置いてけ社
おそらく作中最強の一般妖怪が登場。
とある神社の拝殿にて。
「俺が金持ちになって、あの女が不幸な死を迎えますように!」
みすぼらしい中年男性が、なけなしの五円玉を賽銭箱に投げ込みながら、私利私欲に塗れた願いを込めて手を合わせていた。
彼の名は山梔子 皐、貧乏人だ。一ヵ月の殆どを廃棄食品やその辺の雑草で食い繋ぐしかなく、風呂など望むべくもない。不衛生かつ極度の栄養失調により痩せ細った身体は、まるで貧乏神である。
ちなみに、一丁前に住み家はあるのだが、もちろん住人不在の空き家で、電気・ガス・水道の全てが止まっている。痴情の縺れで狂ってしまった少女が、相手方の一家を皆殺しにした末に、己も何者かに殺されたという、とんでもない曰く付きの物件であり、昼間でも異様な雰囲気が漂う場所の為、誰一人として近付こうとしないが、家無き子(?)の皐にとっては好都合だろう。
では、どうして彼がこんなにも貧困に喘いでいるのかというと、端的に言ってしまえば、三年前にリストラされたからだ。ブラックノワールシュバルツな中小企業で、妻と娘の為にと必死に働いていた皐だったのだが、金の切れ目が縁の切れ目となり、離婚の末に家族から見捨てられた。
そして、今やこの様である。現在の皐を目の当たりにすれば、あっさり見放した妻処か、一応は味方だった娘にも呆れられるに違いない。
「……ん?」
そんな皐の願いが届いたのか、夜空に一筋の星が流れ、それが本殿に直撃した。
『オイテケェ……』
さらに、拝殿を通じて何者かが皐へ語り掛ける。
「えっ、どういう――――――」
『アリガネ、ゼンブオイテケェ!』
「まねぇえええい!?」
そして、御扉を突き破って、声の主が現れた。全身が真っ赤な甲冑状の甲殻に覆われた人型生命体で、全体的に刺々しく、背中には甲虫の前翅を思わせる翼まで持っている。左目に装着したメカメカしい眼帯が実に厨二臭い。言うまでもなく神々しさは無いし、欲と業に塗れているのは火を見るよりも明らかであろう。
『オイテケェエエエッ!』
――――――ブヴォオオオオオッ!
「ドワォ!?」
しかも、矢の催促が火炎放射という、とんでもない祟り神だった。
「ちくしょう、ちくしょう! 俺からこれ以上奪ってどうするってんだよぉ!」
むろん、成す術の無い皐は己の不幸を嘆きつつ、参道の階段を転がり落ちるように駆け下りていく。もちろん、金は渡さない。この五百円玉を投げ銭したら、自分の中の何かが終わってしまう気がしたからだ。大人しく撒き餌にすれば良いのに。
「来るなぁ! 来るんじゃ――――――ぇほぉん!?」
しかし、その意地汚さが災いしたのか、道路へ飛び出した瞬間、軽自動車に撥ね飛ばされた。皐は竹とんぼが如く宙を舞い、大事な大事な五百円玉が投げ出される。
『フォフォフォフォ……』
後を追って来た邪神は五百円玉だけ器用にキャッチして、皐には構う事無く社へと引き換えしていく。
「嘘でしょ!? そんな事って……あり得ない、あり得ない、あり得ないぃいいっ!」
「もしもし、母が人を轢いてしまったんですが、至急、救急車お願い出来ますか?」
そんな事など露知らず、軽自動車の運転手と後部座席の同乗者が降りてきて、各々の反応を示す。運転手は妙齢の女性で慌てふためき、同乗者は年若い少女で冷静かつ淡々と人命救助を行った。両者の温度差が、南極と赤道ぐらい違う。
(何だ、お前たちだったのか……)
さらに、彼女らは皐の元妻と元娘であった。運命の巡り合わせとは不思議な物だ。
(五百五円分の価値はあったかな……ざまぁ見ろ!)
そして、これから二人を待ち受ける不幸を嘲笑いながら、皐は意識を手放した。
『………………』
そんな三者の三様を見下ろしつつ、本殿に種子の流れ星を落とした者が、誰にも悟られる事無く姿を消す。
◆◆◆◆◆◆
ここは閻魔県要衣市災禍町の一角、杉林の中に建つ古びた神社、「出鱈神社」。儚川のせせらぎが程近いこの場所で、物語は始まる。
「ここがそうか」
「ええ、そうよ」
逢魔ヶ時、参道の入り口である鳥居の前で、二人の少女が苔生した階段を見上げていた。一人は屋上の水先案内人こと天道 説子。もう一人は依頼人にして冒頭で冷淡な態度を取っていた少女、山梔子 節子である。二人共読みが「SETUKO」で非常に紛らわしい。
むろん、目的は出鱈神社に現れた、謎の邪神。実は皐が襲われた後、似たような事件が何度か起きていて、惜しみない賽銭を入れた者だけが生き残れた事から、“出鱈神社にはカツアゲする邪神が居る”という噂が立つようになり、今回最初の当事者(の関係者)である節子から依頼を受け、遂に調査へ乗り出した……という訳だ。
「それはそうとして、親父さんは大丈夫なのか?」
「元が付くわよ。……未だに昏睡状態だけと、時折譫言を呟いているわ。“お参りの甲斐があった。やっとあいつらを不幸に出来た”ってね」
「………………」
ここまでの道中で、説子はある程度節子の身の上話を聞いていた。
母親の山梔子 栄華は、稼ぎが悪く夜も遅い皐に愛想を尽かせ、三年前から単身赴任して来ていた別の男と不倫しており、やがて離婚してしまった。通帳と印鑑を握られていた上に、証拠を集める時間も金も無かった皐には抵抗する手段が無く、泣き寝入りした末に蒸発する事となる。
その後は再婚した栄華と暮らしていたものの、この不倫相手というのがロクでもない男で、金払いが良いのは借金であり、単身赴任というのも嘘八百という、とんでもない見栄っ張りだったのだ。その上、連れ子を北海の漁船に放り込んで金を稼がせていたというのだから、筋金入りの屑である。節子はもちろん栄華としても、このままでは不味いと思ってはいたのだが、流石に二度目の離婚はそう簡単には行かず、変に悪知恵の働く男に全て握られていた為、どうしようもなかった。
だが、連れ子の少年がまさかの生還を果たした事により、事態は一変。傍若無人な父親に対する恨みつらみだけで荒波を生き延びた少年は、何と男を素手で引き千切って惨殺、行方を眩ませてしまった。幸いあまりにも化け物染みた力で犯行に及んだ為、熊か何かに襲われた物と処理され、それに乗じて栄華たちも皐と同じく蒸発、故郷の閻魔県に戻って来たのだ。皐と栄華が事故を起こしたのは、その直後の出来事であった。こんなドラマチックな展開、普通は無いだろう。
(龍馬の奴、梶木 ○太みたいな事してたのか……)
節子の話を聞いていた説子は、今はここに居ない幼馴染の事を想像し、溜息を吐いた。
「どうかしました?」
「いや、何でも……」
それにしても、この節子という女、恐ろしいまでに冷酷である。説子の知り合いは相手を省みない輩ばかりだが、それはあくまで彼女の周囲が異常というだけで、一般人である筈の節子が家族を物のように語る姿は異様だった。というか、語り口の全てがドライで冷たい印象しかない。まるで人形か動く死体だ。
「着いたわ」
「そうだな」
そうこうしている内に、説子と節子は出鱈神社の拝殿前に到着した。一度は破壊された筈の御扉が何故か修復されていて、目の前の賽銭箱に金を入れろとばかりに、異様な静けさを生み出している。
「それで、これからどうするんですか?」
節子が説子に質問する。
「一応、里桜の奴は気が向いたら来るって言ってたが、あんまり期待しない方が良い。……だから、こうする」
すると、説子は一円玉を一つだけ賽銭箱へ投げ入れた。面倒臭いから、さっさと誘き出してしまうつもりであろう。日も沈み掛けだし、逆に丁度良いのかもしれない。古来より夜の帳が下りる時、妖怪たちは現れるのだから。
『オイテケェ……モットオイテケェ……』
と、拝殿の奥からくぐもった不気味な声が響く。
『アリガネ、ゼンブオイテケェ!』
さらに、またしても御扉を粉砕して、鎧武者のような邪神が姿を現した。相変わらず欲深いオーラが滲み出ている。
「なるほど、「槐の邪神」か」
その様を見た説子が判断を下した。
「何よ、「槐の邪神」って?」
「他神の社に居座って、通行人から金を巻き上げるチンピラ妖怪さ」
「槐の邪神」とは、甲州の身延山に現れた破落戸のような妖怪だ。
身延山の麓には大きな森があり、そこに粗末な社が添えられた一本の槐の巨木があった。遥か昔に打ち捨てられたその社には、何時しか邪神が棲み付き、夕暮れ時に近くを通る者から“通行料”を巻き上げ、払わぬ者を取って食っていた。
しかし、ある時とある貧乏な男が母親の危篤の報せを受け、隣町の実家へ向かう為に社の近くを通った際、何時も通りに男から金を巻き上げようとした槐の邪神だったが、男は非常に信心深く、見兼ねた不動明王が神童となって現れ邪神を滅ぼし、邪神が今まで貯め込んだ金品を男に与えたという。
元は近隣住民の物である筈の財産を男にプレゼントしてしまう辺り、神が信じる者しか救わないのは昔からのようだ。酷い話である。
◆『分類及び種族名称:鉄鋼鬼=槐の邪神』
◆『弱点:眼帯部』
「――――――いや、ここの御神木、銀杏の樹じゃん」
「空き巣出来れば何処でも良いんだよ、こいつは……」
身も蓋も無いとは、この事だ。
否、そんな事を言っている場合では無い。何故なら槐の邪神が今まさに襲い掛かって来たのだから。
『ガヴォオオルァアッ!』
「甘いんだよ、薄ノロ!』
槐の邪神が鉄拳で苔だらけの石畳を砕き、説子は戦闘モードに入りつつ鉤爪で反撃する。
――――――バキィン!
だが、まるで刃が立たず、傷処か汚れすら付けられないまま、逆に説子の鉤爪の方がガラスのように割られてしまった。今回は最初から高熱化して切れ味を増していたにも関わらず。恐ろしい強度と熱耐性を持つ甲殻である。動作が鈍いのも、その防御力故だろう。瞬発勝負の化け灯篭とは真逆な戦闘スタイルだ。
――――――バヴォオオオオオムッ!
そして、この灼熱の火炎放射である。生木も一瞬で炭化、粉砕されてしまう事を鑑みるに、ただの火炎ではなく、熱媒体が多分に含まれた、溶岩混じりの火砕流に近い攻撃だと思われる。
――――――バヴォオオオオオオッ!
――――――ゴヴォオオオオオオッ!
『……ぐぉっ!?』
さらに、説子の熱線にも負けない勢いと火力を持っており、暫しの拮抗の後に爆発、説子だけが吹っ飛ばされた。威力が同じでも、槐の邪神の方が遥かに重量があるようだ。こうなると、どちらかと言うと速度特化の説子では分が悪い。
「無様だなぁ、子猫ちゃんよぉ~?」『ビバビバ~♪』
すると、意外な助っ人が登場した。屋上のリオこと香理 里桜と、カエルの王子様たるビバルディである。
『お前ら何しに来たんだ?』
もちろん、説子からすれば今更の話なので、不服そうな顔で訊ねた。
「今に分かるよ」
『はぁ?』
しかし、里桜はニヤニヤと嗤うばかり。ぶん殴りたい、この笑顔。
「それにしても――――――「タングステン銅」でコーティングされた「タングステン・ベリリウム合金」の外骨格に、高純度の鉄をアルミ箔で覆った軟体部、か。まるでロボットだな。とても生物とは思えんね」
そして、彼女の口から告げられる、とんでもない分析結果。里桜の見立てでは、槐の邪神は全身が超合金で構成された、生物と言うよりロボットのような生命体という事になる。そりゃあ、生物由来の物質では刃が立たない筈だ。関節まで硬いとかズル過ぎる。
それはそうと、里桜の言う“今に分かる”とは何の事だろう。
と、その時。
『ピィイイイヴヴヴ!』
星々の見え始めた日没の空から、青い人型生命体が飛来した。槐の邪神に似通った姿をしているが、脚が太く下半身がどっしりとした彼に対して、こちらはパイルバンカーのように野太い腕を持ち、心なしか女性らしいシルエットをしている。
おそらくだが、彼女は槐の邪神の雌個体であろう。逆説的に最初の個体は雄と言える。
『ガァヴォルァアッ!』
『クヴォギィィィッ!』
さらに、見合った二柱の邪神たちは、ここで会ったが百年目とばかりに、説子たちをそっち除けで殺し合いを始めた。
『グァヴォオッ!』
先に仕掛けたのは雄個体。先程とは打って変わって、瞬間的に間合いを詰め、雌個体に飛び蹴りをかます。
『ピィィヴヴッ!』
対する雌個体は左の腕で防ぎ、続く雄個体の左ミドルキックを手掴みにしてから地面に叩き付け、自由になった左腕で殴り飛ばした。
――――――カォオオオオオッ!
しかも、雌個体が口から強酸性のガスを猛烈な勢いで噴出する。雄個体は転がる事で直撃は免れたが、軸線上にあった樹木は文字通り根こそぎにされた。あれだけ頑強さを自慢にしていたのに全力で逃げる辺り、王水を余裕で超える酸化能力をもっているのかもしれない。
『グァヴゥゥッ!』
だが、雄個体もやられっぱなしではなく、翼からのジェット噴射によって再び接近、ローキックからの回し蹴りを決めて、火砕流で追撃する。
『コギィィヴッ!』
しかし、雌個体も空中で器用に体勢を整えつつ、ガス噴射で対抗。凄まじい爆発を起こし、辺り一帯を焼け野原にしてしまった。里桜たちはさっさと避難していたので問題は無かったものの、出鱈神社は廃棄確定であろう。というか、消し炭すら残っていないし。
『ガヴォルァアアアッ!』
『ピィィゥゥウヴヴッ!』
そして、やっぱり周りの事など気にも留めず、殺し合いを続ける槐の邪神たち。こいつらは一体何がしたいんだ……。
『なぁにこれぇ?』
「縄張り争い……いや、求愛活動だな」
『はぁ!? これの何処が求愛なんだよ!?』
すると、里桜がとんでもない仮説を立て始めた。
「カブトムシは餌場を見付けると、誘引フェロモンを出すんだよ」
『カブトムシだぁ!?』
「人型で分かり難いが、あいつら元々は六本脚で、腕か脚……発達してる方に二本が合体して一本にしてる。他の昆虫系の妖怪も似たような進化していただろう?」
『そうだけど、そうじゃないだろ……』
兜を被った鎧武者の蟲妖怪と言われれば、そんな気がしなくもないが、化け物を相手に深く考え過ぎても仕方なかろう。愛の形はそれぞれだし。
それよりも、このまま槐の邪神たちが殺し愛を続ければ、あっと言う間に周囲一帯は壊滅状態になる。里桜としては被害なんて心底どうでも良いが、流石に実験台が全滅するのは避けたい。
『――――――で、結局どうするんだ?』
「そりゃあ、三人で殺るのよ』
『ビバビ~♪』
という訳で、里桜とビバルディも参戦し、説子と三人一組で挑む事になった。里桜は大悪魔の姿となり、ビバルディも人型形態となる。説子も大気中のエネルギーを吸収して、紫電の焔人へと変身した。全員が最初から本気である。
――――――キィイイイイイイイン!
とりあえず里桜が一発、微小化酸素粒子光線を放つ。
『ガァグォルカアアアッ!』
『ピィィゥゥウヴヴァッ!』
横槍を入れられた槐の邪神たちが、愛の営みを中止して、里桜たちの方を振り向く。
――――――バォオオオオオッ!
――――――カォオオオオオッ!
さらに、火炎とガスを同時に放つ事で火力を底上げする。
『ガヴォルァッ!』『クォギヴィイッ!』
その上、雌が雄を投げる形で飛び蹴りを敢行。避けられたと見るや否や、雌が追撃のチョッピングライトを繰り出し、更には雌の左腕を軸棒にして雄が大回転蹴りを決めた。さっきまで殺し合いをしていた奴らとは思えないコンビネーションだ。
『この堅物野郎っ!』
『ガヴォルァアッ!』
『クソッタレがぁ!』
『ピィィゥヴヴッ!』
『マジで面倒だな!』
しかも、微小化酸素粒子光線や放射能熱線、虹色の破壊光線を浴びても、強固過ぎる装甲の前ではビクともしなかった。これだけの攻撃を受けてもピンピンしているとは、こいつらこそ化け物の中の化け物たちである。元は唯のチンピラ妖怪なのに。もしかしたら、攻撃に晒される中で自己進化して対抗しているのかもしれない。
『何なんだよ、このカブトムシ共は!』
『どうするんだよ、里桜。このままじゃ埒が明かないぞ』
『片方を集中攻撃するしかないな』
『どうやってだよ!』
『こんな事もあろうかと、追加の助っ人を呼んである。苺、鳴女!』
『『よっしゃーっ!』』
と、ここで苺と鳴女が登場。改造人間娘二人が加わる事により、五対二という卑怯極まるデスマッチになった。
むろん、登場と同時に苺がメテオキック、鳴女が目からビームを食らわせたが、槐の邪神が堪えている様子は見受けられなかった。こうなれば、何処か弱点を見付けて突かないと勝機は無かろう。
『お前ら三人で、雄の方を足止めしろ。私と説子で奴らの弱点を探す!』『おうよ!』
『『『了解!』』』
そして、ビバルディ・苺・鳴女の三人で雄の邪神を引き受けている間に、里桜と説子が雌の邪神を相手に弱点を探す運びとなった。
『ガァァァヴォルァアアアッ!』
『くっ!?』『『させないよ!』』
雄の邪神が一番対抗手段の少ない鳴女を捕まえ、地面に叩き付けようとした所に、苺とビバルディが右腕を蹴り上げて解放し、その後直ぐに鳴女とビバルディがビームを発射して反撃する。続いて苺が左上からムーンサルトで攻撃を仕掛けるも、大してダメージを受けていない雄の邪神は簡単に蹴り返し、火炎放射で追い打ちした。それをビバルディが吸い込んでエネルギーに変換して、威力を上乗せした破壊光線により、逆に雄の邪神を引っくり返す。
『ガァァヴォオオオッ!』
『嘘だろ!?』『ふざけてますねぇ……』『二人共、早く弱点を探ってくれ!』
だが、雄の邪神は直ぐ様起き上る。このままでは冗談抜きで全滅してしまうかもしれない。全ては里桜と説子の慧眼に掛かっている。
『コォギィヴヴヴン!』
『グヴヴヴッ!』『硬過ぎィ!』
しかし、頼みの綱である二人も、雌の邪神に苦戦していた。雄よりも重心が高くアンバランスな為、転ばせたり避けたりするのは簡単なのだが、そもそも腕が巨大な盾として機能しているので、堅牢さは雄の邪神を上回っているのだ。この機動要塞の攻撃を往なしつつ弱点を探るのは容易ではない。
『(こいつら、左側の反応だけ異常に速いな……)』
だが、そこは屋上のリオ。戦いの最中でも冷静に分析し、槐の邪神たちの動きから、彼らの弱点を予測し始めていた。反応が良いという事は、そこが一番敏感だという事。即ち各部位で最も繊細かつ脆い事を意味している。
『説子、左だ、蹴り上げろ!』
『了解! だりゃあああっ!』
『コギュィイイイゥヴヴッ!?』
里桜の指示で、雌の邪神が振り上げた右腕に、説子の全力キックが当たり、結果的に雌の邪神自身の左眼帯部を自らの拳で殴り付けさせた。その瞬間、これまでビクともしなかった雌の邪神が蹈鞴を踏み、追撃の微小化酸素粒子光線と放射熱線が当たると、遂には腰を抜かして倒れてしまった。
『おい、カエル!』
『せめて名前で呼んで!』
『一気に決めるぞ!』
さらに、隙を突いて対戦カードを変えたビバルディの破壊光線も加わり、大爆発。雌の邪神の頭部を吹き飛ばす。
『……、………、…………ッ!』
『『『この死に損ないが!』』』
それでも元が蟲である故か、頭が無い状態ですらバタバタと藻掻き、約一分近く照射すると漸く動きを止めた。ここまでやっても胴体の殆どが原型を留めているのが凄い。
『ギゴガゴォヴァアアヴッ!』
すると、雌の死を目の当たりにした雄の邪神が怒り狂い、何とか攻撃を往なしていた鳴女と苺を薙ぎ払って、里桜たちへ襲い掛かって来た。背中と正面の両方から攻撃されようが止まる事無く、翼のジェット噴射で雌の仇へ立ち向かう。番を殺された怒りで我を忘れた、完全なる狂戦士である。
『ガヴォルァゴアアアアッ!』
『ガァアアヴィアアアアッ!』
物凄い勢いで里桜の懐に潜り込み、力任せに押し倒しつつ首を締め上げる雄の邪神。その胸中には、七色に輝く種子のような物体が透けて見えていた。
『……調子に乗るなぁっ!』
――――――キィイイイイイイイン!
しかし、長過ぎる里桜の腕が雄の邪神の頭を鷲掴み、零距離で微小化粒子光線を浴びせられ、左側の顔ごと吹き飛ばされてしまった。
『ギャヴォオオガァアッ!』
もちろん、雌がそうだったように、雄の邪神もそれぐらいでは死なず、それ処か火砕流で反撃する。
『死ね、この蟲野郎!』
――――――ゴヴォォオオオオオッ!
入れ替わりで説子の放射熱線が直撃。雄の邪神の頭が半壊した。
『グゴギガアァアアッ!』
『危ない!』『くぅっ!?』
だが、雄の邪神はまだ死なず、さっき以上の火砕流を吐いて反撃する。
『いい加減にしてくれ!』
『『もう良いってば!』』
――――――ガビビビビビビビッ!
――――――ピィイイイイイイッ!
――――――ザァアアアアアアッ!
『ガァヴォォォ……ッ!』
そして、ビバルディたちの合体光線が直撃した所で、やっと息絶えた。当前の如く頭部と左胸部以外の身体は残っているのは、最早恐怖でしかない。
『そう言えばアイツ、何処に行った……?」
ふと、周囲を見渡せば、節子の姿が消えていた。一早く逃げ出したか、知らぬ間に巻き込まれて滅されたかの、どちらかだろう。
「まぁ良いか……」
しかし、何時も通りと言えば何時も通りなので、説子は気にするのを止めた。
◆◆◆◆◆◆
別の日、雨が降りそうな夜。
「………………」
山梔子 節子は、皐と栄華が居るであろう病院を目指して歩いていた。
――――――ドグチャパァアアンッ!
だが、病院に辿り着いた瞬間、彼女の目の前に栄華が落ちて来た。頭だけが派手に弾け飛び、手足や胴体が糸の切れた操り人形のように、力なく捩くれ曲がっている。確認するまでもなく即死だ。病室の方もバタバタと騒がしい事を鑑みるに、皐も生きてはいまい。
「心身共に追い詰められて殺意を懐き、病室に忍び込んで殺したはいいけど、元とは言え夫を殺してしまった罪悪感に耐え切れず、自殺しました――――――って所かしら?」
へしゃげた栄華をゴミ屑を見るような目で見下ろしながら、節子が吐き捨てる。
「つまらない家族ごっこだったわね」
さらに、グリグチャと死体を踏み付けると、直ぐに飽きて踵を返し、闇夜に消えた。降り始めた雨で返り血が洗い流されないよう、黄色いレインコートを纏って……。
◆槐の邪神
山梨県の身延山にある打ち捨てられた祠に現れた妖怪。かなり俗っぽい妖怪で、近くを通り掛かる人間から通行料を巻き上げ、払えない者は食い殺していたのだが、ある信心深い青年をカツアゲしようとしたら天罰が下った。
正体はカブトムシの一種。金属を吸収して外骨格を強化する能力があり、幼虫時代は比較的脆弱だが、成虫段階では現代武器を受け付けないレベルの甲殻を手にする。金銭を要求するのは強化の足しにする為。交尾の際は雄と雌で決闘を行い、どちらかが組み伏せられた時にカップルが成立する。




