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リオ ー屋上のラストボスー  作者: 三河 悟
闇黒の夏休み編
47/47

姑獲鳥ノ晩夏

皆死ねば良いのに。

 世界の何処か、幻の山脈。清らかな水と肥沃な大地、それらに育てられた大樹が生い茂る、神聖なる領域。外界とは不思議な壁で遮断され、森の中を幻獣たちが悠然と闊歩し、奥地には何者かが建てたであろう荘厳な宮殿が存在する。

 如何にも神秘的な風景だが、物事には裏表がある物だ。


『コカカカカ……』


 宮殿の一画で、恐ろしい姿をしたナニカが、自らのコレクションを愛でていた。“ソレ”は、人の頭蓋骨。形状から鑑みるに、若く逞しい男の物だろう。全ての肉を削ぎ落し、滑らかに加工された“ソレ”は、悍ましいながらも、一級品の祝杯(トロフィー)と呼ぶに相応しい。


『グクルルル……』


 すると、同一種族だが別のナニカが現れ、“ソレ”をジッと見詰めて唸る。


『クココココ……』


 視線を感じ取ったナニカは、自慢するかの如く頭蓋骨の祝杯を見せ付けた。


『グルルルル……ヴォォオオヴッ!』


 別のナニカは悔しそうに一声鳴いて、苛立たし気に踵を返す。今に見ていろ、とでも言いたいのであろう。


『クキカカカカ……!』


 さらに、自身の部屋に戻り、様々な装備を身に着けた。角が生えた鬼か悪魔のような金属製の仮面(ヘルメット)、時計の針が如く左右に展開する手首装着式闘剣(リストブレイド)、高度なコンピューターを内蔵した籠手(ガントレット)、肩・胸部・腰回り・脹脛を守る骨格的な装甲(アーマー)人型知的生命体(・・・・・・・)であるナニカ(・・・・・・)が装着する事で、一丁前の戦士が完成する。

 しかし、これからナニカが行う物は、戦争でも紛争でもない。“狩り”である。


『ヴァォオオオオッ!』


 何故なら彼女の(・・・・・・・)目的は男漁り(・・・・・・)なのだから(・・・・・)


 ◆◆◆◆◆◆


 閻魔県(えんまけん)要衣市(かなめいし)古角町(こかくちょう)の一画にある、二階建ての古いアパート。幽霊でも出そうな雰囲気を醸し出しており、家賃は驚異の一万円だ。壁に蔦が這い、窓の一部が割れ、階段は朽ちて半壊しているなど、誰がどう見なくても事故物件である。

 こんな物理的にも危ない家に住んでいるのは、一体誰なのか?


「あさだよ、おにいちゃん」

「ああ、お早う未乘(みのり)


 答えは、(ながれ) 龍馬(たつま)蜂紋(はちあや) 未乘(みのり)の親無し子だ。虚舟の一件で母親の途婁(みちる)を亡くした二人は、こんなボロアパートに住む破目となったものの、家無き子になるよりはマシなので、我慢するしかない。

 一応、天道(てんどう) 説子(せつこ)を頼って屋上住まいという手も考えられたが、流石に情けないし、何よりひょっこり行方不明にされそうで怖いので止めておいた。賢明な判断と言えよう。


「よし、始めるか」


 未乘が手作りした朝飯……の前に、トレーニングを始める龍馬。超加重状態で腕立て・腹筋・背筋・スクワット・プランクなどの筋力強化を一通りした上で、町内を唯只管に直進行軍するという、まるで男塾みたいな行為を約二時間で完遂する、頭のおかしいトレーニングである。雨の日も風の日も嵐の日も続けている、異常な日常だ。


「おかえり~」

「ただいま」

「ごはんできてるよ~」

「シャワー浴びたら直ぐに行くよ」


 そして、軽いウォーキングでもして来たかのようなノリでシャワーを浴び、龍馬と未乘の兄妹は朝餉に着く。慣れって怖い。

 まぁ、要衣市は魑魅魍魎の巣窟であり、里桜の根城が聳える魔境なので、この程度で驚いていたら長生き出来ないのだけれど……。


「うん、美味い」

「ありがとね~」


 未乘は中華風オムレツにご飯と味噌汁、龍馬は鴨の丸焼きと黄泉牛(きせんぎゅう)のステーキとイベリコ豚のローストハムと神威道産の新鮮なお野菜たちに十合の白米に味噌汁という、えげつない差のある朝食を平らげ、同時にご馳走様の手を合わせる。目がおかしくなりそうな光景だが、気にしたら負け。


「じゃあ、行こうか」

「うん……」


 さらに、二人で協力して食器を片付け、着替えを済ませてから、各々の学び舎へ登校する。


『ビバ~♪』「おはよう」


 未乘だけでは危ないので、暇を持て余しているビバルディと一緒に行かせ、龍馬は何時も通り一人で行く。未乘の通う小学校と、龍馬が向かう峠高校は割と離れている為、かなり早い段階で分かれる形となる。


「よう、龍馬。今日も独り身か?」「寂しい奴~」「ミサイルストーム」

「ほっとけ改造人間共め」


 途中で柏崎(かしわざき) (いちご)柴咲(しばさき) 綾香(あやか)菖蒲峰(しょうぶみね) 藤子(ふじこ)の魔改造三人娘に声を掛けられたが、努めて無視した。相手にしても仕方ない。相手にするとしたら――――――説子の方が良いだろう。子供の頃から背中を流し合う間柄だしね。

 だが、それは叶わなかった。


「何だ……?」


 突如、龍馬の背筋に悪寒が走る。こんな白昼堂々と(・・・・・・・・)殺気を向けるとは(・・・・・・・・)一体誰が(・・・・)……()一体何処から(・・・・・・)


(姿が見えない……これだけ感じ取れるなら、絶対に視認出来る距離に居る筈なのに……)


 周りを見渡しても、何処にもそれらしい人物の姿は見えない。龍馬の視力は二十を超えているので、捉えられない訳は無いのだが。

 しかし(・・・)確実に居る(・・・・・)。思えば今朝のトレーニングの最中から視られているような気はしていた。気付いていないだけで、もっと前から付け狙われていた可能性もある。

 ただ、それはあくまで観察であり、明確な殺気は先程始まったばかりである。何が観察者を狙撃手に変えてしまったのか。

 いや、今は考えても仕方ない。性善説など世迷言だ。殺人鬼(マイノリティ)頭の中(アイデンティティ)なぞ一考する価値も無かろう。クズは所詮クズなのだから。対処は簡単、殺られる前に殺れ。

 その為にも、襲撃者の正体と位置を特定しなくては。

 と、その時。


「………………!」


 龍馬の側頭部に、赤いΔ(デルタ)が浮かび上がった。形は違えど、それはレーザーサイトの一種である事に間違いは無い。ならば、次に起こる展開は読めている。


「うぉっ!?」



 ――――――ドギャアアアッ!



 龍馬がハンター染みた緊急回避をした瞬間、彼の頭があった位置を謎の光弾が通過。軸線上の街路樹を吹き飛ばし、小川に新たな池を造り上げた。狙撃にしては過剰な火力である。殺す気か……殺す気でした。


「ふざけんなぁっ!」


 龍馬は転がるように飛び起きて、逃走を開始した。現状は打つ手が無いのだから、背を向けるのも已む無しだろう。



 ――――――ドギャッ! ゴバァッ! ズワォッ!



 もちろん、敵は遠慮容赦無く光弾を撃ち続けて来る。壁が吹き飛び、家に風穴が空き、道路に蓋の無いマンホールの孔が増えた。


「えっ……ぱぁんっ!」

「チクショウ!」


 そして、とうとう一般の通行人にまで被害が及んだ。直撃した女性は当然、血煙となって弾け飛ぶ。このままでは多くの人間が犠牲になる。屋上の悪魔たちならいざ知らず、それなりに正義漢の龍馬にとって、見過ごせる事ではない。


「クソッタレがぁ!」


 龍馬は地表を走る事を止め、屋根や壁伝いに逃げ出した。これなら平日を持て余している暇人でもなければ、巻き添えを食らう者はグッと少なくなるだろう。

 まぁ、所詮はその場凌ぎなので、ここからどうするかが問題である。


「うぉおおおおっ!」


 瓦を蹴り、トタンをへこませ、煙突へ飛び付き、ガラスを何重にも突き破って、落下防止の手摺りを起点に跳躍する。常人ならとっくに心臓が破裂する程の運動量でパルクールし続けた結果、龍馬は黒咲市(くろさきし)向日葵町(さんようまち)に広がる工場地帯へ逃げ込んでいた。建材の加工や組み立て工場、産業廃棄物の処理場、化学薬品によるシリコンウェハーの再生ラインなど、多種多様な施設が乱立しており、災害時は非常に危険な事になるのだが、



 ――――――ドワォオオオッ!



 むろん、全く躊躇する事無く、敵は光弾をぶっ放す。金属や薬品が熱に晒され、有毒ガスを撒き散らしながら連鎖的に爆発を引き起こした。建物が大きい事に加え、仕事柄危険意識が高い為か、作業員の大半は上手く非難出来ているものの、それでも犠牲者の数は二桁では足りていない。

 しかも、このまま進み続けると、高層ビルや商業施設の建ち並ぶ黄泉市へと突入してしまう。


(マズいマズいマズい!)


 市街地へ躍り出るのも問題だが、コンクリートジャングルにトリガーハッピーを持ち込む方がよっぽど大問題だ。サラリーマンやオフィスレディが真面な退避が出来る筈も無い。入った時点でアウトである。


「何なんだよぉ、もう!」


 龍馬は肩に光弾を掠めながら、無理矢理方向を転換した。


 ◆◆◆◆◆◆


 閻魔県(えんまけん)檢河郡(しらかわぐん)要衣市(かなめいし)虚淵市(うろぶちし)の間に広がる、大法螺村(おおほらむら)大概町(たいがいちょう)大袈裟町(おおけさまち)の三町が属する区画で、向日葵町以上の工場地帯でもある。高速道路への出入り口が多い地域でもあり、車や人の出入りは多いが民家は少なく、住民の平均年齢も高めの、内情的には過疎が進んでいる郡だ。当然、平野よりも山の面積の方が圧倒的に広い。


『芸術は、裂殺だァッ!』

「ぎゃああああああっ!?」


 そんな檢河郡大概町の廃工場で、甲高い悲鳴が上がった。通りすがりの殺人鬼が、潜伏していた過激派宗教組織「オルカイナ」の工作員の一人を作品にした所である。生きたまま背骨と頭蓋骨を引っこ抜く、人間とは思えない御業だ。工作員も頑張りはしたものの、妖怪すら殺してしまう人外魔境の殺人鬼が相手では勝負にならなかった。血と臓物と錆びの臭いが入り混じって吐き気を催し、薄汚れたタイルの床や塗装の剥げた配管に新たな彩りが添えられる。どうしようもなく殺人現場だ。


「貴様、よくも……!」


 すると、唯一生き残った女工作員――――――カラカ・ゾーイが、悔し涙を浮かべながら殺人鬼を睨み付ける。彼女以外の工作員は殺人鬼の餌食にされており、たった今頭蓋の祝杯(トロフィー)にされた女工作員は、カラカの幼馴染かつ長年の戦友でもあった。だからこそ、何も出来なかった無力な自分に血涙を流しているのである。その上、殺人鬼が手を上げた理由が“何となく”なのだから、余計に腹立たしかった。


『芸術は、砕殺ダァ!』

「くそぉおおおおっ!」


 だが、幾ら悔しがった所で、カラカが勝てる道理はない。殺人鬼の興味が向いた今、その命運は尽きたと言えるだろう。


「ちょっと御免よぉ!」

『打破ァアアアアッ!?』

「ななな、何だぁっ!?」


 しかし、まさにその時というタイミングで龍馬が突入、殺人鬼にぶつかった。次いで光弾が廃工場内に飛び込んできて、転がっている何人かの死体ごと一区画を焼き払う。龍馬にそんなつもりは毛頭無かっただろうが、殺人鬼を光弾から守り、カラカを殺人鬼から引き離した形になる。偶然って怖いね。


『芸術は、刺殺ダァ!』


 何だかんだで邪魔をされた殺人鬼が、発射点目掛けて怒りの苦無を五本放つ。その内の二本が虚空に弾かれ、三本が見えない何かに浅く刺さった。貫通するつもりで放った殺人鬼が珍しく驚愕する。

 否、全く見えない訳では無い。捻じ曲がった光が、透明な人型生物のシルエットを浮かび上がらせている。


『コクルルル……ヴォオオオオオオヴゥッ!』


 さらに、光学迷彩が焼け付くように解けていき、龍馬を執拗に追い掛けていたナニカが正体を表した。


「な、何だこいつは!?」


 それは、鬼か悪魔を思わせるアーマーを身に着けた、羽毛の髪と鱗の肌を持つ、人ならざる異邦者だった。赤いΔは仮面から、光弾は両腕のリストブレイドから発射されたのであろう。胸の膨らみと甘き死の香りがする事を鑑みるに、おそらく性別は雌だ。その割に声は野獣のように可愛げが無いけれど……。



◆『分類及び種族名称:鬼鶬奔乃生(きそうほんのう)姑獲鳥(こかくちょう)

◆『弱点:胸部』



『芸術は、斬殺ダァ!』


 だが、殺人鬼は逃げも隠れもしない。それが人であろうと妖であろうと邪魔者は始末する。芸術を理解出来ない奴に生きる価値など無いのである。分かったら分かったで殺しちゃうのは気のせい。


「スマンな、何れ借りは返すよ!」

「なっ、あっ、おい、ちょっと!?」


 その隙に龍馬は再び逃走を図った。ついでに哀れなテロリストも小脇に抱えて廃工場を脱出する。カラカがオルカイナの工作員だと知らないのもあるが、怯えた女性を見捨てられない、龍馬の甘さが露呈した形だ。


『ハァアアアッ!』

『グヴァゥゥッ!』


 そんな二人を尻目に、殺人鬼と姑獲鳥が激突する。先ずは体当たりからの馬乗り、殴打の連続である。


『ぐぅぅぅ……!』


 ちなみに、押し倒されたのは殺人鬼の方だ。彼の馬鹿力を以てしても、姑獲鳥のパワーには敵わなかった。


『芸術、は……蹴殺ダァ!』

『ヴォァッ!?』


 しかし、殺人鬼もやられっ放しではない。渾身の力を振り絞って姑獲鳥の後頭部に蹴りを入れて怯ませ、マウントポジションから脱出したと同時に裏拳を叩き込み、逆に姑獲鳥を仰天させた。



 ――――――ズギャォッ! ドギャォッ! ゴバァォオオッ!



 だが、姑獲鳥は直ぐ様起き上り、怒りの連続光弾を放つ。殺人鬼は死に物狂いで避け続け、風穴だらけの廃工場が崩れ出した。


『コカカカカ……!』


 瓦礫を物ともせず姑獲鳥が練り歩き、殺人鬼が逃げた方へゆっくりと向かう。



 ――――――ガキィインッ!



『………………!』

『グヴォァアア!』


 と、粉塵に紛れた殺人鬼が死角からの一刃を繰り出すも、姑獲鳥はリストブレイドで挟み込んで受け止め、逆に殺人鬼を絡め取った。



『グヴォゥ! ヴォゥ! ゴヴァッ!』

『ぐがっ……!?』


 しかも、頭突きで殺人鬼の仮面を叩き割り、首根っこを鷲掴んで持ち上げる。白日の下に晒された殺人鬼の素顔は、何故かビバルディの中の人……塔城(とうじょう) 主人(あると)にそくっりであった。



 ――――――ズバンッ!



 そして、姑獲鳥はあっさりと彼の首をもう片方のリストブレイドで撥ね飛ばし、次いで光弾で胴体を吹き飛ばした。彼女もまた邪魔をされた腹癒せである。


『ゴクルルル……!』


 その後、殺人鬼という存在に興味を失った姑獲鳥は、龍馬の追跡を再開した。


 ◆◆◆◆◆◆


 閻魔県檢河郡大法螺村の、とある山中。要衣市災禍町(さいかちょう)に程近く深い森が広がるここには、かつて少ないながらも人が住む集落があったのだが、ある事件をきっかけに廃棄され、今は完全に自然へと回帰している。


「はぁ……はぁ……ふぅ~」

「………………」


 そんな山中の廃屋にて、龍馬とカラカは束の間の休息を得ていた。お互いに何処の誰かも分からぬまま逃げ続けて来たが、流石にそろそろ名前くらいは知っておきたい。


「……何故助けた?」


 すると、有難い事にカラカの方から話を振ってきた。


「泣いて怯えてる奴を助けちゃいけないってのかい?」


 対する龍馬は、息を整えつつ当たり前のように聞き返す。


「いけないね。……いや、あっちゃいけない。私は認めない!」

「知るかよ。何でお前の許可が必要なんだよ……」


 過去のトラウマ(・・・・・・・)が蘇り憤る(・・・・・)カラカに、龍馬は呆れても物も言えなかった。初対面の奴に敷居の高い会話を求めるな。察してちゃんかよ。


「ま、その拳銃や爆弾(おもちゃ)を見る限り、真面な奴じゃないみたいだな」


 それさえ分かれば、龍馬にとってはどうでも良かった。


「……奴らは一体、何なんだ……」


 カラカがポツリと呟く。龍馬に聞いているというより、自問自答している感じだ。


「知らんね。通りすがった殺人鬼だろ? そんな事より、あの化け物の行動原理と弱点だ」


 龍馬もまた聞いているようで聞いていない、脳内会議を始める。


(羽毛の髪に鱗の肌……哺乳類というより、鳥類に近い人型生命体か。武器はプラズマ光弾を放てるリストブレイドと、圧倒的な身体能力……光学迷彩で姿を隠している辺り、動物を狩る人間に近い感性を持っているな。知能は高いが、基本的に野蛮で負けず嫌いな奴なんだろう。……それはそれとして、光を捻じ曲げているなら、どうやって俺を視認していた? そう言えば、前に電磁波を可視化してる妖怪(やつ)が居たっけな……)


 生き残る為に考えに考えて、考え抜く。殺人鬼のおかげで判明した僅かな情報を基に、対抗手段を思考する。


「……お前、生きたいか?」


 と、ある程度考えが纏まった所で、龍馬がカラカに尋ねた。


「このままじゃ死ねない……!」


 「生きたい!」と答えない、テロリストの鑑。


「――――――なら、ちょっと協力して貰おうか」


 ◆◆◆◆◆◆


 一方その頃、同じ山中の別区画にて。


『ウォオオオンッ!』

『ヴォオオオヴッ!』


 大神(おおかみ)と姑獲鳥が殺し合いを繰り広げていた。偶然縄張りに入り込んだ姑獲鳥を大神が迎撃している形である。

 だが、実力差は歴然としていた。


『ギャォアッ!?』

『ブルヴォオオオオォォォン!』


 稲妻を纏った狼のお手は呆気無く姑獲鳥に受け止められ、タオルを振るように地面へ何度も叩き付けられた挙句、ドテッ腹を串刺しに掲げられてしまった。地方型妖怪でも屈指の戦闘能力を持つ大神でさえこの有様とは、恐るべきパワーフォースだ。少なくとも大怪獣クラスの妖怪なのは間違い無かろう。


『コカカカ……』


 しかし、姑獲鳥の獲物はあくまで龍馬。彼女からすれば、降り掛かった火の粉を払い除けたに過ぎない。とりあえず頭蓋の祝杯(トロフィー)だけは頂いて、姑獲鳥は捜索を再開する。光学迷彩を起動させたい所ではあるが、かなりの返り血を浴びたせいで意味を為さないので、諦めて姿を出したまま動いた。


『………………』


 すると、周囲を窺いつつ歩みを進める姑獲鳥の前に、開けた空間が現れる。山の一部を切り開いた電波塔の設置場所である。付近に変電施設もあるここは、姑獲鳥にとっては少々都合が悪い。放射されている(・・・・・・・)電磁波が強過ぎて(・・・・・・・・)視覚に影響するからだ(・・・・・・・・・・)


『………………!』

「………………」


 と、電波塔の基礎付近に、カラカがうつ伏せで転がっていた。息はあるようだが、気絶でもしているのか、ピクリとも動かない。


「うぅっ……!」

『コカカカ……』


 試しに踏み付けてみたら、苦しそうな声を上げて目覚めた。本当に意識を失っていたのか、それとも狸寝入りだったのかは知らないが、生きているのなら殺してやろう。


「……た、助けてくれ……」

『グルルル……!』

「……何て言うと思うかぁっ!」

『ヴォアッ!?』



 ――――――ゴバァアアアアアンッ!



 命乞いなど聞かぬとばかりに姑獲鳥が持ち上げた瞬間、カラカが力の限り抱き付いたかと思うと、凄まじい大爆発を巻き起こした。獲物を漁ろうとする(・・・・・・・・・)狩人気取りに対して(・・・・・・・・・)カラカの腹一杯に(・・・・・・・・)括り付けられた(・・・・・・・)クレイモア(・・・・・)爆弾が起動し(・・・・・・)姑獲鳥を吹っ飛ばし(・・・・・・・・・)たのである(・・・・・)。これぞまさに自爆テロ型のブービートラップだ。カラカは上半身だけになったが、きっと悔いはあるまい。というか、傷口が熱で塞がれた為、テケテケ状態になっても死に切れない生き地獄を味わう破目になった。

 だが(・・)これはカラカ自身(・・・・・・・・)が同意した事(・・・・・・)己よりも強い男に(・・・・・・・・)全てを任せた(・・・・・・)のである(・・・・)


「来いよ」

『ヴグルルル……!』


 爆発により暴走した電波塔と変電施設が放つ電磁波の奔流の中、表面が少し焼ける程度のダメージで起き上った姑獲鳥に、龍馬が対峙する。彼はもう逃げも隠れもしない。何故なら同じ土俵(・・・・・・・・)に立てたからだ(・・・・・・・)


『………………』


 薄っすらとしたシルエットしか見えず、照準も合わせられない。こんな狂った磁場の中では光学迷彩で姿を隠す事も出来ないので、お互いに丸見えの状態である。こうなれば、頼れるのは己の地力と戦闘技術だけ。正真正銘のガチンコ勝負だ。


『クコカカ……』


 狩りの時間が終わった事を悟った姑獲鳥が、己の仮面に手を掛ける。

 すると、仮面が霧の如く分解されてガントレットに吸収され、彼女の素顔がお目見えとなったのだが、


「……良い顔してるじゃねぇか」


 肌の質感が違う以外、人間の……それも美人と言って差し支えない、成人したての女性らしい顔立ちであった。


『――――――ヴォアアアアアアアアアアッ!』


 しかし、雄叫びと共に展開された昆虫や甲殻類、もしくは蛇を思わせる下顎のせいで、前言を完全に撤回したくなるくらいに台無しとなっている。やはりこいつも、見た目が似ているだけで人間とは全く別の生物である。


『ゴヴァアアァッ!』

「動きが甘いぞっ!」


 こうして拳を交える両者であったが、意外な展開となった。力任せに振るわれた姑獲鳥の右ストレートを龍馬が左腕で引っ掛けて往なし、彼のアッパーがカウンターで入る。次いで放たれた姑獲鳥のフックも龍馬は身を翻して躱し、彼女のこめかみに飛円蹴りを叩き込んだ。大怪獣クラスの攻撃を見切る動体視力も凄まじいが、そもそも蹴った足や殴った拳が砕け散っていない事が何より驚きだろう。どっちも人間じゃねぇ。


「だりゃっ!」

『ゴヴァッ!?』


 さらに、姑獲鳥のミドルキックをバックしつつ受け止め、逆にジャイアントスイングでぶん投げる龍馬。改造手術の類は受けていない筈だが、乗り越えてきた数々の修羅場と日々のトレーニングの成果が馬鹿力となって表れているのかもしれない。

 だが、流石に姑獲鳥もやられっ放しではなかった。


『……ヴォアッ!』

「(マズい、見切られた!?)」


 追撃しようとした龍馬の拳を、姑獲鳥が首を振って威力を殺し、逆に彼の腕を掴んで拘束する。たった数度の殴り合いで動きに慣れるとは、まだまだ伸びしろがありそうである。


『ギャヴォオオオオオッ!』


 姑獲鳥が止めとばかりに拳を振り上げた。リストブレイドも展開しているので、殴打と同時に岩盤ごと吹き飛ばすつもりだろう。

 と、その時。



 ――――――ザシュッ!



『グヴォァッ!?』


 何処からともなく飛んできた、見覚えのある(・・・・・・)クルカナイフ(・・・・・・)が姑獲鳥の脇下に突き刺さり、彼女の動きを一瞬だけ止める。ここには筋肉も骨も無い為、威力を殺される事無く心肺にダメージを与えられるのだ。

 そして、ほんの刹那でも隙が生じれば、龍馬にとっては充分である。


「くたばりやがれぇえええっ!」

『ゴガァッ……!』


 動きの止まった姑獲鳥の首に脚を絡めて、梃の原理で地面に叩き付け、その勢いのまま刺さったクルカナイフをぶん殴り、完全に胸を突き破らせる。これは勝負あり、だ。


「はぁ……はぁ……お前は一体、何だ?」


 立ち上がった龍馬が、致命傷を負って天を仰ぐ姑獲鳥を見下ろす。


『オマエハ、イッタイ、ナンダ……』


 しかし、姑獲鳥は質問文に質問文で返すという愚行を犯すばかりで答えは出さず、代わりに最後の力を振り絞ってガントレットのマニピュレーターを操作して、何かしらのシステムを起動した。


『グゥゥゥ……フゥゥ……フッフッフッフッフッ……フハハハハハハハハ!』


 さらに、最高に嬉しそうな満面の笑みを浮かべ、声を上げて嗤い出す。


(こいつ、まさか……!?)


 少しずつ早まるシステム音、してやったりという表情、迸るエネルギー。これは間違い無く――――――、


『好き好き大好き、愛してるぅっ! キャハハハハハハハハハッ!』

「これだから女って奴は!」


 そして、少女らしい綺麗な声で愛を叫びながら、姑獲鳥は閃光と共に散った。結局何だったんだ、この女は……。


 ◆◆◆◆◆◆


 閻魔県要衣市古角町、峠高校の屋上ラボ。


「“檢河郡大法螺村の山中にて大規模な爆発事故が発生、電波塔と変電施設を含む半径二十キロの森林が消失”か。やる事が派手だねぇ」


 バーチャフォンを片手に、届いた実験体(・・・・・・)を弄りつつ、里桜が呟く。素材は上半身だけでギリギリ生きている、テロリスト系女子。これから妖怪や機械を埋め込んだ、半妖のサイボーグにする予定である。


(あの馬鹿……余計な事にばかり巻き込まれやがって……)


 大怪我を負いはしたものの、命に別状無く入院している幼馴染を想いながら、説子が上の空を見上げる。里桜のやる事為す事に、全く興味が無いようだ。


「それにしても、こんなど田舎に国際テロリストが潜伏して、何をしようとしてたんかねぇ?」


 むろん、里桜の独り言に答える者は、誰も居なかった。

◆姑獲鳥


 子供を攫い育てる事を趣味にしている女の妖怪。本来は「産女」という別の妖怪の事を指していたが、中国から渡来してきた「姑獲鳥こかくちょう」と混じり合う事で、新たな伝承が産み出された。どちらも難産の果てに死んだ女が化けて出て、未練がましく子供を攫うという共通点があるものの、少なくとも「姑獲鳥」に関しては子供の事を“獲物”として見ている節がある。元々は「女媧」の化身とも言われており、意外とランクの高い妖怪でもある。

 正体はヤママユガに近い蛾から進化した人類。鳥や爬虫類のような特徴が多いものの、それは戦闘能力を得る為に似通っただけである。凄まじいフィジカルと引き換えに雌しか生まれないという特徴があり、目ぼしい他種族の雄を生殖細胞ごと食らう事で繁殖する。紫外線を主とした電磁波を可視化している為、強い電磁波に視界を遮られる弱点もある。

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