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リオ ー屋上のラストボスー  作者: 三河 悟
闇黒の夏休み編
30/47

超獣使いの少年

 とある山野の一画。


「お星さま~キ~ラキラ~、金銀砂子~♪」


 満点の星空を見上げ、一人の少年が歌う。口は笑っているが、目は見開かれていて、その心根はようとして知れない。ポッカリと開けたススキ野原に座る彼の周囲には無数の蛍が舞い踊り、幻想的な空間を生み出している。



 ――――――アォオオオオオオンッ!



 しかし、それも大いなる神の遠吠えが鳴り響くまで。神鳴が轟くと、少年を取り囲んでいた蛍たちは一斉に飛び立ち、天の川と同化していく。


「……さぁ、始めようか」


 そして、月明かりに照らされた少年の周りに残るのは、


「狩りの時間だ」


 バラバラに朽ち果てた、かつては恋する乙女だった者たちの残骸であった……。


 ◆◆◆◆◆◆


 閻魔県要衣市古角町の一画、峠高校へ続く通学路。


「ドラァッ!」「登場~!」「フィンガーネット」


 今日も今日とて喧しい、閻魔県最大のレディース「獄門紅蓮隊」のトップ3(スリー)を務める三人娘――――――柏崎(かしわざき) (いちご)柴咲(しばさき) 綾香(あやか)菖蒲峰(しょうぶみね) 藤子(ふじこ)が、爆音を轟かせながら登校してきた。それぞれ桃色ポニーテールのグンパツボディに晒し巻きの特攻服、お河童頭に×マークのマスクを付けた改造制服が良く似合うスレンダー体系、藤色のウェーブヘアーと目の下に隈が寄った病気顔にゴスロリ服を組み合わせたちび助と、かなり個性的な容姿をしている。色物集団と言ってもいいだろう。


「今日は遅刻しなかったようね?」

「「「あ、はい」」」


 そんな埼玉紅さ○り隊のパチモンみてぇな連中でも、生徒会長の塔城(とうじょう) (みさき)様には敵わない。金髪のアンダーテールに眼鏡という如何にも委員長なキャラメイクをしているが、見た目に反して実は滅茶苦茶強いのである。筋肉モリモリマッチョマンの変態を片手で吊るし上げられる程度と言えば伝わるだろうか?

 ともかく、喧嘩になってもお互いに良い事は何も無いので、苺たちはさっさと登校した。


「……そう言えば、あいつ暫く見てないな?」

「あいつって誰の事っスか?」

「いや、何でもない……」


 塔城(とうじょう) 主人(あると)って、誰の事だろうねぇ?


 ◆◆◆◆◆◆


 これは過ぎ去りし、在りし日の記憶。


「好きです、付き合って下さい!」


 その日、少年は一生分の勇気を振り絞って、愛の告白をした。意中の相手は、同じ美術部の少女。彼女とは小学生の頃から見知った幼馴染であり、絵心がある者同士で何となく気が合い、傍に居るのが当たり前という、友達以上恋人未満の状態でここまで生きてきた。

 だが、今日この日、その当たり前が覆ろうとしている。果たして少年の想いは届くのか?


「えっ、あ、うん……私で良ければ……」

「ほ、本当!?」

「うん……」

「ありがとう!」


 少女の返事はYESだった。玉砕せずに済んだ安堵感と、告白を見事にやり遂げた達成感によって、少年の心は幸せいっぱいであった。


 ◆◆◆◆◆◆


「んお?」

「どうした、綾香?」

「あ、いえ、あの……何でも無いっス!」


 下駄箱の中に見付けた“ソレ”に、綾香思わず嘘を付いて誤魔化した。ハートのマークで封をされた手紙……言うまでもなく、ラブレターという奴だ。


(なななな、何でぇえええっ!?)


 まるで意味が分からなかった。憧れの存在である苺ならまだ理解出来るが、何故に自分へラブレターを出すのか、全くの意味不明である。人生初の出来事に、綾香は完全にパニックに陥っていた。


「フーッ……フーッ……い、一体誰から――――――」

「おお、ラブレターじゃん。我が世の春って奴だな~」「大雪山二段おろし」

「ほわぁおおおおっ!?」


 だから、こっそり一人で読んでいるつもりになって、バッチリ苺たちに見付かってしまっている。可愛い。


「こ、これはですねぇ!?」

「ドリルアタック」

「ああっ、峰子、あんたねぇ!?」


 しかも、峰子に隙を突かれ、バンデッドされてしまった。これはもう隠しようが無かろう。


「えーっと何々?


《以前見掛けた時からずっと気になっていて、この気持ちを抑え切れなくなりました。何時も派手にバイクを乗り回す姿はカッコいいですが、それ以上に友達や困っている人の為に一肌脱げる優しさに心が惹かれました。迷惑でなければ、今日の放課後、一度お会いする事は出来ませんか?》


 ……ほぇ~、何とも生真面目な文章を書くじゃないの」

「ぇはんっ!」


 さらに、憧れのお姉様である苺からの朗読という地獄過ぎる展開に。誰か助けて……くれないんだろうなぁ~。


「それで、どうすんの?」

「ど、どうするって……」

「いや、これ相手は結構本気みたいだぞ。アタシには分かる」

「それは里桜の改造手術のせいっスか?」


 からからと笑う苺に対して、ちょっと面白く無さそうに聞き返す綾香。

 そう、苺は過去に諸事情で里桜の実験台にされており、同じく魔改造されたバイクと合体してヒーローに変身する改造人間となっている。当然フィジカルは常人の比ではなく、五感も非常に鋭い。筆圧や筆走りだけで相手の心理を読むなどお手の物に違いない。


「女の勘」


 ただの直感だった。それで良いのか改造人間、柏崎 苺。


「女の勘って……」


 この返答には綾香も困って固まってしまう。


「まぁ、相手が本気なら、こっちも応えてやらなきゃ誠実さに欠けるぜ。受け入れるにしろ、断るにしろ、な……」

「うーん……」

「とりあえず、相手を観てみてから決めたらどうだ? どうせ、会うのは放課後なんだし」

「………………」


 こいつ、絶対にノリでやってやがる。


 ◆◆◆◆◆◆


 何時か、何処かの思い出。


「それじゃあ、今日は先に帰るね」

「うん、ゴメンね。どうしても仕上げなくちゃいけない課題があって……」

「良いよ。それじゃあ、また明日」

「じゃあね」


 黄昏時に、少年は少女と別れる。付き合いだしてそこそこ経つが、どうやら彼女はちょっとルーズな所があるらしく、こうして課題を出し忘れて居残る事が時々あるのだ。今まではそんなイメージは無かったが、これもまた新しい発見だと思えば、一層に愛おしい。これまで見せてこなかった弱みを、自分には曝け出してくれているのだから。


「あっ、そうだ、忘れ物した。……えっ?」


 ――――――そんな呑気な甘い夢想に浸っていられたのも、この日まで。


「ゴメンね、楓太(ふうた)くん」

「いや、仕方ないよ。これも彼の為ではあるからね」


 忘れ物を取りに美術室へ取って返した少年の見た物は、クラスメイトである飾祭(かざまつり) 楓太(ふうた)の前で、あられもない姿で絵のモデルとなっている少女の有様。


「あ……あ……」


 これは一体、どういう事なのか?

 飾祭 楓太は地味目ではあるものの、最近になって何故かモテるようになってきた男。噂によれば美術部員のみならず、多くの女の子と付き合っており、放課後の美術室を密会所に使っているのだとか。


「嘘だ……」

「えっ!? いや、これは違――――――」

「嘘だぁああああああっ!」


 扉を開き、少女と目が合ってしまった少年は、どうしようも居た堪れなくなって、彼女らに背を向けて走り出した。性欲丸出しの雌犬と雄豚同士、お幸せに。




《おやおや、お遊びはここまでのようだね、楓太?》

「そうみたいですね、“天使様”。後はどうぞ、お召し上がり下さい(・・・・・・・・・)

「あっ、そんな……約束が違う(・・・・・)……!」

《「騙される方が悪い」》

「――――――いやぁああああああああああああああ!」


 美術室に、悲鳴が木霊する。

 しかし、既に立ち去った少年の耳には、終ぞ届く事は無かった……。


 ◆◆◆◆◆◆


 昼休み。


「あいつが犬養(いぬかい) 一護(いちご)……何か普通!」

「身も蓋も無いな、お前……」


 手紙の出し主――――――犬養(いぬかい) 一護(いちご)を遠目に見付けた綾香たちであったが、その感想は割と失礼な物だった。誰がモブ男だ。


「でも、人が好さそうな顔はしてるぜ?」

「人は見た目じゃないっスよ」

「いや、それが分かるのは付き合い出してからだろ……」

「………………」


 人間、所詮は顔である。


「じゃあ、ちょっと観察してみる?」

「あ、はい……」「チェンジゲッター」


 という事で、三人娘はこっそり一護を密偵し始めたのだが、


「「普通に良い奴」」


 結論としては、普通に良い奴であった。友達も結構居るし、頼まれれば断れず、何だかんだで助けてしまう、彼の人の好さが垣間見えただけだった。むしろ、そんなお人好しが何故に綾香へ愛を綴ったのかが逆に意味不明だ。


「まーまー、折角だから会うだけは会ってやろうぜ」

「絶対面白がってるでしょ?」

「当たり前じゃん」

「普通に最低だな、この人……」


 苺は偶に意地悪お姉さんである。


「………………」


 そんな二人を見て、藤子がグニャリと嗤った。


 ◆◆◆◆◆◆


 過去の過去、忘れたい記憶。


「あんたなんて、産まれて来なければ良かったんだ」


 酒に酔い、ホストに溺れ、借金に沈んだ、かつての実母はそう言って、少年を突き放した。彼女は何時だってそうだった。「煩い」「黙れ」「口答えをするな」「泣きたいのはこっちだ」など様々な暴言を吐いては暴力を振るい、思い出したかのように「ごめんなさい」「お母さんを許して」「私にはあなたしか居ないのよ」などと宣ったかと思えば、直ぐ様罵詈雑言を喚き散らす。そういう女だった。

 だので、少年としては捨てて貰って清々した。後日、借金処か海に沈んでいた母親と再会した時も、渇いた涙しか出なかった。

 だが、何処かで期待していたのかもしれない。絵を描いている時だけは、「お父さんみたいに上手いのね」と褒めてくれたから。絵が上手くなれば、上達すれば。そんな物、夢幻に過ぎないのに。

 でも、だけど、だって。……少しくらい、愛してくれても良かったじゃないか。


「そうだ。僕なんて、産まれて来なければ良かったんだ」


 親にも、恋人にも、必要とされていない。

 否、最初からそんな物、無かったんだ。


《だったら、どうするんだい? このまま終わるつもりかい?》

「……嫌だ」

《ならば、行こう》


 だから、これは反撃でも宣戦布告でもない。己を産み落とした、この世界への逆襲であり――――――、


「《狩りの時間だ》」


 ◆◆◆◆◆◆


 放課後。


「僕に、貴女の絵を描かせて下さい」

「………………!」


 一護の告白は、思ったよりもロマンチックな物だった。それも気取った風でもなく、極自然態に甘い台詞を吐き掛けて来る。素朴だがまあまあなルックスなのも相俟って、綾香には彼が途轍もないイケメンに見えてしまった。こういう色恋沙汰に慣れていないと言えば、それまでなのだけれど。


「夜風が気持ち良いですね~」

「またそういう事を……」


 そして、そのまま済し崩しにドライブデートと相成ってしまい、見事に二ケツで疾走している。目指すは一護が古角町で一番気に入っているという映えスポット。少々森に入ってしまうが、そこで見上げる星空は最高のバケーションなのだという。これは行くしかあるまい。


「良い雰囲気だねぇ~」

《そうですね、ムッツリマスター》

「喧しいぞ」

「トマホークブーメラン」


 そんな二人を、里桜の無駄技術を活かした無駄のないステルス機能で無駄過ぎる追っかけをする苺たち。余計なお世話だし、普通に下世話である。いい加減にしろミーハー共。


「……ん?」


 すると、そこに一匹の蛍が。


「ホーミングミサイル?」


 さらに、一匹増えてもう一匹……瞬く間に沢山の蛍が寄り集まって、苺たちをライムグリーンの光輪で取り囲む。


「おいおい、何だこれ?」

《危険デス、マスター!》

「なっ……!」


 バイクの管理AI「ゼロ」が注意を促す頃には、蛍たちは坩堝の如く雪崩れ込んできていた。

 一方その頃、山奥の開けた草原。


「どうですか?」

「綺麗……」


 一護の案内で辿り着いてみれば、確かにそこは最高の星空を望める場所であった。瞬く星々が集まった天の川が、一際に美しい。


「それにほら……」

「蛍だ」


 その上、無数の蛍が周囲を舞い踊り、より幻想的な空間を生み出している。この個体群は警戒心が薄いのか、それとも人慣れしているのか、こちらが動いても散る素振りは無く、むしろ更に集まってきて、星空にも負けないくらいに輝いていた。


「今日はどうもっスよ」

「いやいや、こっちこそ――――――」

「それはそうと、本当はあっしを(・・・・・・・)どうするつもり(・・・・・・・)なんスか(・・・・)?」

「………………」


 と、綾香が本音を問うた。殆ど確信に近いが、それでもほんの少しの期待を抱くように。


「あっしも、流石にそこまで馬鹿じゃないし、色々と経験もして来てるんでね。放課後になる前、こっそりその手の(・・・・)知り合い(・・・・)に頼んで、調べておいたんスよ。犬養 一護という人間が在学……否、存在するのか(・・・・・・)ってね」


 付き合う男の素性くらい、調べておいて損は無いだろう?


「なるほどね」

《なら、こっちのお芝居もここまでという訳だ》


 一護がグニャリと嗤ったかと思うと、周りの蛍が(・・・・・)喋り出した(・・・・・)

 いいや、違う。鋭い大顎に真っ赤な複眼()――――――こいつら、蛍じゃない!


《キヒャヒャヒャヒャッ!》

「ひっ……!?」


 さらに、蛍の振りをしたナニカが、光の洪水となって綾香へ襲い掛かる。彼女を骨だけ残して食い尽くす為だ。


「だらっしゃあああああっ!」「シャインスパーク」


 しかし、そうは問屋が卸さない。苺が藤子を伴い駆け付けて、蛍擬きを蹴散らした。綾香を藤子に任せつつ、自身は里桜の技術と悪意が込められた特製の金属バットで迎撃、纏めて吹っ飛ばしたのだ。


「大丈夫か?」

「ハイっス。姐御が言い出した事なんで」

「そりゃどうも」


 助けに来て当たり前だと言わんばかりの綾香に、苺は苦笑いした。悪ノリしていたのも事実なので否定も出来ない。


「それで、結局こいつらは何なんだ?」

《「カワボタル」でスネ。蛍に擬態シテ、勘違いした間抜けを食ラウ、バリバリに肉食の妖怪デス》


 「カワボタル」とは近畿地方に伝わる蟲の妖怪で、梅雨時の夜に現れる妖火の一種である。

 名前通り川辺に棲息しており、主に船乗りなどが狙われ易く、蛍のように光りながら近付き、払い除けようとした人間をマーキングして一斉に襲い掛かる習性を持つ。これは燐光を放つ体液から発せられるフェロモンに由来し、言うなれば“篝火”となって周囲の仲間に知らせるのだ。



◆『分類及び種族名称:蛍光大将=カワボタル』

◆『弱点:腹部の発光器』



 また、非常にずる賢い一面も持っていて、個体の弱さを補う為に群れるだけでなく、用心棒のような存在に取り入る事もある。

 そう、人を容易く屠れ、敵を寄せ付けない、圧倒的“個の力”を持つ存在――――――、


「その個人ってのが、こいつか?」

「男は皆狼なのさ。……行けっ!」

《ケケケケケケッ!》《ギャギャハハハッ!》《キキヒヒヒヒヒッ!》


 一護の一声で、再びカワボタルたちが不気味な笑い声を上げながら襲い掛かる。


「【戦闘開始(レディ・ファイト)】!』《【一姫刀閃(エンゲージ・ゼロ)】!》


 対する苺は金属バットで虚空に召喚陣を描き、直後に駆け付けたバイクと合体。ストロベリーピンクの主張が強すぎる鎧を装着した戦乙女(ヒーロー)に変身した。その衝撃で群がっていたカワボタルたちが吹き飛び、鬼の金棒と化したバットを目前の敵に突き付け、反撃へ転じる。



◆『識別コード:DCBMS-000』

◆『機体名:プロト・ギャガン』



『ドラァッ!』

『……グヴォンッ!』


 すると、一護は獣じみた動きで苺の一振りを回避しつつ、本物のケダモノと化した。


「鎧を纏った狼……?」


 それは、全身が青み掛かった銀色の外骨格で覆われた、狼型の怪物であった。

 だが、単なる狼体形という訳でもなく、肩に折り畳まれた一組の腕があり、上半身が非常にマッシブとなっている。


『正体現したね』

《「大神(おおかみ)」。文字通り“大いなる神”にして、狼の化身デス》


 苺の質問に、ゼロが答える。

 狼は古来より山神の使いとされ、神格化されていた。そもそも、「オオカミ」という言葉自体が「大神」から変じた物で、古代の人々が如何に狼を神聖な存在として見ていたのかが伺える。

 しかし、時代が下り、山が切り開かれ、里へ下りてきた狼たちが家畜を襲い始めると、評価は一変。単なる害獣として扱われ、次々と狩られていき、一九〇五年を最後に絶滅してしまった。最初は「神だ魔物だ」と畏れ敬いつつ、自分たちの方が有利だと悟ると簡単に掌を返し、剰え死に至らしめる、人間のエゴが満載のバッドエンドである。

 もちろん、こいつがニホンオオカミの生き残りが変容した者とは限らないし、何なら哺乳類なのかどうかすら怪しいのだけれど。だって、目が複眼で、耳に見える部分はただの角だし……。



◆『分類及び種族名称:牙狼超獣=大神』

◆『弱点:角』



『男は狼なのよ、ってか。……何でも良いや。悪い虫は叩き潰すのみ!』《了解(ラジャ)了解(ラジャ)


 まぁ、一護の正体が何だろうと、綾香に手を上げた以上、駆逐してやるまで。苺と一護、二匹の牙狼たちの縄張り争いが始まる。


『せいっ、てやっ! シィッ!』

『グルゥッ!』

『無駄にすばしっこいなぁっ!』


 紛い物だろうと何だろうと、狼のような体躯は伊達ではなく、大神は四足動物の運動性を活かして、苺の攻撃を躱しながら、すり抜け様に牙を剥く。一撃の威力も中々の物で、超合金の装甲を確実に削っていた。


『調子に乗るなよ!』

『キャィン!?』


 とは言え、苺もやられ放題ではなく、数打の攻撃で大神のパターンを見極め、カウンターをヒットさせ、次いで拳を叩き込み、更には回し蹴りを食らわせる。


『グゥゥゥ……アヴォオオオン! ヴァォオオオオン!』

《キキキキッ!》《ヒヒヒヒヒ!》《アハハハハハハ!》


 と、戦いの最中に大神が隙を突いては遠吠えし、周囲のカワボタルを両肩の腕に呼び集め始め、その度に甲殻が黄金色に染まっていく。


『グルヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!』


 そして、雄叫びの果てに全ての鎧が金色を纏った時、大神は完全に力を解放した。



◆『分類及び種族名称:神牙大怪獣=大口真神(オオグチノマガミ)

◆『弱点:角』



『ヴォオオォン!』


 と、大口真神が口から稲妻を纏った巨大な火球を吐いた。これは物質第四形態(プラズマ)の塊であり、着弾と同時に放電を伴う大爆発を起こす。過去にも似たような攻撃を仕掛けてくる妖怪は居たが、大口真神の放つそれは一線を画す一撃だ。それを遠慮容赦なく連射してくるのだから始末が悪い。


『グヴヴヴヴッ!』


 さらに、腕が展開された事で戦法も変わっており、噛み付きではなくラリアットの要領で辻斬りしたかと思えば、地面を掴んで急停止と急旋回を行い、空中に躍り出て尻尾によるサマーソルトと繰り出したりと、かなり多彩になっている。その上、攻撃の全てに炎熱を宿している為、熱伝導と感電による防御無視も兼ね備えていた。


『クソがっ……!』


 さっきまではある程度渡り合えていたのだが、解放後は明らかに力を増した大口真神を前に、苺は防戦一方だった。


『ヴォオオオオオオン!』

『何ッ!?』《来まスヨ!》


 そして、大口真神が後ろ足で立ち上がったかと思うと、前脚と両腕を合体させて一組の剛腕に変え、


『ヴァォッ、ヴァォン! ガルヴォォォ……ガヴォン! ガヴォオオァ……ガルァッ! バヴォォォ……ズァケルガァッ!』


 力任せにお手付き、おかわりを繰り出し、火柱の波を立たせるサマーソルトからの空中お手付きを二連で仕掛け、最後に自身を中心とした大放電と大爆発を巻き起こす。圧倒的フィジカルによる怒涛の七連撃だ。


『――――――でぁああああああっ!』

『ギャヴォァッ!?』


 だが、ゼロの声掛けによって回避に徹していた苺が、大技の反動で僅かな隙を見せた大口真神の両角を叩き折り、力もカワボタルも霧散させ、元の大神形態へ強制的に戻す。


『死ねよやぁあああっ!』


 さらに、苺の渾身のドロップキックが炸裂。


『アヴォォォン……ッ!』


 負け犬は遠吠えを残して、完全に息絶えた。


『………………』

『誰だ!?』


 すると、それを待ってましたとばかりに、謎の刺客が現れ、切り離した腕で大神の胸中から種のような物を奪い取り、あっという間に消えてしまう。


『ゼロ、もしかしてあいつが……?」

《おそらく、里桜サンの言っていた“例のあの人”のようデス》

「トム・リ○ルかな?」


 正体は分からないし、目的も分からない。

 しかし、今はそんな訳の分からん輩よりも、蘭花たちの安否である。


「終わったよ」

「そうっスね」


 そっと肩に手を置かれた綾香は、


「あたしには、姉御しか居ないっス……」

「………………」


 ここぞとばかりに抱き着き、苺はやれやれとそれを受け入れた。


「………………」


 そんなてぇてぇ二人を、藤子が歪んだ笑みで見遣るのであった……。

◆大神


 神に対する尊称であり「狼」の語源となった、文字通りの「大いなる神」。特に「山犬ニホンオオカミ」を対象として呼ばれる事が多く、山の神として崇めてはいたものの、同時に「送り狼」と言った“人食いの怪物”として恐れてもいた。基本的に隙を見せない相手には力を認め手を貸すが、背中を見せたりするような軟弱者は容赦無く食い殺してしまう、苛烈な性格をしている場合が多い。

 正体はニホンオオカミの生き残り……ではなく、オサムシの化け物。肩に生えている一組の腕は、前脚と前翅が融合した物であり、捨て去った飛翔能力をタイマンにおける殺傷能力の向上に置き換えた結果、四足動物のような形態となった。摂食によって発生したガスを燃料として利用する事で苛烈な攻撃を繰り出せる。

 カワボタルとは餌を横取りする間柄でしかなかったが、彼らの体液を利用する事で自身をより強化出来る事に気付き(どちらも死体を燃料に発光や発熱を行っている)、共生関係を結んだ。

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