逢魔ヶ辻を通りゃんせ
上弦の月が上る頃、九州地方美裸那県美裸那市の外れ。
「通りゃんせ~通りゃんせ~♪」
深い深い森の中……シイやアカギ、タブノキなどの広葉樹に、ガジュマルやアコウが巻き付いて絞め殺そうとしている、独特の自然環境が広がる場所で、一人の少女が歩いていた。こんな緑々した所を琉服姿で歩く姿はエキゾチックだが、彼女にはそれ以上に特異な点がある。耳が長く尖っているのだ。他にも、深い緑色の瞳にストロベリーブロンドの髪、鼻筋の通った端正な顔立ちと健康的な小麦肌と、異邦人感が半端じゃない。
しかし、ここは日本であり、少女も日本出身である。
では、どうしてこんなにもビジュアルが違うのかというと、彼女には外国の血が入っているだからだ。これには美裸那県特有の問題があり、深い闇の歴史があるのだが、今は語っても仕方ないだろう。
何故なら少女には先が無いのだから。
「ここは何処の細道だ……ん?」
『ックックックック……』
少女の行く手に、不思議な女の子が姿を現す。
緑色のチャイナドレスにお札の張られたチャイナ帽子という、中国文化丸出しの恰好をしており、ヤツデのように馬鹿デカい手袋を嵌め、赤い布で目隠しをしている。肌はアジア系の白で、顔立ちもスタイルも女児そのものである。どういう訳か亀の甲羅を背負っている事を除けば、“幼女のキョンシー”と表現しても差し支えない出で立ちだろう。
シ○神が棲んでいそうな森の中で、変な格好のエルフとキョンシーがご対面という、意☆味★不☆明な状況がここに成立した。どうしてこうなった……。
だが、今はそんな事はどうでも良い。問題はこの幼女キョンシーが何の目的で少女エルフの前に姿を現したか、だ。夜道で待ち構えている辺り、ロクな考えではあるまい。
「えっと、君は……?」
『アチキ? アチキはねぇ――――――』
少女が尋ね、幼女が嗤う。
『お化けだよ~♪』
「………………!?」
その瞬間、幼女キョンシーの影が蠢き、無数の目と口を浮かべた。こいつ、絶対に人間じゃない!
しかし、エルフの少女が身構える暇も無く、彼女の命運は尽きた。
「えっ……!?」
足首にチクリとした痛みが走ったかと思うと、全身の筋肉が強張り、立つ事すらままならず倒れ伏した。
「うぐっ……ぐがっ……!?」
さらに、異様なまでに心臓が鼓動し、コンマ数秒単位で強く速くなっていき、やがて限界を迎え、
「胸が……張り裂けるぅうううううっ!?」
凄まじい音と共に破裂、胸骨を内側から捲り上げる勢いで爆発して、エルフの少女は悍ましい形相のまま息絶えた。うら若き乙女なのに可哀想に。
『通りゃんせ通りゃんせ~♪ 逢魔ヶ辻を通りゃんせ~♪』
それを見届けた幼女のキョンシーが、闇に溶けるように消え去った。
そんな奇怪な殺害現場を上から見ると、丁度「十字」の林道のど真ん中であった……。
◆◆◆◆◆◆
ここは東北地方閻魔県要衣市古角町、峠高校の屋上。
《えへへへ、お嬢ちゃん、おじさんとちょっと遊ばない~?》《きゃ~っ! 全裸コートおじさんよぉ~!》
《待てぇい!》
《な、何!?》《だ、誰!?》
《私の名は尾珍 歩栗鼠! 児童ポルノ法の守護者、「前シッポ警察」だ!》
《《変態だぁ!?》》
《黙れ! 正義は勝つ! 食らえ、股間のレールガン!》
《ぎゃああああっ!?》《ひぃっ!? おじさんがおじさんでおじさんしてるぅ~!?》
「おっ、この装備結構強いな」
「いやいや、何だこれは……」
SF満載な屋上ラボの大画面で、不健全で不衛生な映像が垂れ流されていた。もちろん、プレイヤーは香理 里桜、突っ込みが天道 説子である。
そして、彼女らが見ている映像は【ポルノリス2030】というゲーム作品。言うまでもなく、エロゲの類だ。
「遥か近未来、少子高齢化が進み過ぎて児童が文字通りの宝として扱われる事となった日本で、裏では子供が高値で取引されるユートピアでもある。主人公は幼い頃に人身売買されたが、飼い主に反逆して独立、社会の悪に鉄槌を下す正義のポリスメンになったのさ」
「出たな、謎のエロゲシリーズ! つーか、久々じゃね?」
「そうだな。「おススメ11」が発表される前に作られた最後のタイトルだからな。例のライターはとっくに退社してるから、後の「おススメ11」に直で関わるスタッフが作った、言うなれば練習作だよ」
「そう言えば、そのライターって何処に行ったんだ?」
「アイスの下で働いてるよ?」
「お前が囲い込んだんかい!」
要らない情報が過多だった。何やねんコレ。
「さてと……」
と、ステージを一つクリアし終えた所で、里桜がゲームの電源をオフにして、
「美裸那に行くか!」
「例の物体の研究は!?」
美裸那旅行を提案しやがった。おい、マッドサイエンティスト。
ちなみに、八尺様に植え付けられていた種子のような物体は手術により無事に分離し、今は厳重な保管状態となっている。物体は生命体に接触していないと活動しないようであり、現在は完全に沈黙し単なる種と化している。
一方の八尺様はブーストを失った事で多少の弱体化はしたものの、その他に特段問題は無いらしく、里桜の監視下で呵責童子と共に家探しをしている状態である。祢々子河童や竜宮童子同様に使い道がありそうなので、放置観察している形だ。
「……って事で、美裸那に行くぞ~。前は北だから、今度は南だ。あの二人も連れて行く」
「八尺様と呵責童子もか?」
「そうだよ。まだ通常状態の調査が終わってないからな。試したい事もある」
「なるほど、そういう事か」
そういう事になった。
『ビバ?』
可愛いね。
◆◆◆◆◆◆
ごじつ!
「ハイサイ美裸那、メンソ~レ~♪」
「「おお~」」『ビバ~』『ここが美裸那……』『初めて来たポ~』
里桜一行は美裸那市を訪れていた。メンバーは先の通り、里桜、説子、ビバルディ、呵責童子、八尺様の五人である。お出迎えは、琉服姿のダークエルフさん。
『でも素直に喜べないんだよな~』『確かに』
むろん、理由は既に伝わっている為、呵責童子と八尺様は微妙な気分だったが。自分が実験台として扱われて良い気がする筈もない。
「まぁまぁ、気にするなって。お前らは私の玩具んだから、黙って従ってりゃ良いんだよ」
「もっと言い方があるだろ。……ただ、ボクたちも善意で見逃してる訳じゃないからね。相応の市場価値を見せろって事だよ」『ビバル~ン♪』
『分かったよ……』『ポポポ~』
まぁ、二人に拒否権など無いのだけれど。前向きに捉えるなら、ここで良い所を見せれば後顧の憂いが無くなるとも言える。胸中に抱える物はあるだろうが、頑張ろう。
『しかし、初めて来たけど、美裸那って本当に日本なのか? まるでファンタジー小説の中みたいなんだけど』
空港から周囲を見渡して、呵責童子が呟く。
今彼らが立っているのは、無数のガジュマルが絡み合った巨大な自然の滑走路。その周りにある建物も、基本的には木々をくり抜いたり寄り合わせた物ばかりで、コンクリートや金属建材は一切存在しない。この「木の中のお家」が、美裸那県における建造物の基本スタイルだ。
もちろん、自動車の類は一つも無く、住民の移動方法は徒歩か現地生物への騎乗のみである。自身のフィジカルと生き物の馬力頼りではあるものの、その分生物的かつ立体的な移動が可能である為、骨の髄まで大自然を味わえる仕様となっている。
それはそれとして、美裸那は何故こうもナチュラルな環境になってしまったのか?
「美裸那には昔大規模な米軍基地があって、色々と問題があったんだが、「アルラウネ事変」の影響で一時的に全世界から孤立。その状態が長く続いた末に現地人と外国人、更には「都市型妖怪」なんかとの交配が進んで、短時間で新人種が確立して、独自の文化を築き上げちまったのさ」
「アルラウネ事変」。
突如、東京湾に出現した宇宙大怪獣「アルラウネ」によって都心部が壊滅、自衛隊や在日米軍の総力を決した死闘の末に退治されたが、政治経済は大いに混乱し、復興の為に誘致した外国人による治安悪化などが重なり、日本全国に多大な影響を齎した歴史的事件だ。県名の変更や地図の書き換えなども、この時に起こっている。
特に大きな問題が起きたのが美裸那県で、唯でさえ“島国の中の離島”という位置にあった為、混乱の最中で完全に孤立し、一時的な鎖国状態となってしまい、住民は琉服姿のエルフで建物は自然と一体化している、今のファンタジー感溢れる文明が開化したのである。
その一因を担っているのが「都市型妖怪」と呼ばれる生物群であり、彼らは絵巻物に描かれるような異形の姿をしているのだが、元は太古の昔に生み出された改造人間の末裔で、それ故に人と交わり子を成す事も可能となっている。
対して呵責童子や八尺様など、明確に人間を獲物としている輩は「地方型妖怪」として区別されている。彼らは人の姿をしている者も居るが、基本的には単なる擬態であり、祖先は人間以外の生物であるなど、都市型妖怪とは全く別系統の妖怪だ。元が人間故に都市型は人に寄り添い、人間を食い物としか見ていない地方型は人に化けるのだろう。狂科学者界隈では常識である。
つまり、この場に真面なヒト科の生物は一人も居ないという事。魑魅魍魎が過ぎる……。
『それで、私たちはどうすれば良いんだポ?』
南風に黒髪をたなびかせながら、八尺様が尋ねる。使い物になるかどうかのテストで連れて来られたのは分かるが、ここで何をすれば良いのかは聞いていない。
「とりあえず、美裸那旅行を楽しめ。私たちは高みの見物をしておくよ」
『猟犬というか、囮というか……』
「文句あるのか?」
『いえ、何も……』『ポポポ……』
図らずも、呵責童子と八尺様の二人旅行となった。嬉しくもあり益々微妙でもある。
「じゃ、そういう事で」「良い夢見ろよ~」
『『ええぇ……』』『ビバ~』
だが、四の五の言う間もなく、里桜と説子はビバルディを監視役にして、さっさと予約していたホテルに行ってしまった。まさかの現地解散であった。
『ま、まぁ、出掛けようか……』
『そうポね~』
『ビバ!』
仕方が無いので、呵責童子と八尺様はビバルディを伴い、美裸那の市街地へ繰り出した。
「折角なので、ワタクシがガイドも務めますよ~♪」
さらに、空港で出迎えてくれたダークエルフが案内役を買って出る。頼まれてもいないのに先導してくれるとは、何とも陽気な奴だ。観光地の住人ならではの社交性なのだろう。
『本当にエルフだらけだなぁ……』
吊り橋のメインストリートを歩いてみても、周りはエルフかダークエルフばかり。
「いやいや、ドワーフっぽいのも居ますよ~?」
すると、案内役のダークエルフがある一点を指差した。そこには鎧武者姿のドワーフらしき人集りがある。大自然の中でガチャガチャと歩く姿は、かなり浮いていた。
『祖先が違うんだポ?』
「その通り。文化も常識も違っていて、基本的に仲が悪いんですよね~。しかも、最近は旅行者と積極的に交流して、デモ活動までしてるんですよ。“人類の叡智と文明を取り戻せ”ってね」
『新手のテロリストだな』
『“開国”なんてするからだポ~』
「いや~、はっはっはっは……」
ダークエルフとしても苦笑いをするしかなかった。
「まぁまぁ、あんなのは放っておいて、美裸那を楽しんで下さいよ。お勧めは水族館ですね!」
『へぇ、水族館かぁ!』
ダークエルフの言葉を聞いて、呵責童子が目を輝かせた。彼は地方型妖怪ではあるが、器となっているのは人間の死体。面白そうな事柄に、生前の子供らしさが浮き彫られているのだ。
「ちなみに、元は超巨大な生け簀です」
『そういう事は言わなくて良いポ……』
八尺様は思わず突っ込みを入れた。子供の夢を壊すんじゃない。
とは言え、気になる物は気になる。ホクホクのサータアンダギーを片手に、水族館デートと洒落込もう。何故かダークエルフまで付いて来ているが、気にしてはいけない。
『わ~!』『これがジンベイザメポねぇ~』
そして、水族館の出来栄えは最高であった。透過率が非常に高い生体ポリマーの水槽の中を、様々な海棲生物が悠々と泳いでいる。サンゴ礁のクマノミやナンヨウハギ、名前が酷過ぎるオジサン、美しくも毒々しいミノカサゴ、それから水族館の主役たるジンベイザメ。綺麗なだけでなく、迫力も満点である。その上、客が人っ子一人居ない貸し切り状態ともなれば、テンションは爆上げだ。
「いや~、お仲が良ろしい事で。お二人の出会いは如何な物で?」
『『え~っと……』』
非常に説明に困る。元は獲物と捕食者であったが、里桜たちとの出会い、不思議な既視感によって、なあなあの関係を築いているに過ぎない。まさに“何となく一緒に居る”だけである。
『『安心出来るから、かな~?』』
しかし、それだけで充分だ。理由など後付けでしかないのだから。
「お熱い事で。……なら、二人仲良く眠ると良い」
『『………………!』』
チクリと、何かが呵責童子と八尺様の足を刺す。見れば、ダークエルフの影が独りでに動き、二人を下から襲っていたのだ。
『このっ!』
咄嗟に八尺様が毒液を弾丸のように発射して、ダークエルフの胸部を撃ち抜いたのだが……無駄だった。まるで逆再生が如く穴が塞がり、何事も無かったかのように振る舞うダークエルフ。
「無駄だよ。辻の中に居る限り、アチキは無敵なのさ』
さらに、被っていたエルフの生皮を破って、中身が正体を表した。
『お前は一体……』
『アチキは「辻神」。辻に宿る魔物さ』
すっかり倒れ伏した呵責童子と八尺様を見下ろしながら、亀の甲羅を背負ったキョンシー姿の幼女が答える。
「辻神」とは、その名の通り丁字路や十字路に現れる魔物で、通りに建つ家や通り掛かる者に病を齎す、疫病神の類である。生息域は九州以南。南方系の地方型妖怪だ。
その正体は、特殊なフェロモンでサシガメを操る蟲の妖怪。洗脳下のサシガメが刺した相手に鞭毛虫を感染させ、生命力を奪った上で苗床にするのである。
◆『分類及び種族名称:疫病超獣=辻神』
◆『弱点:不明』
『辻神が私たちに何の用だポ……!?』
『アンタの胸に聞いてみな~♪』
辻神が八尺様の胸を指差す。そこには取り除いた筈の種子らしき物体が宿っていた。十中八九、例のアイツの差し金であろう。
『それにしても、随分とアッサリやられたねぇ~。これじゃあ、わざわざこの水族館で網を張った意味が無いじゃないの~』
いとも簡単に制圧された呵責童子と八尺様を、ックックックと嘲笑う辻神。彼女の台詞を信じるなら、この水族館は貸し切りなのではなく、“貸切られた”のだと思われる。
『なるほど……なら、望み通りにしてやるよ、蟲野郎!』
『ブポハァッ!?』
と、突如として呵責童子の腕がゴムのように伸びて、辻神の顔面を殴り飛ばした。
『ペラペラしゃべり過ぎなんだポよ!』
『アトゥーイッ!?』
しかも、何時の間にか変身した悪皿守の火球がクリーンヒット、火達磨となった。それでも辻神は死なずに再生したが、彼女としては訳が分からない。
『僕は菌類由来の童子妖怪。病原体の塊みたいな物だ』
『私にはそもそも針が刺さってないポ。仮に病気を移されても、熱で焼却するまでだしね』
そう、二人はやられた振りをしていただけだ。ばい菌そのものや、硬い鱗と熱で守られた奴らを相手に、病気を移そうなどという考えが甘かったのである。
『ついでに、このくっ付いてるのは良く出来た偽物だポ。見た目を真似るだけなら簡単だからね~』
ようするに、呵責童子と八尺様は猟犬であり囮だったという事だ。
『――――――おのれぇええええええい!』
その事実を分からされた辻神が、折り畳んでいた身体を展開し、蟲と半蛇人を組み合わせたような戦闘形態となって襲い掛かる。
『正太郎!』『うん!』
悪皿守に呵責童子が捕まる形で、二人は天井を突き破って宙に躍り出た。
『待てぇい!』
そして、彼らを追う形で飛び上がり、三人揃ってグングンと空を昇る。取り巻きのコントロールされたサシガメたちも後を行くが、明らかに置いてきぼりになっていた。
「ま、及第点かな」
「害虫駆除のお時間だな」
そこへ本当に高みの見物をしていた里桜と説子の熱光線が炸裂、サシガメの群は一瞬にして炎上、全滅した。
『し、しまったぁ! 辻から身体が離れ過ぎたぁ!』
『『じゃあな、弱蟲野郎!』』
『グギェアアアアアアッ!?』
さらに、自分が死地へ誘い込まれた事に今更気付いた辻神を、悪皿守の竜巻電影弾が切り刻み、呵責童子のゴムゴムな連打が破片を残らず打ち砕いて、完全に息の根を止めた。自分の土俵なら無敵に近い奴程、場を乱されると弱いものである。
《………………!》
『『させませ~ん!』』
ついでに辻神に宿っていた種子の回収も阻止。全ては里桜の目論見通りとなった。
「さぁて、次はどうするよ?」
◆◆◆◆◆◆
『ならば、目に物を見せてくれようぞ』
この世の何処かで、誰かが苛立たしそうに呟いた。
◆辻神
主に九州地方を根城にする、疫病神の一種。昔は丁字路や十字路などの辻道はあの世に繋がる場所と考えられ、そこに現れ悪さをする妖怪として伝えられている。「石敢當」という魔除けの石に弱く、これを交差点に設置するだけで撃退されてしまう。
正体は巨大なサシガメ。体内にシャーガス病を強化した症状を引き起こす鞭毛虫を共生させており、周囲のサシガメを特殊なフェロモンでコントロールして媒介する事で、人間から生体エキスを奪い取った挙句苗床にする。辻道に現れるのは、多くの人々が行き交う為。
しかし、場造りに特化している関係上、効果範囲から出てしまうと途端に弱体化してしまう上に、そもそもそんなに強い妖怪でもない。




