掛けていた。

 カルト宗教なんて狂っていて何ぼだが、流石にここまでキチ○イなのは予想していなかった。


「ウフフフ……ごめんね、真理沙。これからは寂しくないからねぇ……」


 その中に、紫苑も居た。魔理沙だったゾンビを抱いて。表皮が黒ずみ、真皮まで爛れた身体からは、腐汁と共に蛆が湧き、悪臭と歪な笑みを浮かべる魔理沙の死体は、それでも何故か動いていた。

 否、蠢いている(・・・・・)というのが正しいかもしれない。腐った皮の下で、ナニカが筋肉の代わりに顫動する事により、あの死体は生きている振りをしているのだ。

 そんな子供騙しの擬態に、誰一人気付いていない。麗佳も違和感を持っていない。

 きっと(・・・)現実を直視(・・・・・)出来ていない(・・・・・・)のだろう(・・・・)この教会に潜む(・・・・・・・)何者かによって(・・・・・・・)


「皆には悪いけど、最初に教主様の恩寵を受けないとね」

「………………」


 麗佳が申し訳なさそうに人海を押し退けて進んでいく。


「……教主様は?」


 しかし、祭壇に辿り着いたのに、肝心の教主様が見当たらなかった。一体どこにいるのであろうか。


「今、お見えになるわ」

「えっ?」


 麗佳が当たり前のように言うと、


(あれは……!?)


 祭壇から、蛆虫のような触手がニョロリと生えてきた。先端には鋭い牙の並んだヤツメウナギのような口があり、今か今かとヒクついている。普通に気持ち悪い。


(何よ、丸っきり化け物じゃない!)


 こんな怪物に惑わされていたのか、麗佳(いもうと)は。


『……、……!』

「……義姉さん、ごめんなさい。教主様が恩寵は私が最初だって言うから、先にするね。大丈夫、すぐ終わるから」


 だが、麗佳は臆することなく前に出て、恩寵とやらを受ける体勢に入った。本当は止めたいが、こんな所で何かしてもどうにもならない。事の成り行きを見守るしかなかった。


『………………』


 教主様(うじむし)が、まるで恋人にそうするように、麗佳をゆっくりと押し倒す。

 さらに、仰向けになった彼女に口付けし、謎の液体を注ぎ込む。こんなの、そういうジャンルの同人誌でしか見た事ない。


(何……?)


 すると、麗佳の身体に変化が起き始めた。

 肌の艶が今まで以上に良くなり、全身の筋肉が増量され、逞しくも美しい姿になっていく。何時もの麗佳がモデルなら、今の彼女はアスリートといった感じだろう。注がれた液体で全身の細胞が活性化されているのである。

 確かにこれなら恩寵と言っても差し支えはない。見た目のグロさは別として。

 だが、そこで終わりではなかった。


『ズキュゥゥゥンッ!』

(えっ、吸い直した!?)


 麗佳の活性化が最高潮に達したのを確認すると、教主様は何と注いだ液体を吸い直した。みるみるミイラになっていく麗佳。これの何処が恩寵?


『………………』

「聖水ですね、分かりました」


 しかし、他の信者がどう見ても水道水にしか見えない聖水を掛けると、麗佳は瞬く間にふやけて元通りになった。カップ麺かよ。


「………………!」


 ただ、全てが元通りかと言うと、そうでもなかった。


(牙が生えてる……!)


 犬歯が異様に長く鋭くなり、目の色が怪しく変わっている。これではまるで吸血鬼だ。


「さ、今度こそ姉さんの番よ」

「………………!」


 しかし、驚いている暇も無く、百佳に順番が回ってきてしまった。


(ど、どうしよう!? どうすれば!?)


 もちろん、里桜たちは来てくれない。龍馬は動こうとしたものの、二人に止められて手出し出来なかった。


『ズキュン』

「あっ……」


 そして、混乱している間に、あの謎の液体が百佳の胃袋に注ぎ込まれる。


「――――――っ!」


 その瞬間、身体中に言い様のない快感が駆け巡った。身体が羽のように軽くなり、それでいて溢れ出んばかりのエナジーが体内で爆発している。例えるなら、この身に宇宙の神秘を凝縮したと言ってもいいだろう。

 嗚呼、今度こそ納得だ。こんな想いを毎晩味わえるとしたら、入信しない訳がない。改造手術というデメリットを考慮しても、余りある程の至福である。


「姉さん、分かってくれたようね」


 百佳のうっとりとした表情を見て、麗佳も嬉しそう。


「………………」

『………………』


 さらに、気付けば死者と生者の区別が付かなくなっていた。なるほど、この幻想の世界なら、信者たちの様子にも納得出来る。彼らは今、死別した大切な人たちと向き合っているのだ。

 これがスペル聖教。心と体の疲れを癒し、至福の時を与えてくれる教え。

 そして、信者たちの過去が百佳の脳裏に流れ込んできて、紫苑の物も混じっていた……。


 ◆◆◆◆◆◆


 これは昔の話、過去の出来事。


「お母さん……私、出来ちゃったの……」


 とある夜、少女は告白した。自分の母親に。


「なん、ですって……?」


 むろん、母親は衝撃を受けた。ショックで倒れてしまいそうな程に。


「……どういう事なのか、説明してちょうだい」


 だが、彼女は毅然とした態度で少女に訊ねる。


「彼との子よ。ほら、前から付き合ってた――――――」

「この馬鹿!」


 少女が詳細を言い掛けたところで、母親の張り手が炸裂する。パァンと乾いた音が響いた。


「あんた、まだあんな男と付き合ってたの!?」


 それでも母親の怒りは収まらない。彼女は知っていた。少女の彼氏の事を。あの男は最悪である。一言で表すなら、チャラ男。仮に相思相愛だとしても、子供を作った責任を取れる筈も無かろう。

 だからこそ、母親は怒ったのだ。そんな男と付き合った挙句に孕んだ娘と、仕事にかまけて止められなかった自分自身に対して。


「おろしなさい、今すぐ! あの男とも別れるのよ! 費用はお母さんが出すから――――――」

「……何よ。今更母親面して」


 と、今度は少女が母親の言葉を遮った。


「今までロクに話も聞かなかったくせに! 厚かましいのよ!」

「………………!」


 再び母親の心を衝撃が襲う。

 あまり話せなかったのもあるが、そんな事を言うような子ではないと思っていただけに、娘の乱暴な言葉が信じられなかったのである。

 しかし、同時に何時かこうなるのも薄々分かってもいた。自分の親がそうだったように、「反抗期は認めない」程に厳しく育て、更には女手一つが故に仕事を優先し続けた結果がこれだ。長い時間を掛けて、娘の心に歪んだモノが溜まり続けていたのは、想像に難くない。


「……ごめんなさい」


 だが、父親が蒸発して以来、母親が頑張って育ててくれた事もまた事実で、娘にもそれが分かっていた。だからこそ謝った。それが親子である。


「――――――実はね、彼いなくなったの」


 すると、少女が新たな事実を語り始めた。


「死んじゃったの。二日前、電車のホームから落ちて」

「………………」


 事実だとしても、それが単なる事故とは思えなかった。大方、過去の女や寝取られた元彼にでも復讐されたのだろう。娘の方は、それが本当に事故なのだと信じているようだが。


「だから、お願い。産みたいの……」

「………………」


 何れにしても彼が心の支えとなっているのは、紛れもない真実だった。不安定な今の娘から子供まで奪ってしまえば、最悪壊れてしまうかもしれない。

 彼女は昔から繊細だった。今回はそこに付け込まれる形になったのだろう。

 ならば、もう手遅れだ。なるようになるしかない。


「……分かったわよ」

「えっ?」

「でも、私も忙しいから、子育てはあなたもするのよ。それが条件」

「ありがとう、お母さん!」


 少女は母親に抱き着いた。

 さらに、数か月後には、少女は赤ちゃんを産んだ。それから暫くは二人で支え合うように子育てをした。

 しかし、約一年後、転機が訪れる。閻魔県全体で奇怪な事件が起き始め、その影響で死傷者が多数続出、子育てに時間を回す余裕がなくなってしまったのである。必然的に娘一人で世話をする事になったのだが……。


「ほら、いい子ねー。寝んねの時間よー」

「あーん、あーん!」

「いい子いい子、ほーらほらー」

「ああーっ!」

「……寝んねしてよ」

「ああああああああああああああああ!」

「眠れってのよぉ!」


 少女一人に子育てはハードルが高すぎたらしく、日に日に痩せ衰え、ノイローゼになっていった。母親にもそれが分かっていたし、僅かな時間を使って心のケアを図っていたのだが、如何せん時間がない。


「………………」

「あははは! やっと眠ってくれた! これでぐっすり眠れるわぁ! きゃははははは!」


 結果として、少女は完全に壊れてしまった。愛していたはずの子供に手を掛けた。


「ねーんねーん、ころーりーよ、おころーりよー♪」


 その上、当人にはそれが理解出来ておらず、動かない赤子の世話をするようになってしまった。


「あ、あんた何を……!」

「静かにしてよぉ! 起きちゃうじゃないのぉ! イヒヒヒヒ!」


 その頃になると、母親の言葉など耳に入らなくなっていた。歪んだ笑みを浮かべながら、必死に死体の世話をする。


「………………」


 母親はどうするべきか迷った。警察に届けるべきか、否か。彼女の為を想えば、きちんと通報すべきであろう。

 だが、警察に連れて行ったとして、少女は本当に更生出来るのだろうか。どう見ても、公僕の手で治せるとは思えない。何よりも、自分の娘を人の手に渡すのが怖かった。

 そうして迷っている間に娘は家を飛び出し、後に死んでしまった。

 正確には、何者かに殺された。噛み傷がある事から、動物の仕業と思われる。少女が潜り込んでいた場所が曰く付きの廃墟だったので、何時何かが入ってもおかしくない状態であった。


「……ふふ、ははは。駄目じゃない、そんな所で寝ちゃ――――――」


 そして、母親もまた壊れた。何も出来ず、何も救えず、その果てに娘を失ったことで、軋んでいた彼女の心も崩壊した。娘の幻覚を見ながら彷徨い歩き、仕事さえ代理に任せて休んでしまう有様であった。

 そんな時、幼馴染でもあった園崎家の長男が再婚を申し出て来た。周囲に見放されていた母親にとって、まさに心の救いだった。長男の甲斐甲斐しい世話とケアにより、母親の心身は少しずつ回復し、仕事への復帰の目途も立ってきた。

 だが、そんな折に新たな厄ダネが現れた。過去の夫が他所でこさえた、義理の娘が見付かってしまったのである。当然、家庭内には蟠りが生まれ、再び母親の心は乱れ始めた。義娘の方も事情は分かっていたが、納得して付き合える程、大人では無かったのだ。家族仲はすっかりと冷め切り、姉妹間でさえいがみ合うような有様であった。

 その時、母親は出会ってしまった。スペル聖教という劇物に――――――。


 ◆◆◆◆◆◆


「なるほど。ミイラ取りがミイラになり、この有様か」

「無様だな。笑えもしない」

「お前ら……っ!」


 と、一部始終を見ていた里桜たちが、満を持して登場した。龍馬だけが憤っているのが滑稽である。


『『『………………』』』


 その瞬間、信者に甘えていた生ける屍たちがピタリと止まり、


「あっ!」「びゃっ!?」「ぺぇっ!」


 全員が信者の首を捩じ取って、しかも、それを食べ始めた。


『……ハハオヤヅラ』「ぎゃっ!?」

「あっ、お母さ――――――」

「馬鹿野郎、もう手遅れだ!」


 当然、紫苑もあっさりと首チョンパされ、麗佳が目を見開いて駆け寄ろうとするも、龍馬の瞬発力で押し留められて、事無きを得る。


「ついでにこの馬鹿も連れてけ」

「あうっ!」

「うわっと!? 乱暴に扱うなよ!」


 さらに、生ける屍たちが動き出したと同時に教祖様が引っ込んだのを見計らって、説子が百佳を鷲掴み、龍馬に投げて寄こす。文字通り引っ込んでろ、という事だろう。


『『『………………』』』


 その隙に生ける屍たちは腐った死体に戻り、内部から夥しい量の蛆が湧き出る。初めこそ蠢いているだけだったが、やがて一ヶ所に集まり、急速に共食いし出して、やがてたった一人の少女となる。魔理沙をベースに様々な人間の特徴が入り乱れる、キメラとしか言い様のない姿だ。


『オギャァァアアアアアッ!』


 生まれたままの姿をした少女が、赤子のような雄叫びを上げる。



◆『分類及び種族名称:寄生超獣=死人憑き』

◆『弱点:炎』



「「死人憑き」が羽化したな」

「死人憑き?」

「文字通り、死人に取り憑く寄生虫だよ」


 その昔、とある村で長い病の末に死んだ百姓が、葬式前に動き出した事件があった。

 その百姓は死体なのにも関わらず飯を食らい、酒を要求し、その上、一切眠らなかったという。この時点でおかしな話だが、家族も初めは百姓が生き返ったのかと思った。

 しかし、現実は非情であり、やはり百姓は死んだままだった。というのも、夏の暑さで腐敗が進み、目や口から腐汁を垂れ流し、悪臭を放ち始めたのである。

 家族も「これは“何か”が死体に取り憑き操っているに違いない」と思い、葬儀に合わせて呼んでおいた僧に念仏を唱えて貰ったのだが効果は無く、箍の外れた身体で大暴れするので、悩んだ末に家族は百姓を家に閉じ込め、飲食物の一切を断つと、次の日には動かなくなったらしい。憑き物が去ったと判断した家族は、慌てて葬儀を済ませたという。


「なるほど。蛆虫の子は蛆虫って事か」


 里桜が酷い纏め方をした。カエルじゃないんかい。


『オギャアアアアッ!』

『あんむ』

「「えっ、終わり?」」


 そして、物陰に待機していたビバルディ(カエル)の一呑みで、全てが解決した。早過ぎ。きっと人間では勝ち目の無い特殊能力を持っていたのかもしれないが、可愛いぬいぐるみの前では無力であった。


「おい、消化不良過ぎるぞ」

「そんな事ボクに言われて……もっ!?」


 だが、あっさりと事態が片付いたかと思われた矢先、凄まじい地響きと共に教会が崩れ始める。



 ――――――バヒュゥウウウウウウンッ!



 さらに、大地を岩盤ごと引き裂き、巨大な怪物が宙に躍り出た。蠅やゴキブリ、螳螂に蜘蛛、ゲジなど、不快害虫をごった煮にしたような、見ているだけで怖気がする形をしている。

 しかも、馬鹿デカい翅と、ジェットエンジンを思わせる“平均棍”を使い、そのまま飛び去ってしまった。



◆『分類及び種族名称:宇宙大群獣=蠅声為邪神(サバエナス)

◆『弱点:不明』



「逃がすな、撃ち落とせ!』

「無茶振り過ぎるだろっ!』

『ビッバビ~ン!』


 もちろん、折角顔を出した真面な獲物を逃すまいと、里桜と説子が変身して後を追う。



 ――――――キィイイイイイインッ!

 ――――――ゴヴォオオオオオオッ!

 ――――――ザァアアアアアアアッ!



 早速、里桜・説子・ビバルディの熱光線が直撃したのだが、


『ギカァァァヴォッ!』

『『『ノーダメ!?』』』


 表面に汚れが付くだけで、全くダメージが通っていない。


『クソッ、槐の邪神みたいな真似しやがって……あ? 何で「ポルテドン」が落ちて来てんだ?』

『|潜水艦発射弾道ミサイル《SLBM》だと!?』

『何でぇえええええっ!?』


 すると、何処からともなく潜水艦発射弾道ミサイル「ポルテドン」が飛んできて、怪物にヒット。大空に風穴を開ける大爆発が起きた。流石にサイズの問題で地図を書き換える程の威力は無いものの、地表に直撃していたらツングースカと同じ有様になっていた事であろう。


『チッ、逃がしたか』

『こりゃあ、某国に国際電話案件だな』

『ビバビ~』


 むろん、熱攻撃を吸収する里桜や毒物を無限に取り込めるビバルディには殆ど効果は無かったが、爆風と光熱が煙幕となって、怪物を取り逃がしてしまった。誰も死んだと思っていないのが凄い。


『きたねぇ花火だったぜ」

『帰るか」

『ビ~』


 興が削がれた里桜たちは、あっさりと見切りを付けて帰投する。

 こうして、カルト教団の皮を被った死体安置所は、文字通り地図から姿を消したのだった……。


 ◆◆◆◆◆◆


 後日、何処かの空き家。


「ただいま、姉さん。会いたくて堪らなかったわ」

「おかえりなさい、麗佳ちゃん。私もよ」


 百佳と麗佳は、気持ち悪いくらいに仲良くなっていた。帰宅するなりキスを交わし、熱く抱擁し合うその様は、どこか薄ら寒いものを感じる。


「さぁ、“儀式”を始めましょう……」


 そして、二人は儀式に移る。

 それは、まさしくスペル聖教の恩寵劇。違いは人の姿をしているという事だけ。

 そう、百佳は生き延びたあの日、里桜に改造した死人憑きの細胞を移植された結果、一体化して疑似的に教祖様と同じ能力を得たのである。それも、人の姿を保ったまま。

 まるで、神の見えざる手が働いているようだ。


(神頼みはしてみるものね……)


 リストカットをしたあの時、百佳は一つ願い事をしていた。



 “麗佳が何時までも私のモノになりますように”



 それは、狂った愛情が生み出した、歪んだ願い。それも、ペットを愛でる感覚に似た、麗佳への独占欲。恐れをなした父親が逃げ出した今、百佳には麗佳しか居ないのである。そういう意味では、願いは叶ったのかもしれない。



 ――――――狂った時こそ、神頼みはしてみるものだ。

◆死人憑き


 死体に取り憑く、正体不明のナニカ。死体を憑き物が操っているだけなので腐り続けるし、リミッターが外れて暴れ回る為、非常に厄介な怪異である。ちなみに、経文の類は一切通じないので、殺し直すに閉じ込めて飢え死にさせるしかない。

 正体は寄生性かつ群体性の蛆虫。死体を操り世話をさせ、時が来たと同時に共食いを行い、たった一つの成体となって活動する。その行き着く先は――――――。

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