良い子悪い子ズルい子
正義の反対は別の正義。
閻魔県子取市を走る国道沿いの一画。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
一人の女性が息も絶え絶えに疾走していた。
『いけませんねぇ~。貴女はゲームに負けたんですよ~?』
「ひっ……!」
だが、逃げる事など出来ない。何故なら彼女は闇のゲームに負けたのだから。
『貴方の命、頂きます♪』
「うぎぃやぁあああああああああああああっ!?」
そして、女性はこの世で一番大切な物を失う事となる。つまり、彼女自身の命だ。
◆◆◆◆◆◆
「イーコ」という妖怪が居る。
見た目はヤママユガ科の蛾を擬人化したような姿をしており、高い知能と身体能力の他、“空間操作”という異能も持ち合わせている。“人助け”を種族的なモットーにしている所謂「都市型妖怪」で、人間の人間による人間の為に存在していると言っても過言ではない。人間にとって実に都合の良い連中である。「地方型妖怪」で言えば「蓮の葉の下に住む小人」が近いだろうか。
「ツツジ、東北旅行ですよ!」
「何言ってんのよ、アリスイ」
そんなイーコの男女一組――――――「アリスイ」と「ツツジ」が、東北行きの弾丸新幹線に乗り込んでいた。もちろん、能力を使って秘密裏に、だ。イーコたちには“人間に姿を見せてはいけない”という掟があり、人前に出る時は基本的に光学迷彩で姿を消している。可視光線を捻じ曲げているだけなので、よーく見るとシルエットが丸分かりだったりするのだが、余程の事が無ければ問題ではなかろう。
「分かってますよ。オイラだって馬鹿じゃない。今回のこれも人助け――――――」
『あ、イーコだ』『本当だぽ。こんな所で珍しい』
「わーお!?」
その大問題が、たった今巻き起こった。
しかし、実は無問題である。
「……「呵責童子」と「八尺様」、ですか?」
『そうだよ』『同じ妖怪同士、仲良くするぽ~』
何せ二人を見付けた連中もまた、同じ妖怪だからだ。
ただし、彼ら――――――「呵責童子」と「八尺様」はイーコたちと違い、「地方型妖怪」に部類されている。言うなれば被食者と捕食者、仲良くなんて出来ない。
「ちなみに、どうやって見抜いたんですか?」
『例え姿が見えずとも、居ないという事実までは消せないんだよ。空間が削られているような物だからね。……それにしても、イーコが姿を隠して行動してるって事は、何かあるんだよね?』
「はい、実はですね、今東北の地で事件が――――――」
「アリスイ!」
だが、イーコらの都合など関係無く、話は進んでいく。アリスイが間抜けとも言う。
「……こうなっては仕方ありません、話しましょう」
もう自棄っぱちになったツツジが、自分たちの目的を語り出す。
「実は最近、東京では人が蒸発する事件が多発しているんです」
『そんなの何時もの事じゃない?』
失礼にも程があるが、呵責童子の言う通りでもある。裏通りにやくざやシンジケートが蔓延っている事からも分かるように、関東地方の治安は終わり切っている。東北地方には悪人に加えて魑魅魍魎も跋扈しているだろ、と突っ込んではいけない。
「ええ、まぁ、それだけなら何時も通りなんですけどね。……何というか、消え方が変なんですよ。闇に呑まれて蒸発するんです」
『闇に呑まれて?』
「はい。それもゲームを仕掛けられた上で、ね」
『ゲーム……』
遊○王かな? 罰ゲーム!
『つまり、妖怪絡みって事ぽ?』
「しかも、目撃者によると、闇のゲームを仕掛けた犯人はイーコそっくりなんだそうです」
『じゃあ、「ワリーコ」なんじゃないぽ?』
ツツジの言い分に、八尺様が疑問を呈する。
「ワリーコ」とは、イーコの中でも強い自我に目覚め、己の遺伝子に刻まれた“人助けの本能”に抗い悪事を働く、言うなればイーコの亜種である。目的の為なら殺生も厭わない彼らだが、何だかんだと強気を砕き弱きを助ける一面を持っている為、結局は手段が過激なだけの同じ穴の狢だ。ダークヒーローを気取っていると言っても良いだろう。
「でも、「ミサゴ」は何も言って来ないんですよねぇ~」
『誰よそれ?』
「ワリーコの一人で、オイラたちとも関りのある奴です!」
『ふ~ん……』
しかし、アリスイ曰く、今回の一件にワリーコは関わっていないらしい。では、一体誰が何の為に?
「その疑問を解く為、そして生きているなら蒸発した人たちを助ける為に、私たちはここに居るのです」
『望み薄だと思うけどねぇ』
「………………ッ!」
確かに呵責童子の言う通り、罰ゲームを受けた人間の生存は絶望的ではある。
だが、イーコたちは動く。人助けが使命であるが故に。哀れな物だ。
『まぁ、頑張りなよ。僕らには関係ないから』『次の駅で降りるぽ~』
むろん、人間を餌としか思っていない呵責童子たちは、あっさりと話を切り上げる。生前の記憶があろうが無かろうが、根本的に地方型妖怪は人類の敵側なのである。
「うぬぬぬぬ、何と薄情な!」
「言っても無駄よ、アリスイ。彼らはそういう生き物なんだから。それより、閻魔県に着くまでの間に、少しでも情報収集を――――――」
と、その時。
「……あれれ? ツツジ?」
ふと会話が途切れたと思ったら、ツツジの姿が消えていた。というか、呵責童子や八尺様、引いては人の気配さえ霧散している。
「むむむむ!?」
その上、車内全体が暗黒に包まれ、闇に閉ざされている。
『こんにちは、同族さん♪』
「うぅぅぅ……!」
さらに、目の前に見覚えのない、イーコの姿が。しかも、直ぐ傍でツツジが闇に縛り上げられ、宙吊りにされている。意識を失っているようだが、何らかの負担が掛かっているのか、とても苦しそうだ。
「こ、これは一体……!?」
『分かっているでしょう? むろん、これは“闇のゲーム”ですよ。ツツジさんは、その掛け金です』
「お前……!」
情報が漏れていただけでなく、見事に誘い込まれた。つまりは、そういう事であろう。
「誰の入れ知恵だか知りませんが、ツツジに手を出すというのなら、例え同族でも許しませんよ!」
『良いでしょう。……では!』
そして、虚空の闇が書き換わり、無限に広がる暗黒街へと変じる。そのど真ん中に聳える、漆黒の闘技場こそが、二人にとっての決戦のバトルフィールドである。
さぁ、闇のゲームの始まりだぁ!
◆◆◆◆◆◆
『ん……?』
自分の座席で目を覚ます呵責童子。イーコたちを早々に見捨てて八尺様とゆったりしていなのだけれど、本当に眠ってしまったようである。
『あれ? 八尺様?』
その上、肝心の八尺様の姿が見えない――――――というより、車内に人っ子一人居ない。しかも、何故だかやたらと湿っぽく、黴臭い空気が漂っていた。
『何だこりゃあ? ……八尺様、何処~?』
とりあえず呵責童子は席を立ち、八尺様の姿を探す。一歩踏み出す毎に床に広がる何かが足の裏に張り付き、脚を持ち上げると何本もの粘液が糸を引く。まるで腐った死体の上を歩いているみたいだ。
『うふふふふ♪』
『ゑ?』
すると、何時の間にか行く先に八尺様が立っていた。何時もよりも妖艶で甘い笑みを浮かべて、こちらを見詰めている。
『あはははは♪』
と、八尺様がクルリと踵を返し、“付いて来れるかしら”と言わんばかりに、車内の通路を駆け出した。
『あっ、待ってよ!』
呵責童子はついつい後を追い掛けてしまった。好きな異性の後を追わずにはいられない、哀しい男の性……。
――――――キィィィィィ……プシューッッ!
さらに、弾道新幹線……否、古びた棺桶のような電車が停まり、扉がギリギリギリと音を立てて勝手に開いた。併せて八尺様が電車を飛び出し、呵責童子も後を追い掛ける形で降りる。彼らが着いた駅もまた、朽ち果てた無人改札駅で、枯れ切った蔦で覆われた看板には「鬼之古巣」と書かれていた。
『うふふふふ、あはははは♪』
『八尺様、何処に行こうってのさ~?』
周りを森で囲われ、暗闇と僅かな外灯が支配する、錆び付き草木の生い茂る線路の上を、きゃっきゃうふふふと闊歩する呵責童子と八尺様。光景と風景が釣り合っていない。
『……あれ?』
フッと八尺様の姿が消え、呵責童子は何時の間にかトンネルの前に立っていた。罅割れ苔生したコンクリート造りのトンネルで、洞穴のような入口の上部には「伊佐貫」と書いている。このトンネルの名前だろう。
――――――シャンシャンシャン……ポン、ポポン……。
すると、黒い森の中から、鈴の音と鼓を鳴らす音が聞こえてきて、
『えっ……?』
気が付けば、呵責童子は黄金色の稲穂が風に靡く、田園地帯に立ち竦んでいた。ここは一体何処なのか?
「お~い、正太郎や~い」
と、呵責童子を呼ぶ懐かしい声。
『お婆ちゃん!』
発声源を見遣れば、小綺麗な茅葺屋根の家で正太郎の祖母が、手を振り彼を呼んでいる。正太郎は喜び勇んで駆け寄って、彼女の膝枕に寝転び、至福の時を過ごす。
「さぁ、ご飯にしようか」
『うん!』
そして、祖母が手作りした、とても美味しそうな白飯を思い切り口へ掻き込み――――――。
◆◆◆◆◆◆
一方その頃、闇の闘技場。
『さぁ、デッキからカードの剣を抜きなさい!』
「意味不明だぜっ!」
『何を仰いますか! 目と目が合ったら真剣勝負、闇のゲームはカードで決着を付けるのですよ!』
「なるほど、分からん!」
名も無きイーコが、アリスイにカードゲームで勝負を仕掛けていた。使用するのは、最近巷で流行っている「ジュエル・マイスターズ」という物。バーチャフォンによりイラストが投影され、モンスター同士で大怪獣バトルを繰り広げる、大人から子供までドハマりするTCGである。
「けれど、問題はありません! オイラも持ってますからねぇ!」
しかし、問題は無い。何故ならアリスイも「決闘者(ユーザーの共通名称)」だからだ。何でやねん。
「『【決闘】!』」
さらに、そのままゲームが始まってしまった。
だが、流石にこれではあまりにも置いてきぼりだろう。一応のルールは説明しておく。
・メインデッキは四十枚~六十枚
・初期手札は七枚
・ライフポイントは「7000」
・「ジュエル」というカウンターを二十二点持っており、これをコストにカードを使う
・カードはモンスター、スペル、スキルの三種類
・ライフかジュエルを全て失うか、デッキからカードがドロー出来なくなったら負け
・ゲームシートはこんな感じ↓
山 ス ス ス ス ス EX
場 モ モ モ モ モ 墓
=========
墓 モ モ モ モ モ 場
EX ス ス ス ス ス 山
ルールとマナーを守って、楽しくジュエルしよう!
『私の先攻、ドロー!』
先ずは名も無きイーコのターン。デッキからカードを一枚、カッコ良くドローする。
『ライフを1000ポイント払い、永続呪文【悪魔の聖域】を発動! このカードの効果により、私は一ターンに二回まで、手札の「悪魔憑き」モンスターを召喚出来る! そして、ジュエルカウンターを合計八点払い、【悪魔憑き-トキソプラズマーグ】と【悪魔憑き-フィラリアグロ】を召喚! さらに【悪魔の聖域】のもう一つの効果により、召喚した「悪魔憑き」一体に付き、二点のジュエルカウンターを回復! 先攻は攻撃出来ないので、リバースカードを一枚セットし、ターン終了!』
そして、内臓や骨がぐちゃ混ぜに捩じくれ上がった不気味な聖域に、二体のモンスターを召喚する。【トキソプラズマーグ】(☆4 攻1600/守1200)は脳が異常に発達してはみ出している人狼、【悪魔憑き-フィラリアグロ】(☆4 攻1200/守1500)は象のように腫れ上がった脚が生えた紫肌の裸婦という、これまた気色の悪い姿をしている。
「先攻から飛ばして来ますね!」
「ジュエル・マイスターズ」は“プレイヤーは命と魂を贄に魔術や魔物を操る魔法使い”というコンセプトがあり、モンスターは記されている☆の数だけ魂を削って召喚し、スペルやスキルはライフポイントを払って発動する。
また、モンスターはライフやそれに準ずる物を、スペルやスキルはジュエルカウンターをある程度回復する能力が不随されていて、プレイヤーはそれらを勘定に入れて、ライフやジュエルカウンターを管理しながら戦わねばならない。その上、スペルとスキルはそれぞれ一ターンに一枚ずつしか場に出せず、同時に多く使いたければ伏せて次のターンを待たねばならないなど、かなり戦略性が要る。そうした面倒な所も含めて人気なのだろう。
「ですが、オイラも負けてませんよ! ドロー! ライフを500ポイント支払い、手札から【融合】を発動! ジュエルカウンターを七点支払いつつ、手札の【戦うアイドル☆キャロライナ】と【戦うプリンセス☆ベジタブリス】を融合させ、EXデッキより【戦乙女★キャベロブリナス】を融合召喚! ジュエルカウンターを二点回復!」
対するアリスイは、手札の【戦うアイドル☆キャロライナ】(☆7 攻2500/守2100)と【戦うプリンセス☆ベジタブリス】(☆7 攻2400/守2000)を融合させ、美しくも逞しい魔法少女【戦乙女★キャベロブリナス】(☆8 攻2800/守2500)をEXデッキから呼び出した。EXデッキのモンスターはメインデッキとは混ぜず、特定の条件を満たさないと召喚出来ず(コストはEXデッキのモンスターの☆が参照される)、出したターンは攻撃出来ないものの、強力なステータスと効果を持っている。
「そして、ライフを半減させる事で、【戦乙女★キャベロブリナス】の効果を発動! 相手フィールドのモンスターを全てデッキに戻し、合計攻撃力値の半分のダメージを与え、合計した☆の半数分のジュエルカウンターを回復する! 二体の合計は2800、よって1400のダメージと共に、その気色悪いモンスターはばっばいです! 食らえ、「オーバードーズ・レインボー」」
【戦乙女★キャベロブリナス】が口から虹色の波動砲を放った。
『甘い! ライフを2000ポイント支払い、リバーススペル【悪魔の召喚】を発動! このカードの効果により、私は相手ターンに「生贄召喚」が出来ます! 来い、【悪魔憑き-オンコセルカイン】!』
しかし、対象となるモンスターたちが生贄に捧げられた事で不発に終わった上に、ブユを魔人化したような姿の【悪魔憑き-オンコセルカイン】(☆9 攻3200/守2500)が現れた。☆が五つ以上六つ以下は一体、八つ以上九つ以下は二体、十個以上は三体のモンスターを生贄にする事で、ジュエルカウンターの支払いを肩代わり出来るルールがあり、これを「生贄召喚」と呼ぶ。
「「サクリファイス・エスケープ」だと!?」
これぞまさしく「生け贄による回避」。コストにして対象を外してしまうテクニックである。
『【悪魔憑き-オンコセルカイン】の効果を発動! このカードが生贄召喚に成功した時、ライフを半減する事で相手モンスターを吸収し、その☆分のジュエルカウンターを回復しつつ、攻撃力も上がります! 「カインズ・コンプレッサー」!』
「何ですとぉ!?」
さらに、【悪魔憑き-オンコセルカイン】に【戦乙女★キャベロブリナス】が吸収されてしまった。攻撃力も上昇して4600になっているし、場はがら空きだしで、アリスイは絶体絶命だ!
『フッフッフッ、更にこれを見るが良い!』
「うぐぅぅぅ……っ!」「ぬっ、ツツジ!?」
『そう、これは闇のゲーム! 貴方や貴方のモンスターが私へ攻撃すれば、それがそのまま彼女へのダメージとなります! つまり、貴方が一ミリでも逆らえば、彼女の命は保証しないという事ですよぉ!』
「ズルい!」
しかも、今更明かされる衝撃の真実ゥ!
名も無きイーコは、これ以上アリスイが何かをすればツツジを闇の力でぶっ殺す、と脅しているのである。一方的に殺されろとは、理不尽にも程がある。
「……ですが、おかげで分かりました! お前は「ズリーコ」ですね!」
だが、その卑怯過ぎるやり方のおかげで、名も無きイーコの正体が判明した。彼はイーコでもなければワリーコでもない、「ズリーコ」という地方型妖怪だ。彼らはイーコの形を真似る事で、油断して近付いて来た人間やイーコを亜空間に引き込み餌食にする、所謂「捕食擬態」を行う。ようするに、そっくりさんなだけで全く別の生き物なのである。
『その通り! 私はズリーコの「ロア・ロア」! しかし、そうだとしたら何だと言うのです? 卑怯千万、大いに結構! そもそも、餌の分際で自分の意見が僅かでも通ると勘違いするなど、烏滸がましいにも程がある! お前らゴミカスは、私の掌の上で無様にコロコロと踊ってりゃいいんだよぉ! 行け、【悪魔憑き-オンコセルカイン】の攻撃! 「アルベリック・バルビエンド」!』
そして、正体を表したズリーコの「ロア・ロア」が、モンスターに攻撃命令を下した。
◆◆◆◆◆◆
『待って、正太郎!』
呵責童子が白飯を掻き込んだ瞬間、本物の八尺様が悪皿守状態で飛び込んで来た。同時に周囲の景色が書き換わり、巨大な骨と蠢く肉が壁を造る、気色の悪い空間に書き換わる。今までの光景は何かが見せた幻だったのかもしれない。
『ハッ……!?』
すると、呵責童子も正気に戻ったのだが――――――一歩遅かった。
『おぶぅっ!?』
白米に見せ掛けていた無数の条虫たちが、彼の体内で爆発的に増殖、内部から食い荒らし始めた。全身が膿んだように腫れ上がり、皮一枚の下を蟲がざわざわと這いずり回る。
『アハハハハハハッ♪』
そんな呵責童子の様子を見て、偽の八尺様がけらけらと嗤う。愛や絆の何と脆い事か、と。所詮、見た目が全てだ。
『――――――舐めるなぁ!』
『………………!?』
しかし、呵責童子も一端の妖怪。それも同じ寄生型の怪異である。人間やデカいだけの妖怪であればイチコロだろうが、全ての細胞が本体とも言える呵責童子であれば、排除に集中すれば体外に追い出す事は出来る。
だが、逆に言えば今の呵責童子は完全な無防備だという事。追撃を受けてしまえば一溜りもなかろう。
『八尺様、お願い!』
『合点承知の助っ!』
だので、呵責童子を抱きかかえ、悪皿守はさっさと逃げ出した。ついでに内壁や偽物目掛けて火球を放って炙り焼きにするのも忘れない。
『……ゥゥアアアアアッ!』
思わぬ事態に怒り狂った偽物が、周囲の肉壁と一体化しつつ雄叫びを上げた。
『ヴォオオオオォォォッ!』
さらに、呵責童子と悪皿守を飲み込んでいたモノが正体を表す。
◆◆◆◆◆◆
『滅びの力で闇を見ろ、虫けらぁ!』
【悪魔憑き-オンコセルカイン】の攻撃が迫る。
「……それはどうかな!」
しかし、アリスイは諦めない。決闘者だから。
「墓地の【戦乙女★キャベロブリナス】を除外する事で、デッキからスペルカード【合一化】を発動! ライフを残り1000となるように払い、墓地の【戦うアイドル☆キャロライナ】と【戦うプリンセス☆ベジタブリス】を除外する事で、【戦巫女★ベジロライナス】を融合召喚!」
『何だとォ!?』
まさかの墓地融合に驚くロア・ロア。
だが、まだ焦る時ではない。何故なら彼には人質が居るのだから。
『ば、馬鹿め! こっちには肉壁が居る事を忘れたのですか!? それに今更どんなモンスターを出そうが、オンコセルカインが粉砕・玉砕だぁ!』
ロア・ロアは攻撃を続行する。無様に足掻く虫けらに止めを刺す為に。
「馬鹿はお前の方です! 【戦巫女★ベジロライナス】は一ターンに一度、お前のモンスターを操り、お前自身に攻撃させる事が出来ます!」
『な、何ィッ!?』
「言ってましたよねぇ、オイラとオイラのモンスターが攻撃を仕掛けたらツツジにダメージが入るって! しかし、オンコセルカインはお前の場でお前自身に攻撃を仕掛ける! つまり、お前は自爆して負けるのです!」
『ぬぐぉおおおおおっ!?』
しかし、【戦巫女★ベジロライナス】の効果によって混乱した【悪魔憑き-オンコセルカイン】が、訳も分からず自爆する形で、ロア・ロアは闇のゲームに敗北した。
「あぅ……っ!」「ツツジ!」
その瞬間、闇に囚われていたツツジが解放され、アリスイが滑り込みで受け止める。
どんなに理不尽なゲームだろうと、言った事は取り消せず、ルールは守らねばならない。それが法則によって相手を拘束する闇のゲームなのだ。
『フフフフフ……まだ終わりではない』
だが、終わったのは闇のゲームだけ。
『つぇあああっ!』
「うおおおおっ!?」
突然、ロア・ロアが襲い掛かって来た。跳び蹴りからの左右連打、回し蹴りを繰り出す。
『ここからはリアルファイトの時間だぁっ!』
「はぁっ!? ふざけんな! それでも決闘者か!」
『リアリストだ!』
「黙れテロリスト! 自分の敷いたルールくらい守れ!」
何なのこの人。
『ルールだぁ? 私がルール、私のルール、ルールルルルルーッ! 知ぃるか死ぃねぇよぉぉぉん!』
「お前が死ね!」
『この私に死ねというんだな!? 殺してやるぅううううっ!』
そして、ロア・ロアが擬態を解いて、正体を表した。
イーコをベースとしつつも、より禍々しい紋様が血走り、奇怪な形の仮面や甲殻を纏っているなど、全体的に南国風味の魔人のような姿をしている。こんなのに出くわしたら腰を抜かしてしまいそうだが、捕食の助けにはなるので、これもまた妖怪らしさと言えよう。
◆『分類及び種族名称:幻覚異次元人=狐者異』
◆『弱点:触角』
「この卑怯者め!」
『煩い、黙れ、そして死ねぇ!』
「ぐわばーっ!?」
果敢に立ち向かうアリスイだったが、しかし腐っても相手は地方型の妖怪。空間を超高速で繋げる事による瞬間移動では先を行かれ、単純な身体能力でも完全に上回られている。何度かの転移でアリスイは叩き落され、着地と同時に蹴り飛ばされた。
「この……っ!」
『逆らうなぁ!』
「うぼあーっ!?」
さらに、ロア・ロアは闇を押し固めた結晶のような物を雨あられと発射して、アリスイを蜂の巣にする。これが地方型と都市型の地力差である。食物連鎖の上と下、弱肉強食の関係だ。どう足掻こうと引っ繰り返せる物ではない。
『フハハハハ、無様だなぁ! このごみこばぁあああああんっ!?』
『グゥゥルドォオオオッ!』
だが、それはロア・ロアにも言える事。突如として闇を切り裂き現れた巨大な骸骨の手によって、ついでの雑魚が如く叩き潰された。
襲撃者の正体は、人に逃れ得ぬ死を齎す悪魔の寄生体「芽殖孤虫」が寄り集まり、無数の遺骨を融け合わせた巨躯なる骸の大怪獣。飢えと苦しみの中で死んだ者の怨念が具現化したとされる妖怪、「餓者髑髏」である。その力は凄まじく、雲を突く巨体は大地を揺らし、地獄の叫びは命を枯らす。まさに大いなる異怪の魔獣だ。
◆『分類及び種族名称:反骨大怪獣=餓者髑髏』
◆『弱点:不明』
『グルヴヴヴヴヴヴッ!』
『暴れ過ぎぃ!』『怨念がおんね~ん!』
「何してくれたんだアンタら!?」
もちろん、連れて来たのは呵責童子と悪皿守。幻の無人駅「鬼之古巣駅」に化けて獲物を呼び寄せていた餓者髑髏の体内で、派手に花火を上げたせいである。何してくれてんねん。
「うぅ……アリスイ? ……って、何よこれ!?」
「説明してる暇はありません! 全力で逃げますよ!」
『『逃げるな卑怯者!』』
「アンタらが言うな! 自分の時だけ虫が良過ぎますよ!」
『知らんなぁ~♪』『困った時は助け合いよ~♪』
「この……っ!」
しかし、巻き込まれてしまった以上、アリスイたちも協力せざるを得ない。何せ相手は超獣をも羽虫のように叩き潰す大怪獣。逃げ切る事など不可能。
生き延びたければ、戦え!
『……よしっ、追い出せた! 行くよ、八尺様!』『よっしゃあっ!』
先ずは体内の芽殖孤虫を排除し終えた呵責童子と、逃げに徹していた悪皿守が反撃に転じる。流星群のような拳の連撃、太陽と見紛う大火球が餓者髑髏を襲う。
『グゥゥルドォオオオオッ!』
だが、数多の怨念が凝り固まった反骨の躯は異様なまでに硬く、掠り傷すら負ってはいない。
『ゲヴォォオオオオオオッ!』
その上、口から白い闇をブレスのように吐き出し攻撃して来た。数え切れない程の芽殖孤虫が奔流となっているのだ。浴びれば一瞬にして骸の一部と化すだろう。
「そうは行きませんよ!」「イーコだって頑張れるんだからッ!」
『ナイスだ!』『食らえっ!』
しかし、アリスイとツツジの空間転移によって難を逃れ、更なる反撃を繰り出す。呵責童子の身体から生み出される凄まじい熱気が悪皿守へ伝導し、破滅の光となって放たれる。
『ブヴォァアアアアアアッ!』
餓者髑髏も白い闇の波動で対抗しようとするが、
「「砕け散れ、凡骨!」」
攻撃の瞬間、イーコのゲートが開き、餓者髑髏の真後ろに出現させた。東京ドームよりも図太い波動を転移させる程のゲートを開くのは命懸けではあるが、今やらずに何時やるというのだ。
『イジンドモガァ、タバカッタカァアアアアアアッ!』
呵責童子と悪皿守の光熱線と己の白い闇に挟み撃ちされる形で、餓者髑髏は大爆発した後に砕け散った。自分の攻撃が着火剤になって爆死するとは、何とも皮肉な最期である。
◆◆◆◆◆◆
それからそれから。
『それで、君らはどうするの?』
『結局、犯人はそのズリーコだったんだから、用は無くなったんじゃないのかポ~?』
改めて乗り直す事になった呵責童子と八尺様が、イーコたちに尋ねる。
「いえ、オイラたちはもう少し調査をしようと思います」
「超獣と大怪獣が偶々餌場をブッキングした、なんてある訳無いですからね」
今回の一騒動、単なる偶然とは思えない。出遭い頭の犬と狼が、同じ餌を分け合う筈が無いのだから。アリスイとツツジの仕事は、ある意味これからだ。
《そう、全ては必然だ……》
そして、誰も気付かぬ擦れ違い様に、見知らぬ少女が嘲笑った。絶対の自信と悪意を以て……。
◆餓者髑髏
飢えて野垂れ死んだ者たちの怨念が凝り固まったとされる、巨大な骸骨の妖怪。オリジナルは、平将門の娘にして復讐の鬼と化した妖術師「滝夜叉姫」の召喚した怪物。
正体は芽殖孤虫の成体が寄り集まって巨大な骨格を成したモノ。取り殺した人間の骸を融合させる事で、天を頂く巨躯と超合金よりも硬い身体となる。「鬼之古巣駅」は彼らが見せる幻の無人駅であり、迷い込んだ者を己の一部として取り込んでしまう。




