キミと僕の八尺様戦争
何故かクリスマスの夜にお届け。
広がる田園地帯、その一点にポツリと立つ茅葺屋根の家。大分古めかしいが、まだまだ現役の母屋の縁側にて、二人の人間が戯れていた。一人は年老いても尚美しい老婆、もう一人はその孫と思われる少年。
「あの子が欲しい~♪」
「あの子じゃ分からん~♪」
「相談しましょう~♪」
「そうしましょう~♪」
二人の笑顔は何処までも楽しそうで、これが今生の別れになるなど想像だにしていないようだ。
「おふくろ」
と、老婆の息子と思しき人物が、複雑な表情で二人の会話に割って入る。ここからは大人の時間らしい。
「……分かったよ」
老婆は一瞬だけ煩わしい表情を浮かべつつも、特に抵抗する事無く、すくっと立ち上がった。前々から分かっていたとは言え、実行されてしまうと最早どうでも良くなってしまったのだろう。親しき仲にも礼儀はあるが、いやはや何とも、「家族の絆」や「血の繋がり」には言葉程の重みは無いようである。
「婆ちゃん、何処行くの?」
「……ちょっと茸狩りに行くのさ」
「何時頃帰ってくるの?」
「………………」
孫の質問に、老婆は答えられなかった。
「チッ、早く行けってんだよ……」
そんな三者のやり取りを、奥座敷から舌打ちをしつつ見遣る女が一人。これで老婆の義娘かつ男の嫁であり、少年の母親だと言うのだから、本当に世も末だ。
しかし、道徳が終わっているのは彼女だけではない。何せ食い扶持を物理的に減らすのが当たり前の時代なのだから。時は「天保」。これから終末の世が始まるのである。
「婆ちゃん……」
息子に背負われ、小さくなりつつ裏山へと消えて行く老婆を見送る少年。何も知らされていない彼だが、漫然と悟った。老婆とは、もう二度と会えないのだと。
『あの子が欲しい~♪ あの子じゃ分からん~♪ 相談しましょう、そうしましょう~♪』
すると、少年の背後に、彼とよく似た別の少年が立っていた。少年の記憶には無い光景だ。
「君は……?」
『分かってるんでょ~? ボクが誰かも、目的も。だって――――――』
その少年は不気味で意地悪な笑みを浮かべ、
『ボクもキミも、同じ「呵責童子」なんだから』
「ハッ!?』
そして、呵責童子は目を覚ました。
ここは“彼ら”が新たな棲み処とした場所。元は誰かが住んでいた一戸建てだったのだが、住人が一家心中した末に空き家となり、やがて「幽霊荘」などと呼ばれるようになった事故物件だ。当然ながらライフラインは全て止まっているが、光る茸や可燃性のガスを溜める茸など、自らの能力を活かして解決しているので問題無い。
だが、呵責童子は現在進行形で大問題に直面している。隣で一緒に布団を温めていた筈の八尺様が何処にも居ないのだ。温もり具合から考えて、ついさっきまで寝転んでいた事は間違い無いのだが……。
『………………』
覚める前の夢も鑑みて、呵責童子は冷静に判断し、行動する。
◆◆◆◆◆◆
ここは閻魔県要衣市古角町、峠高校の屋上。
『――――――という事で、力を貸してくれないかな?』
「本当に何なんだ、お前は?」
『何なんだろうね、本当に……』
通算で三度目となる依頼をしてくる呵責童子に、里桜がジトった視線を送った。いい加減、妖怪が怪異絡みの依頼を出すな。人間でもこんなに頼む奴は居ないだろうが、そもそも手紙を出して生き残っている者自体が殆ど居ないのは内緒。
「それで、今回は何だってんだ?」
『今回の標的は「呵責童子」……』
「自殺志願者ですか?」
『僕の同族って事だよ』
「おいおい、同族同士なら仲良くしろよ」
『お前、それでも科学者か?』
「ックックック、冗談だよ。同じ顔立ちをした赤の他人だもんな」
生物は己の縄張りに同族が侵入する事を許さない。相手を追い出すまで戦い続ける。時に命を落とす事もあるが、それもまた自然の摂理と言えよう。それは妖怪も同じ事。彼らもまた、非常識なだけの生き物なのだから。
さて、そんな呵責童子の依頼であるが、他でもない同族の手に落ちたであろう八尺様を取り返すという、まるでマ○オか白馬の王子様みたいな内容だ。
しかし、字面に反して案外と深刻な話である。何せ毒蛇の化身たる八尺様が、いとも簡単に魔の手に掛ったのだ。子供だからと言って油断して良い相手ではない。
「それはそうとして、私らを動かす代価は何だ? 今度は一体何をくれるってんだ~い?」
だが、現状における一番の問題は、目の前の里桜だろう。こいつは根っからの悪ガキなので、釣るにはそれなりの餌が必要である。
『……相手の呵責童子は、おそらく僕よりも年上だ。格上と言っても良い』
対する呵責童子の切るカードは“レア度”。妖怪は人間よりも遥かに長生きであり、基本的に年を重ねれば重ねる程に強くなる。時には突然変異を起こした珍しい個体も発生し得る。人間の老害と違って、積み重ねた年の功はそのまま実力に直結するのだ。
「ほぅ、分かるもんなのかね?」
『同種族だからね』
だからこそ分かる。たぶん、タイマンでは勝ち目が無い。正太郎という呵責童子は天保時代から存在しているが、おそらく相手はもっとずっと昔から生きている。同族だからこそ実力差がはっきりと分かってしまう物である。
「フム、確かに天保以前の個体となるとレアかもな。一体何時から生きてるのかねぇ?」
ともかく、里桜の興味は引けたようだ。
「良いだろう。性懲りもないお前の依頼、受け取ろう。タ○タン号に乗ったつもりでいたまえ」
『爆発オチって事?』
爆発オチなんてサイテー。
◆◆◆◆◆◆
そんなこんなの昼下がり。
『お久やね~』『よぉ』
『……何でこんな手を抜かれなきゃいかんのだ』
『『失礼な!』』
八尺様を探す旅路に選ばれたオトモは、まさかの祢々子河童と竜宮童子だった。丁度良く暇を持て余していた奴らとは言え、これは酷い。まるで子供の遊びである。
『でもまぁ、確かにちょっと心元無くはあるよな』
『童子くんまでそんな事言うんか? 久々の出番やのに酷いなぁ~』
『事実ではあるだろ。見た目だけなら全員子供なんだから』
しかも、この二人に関しては見た目通りうら若き個体だ。ポテンシャルはあるが、年期に関してはペーペーも良い所であろう。この中で本物のコドオジなのは呵責童子だけである。
『何で里桜は君らを派遣したんだ……』
『そりゃあ、プレゼントは他人に用意して貰うのが一番だからだろ』
『子供だなぁ~』
『オマエもな?』
子供らしい会話だった。
『せやけど、実際の所大丈夫なんか、この面子で?』
祢々子河童が根本的な質問を投げ掛ける。
『微妙な所だね。僕が相手ならまだしも、今度の奴はもっと強いだろうし』
すると、呵責童子が身も蓋も無い答えを返した。最初から不安でしかない。
『こんな時にビバくんが居てくれたらなぁ~』
『今、何処か出掛けてるんだっけ?』
『そうなんよ~。モフモフ出来なくて寂しいわ~』
ビバルディは搦め手を使う相手に極めて有効なのだが、今回は頼れないようだ。
『富雄と鳴女も遠出してるらしいぞ。苺たちも遠征に行ってるらしいし』
『タイミングが悪かったか』
さらに、茨木 富雄、令和 鳴女、柏崎 苺、柴咲 綾香、菖蒲峰 藤子など、主戦力と言って良い連中が軒並みお出掛け中と来た。これはもうタイミングが悪かったと言わざるを得ないだろう。
『しかし、呵責童子って、そんなにヤバい種族なのか? 言っちゃ悪いけど、座敷童子とたたりもっけの中間体ってイメージしかないんだけど……』
と、竜宮童子が実に失礼だが誰もが思っていそうな事を言い出した。
『確かに世間のイメージなんて、そんな物かもね』
しかし、言われた呵責童子は特に怒る事無く、淡々と語り出す。相変わらず表情が死んでいる。
『だけど、「座敷童子」「呵責童子」「たたりもっけ」――――――この三種は出自や見た目が似ているだけで、実際は全然違う生き物だ。座敷童子は「ウイルス」、たたりもっけは「寄生虫」が死体に乗りうつる事で生まれるが、僕ら呵責童子は菌類が主体になっている。共通点は“子供の死体にナニカが取り憑く”事だけなのさ。君らも似たような物だろう?』
『『………………』』
竜宮童子は海で、河童は川で死んだ子供が変異した物。シチュエーションこそ似ているものの、主となる寄生体は全然違う。それと同じ理屈なのかもしれない。
『話を戻すと、僕らは菌類主体の童子系妖怪なんだが、菌類はウイルス程の変異はしないけど、自己増殖能力に優れている。単純な質量でも勝っているし、構造も複雑だから応用も利く。パンデミックこそ起こせないが、案外と馬鹿に出来た物じゃ無いのさ』
ウイルスは単純な構造が故に爆発的な増殖力を持っているが、寄生する相手が居ないと増える事が出来ず、それ以外のやれる事は無いに等しい。
一方の菌類はきちんとした細胞を持ち、自分だけで増えられる為、スピードこそ劣るものの、生命力に関してはウイルスよりも優れているとも言える。
むろん、そんな単純な話では無かろうが、文字通り全然違う生き物という事は分かるだろう。戦い方が全く違うのである。
『まぁ、それ以前の問題だと思うけどね』
『『どういう事?』』
竜宮童子と祢々子河童の疑問に、呵責童子が暗い笑顔で応えた。
『子供は残酷な生き物だからだよ』
『『お前も子供だろ』』
『君らもね』
何だかなぁ……。
『それはそうと、何処に向かってるんだ?』
ふと、竜宮童子が誰も触れていなかった事由に言及する。そう言えば、こいつら一体何処へ向かって歩いているんだ。
『奴の行き先は分かっている。僕らは細菌を視覚化出来るんでね』
『オマエ、そんな能力持ってたのか』
『そうだよ。さっきも言ったが、僕らは菌類だ。基本的に胞子をばら撒く事で増える茸と変わらない。だから、ある種のマーキングにもなってるのさ。“ここは自分の縄張りだ、近付くな”ってね』
ちなみに、弾丸新幹線で乗り合わせたイーコたちの空間迷彩を見破ったのも、この能力による物。捻じ曲げられた空間に沿って、無菌状態のシルエットが丸分かりだったのである。
『いや、分かってんなら、何でウチら呼んだん?』
『阿保か。場所が分かってても、一人じゃ勝ち目が無いから助っ人を頼んだんだろうが。そこでお前らが来た時の気持ちと言ったら――――――』
『皆まで言わんでええよ~』
子供の遊び過ぎる。
『……で、肝心の場所は?』
竜宮童子が先を促す。
『「匵舟山」の「手神神社」さ』
呵責童子は地平に聳える霊峰を指差した。
◆◆◆◆◆◆
東北地方を東西に分断するように聳える霊峰、「匵舟山」。周囲の山岳信仰を一手に担ってきた山脈なだけあり、様々な霊場や謂れが点在している。「手神神社」もその一つ。
かつて山の谷間にあったとある集落で、巨大な岩とそれに根を張る巨木を御神体とした、「お手神様」という自然神が信仰されていた。洪水、地滑り、病に飢え……山中の孤立した集落という立地上、様々な災害に見舞われたが、その度に神への祈りと生贄によって乗り越え、天明初期までは共存出来ていた。
だが、ある時神主の娘が禁忌を犯してしまい、集落全体が呪いを受け、全ての住民が死に絶えた事により、今や廃墟が残るのみとなった。苔生し蜘蛛の巣が張っているとは言え、野晒の状態で原形を保っているのは、不気味ながらも神秘の力を感じざるを得ない。
『……ここか』
『完全に心霊スポットだな』
『居るのは幽霊やのうて妖怪やけどな~』
そんな不気味の谷の廃神社に、呵責童子・竜宮童子・祢々子河童のお子供三人衆は居た。
『呵責童子って民家に住んでるんじゃないの?』
『正確には“餌場”だよ。ある程度増殖したら河岸も変えるさ。根城はここと決めた一ヶ所だけだよ』
呵責童子の渡り歩く様は、言うなれば胞子をばら撒く繁殖活動だ。故に大元となる場所は、自ずと一つに絞られる。今回の相手の原点が、手神神社だったというだけの話である。
『フフフ……』
ふと、縁の陰から、五歳児くらいの女の子が一人、顔を覗かせた。
『クフフフ♪』『キャハハハ♪』
そして、高欄に寄り掛かるように七歳の男の子が一人、屋根の上に三歳の女の子がもう一人。その後も一体何処に潜んでいたのか、次々と七五三の少年少女が姿を現す。どの子も恰好が古めかしく、ボロ臭い。まるで乞食だ。
しかし、それに反して髪色は彩り鮮やかで、毒々しい原色のおかっぱ頭が乱立する様は、群生した茸のようである。十中八九こいつらも人間ではないのだろう。
『何やこの子ら?』
『「木ノ子」だよ。僕らの生まれたばかりの姿さ』
「木ノ子」とは、文字通り木の子供……ではなく、茸の妖怪だ。近畿地方を中心とした本州各所で目撃される二、三歳児程の子供の姿をしており、木の葉や草の蔦などを編んだ衣類を身に纏い、宿主となる大木の根本で踊って遊んでいるという。特に悪辣な性格や悪質な能力は持ち合わせておらず、基本的には無害な存在であるが、子供が故に好奇心で残酷な悪戯を仕掛ける場合もあるので油断ならない。
◆『分類及び種族名称:分裂怪人=木ノ子』
◆『弱点:火』
『えっ、オマエら進化とかすんの? ポ○モンかよ』
『魚だって出世するだろ。それと同じだよ』
そんな適当で良いのか?
『でもさ、ここに進化前がおるって事は……』
『そう、大元が居るって事さ』
『『………………!』』
呵責童子の解説に、祢々子河童と竜宮童子に緊張が走る。子供の親玉、ガキ大将。間違いなく例の呵責童子が潜んでいる。
『フフフ……フゥ~ッ!』
『えっ!? うぅ……』『う……ん……!?』
すると、そうだそうだとばかりに木ノ子たちが小躍りしつつ、口から如何にも胞子をたっぷり含んでいそうな吐息を呵責童子に吹き掛けてきた。浴びた三人の内、祢々子河童と竜宮童子が深い眠りに落ちる。身体が痙攣している所を鑑みるに、昏睡を通り越して永眠してしまうかもしれない。
『はははは、口程にも無いね。ノコノコやって来た割にロクな助っ人も用意出来ないとは、笑わせてくれる』
さらに、本殿の扉が一人でに開いて、満を持して呵責童子(敵)が現れる。背格好はほぼ同じだが、顔立ちと髪色
が微妙に異なり、服の色も違う。全体的に赤っぽく、より攻撃的な印象である。羽織る赤いちゃんちゃんこが、実に血生臭い。
『何をした、とは言わねぇよ』
鋭い眼付きで、呵責童子が敵を睨む。彼には分っている。木ノ子胞子によって竜宮童子と祢々子河童が麻痺させられているのだと。毒、麻痺、混乱、眠り……様々な状態異常を使い熟すのが、呵責童子という種族なのだ。
『それより、名前を聞かせてくれるか?』
『何故ゆえに?』
『これから殺す奴の名前くらい知っておきたくてな』
『ぷっ……アハハハ! よくこんな状況でそんな強気でいられるねぇ? その面白さに免じて答えてあげよう。ボクは「祥吉」。「手神村」の元住人さ』
呵責童子「正太郎」の質問に、呵責童子「祥吉」が答える。
『祥吉ね。芋臭い名前だな』
『キミに言われたくないねぇ、正太郎くん?』
『………………』
名乗ってもいないのに、本名を知られている。それはつまり、八尺様を隅々まで弄られた事を意味していた。
『……八尺様は何処だ?』
『もちろん、丁重にお持て成ししてるよ。ボクの根城でね』
パチンと祥吉が指を鳴らすと、本殿の屋根を突き破って、巨大な茸が聳え立った。赤紫色の組織液が脈動し、無数の人面を浮かべた傘を広げる、悍ましいまでの毒茸。その中心部に、八尺様は格納されていた。殆ど一体化しているが、呼吸しているので生きてはいるのだろう。
まぁ、祥吉たちの放つ胞子に犯されていない保証など、何処にも無いのだけれど。ましてや茸の内部に閉じ込められているのだ、侵食されていない訳が無い。
自分の女が同じ顔の他人に寝取られちゃって、ねぇ、どんな気持ち?
『何でこんな事を!』
『彼女はボクの母親になってくれるかもしれない女性だからだよ』
と、祥吉が素っ頓狂な事を言い出した。独裁者かお前は。
『そして、このまま漬け込めば、最高の晩餐になる。キミの悲鳴を肴に愉しもうかと思ってねぇ! だからこそ、キミを泳がせたんだよ、正太郎くん!』
『……テメェ!』
その上、恐ろしく気持ち悪い事を言い放った。母と見做した女を食うとか、こいつ正気じゃねぇ!
では、如何にして、この狂人が生まれるに至ったのだろうか?
◆◆◆◆◆◆
天明八年、手神村。
「や、やめてけろ! それだけは駄目だぁ!」
「しずねぇど! そこどけぇ!」
閑散を通り越して静寂が支配する村の一画で、弱々しい喧噪が巻き起こる。争っているのは、ガリガリに痩せた幼子を背にするか細い女性と、目だけはギラギラと光る餓鬼のような男。こう見えて彼らは夫婦であり、親子であり、家族である。
そう、ついさっきまでは。長く続いた不作の果てに訪れた大飢饉が、彼らを変えてしまった。神への祈りも生け贄も、地獄を変える事は出来ず、村民は皆餓鬼道に堕ちた。飢えに病、晴れない不安が人々を鬼する。口を減らし、雑草処か藁にすら縋りついても満たされぬ腹の虫に音を上げ、互いに息の根を止め合い、最後の晩餐を貪った傍から、次々と死んでいく。
そして、この一家が最後の一世帯となった。残るはしゃぶり尽された白骨のみ。気が狂うには充分な状況であった。
「仕方ねぇべ! おらたちが生き残る為だぁ!」
「嘘吐くんじゃねぇ! あんたは死にたくねぇだけだぁ!」
「だったらどうしたぁ! おめぇも殺すぞぉっ!」
「………………」
家族の絆の、何と脆い事か。薄れゆく意識の中で、子供は完全に父親に失望し、この先の未来に絶望していた。
だが、その時は訪れなかった。
――――――ゴゴゴゴゴ……ドシャアアアッ!
「なっ……うごげっ!?」「がはっ!?」「………………!」
止めとばかりに起こった、村史上土砂崩れによって、手神村は完全に壊滅してしまったからだ。
「あ……ぅ……」
しかし、如何なる奇跡が起きたのか、子供だけは助かった。母親に強く抱き締められていたので、彼女が身を挺して庇ってくれたからかもしれない。
だが、土砂に埋もれ、閉じ込められた現状では、死が先延ばしになっただけである。
とは言え、飢えに苦しむ子供からすれば、すべき事など決まっていた。
――――――ガツガツ、ぐちゅぐちゅ、ゴリッ、ゴリッ……バリバリバリバリッ!
全ての村民たちが辿って来た道と同じく、最後の晩餐にありつく子供。
そんな彼に、土砂崩れで掘り返された不気味な菌糸が這い寄っていた……。
「おいしい……おいしいよぉっ! ……お母ちゃん』
天明の大飢饉が終わる年、新たな呵責童子が産声を上げた。
◆◆◆◆◆◆
『という事で、死んでくれないかな、正太郎くぅ~ん?』
『舐めてんのか、テメェは!』
『キミには舐める価値も無いけどねぇ? 現状を見てご覧よ。助っ人二人はあっさりと無力化され孤立無援、対するボクは木ノ子たちに囲まれている。勝ちの目があるのなら、教えて欲しい物だね』
色々な意味で現実に引き戻された正太郎は、祥吉から今の状況を思い知らされる。多勢に無勢。これで無双出来ればカッコ良いけれど、現実はそう甘くは無かろう。
『多勢に無勢? 少なくとも、独りではないね』
しかし、正太郎にはまだ余裕があった。不敵な笑みを浮かべる程度には。その自信は何処から来るのか?
『……今だ、殺れ!』
『『うっしゃああああああっ!』』
その答えは、竜宮童子と呵責童子が動き出す事で示された。近付いて悪戯しようとしていた木ノ子たちを銛で穿ち、水で貫き、蹴り砕いて、八つ裂きにする。
『何だとぉ!? どういう事だ、これはぁ!?』
『え~っ、無駄に歳食ってる癖に、そんな事も分からないんですか~、祥吉せんぱ~い?』
『そうか……先に自分の毒を打ち込んでいたのか、その二人に! 同族の毒が効きにくくなるように!』
ようするに、呵責童子による呵責童子の為の予防接種だ。体内の正太郎の胞子が祥吉たちの胞子に殺し尽くされない限り、動けなる事は無い。
『……ケッ、それがどうした! オマエら、その二人を始末しろ! この生意気なクソガキの相手はボクがする!』
『『『キキャキャキャキャッ!』』』
まな板の上の鯉だと思っていた相手にしてやられた事に逆切れした祥吉が、木ノ子たちを差し向ける。襲い来る茸たちは先程の可愛らしさはまるで無く、全身が胞子で膨れた異形の姿は、茸の怪人、もしくは腐った死体のようであった。
『舐めんなよ!』『せやせや~!』
だが、状態異常を封じられた妖怪の幼生など、竜宮童子と祢々子河童の敵ではない。先陣を切った者が銛の錆びとなり、死角から攻撃を仕掛けようとした者は鉤爪で引き裂かれ、上から攻めて来た者はカポエラキックで迎撃された上に、銛で薙ぎ払われて砕け散る。
『キキィーッ!』『フシャーッ!』『ギャハハハハ!』
しかし、木ノ子たちは無尽蔵。殺した傍から次が来て、二人は引き離された。
それでも、竜宮童子と祢々子河童は止まらない。大跳躍で竜宮童子を強襲しようとした三人組は、もっと上まで跳び上がった祢々子河童が、竜宮童子の投げた銛を受け取りつつしめやかに始末して、着地と同時に彼へ手渡して両側から迫る木ノ子たちを刈り取る。
こうしている間に、正太郎にはさっさと祥吉を仕留めて貰いたい物だが、
『シャアアァァッ!』
『うぉっ!?』
予想通り、祥吉は滅茶苦茶強かった。自らの骨を増産し、白骨の剣を作ったかと思うと、斬撃に胞子を乗せて飛ばして来たのである。この胞子、分子結合を緩める効果があるようで、七色に輝く斬撃が通った後は、何もかもが切断されている。鍔迫り合い処か、防御その物が不可能だ。
『死ねぇっ!』
『ドワォッ!?』
さらに、胞子を中空に散布、一ヶ所に固める事で茸状の雲を造り、内部で胞子の生み出す熱と静電気を集束させ、強力な稲妻として落してきた。
『このっ……!』
『バヴォオオオオオッ!』
『ぐわっ!?』
しかも、口から爆炎まで吐いた。胞子に体内電気で引火させた物だろうが、岩が融ける程の、冗談みたいな火力を秘めている。加えて肉弾戦も強く、胞子の力で身体を伸縮させたり、熱をロケット代わりに殴打の威力や速度を上げたりと、状態異常に特化している木ノ子の完全上位互換と言えるだろう。
それはつまり、状態異常能力を除けば殆ど肉弾戦しか出来ない正太郎の、上位互換とも言えた。こりゃあ確かに、タイマンじゃ勝ち目が無い。
『さっきまでの威勢はどうした? 八尺様を取り戻すんじゃあないのか? 自分の母親一人も守れない癖に、片腹痛いねぇっ!』
『………………?』
余裕たっぷりな祥吉の言葉に、正太郎が不思議そうな表情を浮かべる。
『――――――自覚すらないのか。ならば、もう死ねっ!』
そんな彼に失望したかのように、祥吉が骨剣を振り翳す。止めを刺すつもりであろう。
と、その時。
『そうは行きませんよっ!』『………………!?』
『何だと!?』
遅れて登場、久々のお白様が駆け付け、呵責童子を回収する。
『紫外線照射装置ィッ!』
その上、謎の機械を取り出して、木ノ子たちに浴びせ掛けた。
『『『ギョェエエエエッ!?』』』
すると、身体がブクブクと泡立ち、やがて燃え上がって焼け死んだ。どうやら、木ノ子の本体である胞子は強過ぎる紫外線に弱いらしい。日光を浴びたりした程度では効かないだろうが、ここまで集束されると死体の殻程度では防げないようである。こんなピンポイントな武器、大方里桜の発明だろう。
もちろん、成長体たる呵責童子には何の効果も無いものの、行く手を阻む有象無象が消えたのは有り難い。
『今の内です、竜宮童子くん、祢々子河童ちゃん!』
『『合点承知之助!』』
手隙になった竜宮童子と祢々子河童に、八尺様を任せられるからだ。
『キサマらぁっ!』
と、ブチ切れた祥吉が異形の正体を表した。キノコ雲を擬人化した、三つの眼球が爛々と光る、化け物としか表現の仕様がない姿。まさに木ノ子たちの親玉と呼ぶに相応しい。
◆『分類及び種族名称:真菌大怪人=鸕鶿草葺不合尊』
◆『弱点:不明』
『ブォフォフォフォフォフォッ!』
気色の悪いくぐもった嘲笑を響かせながら、祥吉が滅茶苦茶な攻撃を繰り出して来る。雷撃を纏った火災旋風を巻き起こし、本体も眼球や指先から破壊光線をばら撒く。
『オーノーッ!』『ヤバいヤバいヤバい!』
ここまでされると、お白様の馬脚や正太郎の爆加速を用いても、近付けそうに無かった。
『てぁあああっ!』
『ブヴォアァッ!?』
すると、嵐の隙間を縫うように、竜宮童子の銛が打ち込まれた。
『借りるぞっ!』『ハイヤーッ!』
そして、怯んだ瞬間を狙って、お白様が跳躍。正太郎は借り受けた紫外線照射装置を銛の刺さった場所に打ち込み、暴走させた。流石に内部から弱点である紫外線を暴発させられては耐性もクソも無く、祥吉は元の姿に戻りながら倒れた。
『正太郎く~ん、お届け物やで~』
『八尺様!』『うぅ……』
さらに、そこへ祢々子河童が、助け出した八尺様をお届け。死んではいないようだが、かなり弱っている。早く胞子と毒素を排除しなければ。
『うぐ……ちくしょう……』
『……こいつ、まだ……!?』
だが、祥吉はまだ生きていた。身体中ボロボロになっているものの、それでも致命傷になり得ないとは、恐るべき生命力である。
『あぅぅ……嫌だ、死にたくない……ッ! 何で……こんな……独りぼっちで生まれて、独りぼっちで死ぬのか、ボクは! そんなの……嫌だぁあああっ!』
しかし、その異常な生命力に反して、漏れる言葉は子供そのものだった。
『虫が、良過ぎるだろ……!』
むろん、助けてやる筋合いも無いので、正太郎は重い身体を引きずって、炎の拳を構える。それを目の当たりにした祥吉は、
『嗚呼、そうだ……独りは嫌だ……だから、オマエを道連れにしてやるよぉあああぁっ!』
『なっ……!?』
まさかの自爆による道連れを図りやがった。まるで遊びで負けて癇癪を起すクソガキだ。爆発オチなんてサイテー!
『止めろぉおおおおおっ!』
『なぁ……ごあぁああっ!?』
だが、もう少しで組み付こうという時、八尺様が無理を押して大火球を放ち、祥吉を正太郎から引き剥がした。太陽を叩き付けられたも同然の祥吉の身体は燃え上がり、少しずつあの世へ送られていく。
『お、お母ちゃぁあああああああんっ!』
そして、自ら食らった母親に助けを求めながら、祥吉は散った。
『……同情も共感もしてやらねぇよ、クソガキめ!』
そんな彼の最期に、正太郎は唾を吐き掛けた。
そう、祥吉に同情も共感も不要である。
『帰ろう、八尺様』
『うん……どうもありがポ……』
何故なら、正太郎は八尺様を母親だと思った事など、無いのだから……。
◆◆◆◆◆◆
それからそれから。
「それで、結局どうなったんよ?」
峠高校の屋上で、説子がどうでも良さそうに尋ねる。
「ちゃんと仕事はしてったよ。返り血しか残らなかったみたいだがね」
里桜が小さなアンプルを眺めながら答えた。中には祥吉の物と思われる体組織が入っている。
「それにしても、天明から生き続けていたとはねぇ……」『ビバビ~』
説子は近寄ってきたビバルディを抱っこした。赤ちゃんの産毛のような肌触りが心地良い。
「ま、それも終わりな訳だが」
「それはどうかねぇ?」
「あ?」
里桜の言葉に、説子が首を傾げる。
「あいつらの本体は菌糸だからな。我の強い個性を除けば、全ては繋がっているのかもよ。菌糸だけにね」
「気持ち悪い事を言うなよ。バ○オハザードか」
もしも、何時か、何処か、星空の下で。そう考えると、ほんの少しだけロマンチックかもしれない。カビなんて何処にでも生えてるだろ、と言ったら負け。
「結局、あの呵責童子は何がしたかったのかねぇ?」
「さぁね。子供の考える事なんて分からんよ」
しかし、と里桜は続ける。
「だからこそ面白いのさ。何をやらかすか分からない所が実に悪魔的で、ね……」
そう、子供は天使じゃない……本当の悪魔なのだから。
◆木ノ子
近畿地方の山中に出現する子供の妖怪。草葉や蔦を編んで作った服を着こみ、大木の根元で踊りながら過ごしているという。基本的に害は無いが、時折シャレにならない悪戯もして来るので、見掛けても近付かず、追い払うのが山で働く者の習わしとされている。
その正体は子供の死体に菌糸が取り付いた、呵責童子の幼生。成長に従って状態異常に加えて肉弾戦、飛び道具を身に付けていく。




