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リオ ー屋上のラストボスー  作者: 三河 悟
闇黒の夏休み編
41/52

悪魔の新来

マッドサイエンティストとも遊ぼう!

 満天の月が嗤う夜、何処かの森の中。


『………………』


 一人の悪魔がのらりくらりと歩いていた。全身が闇よりも暗い漆黒に染まり、衣服の類は一切身に纏っていない。もちろん裸足だが、痛がる様子が無い所を鑑みるに、皮膚が分厚いのだろう。全てがのっぺりしているものの、き○この山と稲荷寿司がぶら下がっているので、彼が男である事が分かる。

 そんな少年の名は……無い。昔は東京都出身の日本男児としての名があったが、闇色に染まった頃に忘れてしまった。

 だので、彼は自身を「デビル」と名付けて呼んでいる。むろん、由来は「悪魔(Devil)」。これ程までに名が体を表している者も居まい。


『………………』


 さて、そのデビルくんであるが、向かう先は決まっている。閻魔県だ。

 目的は――――――後のお楽しみである。何せ、とても面白い玩具を“貰った”のだ。愉しまなければ損だろう。


『……ニヤリ』


 その後、デビルは不思議な種子(・・・・・・)を握り締め、山を下りた。


 ◆◆◆◆◆◆


 ここは東京都(とうきょうと)安楽市(あんらくし)絶好町(ぜっこうちょう)の繁華街にある、何の変哲もない三階建てのデパート「カンドービル」……の地下一階。壁に隠された秘密のスイッチを押すと現れる、薄暗い階段を下りた突き当りに待ち構えるは、どう見なくても怪しい扉。

 そして、ドアを開いた先に広がる場所こそ、「雪岡研究所」。「世界三大狂科学者マッドサイエンティスト」の一柱、雪岡(ゆきおか) 純子(じゅんこ)の研究ラボである。


【私の実験台になってくれる人に凄い力を与えます。死んでも文句を言わない人、大募集!】


 そんなふざけた謳い文句に誘われ、今日も今日とて実験台(モルモット)たちがやって来る。……これでも何処ぞの屋上ラボよりも安全なのは笑うしかない。

 しかし、残念ながら本日、純子は不在だ。


「お~い、(しん)兄ィ~」

「何だよ、みどり」

「暇過ぎて死にそ~」

「止めとけ止めとけ、きっと死んでも暇だから」

「吉良の同僚みたいな事を言うなよォ~」


 代わりに彼女の家族である、「雪岡 純子の殺人人形」こと相沢(あいざわ) しんと、「カルト教団【薄幸のメガロドン】の元教祖(プリンセス)」こと雫野(しずくの) みどりが留守番をしていた。どちらも綺麗な黒髪と不健康な白い肌を持ち、真の瞳が青でみどりは緑という点だけが違う。血縁はまるで無い筈なのだが、こうも似ているのは珍しい。


「つ~か、ご先祖様はァ~?」

「ピアノ弾きに行ってる」

「良い趣味してんねェ~」

「じゃないと延々と引き籠るからな、あいつ」

「ヒデェ言い草……」


 ちなみに、みどりと遠い血縁関係にあるもう一人の家族、雫野(しずくの) (るい)はお出掛け中である。きっと何処かの倶楽部で冬のソ○タでも弾いているのだろう。


「ねぇねぇ、真くん、みどりちゃん!」


 と、だらけ切っている二人に話し掛ける、可愛らしい声が。

 だが、声の主は顔こそ幼気な女の子ではあるものの、首から上だけしか存在せず、何故か鉢に植えられている。彼女の名は「せつな」。元は引きニートかつデブの四十路おじさんだったのだが、性同一性障害を抱えており、その歪な状態から抜け出して人生を再スタートする為に雪岡研究所を訪れ、現在の姿となった。

 その生首系鉢植え幼女せつなちゃんが、葉っぱを器用に使ってバーチャフォンを起動し、とある映像を真とみどりへ見せる。


「「あ、里桜ん所の鉢植え生首だ」」

《こんにちは~、毎度宜しく悦子でございま~す♪》


 映し出されていたのは、香理(かり) 里桜(りお)の屋上ラボに植えられているせつなの類友、志賀内(しがない) 悦子(えつこ)だった。彼女もまた鉢に植えられた生首系少女であり、ズバリ里桜が純子のアイデアをパクって改造を施した、元一般女子高生だ。実兄が怪しい宗教に嵌まった末に妖怪化して、しかも彼のラ○トサーベル(意味深)によって首を撥ねられてしまい、里桜の気紛れのおかげで現在の姿になった。

 そんな生まれも育ちも全く違うせつなと悦子だけれど、結果として得た人生が全く同じだった為、ネットで出会って意気投合、今ではすっかりズッ友である。化け物には化け物ぶつけんだよ。


「デルタ・コーポレーションの時以来だけど、本当にせつなそっくりだよな。……それはそれとして、急にどうしたんだよ?」

《いや~、ちょっとふるさと納税の返礼で旅行券が当たりまして。是非ともせつなちゃんとお出掛けしたいなと思ったのですが、残念な事に行けるのは“人間”だけなんですよねぇ~》

「まぁ、その姿格好で一般人ってのは無理があるよな。でも、確かビバルディと謎の合体で人型になれなかったっけ?」

《はい、わたしの方は(・・・・・・)。だけど、せつなちゃんはそうも行かないでしょう?》

「なるほど、保護者同伴を僕かみどりに頼みたいって事か」

その通りでございます(Exactly)!》

「止めろダービー」


 悦子の説明に、真は色々と察した。そうなると、二人の内どちらが行くかが問題となるのだが……。


「行け、グリーン」

「東北嫌い過ぎるだろ真兄ィ~」


 やっぱり行くのはみどりになりそうだ。


《ではでは、閻魔県(こっち)までの旅費は口座に振り込んでおきますので、お待ちしておりますよ、みどりさん♪》

「大丈夫なんかなァ、これ……」

「わ~い、旅行だ旅行だ~♪」


 正直嫌な予感しかしないものの、無邪気に喜ぶせつなを哀しませるのも嫌なので、みどりは仕方なく重い腰を上げた。彼女らの東北旅行計画がどうなってしまうのかは、神のみぞ知る。


 ◆◆◆◆◆◆


 東北地方閻魔県(えんまけん)黄泉市(きせんし)、「黄泉国際空港」。


『いやぁ、両手に花ですね』「飛行機初めて乗った~♪」

「腹立つわァ~」

『ビババビ~♪』


 東北地方最大の空港にて、みどりたちは落ち合っていた。メンバーはみどり、せつな、悦子、ビバルディの四人(?)。


「マッハスペシャル」

「どういうこっちゃ……」


 さらに、謎の発言をする不思議少女。ゴスロリ系のファッションに身を包み、死人のように生気の無い顔立ちをした、年頃の女の子――――――菖蒲峰(しょうぶみね) 藤子(ふじこ)であった。ビバルディが本来のぬいぐるみ姿で、生首鉢組もそのまんまな所を見ると、今回の旅行は“荷物”として楽しむ気のようである。


「いや、不思議ちゃん多過ぎっしょ。つ~か、これ全部みどりが面倒見る訳?」


 しかし、ここで問題が生じる。真面に喋れる“人間”がみどり一人しか居ないのだ。必然的に全ての役回りを彼女が請け合う事になる。


「チクショ~、真兄ィの奴、上手い事乗り切りやがってェ~」


 今は東京でノンビリお留守番しているであろう真の寝顔を思い浮かべて、みどりはこめかみに青筋を浮かべた。

 まぁ、来てしまった物は仕方ない。精々やる事はチェックイン&アウトぐらいしかない筈だから、さっさと宿に向かって英気を養うとしよう。


(それにしても……)


 みどりは一瞬だけ藤子を霊視して、直ぐに止めた。世の中には(・・・・・)深入りしない(・・・・・・)方が良い事もある(・・・・・・・・)

 そんなこんなでみどり一行は目的の宿屋に辿り着いたのだが、


「……何かボロくね?」

『失礼ですよ、みどりさん。“趣深い”と言うべきです』

「お前も骨董品(アンティーク)扱いしてんじゃんか」


 その宿泊施設は、何と言うか、ちょっと寂れていた。

 今時珍しい河原屋根に木目の目立つ外壁、障子付きの窓という昭和臭溢れる外観。幾つかの六畳一間の部屋が並ぶ二階建て、十六畳程の食堂、経営者の自宅でもある戸建てが、グネグネの渡り廊下で繋ぎ合わさった、ホテルというよりも寮かアパートを思わせる構成。それらを砂利の平地で支え、松や楓の木が取り囲む。

 そう、見た目だけなら趣深い民宿に思えるものの、何とも絶妙に古臭くてボロい。壁に葛の蔓と葉が伝い始め、至る所からカブトムシの入った虫籠みたいな臭いも漂ってくる。もう何年か放っておけば、勝手に自然へ還ってしまうであろう。


「これ、本当に営業してる?」

『ええ。小さいながらも、立派な温泉と山野の景色を楽しめる、隠れた名所として人気を博しています』

「いやいや、隠れたって言うか、名前も忘れ去られそうな雰囲気が――――――」


 と、その時。


『ボーッとつっ立ってんじゃねーよッ!』『ハゲハゲッ!』


 玄関をガラガラガラっと開けて、中から小さな女の子が飛び出してきた。小生意気そうな顔をした白髪のおかっぱ頭に、菖蒲の花柄が描かれた紺色の着物を身に纏う、十歳にも満たない体躯の童女。肩には紫色の羽毛と三本の脚を持つ奇妙なカラスが一羽止まっている。

 この子は一体何者なのか。


「何だ、このチ○ちゃんのパチモンみたいな奴は?」

『誰がパクリだ! あたしはマコ! 「座敷童子」よ!』『ハゲーハゲーッ!』


 「座敷童子」とは、童子系妖怪の一種である。名前通り子供の姿をしていて、東北の各地を渡り歩き、住み着いた家は栄えるが、出て行くと衰退すると言われている。その正体は「臼殺(うすころ)(食わせて行けない子供を石臼で圧し殺して間引く事)」の憂き目に遭った子供の霊で、そうした子供は墓も立てられず、遺体は土間に埋められていた為、霊となって座敷まで這いずり出てきたのだという。その行動原理が寂しさからなのか恨みなのかは不明だが、特に酷い扱いを受けた者は「呵責童子」や「たたりもっけ」となり、その家に不幸を齎すと伝えられている。子供と言えども、人は人。人間誰しも強い想いを抱いている、という事だ。


「でも、栄えてるようには全然見えないんだけど」


 だが、マコが座敷童子だと言うのならば、この民宿はもっと栄えていなければおかしい。


『うっさいうっさい! 言われるまでもねぇんだよッ!』


 すると、ポーッとSLのような蒸気を上げて、マコが怒った。その違和感は指摘されるまでもなく、彼女が一番分かっているのだろう。


「こらこら、マコちゃん、駄目でしょ~、お客様にそんな態度を取ったら。失礼致しました、みどり様御一行ですね。わたくし、女将の若葉(わかば) 伊琶(かれは)と申します。支度は整っておりますので、どうぞこちらへ♪」


 と、今度は成人して間も無さそうな女性が顔を出した。どうやら彼女がここの経営者らしい。まだ若い美空だというのに、ご立派な事である。あと、みどり一行を見ても一切動揺しないのは、普段からマコと過ごしているからであろう。


「若いのに凄いんだね! 一人で切り盛りしてるの?」


 古臭い玄関を潜り、番台風味の受付でチェックアウトを済ませ、今夜の宿たる部屋へと続く渡り廊下を歩いている最中、せつながニコニコしながら呟いた。


「……ええ、今はそうです。前は祖母と二人で営んでいたのですが、つい最近亡くなってしまいまして」

「あ、御免なさい……」

「良いんですよ。楽しくてやってるんですから、この仕事を」


 そう言う女将の伊琶であったが、やはり何処か疲れも見えた。身近な人との死別に、人手不足と経営不振。これで心労が溜まらぬ者などいまい。


(だからこそ分からないんだけどねェい……)


 こんな時こそ座敷童子が力を発揮して持ち直しそうな物だが。


「こちらになります。十一番がみどり様とビバルディ様、十二番がせつな様と悦子様、十三番が藤子様のお部屋となります。それでは、ごゆるりと……」


 そうこうしている内に、みどりたちは部屋に着いた。ここまで配慮出来る民宿なら別に自分は要らなかったのでは、と一瞬考えたみどりであったが、そうなると真面な賃金や顧客数の稼ぎにならないので、この民宿の為を思えばしょうがないか、と思い直す。


「ま、過ごし易くはあるわな~」『ビバルディ~』


 肝心の室内はと言うと、民宿らしく畳敷きの床の間という感じであり、テレビとエアコンも完備されている為、変に気遣う必要が無さそうだった。掻けばポロポロと崩れそうな質感の壁が、また良い味を出している。早速布団を引っ張り出して寛げば、直ぐに眠くなる程の安心感に包まれた。


『館内説明をしに来てやったぞッ!』『ハゲーハゲーッ!』

「ノックぐらいしろや」『カエル~』


 すると、マコ(とカラス)がノックも無しに、みどりとビバルディの部屋に上がり込んで来た。もしかして、こいつの接客態度のせいで客足が遠のいたんじゃね?


『夕食は食堂で十八時からで、朝食は朝の八時から! 温泉は零時から五時以外は何時でも入りたい放題だから、たっぷりと味わいなッ!』『カツラーッ!』

「へぇ、中々自由度が高いねェ~」『ビバビバ』


 今はまだおやつ時なので、夕食まで結構時間がある。みどりはふと思い立ち、マコに尋ねた。


「……伊琶さんの(・・・・・)お婆ちゃん(・・・・・)病死したんだろ(・・・・・・・)?」

『何故それをッ!?』

「視えるんだよ、みどりには。色々な物がねェい」


 驚くマコを視ず、虚空を見上げて答えるみどり。そこには薄っすらと、苦しそうな顔で浮かぶ伊琶の祖母らしき人物の魂が居た。


『そうだよ。呉羽(くれは)は病死した。……いや、呪い殺された(・・・・・・)あたしでも(・・・・・)防げない程に(・・・・・・)強い怨念のせいで(・・・・・・・・)


 マコが拳を握り締める。爪が食い込み、青い血が流れ出た。


「なるほどねェい。なら、何故さっさと見捨てない? 妖怪なんだろィ、お前さん」

『誰が妹の孫娘を見捨てるものかッ!』『バカーッ!』


 そして、失礼にも程があるみどりに背を向けて、律儀に隣の部屋に館内説明をしに行った。


「何であんな事言ったのかって顔してるねェい?」

『ビバビ~』

「決まってんだろ。……ゆっくり出来そうもないもないからだよ」


 そんなマコを見送り、みどりは再び布団にごろ寝、知らない天井を見上げた。何処からか入り込んだであろう小さな百足が一匹、板目の隙間に消えて行く。


 ◆◆◆◆◆◆


 何処かの暗い部屋の中。


「フッフッフッ、やはり私は神のようだ! 事は全て順調に運ばれているぞ!」


 一人の呪術師風の男が、蝋燭の灯りにユラユラと照らされ、高笑いを上げた。灯台の下には、不気味な壺が祭り上げられている。きっと彼にとっての御神体なのだろう。中身は見ない方が良い。


「これでもう直ぐ手に入る! この世の全ては我が手の内にあるのだぁ! クハハハハハッ!」

『………………』


 そんな呪術師の男を、デビルが静かに見詰めていた。何を考えているかは、彼のみぞ知る。


 ◆◆◆◆◆◆


 夕刻、黄昏時、逢魔が現れる頃。


「いただきま~す」『ビバビ~ル♪』「ゲッターエレキ」

「どうぞどうぞ~♪」『有難く召し上がれい!』『ハゲタマーッ!』


 みどりたちはご相伴に与っていた。伊琶の料理は決して豪勢ではないものの、田舎の婆ちゃん風のほっこりした味わいがある。主食の米は近所の農家から、おかずの山女魚は裏手の山を流れる川から、それぞれ直に仕入れた物であり、お煮付けや漬物は彼女の自家製だという。こりゃあ将来有望なお嫁さんになるな。


『いや~、良い水使ってますね~♪』「こっちの温水も良い味出してるよ!」


 ちなみに、半分植物である悦子とせつなのご飯は、もちろんの事ながらお水だ。経済的な奴らである。


「民宿なのに温泉とは気前が良いねェ~♪」

『ビバルンルン♪』

『近くの山から湧き出してるらしいですよ』

「これだけでも食べて行けそうだね!」


 その後は、この民宿自慢の温泉だ。檜の湯舟が薫る大浴場、御影石のように綺麗な壺湯、景色が最高の露天風呂など、その規模と種類は大きな旅館などにも引けを取らない。むしろ、これだけでも採算が取れるだろう。現実は貧乏だけど。


「そう言えば藤子は?」

「夜遊びに行ったよ!」

「言い方よ」


 湯船でだらけるみどりの質問に、風呂桶で悦子とイチャコラしながら、せつなが答える。藤子は他人に素肌を見せるのが嫌なタイプなのだろう。


(そりゃそうか……)


 みどりは(・・・・)色々と察した(・・・・・・)


「う~ん、良い湯だった」

『ほらほら、良い子はさっさと寝なさいな!』『ハゲマルーッ!』

「お前は悪い子なんか?」


 と、良い気分で上がって来たみどりたちに、マコがダル絡みしてきた。暇なんか君は。


「……困ります!」


 すると、玄関の方から伊琶の大きな声が聞こえてきた。声色に明らかな不快感が籠っている。そっと顔を覗かせると、そこには怪しげな格好をした男と口論する伊琶の姿が。二人は暫し言い合っていたが、男の方がニヤニヤしながら話を切り上げ、退散して行った。


「……っ、申し訳ございません、みどり様。お見苦しい所を」

「誰よあれ?」

「母が連れてきた許嫁です。尤も、勝手にそう言ってるだけですけどね」

「……まぁ、詳しくは聞かないよ。家庭の問題は人それぞれだからねェ」

「重ね重ね、申し訳ありません」


 みどりは深入りはせず、自分の部屋へ踵を返した。わざわざ言われなくとも、何となくは察しが付くからね。


「良いの、みどりちゃん?」

「屑を相手にしている程、暇じゃないんだよ、みどりは」


 そう言うみどりの目は、かなり座っていた。


『みどりさん、滅茶苦茶怒ってましたね~』


 自室に戻った所で、悦子がせつなに声を掛ける。


「そうだね。あそこまで怒ってるの、久し振りに見たよ……」

『何かやらかすんじゃないですかね~』

「でも、悪い事にはならないと思うよ!」

『信頼してるんですね』

「もちろんだよ、家族だもん!」

『そうですか……』


 悦子にはまるで分からない感覚であった。


 ◆◆◆◆◆◆


 草木も眠りに着く、深い夜。


「スヤスヤ……」『むにゃむにゃ……兄さんのゴミぃ~……』


 仲良く寝息を立てるせつなと悦子に、小さな小さな百足が忍び寄っていた。闇に紛れる……というよりは、光を捻じ曲げて透明化した、この世ならざる蟲である。


「【人食い蛍】」『ギェアアアアァァッ!?』

「わっ、何々!?」『えっ、もう朝ですか?』


 しかし、二人に毒牙が突き立てられる前に、みどりの【人食い蛍】が百足を焼き殺した。このカワボタルにそっくりな怪しい人魂は対象を物理的だけでなく霊的にも燃やし尽くす為、物の怪の類にも有効だ。


『大丈夫か!?』『ヒゲーッ!』


 と、騒ぎを聞き付けたマコが飛び込んでくる。


「いや~、遅かったねェい」

『クソッ、またこいつか!』


 さらに、燃えカスとなった百足を見て、苦々しい表情を浮かべた。流石に妖怪なだけあって、存在自体には気付いていたらしい。


『消しても消しても、こいつらは直ぐに湧いて出て来やがる! 出所だって分かってる! あのクソ野郎だッ!』

「誰なんよ、そいつは?」

『「ガンガミ教」とかいう、しょぼくれた新興宗教の教祖だよ! ずっと伊琶を欲しがってる! 何時も何時もねばついた目で見やがって! なのに、あいつはあたしの力が及ばない! 前はそんな事(・・・・・・)なかった筈なのに(・・・・・・・・)!』

「へぇ、元が付くとは言え、同じ教祖としてメチャ許せんよなァ~?」


 事情を聴いたみどりが、無数の【人食い蛍】を放った。蛍たちはあらゆる隙間に潜り込み、隠れていた百足を追い立て、葛の葉に擬態していた(・・・・・・・・・・)外壁の百足にも(・・・・・・・)襲い掛かる(・・・・・)


『ギィガァヴヴヴヴゥゥッ!』


 すると、無数の百足たちが一つとなり、超巨大な一匹の百足と化した。その大きさは、民宿全体を蜷局巻きに出来る程。



◆『分類及び種族名称:蟲毒大怪獣=大百足』

◆『弱点:頭部』



「ぬぬぬぬぬ、神の所業に逆らうとは、何事だ貴様!」


 その上、昼間の許嫁が呪術師風の恰好で馳せ参じた。犯人はこいつです。


「「雫野」の名を前にして神を名乗るとは、傲慢が過ぎるんじゃない?」

「何だとォ!? 例え特級霊媒師の雫野一族とは言え、神に逆らう事は許さん! 行け、大百足!」

「おっと、こいつはマズいねェ~」『ビバ~♪』


 窓から阿保を見下ろしていたみどりだったが、大百足が動き出したのを感じ取り、ビバルディと一緒に外へ飛び出した。同時に異空間から薙刀を召喚し、【人食い蛍】を推進力に空を舞う。


「な、何事で――――――きゃあああっ!?」

「ちょっと失礼」


 ついでに飛び起きてきた伊琶を掻っ攫い、そのまま旅館から距離を取る。


「み、みどり様!? これは一体!?」

「ごめんねェ、説明してる場合じゃないんだわ。あの宿、物理的に潰されたくないでしょ? なら一緒に夜のランデブーと洒落込もうぜェい」

「それって囮では?」

「そうとも言う」


 酷い話だった。


「逃がさんんんッ! 伊琶の穢れは我が聖液にて浄化されるべきなのだ! オ○ホール分際で煩わせるな、このラブ○ールめ!」

「……何、あれ?」

「馬鹿でしょう?」

「いや、そうなんだけども……」


 大百足の頭上に頂き追い掛ける男を見遣って、伊琶が毒を吐いた。


『ギィガァヴヴヴッ!』


 対する大百足も、口から毒々しいブレスを吐いてきた。軸線上の街並みが軒並み溶解し、人々が悲鳴を上げる。むろん、みどりたちにも向けられたのだが、


『あまままままむん!』

「そんな馬鹿なぁッ!?」


 ビバルディが食った。流石は吸引力の変わらないカエルである。


『毒吐いてんじゃねぇよッ!』『バカタレーッ!』


 と、サイスアップしたカラスに跨ったマコが大百足に攻撃を仕掛ける。そこそこ強い火の玉がストレートに飛んで行くものの、長大な触角に纏めて薙ぎ払われた。


「馬鹿、怒らせるだけだ!」

『ギィガァアアアヴォッ!』

『ひゃーっ!?』『ノーッ!』


 案の定、追撃の触角攻撃でマコは叩き落される。大百足はそのまま圧し潰しに掛るが、


「させるか! 集え、【人食い蛍】! 悪しき蟲毒に風穴を開けろ! どりゃあああッ!」

『ギィバァアッ!?』「おぱんつ!?」


 みどりが無数の【人食い蛍】を薙刀の矛先に集中させ、一本の光矢となりて大百足の口内に突貫。内部から焼き尽くし、爆散させた。


「ぐぬぬ、この私の神使を破るとは! ここは勇気の撤退だ!」

「そうは行かないもん!」『ふざけんなよ、このスケベ野郎!』

「ノーゥッ!?」


 形勢不利と見た呪術師の男は即行で逃げ出そうとしたものの、藤子と共に(・・・・・)追い掛けて来た(・・・・・・・)、せつなと悦子の蔓の鞭で縛り上げられる。


「や、止めろォ! この私を辱めるつもりだなぁ!? よせ、待て、止めろ、ふざけるなァ! 俺、神ィ! 俺KAMIIIIIIIIIIIIッ!」

「……何これ?」

「馬鹿でしょう?」

「いや、まぁ、そうなんだけども」

『無様ですね~』「みっともな~い」


 芋虫みたいにもぞもぞと暴れる男を見下ろし、みどりたちは呆れ果てた。こんな阿呆に人生を狂わされた伊琶と、命を落とした呉羽が偲ばれる。


『………………』

「あいつ……!」


 ふと、大きな松の樹上から視線を感じ見遣ると、そこには真っ黒な少年――――――デビルが居た。


「おお、デビルよ! 私を助けろ下さい! お願いするますぅ!」


 すると、男が藁にも縋るようにデビルへ助けを求める。男の態度と、光る種子だけが(・・・・・・)入った蟲毒の壺を(・・・・・・・・)小脇に抱えている(・・・・・・・・)事から察するに、今回の一騒動に彼が関わっているのは間違いない。


「お助け……くだものぱいなっぷるぅううううっ!?」

『……ギャハハハハ! イヒャハハハハハハハッ!』


 だが、別に助け合うような仲という訳でもないようで、デビルは謎の怪光線で男を仕留め、嘲笑いながら姿を消した。残るはみどりたちと伊琶、


『し、死ぬかと思った~』『ハゲマツリー!』

「マコ! 良かった、無事だったんですね!?」


 それからマコとカラス。デビルの事は気になるが、民宿に降り掛かっていた呪いに関しては一件落着と言っても良かろう。

 そして、カスとなった呪術師の男を見下して、みどりが呟く。


「……人間、努力無しじゃ成功しないんだよ。成功の代償として努力の時間を払ってるんだからな。神に祈ろうが悪魔に願おうが、努力もせずに近道しようとするから失敗するのさ。誰かの成功は誰かの失敗の上に成り立ってるんだからね。呪われて当然だよ。今までズルして食い潰して来た分の恨みに呑まれて、地獄道を彷徨いな」


 ◆◆◆◆◆◆


「有難う御座いました。機会があれば、是非ともまたお越し下さい」

『じゃあなッ! 少しは感謝してやるぜいッ!』『サンキューッ!』


 その後、二日程民宿生活と田舎観光を楽しんで、みどりたちは帰路に着いた。


「楽しかったよ、悦子ちゃん!」『こちらこそ。また近い内に会いたいですね~♪』


 さらに、黄泉国際空港にて二手に別れ、各々の地方へ向かう。


「……あんた(・・・)あの夜何してた(・・・・・・・)?」


 去り際に、みどりはボソリと藤子に訊ねた。藤子は答えなかったが、彼女の魂は応えた(・・・・・・・・)


『イヒヒヒ! タスケテ きゃはははははは! クルシイ あーっはっはっはっはっ! ヤメテ ユルシテ ゴメンナサイ ゲヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャハァッ!』

◆大百足


 「俵藤太物語」や「御伽草子」などに登場する、山を七巻きする程の巨大な百足。文字通りの巨躯と猛毒で周囲に甚大な被害を齎し、土地の神すら退ける大妖怪だが、何れの物語でも龍神の力を借りた英雄に射抜かれて退治されている。

 正体は蟲毒のような生態を持つ百足。鉱物に産卵する習性があり、閉鎖空間内で一斉に孵化すると、暫くの間は群れて生活するが、やがて一匹になるまで食い合い殺し合い、最終的に巨大な個体として活動する。毒の成分は鉱物及び食った仲間の体液が由来で、多くの命を食らった者程強力な毒を持つ。

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