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リオ ー屋上のラストボスー  作者: 三河 悟
闇黒の夏休み編
37/47

変身

介護の現実なんてこんな物。

 朝目覚めると、僕は緑色の水饅頭になっていた。

 否、正確には水饅頭みたいな姿をした芋虫になっていたのだ。

 種類としてはネットで見掛けた「ツマジロイラガ」という蛾の幼虫に似ているが、大きさが違い過ぎる。具体的に言うと、大人用の枕ぐらいある。もし部屋にこんなデカい芋虫が居たら、どんなに間抜けな姿をしていても、恐怖でしかない。

 まぁ、今は自分がその恐怖そのものになっているのだが。布団を這い出し、立て掛けている姿見に映る自分の有様を確認して、僕は絶望していた。どうしてこうなった……。

 しかし、今一番の問題は、僕が住み込みのバイトをしている高校生という事である。こんな姿ではバイト処か、登校すら出来ない。このままではどちらも首になってしまう。いや、それ処か人としての生活すら営めないのではないのか。どうしよう、どうすれば……。

 と、その時。



 ――――――ピンポーン。



 玄関のチャイムが鳴った。僕が住まわせて貰っている社員寮は三階建てのアパートで、当然他の社員さんやバイト仲間も住んでいる。その中で、わざわざ僕みたいな奴を起こしに来る人は、一人しか居ない。


天見(あまみ)く~ん、居ないの~?」


 扉越しに僕――――――天見(あまみ) 神沙(かむさ)を呼ぶ、優しく甘ったるい声。

 やはり、隣人の真珠(またま) 幸恵(さちえ)さん(29)だ。僕とは同じ社員寮、同じ職場の先輩と後輩という関係である為か、割と仲良くやらせて貰っている。

 だので、こうしてシフトが合う日は起こしに来てくれたりもするのだけれど、今は状況が悪い。こんなロクに動けもしなければ喋れもしない、水饅頭みたいな巨大芋虫が部屋に居れば、否応なく大事になる。そうなれば、僕の運命など決まったような物だろう。


「あら? 鍵が開いてるわね?」


 しかも、悪い事に昨夜は鍵を閉め忘れていたようだ。田舎暮らしの悪い所である。


「ごめんね、ちょっと開けるわよ~」


 そして、これも田舎の悪い所。やたらと距離感が近い為、時と場合によってはパーソナルスペースに土足で上がり込んで来る。向こうに悪気が無い分、余計に質が悪い。

 やめろォーっ、僕の傍に近寄るなぁあーっ!


「天見く~ん? 天見く……えっ?」

『………………』


 目が合ってしまった。ごく一般的な成人女性と、巨大な水饅頭型の芋虫。未知との遭遇が勃発してしまった。誰か助けて。


「――――――何これ、可愛い~♪」

『………………!?』


 だが、幸恵さんの反応は予想外の物であった。何と今の僕を見て、可愛いと宣ったのだ。感性は大丈夫なのか?


「ちょっと大き過ぎるけど、ツマジロイラガなら他のイラガと違って毒針も無いし、たぶん触っても大丈夫よね~?」

『………………!』


 さらに、何の躊躇も無く僕を両手で持ち上げ、そのまま抱き締めてしまった。豊満で柔らかく温かい感触が、腹面にフワリと伝わって来る。女性特有の良い匂いもして来て、不覚にも甘えたくなり、ピトリと吸い付く。


「それにしても天見くん、何処行っちゃったんだろう? ……まさか夜逃げした?」


 いや、貴女の胸中に居ます。凄く気持ち良いです。


「まぁ、この業界じゃあ良くある事か……。とりあえず会社に連絡して、学校や警察に関してはそっちに任せるべきかしらね」


 幸恵さんは少しだけ残念そうな顔をしたかと思うと、割と直ぐに立ち直って行動に移り、会社に電話を掛けて事情を説明して、その後は足早に自分の部屋に戻ってしまった。僕を抱き締めたまま。


「ようこそ、我が家へ~♪」


 初めてお邪魔した幸恵さんの部屋は、想像していた“女の子らしさ”は無かった。とっ散らかってる訳では無いが、家具や家電が少なく、布団は敷きっぱなしで洗濯物も干しっぱなし。カーテンはクリーム系で、白い壁紙と合わせて、どちらかと言うとやもめ暮らしの生活感が丸出しだった。

 しかし、それらのだらしなさを補って余りある程に、目を引く物が沢山ある。


「この子は「プロトプテルス・アネクテンス」、こっちは「キングコングパロットファイヤー」、ここに居るのは「黒出目金」で、そこら辺に「ヒドジョウ」と「ヌマエビ」、あっちには「コリドラス」、そっちには「和金」と「ピンポンパール」が居るよ~。この虫籠にはダンゴムシとハサミムシ、拾って来たコクワガタの雌が同居してるね~」


 そう、彼女の部屋は水槽と虫籠で溢れ返っていたのである。“ペットは不可だが「小鳥」や「小魚」くらいなら良い”って契約だからって、やり過ぎだろこれは。法の穴を突くな。


「今日からここが君の家だからね~♪ 皆良い子だから、心配しなくて大丈夫だよ~♪」


 どうやら幸恵さんは、根っからのアクアリストらしい。何だかなぁ……。

 こうして、僕と幸恵さんとの共同生活が始まった。


 ◆◆◆◆◆◆


 ハ~イ、皆さん、おはこんばんにちは!

 私の名前は真珠(またま) 幸恵(さちえ)。今をときめく介護福祉士(29)だ。

 就職先は「社会福祉法人東松芭福祉会 特別養護老人ホーム【前園(まえぞの)(さと)】」。地域密着型サービスを提供するユニットタイプの施設であり、二階建ての各層に十人二組(合計四十人)の利用者が共同生活を送っている。五、六十人がタコ部屋で生活する従来型と比べると、利用者が個室を使える為にプライベートな空間を確保し易いのが特徴である。その分マネーが掛かるのが玉に瑕だけど。

 だが、それはあくまで利用者を預ける家族側の認識。労働者たる介護士側にとっては、まるで違う……まぁ、見れば分かるさね。


「お早うございまーす」


 タイムカードを押しつつ、事務所に事務的な挨拶を行う。一部の人は挨拶を返してくれたが、残りは知らんぷり。特にケアマネージャーは世紀末のチンピラみたいにだらしなくふんぞり返っている。相談員は電話口の言葉を右から左に聞き流して、とにかく空床を埋める為にロクでもない老害を突っ込もうと躍起になっていた。事務所からしてこんな連中なので、現場はもっと酷い。


「お早うございます」

「あ、お疲れ~。申し送りするわね!」


 二階の東側ユニットに到着し、早番のパートのおばはんに申し送りを受ける。肉団子が髪だけサラサラのウィッグを乗っけたようなこの五十代は所謂“お局”であり、意外にも現場では一番の古株だ。と言うのも、二階の職場は過去に一度崩壊していて、彼女だけが居座るように残ったのだとか。


「それじゃ、あたしパソコンの打ち込みするから、後は全部お願いね!」


 だから、平然とこんな真似が出来る。まだまだ就労時間中だというのに、日勤がやって来るなりパソコンの前に居座って、誤字だらけで無駄に長いケース記録を打ち込み出した。もちろん、こっちの手伝いは殆どしないし、少しでも滞ると文句を言って来る。その癖、本部とズブズブの関係らしく、誰の言う事も聞かないし、リーダーたちも手を焼いている。

 ま、そのリーダーもリーダーなんだけどね。


「今は排泄じゃなくて、床掃除して!」

「でも、今手隙なのでオムツ交換をした方が……」

「ああ、そうですか。じゃあ勝手にすれば?」

「………………」


 良い年した女のリーダーが、あからさまに「こいつ言う事聞かねぇな、ムカつく」という溜息を吐いて、西側のユニットへズカズカと行ってしまった。その上、向こうの職員と私の陰口を言い合っている。「今の新人ってリスペクトが足りないよね~」とか抜かしているが、尊敬はそれに値する者に尽くす物である。本音は「わたしという正義に従えないあいつは悪だ」でしょ。しかも、自分で業務を全部抱え込み、こっちの手助けも断っておきながら、結局処理し切れずに爆発して部下に八つ当たりする、リーダー失格だったり。メンヘラかよ。

 それでなくても、私より前に入職していた先輩のおばはんたちは、どいつもこいつも「自分の正義」を掲げて他人を見張り、少しでもミスを見付けた日には、申し送りノートに書きこんでケアマネへ主観第一主義な報告をする為、働いていて全然楽しくない。

 そして、後輩は後輩で問題だ。


「いや、こうした方が絶対良いっスよ!」

「そのやり方が絶対って訳では無いと思うんですが」


 気持ちは分かる。仕事を率先してやってくれるし、何より言葉に見合った実力を持っているので、効率も良い。

 しかし、それを古参メンバーへ率直に言ってしまう為、先輩方からすれば「面白くない」「聞き分けが無い」「リスペクトが足りない」と感じてしまい、お互いにいがみ合う事となる。

 ハッキリ言って、どっちもいい迷惑である。双方共にそっぽを向いて、その皺寄せが中堅所の私に押し寄せて来る。「俺知~らない」と投げ出した仕事の余波が、全部こっちに降り掛かってくるのだ。これを迷惑と言わずに何と言おう。例年の不人気ランキング堂々の一位を取り続けている介護職に就いている分際で、何を意固地になっているんだか。ストレージのノーマルカードよりも安っぽいプライドに拘っている暇があるなら、普通に仕事をしてくれよ。

 さらに、極め付けは利用者だ。確かに従来型よりも人数は少ないものの、その分我儘で面倒臭い輩も多く、入所するなり「帰る! 家さ帰る!」を連呼して聞き入れられないと暴言を吐きながら暴力を振るう爺や、車椅子の癖に立ち上がって寝た切りへグレードアップする婆、文字通り糞を食って壁や床を茶色に塗りたくる左官工など、思わず頬が引き攣るような奴ばかりである。認知度が高い高齢者とは、そういう物だ。「最期は子供に還る」とは良く言うが本当にその通りで、“自分が幸せだった時”を生き、“己の意思が最優先”で生活している。人間として大切な物……「理性」と「共感」を失っている。だからこそ、思い通りに行かないと癇癪を起して、暴れ回るのである。



 ――――――ドスン!



 片麻痺でロクに歩けない爺が、また転んだ。立つ事は出来る上に本人は“歩けるようになれば家に帰れる”と勘違いしてる為、何かのきっかけで感情が高まると、よくこういう事態に陥るのだ。


「アアアァォ! オァアアアオン!」

「………………」


 ひっ潰れた蛙みたいにジタバタと藻掻く糞爺を無言で抱え上げ、ベッドに戻す。本来なら外傷の確認やバイタル測定をしてから事故報告書を作らなければならないのだが、敢えて黙殺した。お局はトイレに行ってるし、他に誰も見てないのだから、わざわざ自分の評価を下げる気は更々無い。前はちゃんとやってたんだけどね。どうせ“注意”じゃなくて“叱責”しかされないし、そもそも他人に百点を求めておきながら自分には甘々な連中の言葉など菊価値も無いだろう。ここの前の職場ではノートに名指しで書かれた上に朝礼で大々的に発表会するリーダーとかも居たから、実はまだマシなのだけれど。


「あ~、もう、何したの~?」


 と、トイレから戻って来たお局が、横から入って来て糞爺を宥めに掛る。美味しい所だけ持って行くとは良い御身分ですね。


「さ~て、帰るかな~」


 すると、別の部屋の帰宅願望爺が一回へ降りる為のエレベーターに向かって歩き始めた。


「どうしたの?」

「家さ帰るんだ」

「何か用事?」

「特に用事はねぇけど、帰ってゴロゴロしてぇんだ」

「そっか~。でも、ご飯の時間も近いから、食べてから行かない?」

「いい。家さ行って食うから」

「だけど、ここからだと遠いよ? 今の時間は危ないし」

「大丈夫だ。俺が一番分かってんだから。歩いて帰んだ」


 曲がった腰で杖突き歩いておいて、この自信である。ユニットを一周するだけで息が上がる癖に。


「俺はあんだらの言う事は聞きません。勝手に連れて来られたんだからや」

「……いや、ちゃんと息子さんに頼まれて、ここに居るんですよ?」

「うるせぇ! 帰るって言ったら、帰るんだ、このキ○ガイが!」


 長々と説得されて痺れを切らしたのか、杖で殴り掛かって来た。ま、簡単に受け止められるんですけどね。


「どけこのっ……うわっ!?」


 その上、強引に突破しようと体当たりしておきながら、跳ね返ってスっ転んだ。悪いけど、私鍛えてるから見た目より重いし体幹も良いんだよね。腰曲がりのへなちょこタックルなんぞ、蚊が止まるような物である。


「殴られた! こいつに押し倒されたぁ!」


 だが、この猿は自分に都合の良いようにしか解釈出来ない為、私を悪と見做して逆上し始める。


「あらまま、これは事務の人に説得して貰うしかないんじゃない?」


 と、宥め終わったお局が、そんな事を言い出した。

 確かに言う通りではある。この爺は元々ショートだったのだが、息子の意向もあって無理矢理長期契約に変わったので、本人が全く納得しておらず、事務所も対処を現場に丸投げしてる為、各々でまちまちな文言で説得せざるを得なかったが故に、完全に人の話を聞かない老害と化したのだ。

 そして、お局が事務所に電話を入れたのだけれど、受け取ったケアマネは当事者である私に替わろうとせず、ただ一言。


「話聞きてぇから面貸せや」


 ……流石にそのまんまでは無いが、概ねそんな感じの事を宣った。


「………………」


 私は事務所に行く事無く、そのまま早退した。


 ◆◆◆◆◆◆


「ただいま~……」


 幸恵さんが帰って来た。随分と早い上に疲れた顔をしているけど、何かあったのだろうか?


『………………』

「今日も君は可愛いねぇ~♪」


 さらに、僕を見るなりギュッと抱き締めたかと思うと、一筋の涙が彼女の頬を伝う。やはり何か辛い事があったのかもしれない。

 まぁ、介護職なんてそんな物である。よく求人画面にお爺ちゃんお婆ちゃんと職員が笑い合いながらキャッキャウフフと過ごす写真が掲載されているものの、それは理想像であり非現実だ。実際は動物のように荒れ狂う老害に振り回され、それを真に受ける家族にクレームを入れられ、事務所から指導という名の八つ当たりを食らい、職員同士で罪を擦り付け合う。これが現実である。

 だからなのか、幸恵さんはペットたちに異様なまでに優しい。畜生の分際で小賢しいプライドだけは持っているチンパンジー共と違って可愛いからな。

 むろん、やって来て日の浅い僕に対しても優しく、餌もたっぷりくれるし、フカフカであったかい寝床も用意してくれている。

 ちなみに、ツマジロイラガ然とした僕だけれど、食性は雑食らしく、葉っぱも食べれば肉も食べる。飼う側としては楽だし楽しい事だろう。形こそ違えど、犬や猫を飼っているような物だ。


「ウフフフ、ヒンヤリしてて気持ち良い……」

『………………』


 まさに至れり尽くせりだが、ただの芋虫に過ぎない僕に出来るのは、こうして癒しを提供する事だけである。


「ありがとね。……さて、たくあんにもご飯をあげないと」


 そして、一頻りスキンシップを楽しんだ幸恵さんは、次に肺魚の居る水槽へ向かったのだが――――――、


「えっ……嘘……」


 何と彼女の前の前で、天寿を全うして逝ってしまったのだ。


「……ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 それを見た幸恵さんは、狂ったように叫喚した。あの肺魚は彼女とは十数年の時を共に過ごした家族であり、その喪失感は計り知れない物があるだろう。


「………………」


 肺魚を弔い、その後は虚ろになっていた幸恵さんであったが、


「夜勤、行かなきゃ……」


 翌日の夜になると、酷く無機質な声で呟いて、夜勤へ向かっていった。非常に心配になる有様が、何事も無いと良いのだけれど……。

 しかし、嫌な予感というのは的中してしまう物。


「……あははは、殺っちゃった」


 程無くして、幸恵さんが戻って来た。血に塗れた姿で。聞くまでもない。ストレスの閾値が限界を超えて、職員か利用者か、もしくはその両方を殺っちまったのである。


「どうしよう……」

『………………!』


 絶望に染まった瞳で僕を見詰めて来る幸恵さん。そう言われても、僕にはどうする事も――――――、


『オギャアッ! オギャアッ!』


 出来ないと考えた瞬間、赤黒く変色した老人の死体が寄り集まった肉塊が、限界を破壊して躍り出てきた。頭でっかちで四つん這いに迫る姿は、まさしく馬鹿デカい赤ん坊の化け物だ。


『――――――ダァ~ダァ~ッ!』


 さらに、ボコボコぐちゃぐちゃと隆起し胎動したかと思うと、途端に爆散。その正体を露わにする。


「な、何よ、こいつ……!?」

『ダァ~ダァ~ッ!』


 それは、奇怪な人型生命体だった。ガラガラや哺乳瓶を組み合わせた四肢、吊るす方のガラガラのような胴体、「楽」の感情だけが欠けた三つの仮面を持つ頭。それら全てが黒と青の縞模様で塗り潰され、目だけが黄色く光っている。何処からどう見なくても、この世ならざる怪人である。



◆『分類及び種族名称:三面異次元人=児泣き爺』

◆『弱点:頭』



「逃げ……うっ!?」


 しかも、超能力を持っているのか、幸恵さんに掛る重力だけが増し、身動きを完全に封じてしまう。


『………………!』

『オギャァアッ!?』


 僕は唯一持っている能力――――――大量の糸を吐いて、無駄な抵抗を試みた。この怪人が何を目的に幸恵さんを襲っているのかは知らないけど、世話になっている人を見殺しには出来ないんだよ!


『ムギュッ!』


 もちろん、ほんの少し煩わせただけで、怪人の動きを止める事は叶わず、あっさりと重力に囚われてしまった。後は煮るなり焼くなり好き放題されるのみ。

 クソッ、ふざけるな。どうせ幸恵さんに殺された爺や婆が化けて出たんだろ。理屈なんて知らない。直感でそう思う。生きているだけで迷惑な老害の癖に、死んだ後も逆恨みしやがって。立つ鳥は跡を濁さず、さっさと素直に消えろよ!


『ダァ~ダァ~!』


 無力と化した僕たちを甚振ろうと、怪人が迫る。

 と、その時。 


『ガグゥヴッ!』

『オギャアッ!?』


 部屋の全てを破壊して、怪獣のような大悪魔が突っ込んできて、あっさりと怪人を食い殺してしまった。ご自慢の超能力も、遥か格上の存在には通じないようだ。


「ちょっと、何でその女を助けるのよ! そいつのせいで天見くんも居なくなったし、お爺ちゃんも死んじゃったんだからさぁ!」


 すると、全く見覚えの無い、僕と同い年くらい女子が、文句を言いながら駆け込んできた。


『うるせぇな』

「うっ……わたしがわたしでわたしなんだぁああああ!?」


 だが、大悪魔に唾を吐き掛けられた上に、何故か頭がパーンと破裂して死んだ。きたねえ花火である。花火結局何処のどいつだったんだ、あの雌は。


『あ~あ、下らない奴の依頼は暇潰しにもならんな。か~えろ』


 そして、殺るだけ殺って、壊すだけ壊した大悪魔は、興味が失せたかのように姿を消した。助かりはしたけど、こいつも何だったんだ一体……。


「……これからどうしよう」


 一時の感情と行動で、一夜にして全てを失った幸恵さんは、途方に暮れるしかなかった。否、それは違う。


『………………!』

「そうだね、まだ君が居るよね……」


 僕がもそもそと寄り添うと、幸恵さんは隈の寄った笑顔で僕を抱き締め、夜陰に乗じて蒸発するのであった。行先は、僕にも彼女にも分からない……。

◆児泣き爺


 徳島県には昔、赤ん坊の泣き真似をしながら山中を徘徊する、奇特な老人が居た。周囲の人に気味悪がられ、やがては「赤子の振りをして襲い掛かって来る妖怪」として扱われるようになり、後に本当の妖怪となってしまった。

 正体はシデムシの仲間。死体を繭に羽化して、若い命を付け狙う。

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